第十六章 仕組まれた疑惑

 かすみはロイドと一緒に邸を出た。

「俺はあの学園の周囲を探ってみる」

 ロイドは門扉をくぐると同時に瞬間移動した。かすみはそれを見届けてから、

(森石さんに連絡を取りたいけど、迂闊に電話とかできないな)

 かすみは意を決して瞬間移動した。

(どうか妙な現場に行き当たりませんように)

 そう思いながら。


 かすみ達の身に何か起こったなどと知る術もない風間勇太は、通学路で幼馴染みの桜小路あやねと落ち合った。

「おはよう」

 あやねはかすみにまた学園で何かが起こっていると聞かされたので、不安そうな顔をしている。勇太はそれに気づき、

「かすみちゃん、どうしたかな? 俺、昨日からずっと嫌な予感がしているんだよ」

 あやねの耳元で囁いた。あやねはそれがくすぐったかったのか、身をよじらせて、

「そうなんだ。私も何だか心配だったわ」

 同意して、勇太を見上げる。その視線に勇太はドキッとした。

「おっほよう、お二人さん! 今日もお熱い事で!」

 能天気が具現化したような横山照光が現れ、声をかけた。勇太とあやねはその言葉に反応し、弾かれたように距離を取った。

「人の恋路を邪魔するんじゃないよ、このボケナス!」

 その背後から五十嵐美由子が得意の鞄の角攻撃を繰り出した。

「ぐげ!」

 横山は後頭部を直撃され、しゃがみ込んでしまった。

「おはよう」

 美由子は何事もなかったかのようにあやねと勇太に挨拶した。

「おはよう……」

 勇太とあやねは顔を引きつらせて美由子に挨拶を返した。横山は涙目で美由子を睨み、

「お前なあ! 死んだらどうするんだよ!?」

 美由子はフフンと鼻を鳴らし、

「葬式くらいは出してあげるよ、おバカさん」

 そう言って、横山の鼻をつまんだ。

「ふざけるなよ、この地上最大のブスが!」

 横山は美由子の手を払いのけて大声で叫んだ。かすみがいないので、封印していた暴言を解放した。

「何ですって!?」

 美由子が襟首をねじ上げた。

「ダメよお、五十嵐さん。女の子がそんな事をしてはあ」

 そこへ脱力してしまいそうなおっとりとした声で、蒲生千紘が来た。美由子はハッとして横山から手を放し、

「おはようございます」

 あやねや勇太と共に挨拶した。千紘は微笑んで、

「おはようございますう。朝から仲がいいわね、あなた達」

 そう言って行こうとして振り返り、

「そうだあ。風間くうん、今日、居残りねえ。忘れちゃダメよお」

 挑発的な目で勇太を見ると、腰を振りながら去って行く。

「わおお、千紘先生、いいなああ」

 横山のバカ発言が出たので、また美由子がムッとした。それに反して勇太はギクッとしてしまった。

(何だろう? 蒲生先生、ちょっと怖かった)

 勇太には決して超能力はない。何故そう感じたのかと言えば、千紘の焦りにあるのだ。

(ち……。つい、風間勇太を睨んでしまった)

 ボスである小藤弘の厳命を思い出し、彼女は気がはやってしまったのだ。

(道明寺は自宅を出ると、どこかへ瞬間移動したようだが、どこへ行ったのだ? そして、あのチャーリーの知り合いのロイドは何をするつもりだ?)

 考えてはいけない、今は風間勇太を利用する事だけに集中するのだと自分に言い聞かせるが、千紘はどうしてもかすみとロイドの動きが気になってしまった。

「デレッとしないでよ、勇太」

 しかし、あやねは勇太の反応を見て、千紘に惹かれていると感じたらしい。

「え、いや、そんなつもりは……」

 勇太はさっきまで穏やかだったあやねが一気にヒートアップしそうな顔をしているので、狼狽うろたえてしまった。


 かすみの心配は取越苦労だった。森石章太郎は、保健教師の中里満智子を家まで送ると、そのまま警視庁に戻っていた。だから、かすみが森石を辿って瞬間移動した先は、警視庁の正面玄関前だった。いきなり現れたかすみに警備の警官はギョッとしたようだが、かすみがニコッとすると、デレッとして、

「何かご用ですか?」

 嬉しそうに訊いて来た。

(ロイドが言っていた「バカな男」ってこういう人の事かな?)

 かすみはそんな事を思いながらも、

「森石章太郎さんに会いたいのですが?」 

 警官の顔つきが変わった。ギクッとしたようだ。森石の名前を知っているというだけで、驚かれたようだ。

「どういったご用件でしょうか?」

 さっきとは違う顔で尋ねて来た。かすみは苦笑いして、

「私は道明寺かすみと言います。名前を伝えていただければ、大丈夫です」

 警官はかすみの身体を上から下まで見てから、無線機を取り出し、どこかと連絡を取った。

「少しお待ちください」

 無線機を戻して、警官は敬礼した。また違う反応になった。相手がかすみの事を説明したのだ。

(さっきの相手は森石さんね)

 かすみは力を使うと敵に辿られると思い、警官の頭の中を覗いていない。だから、通信の相手が誰なのかもわからない状態だ。だが、あの反応を見る限りは、森石で間違いないだろう。

「どうした、道明寺? 電話を止められたのか?」

 朝から疲れるジョークを飛ばしながら、森石が現れた。かすみはそれに対して半目で応じた。

「取り敢えず、中に入れ。ここでは人目につく」

 森石の先導で、かすみは建物の中に入り、エレベーターを使って、そのまま十四階にある公安部まで行った。そのフロアの一角にある森石専用の部屋に通されて、フカフカの革のソファに座った。

「何があった? 直接来るとは、穏やかじゃないな」

 森石は向かいに腰を下ろしながら言った。かすみは沈み込み過ぎのソファに辟易しながら、

「あの能力者が殺されたわ」

「何!?」

 森石は沈み込みかけた身体を起き上がらせた。

「お前の家に敵が現れたのか?」

 森石は身を乗り出してかすみに顔を近づけた。かすみは座り直しながら、

「違うわ。あの人がどうやって殺されたのか、わからないの。敵は私の家には入ってもいないのよ。でも、あの人は殺されたの」

 森石はかすみの謎めいた言葉に眉をひそめた。


 勇太は教室に着いたが、かすみがいないのでまた不安になった。

(かすみちゃんはどうしたんだろう?)

 すると同じくそれに気づいたらしい横山が現れた。

「かっすみちゃあんがいないのか、勇太?」

 何故か涙ぐんでいる。勇太は苦笑いして、

「ああ。どこに行ったんだろうな。ここには来ていないみたいなんだ」

 横山を追いかけて来た美由子と美由子を追いかけて来たあやねも姿を見せた。

「かすみさんがいないの?」

 あやねはまた不安そうな顔になった。勇太は頷いて、

「どこに行ったんだろう? 心配だな」

 美由子は横山を殴りながら、あやねを気遣っている。

「あ」

 始業のチャイムが鳴った。

「また後で」

 あやね達は自分達の教室に戻って行く。勇太はそれを見送りながら、廊下を歩いて来る千紘に気づいた。千紘は勇太にニコッとした。その時、彼女の手許から教科書が落ちた。勇太があっと思った時、教科書はまるで映像を逆再生したように千紘の手に戻ってしまった。

(何、今の……?)

 勇太の背中に冷たい汗が伝わる。だが、千紘は何事もなかったかのように歩いて来て、

「風間くうん、もうホームルーム始まるわよお」

 アニメ声のおっとり口調で告げた。勇太はハッとして席に着いた。

(第一段階は成功したか)

 千紘は心の中でホッとしていた。

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