第21話2050年【疫病センター4】

 攻撃ヘリコプターに乗った一同は、守山から<死者蘇生ウイルス>の大まかな説明を聞かされた。守山がした話の内容は、君嶋が稔と七穂にした説明とほぼ同じだ。


 天才化学者 新藤玲人の手によって生み出されたウイルスは、自分達を含め、多くの犠牲者を出してしまう最悪な結果となった。


 機内から地上を望む一同。上空から眺臨すると数キロ先まで見渡す事ができる。その被害の大きさに愕然とし、一瞬唇を固く結んだ。


 「天才だからこその過ち……」プロペラの風切り音を響かせる機内で遊介が守山にたずねた。「のろまのレッドソウルとすばしっこいレッドソウルの違いを教えていただけないでしょうか」


 頷く遊直。

 「俺も知りたい」


 守山は答えた。

 「それを含めた重要な話を、今から行く疫病センターで君嶋指揮官が市民に伝える。ある程度の……いや、かなりの覚悟を持って、心してよく聞いて欲しい……」


 「事は俺達が想像していた以上に大変な事態なんやな……」肩を落した蒼井。「守山さんとお仲間のやり取りをさっき見ててな、なんや明るいやん、どうにかなるのかもしれへんって思っとったのに……」


 思わず涙が込み上げた守山は俯いた。

 「やってらんないじゃん……無理にでも明るくしないとさぁ……マジでやってらんないからさぁ……」


 軍事施設の会議室で号泣した守山は、様々な覚悟を決めたつもりだった。しかし、惨烈な地上に置いていかれる事を考えれば考えるほど、恐怖心に心を支配されていく。明るく振る舞って、その恐怖心を消し去りたかったのだ。


 地上を見下ろした亜美。

 「守山さんも怖いんだね、あたしも怖い」


 樹はポロポロと涙を零した亜美の背中を撫でてあげた。しかし、掛ける言葉が見つからなかった。更衣室で体験したレッドソウルの恐怖。群れで攻めてこられたら自分は無力だ。守山と消防隊員が来なければ自分達は凶暴なレッドソウルの餌食になっていたかもしれない……


 「怖くない人なんかいないわ。怖くて当然なの」麻里子は怯えた表情の樹の肩に手を置いた。「みんな怖い……樹君だけじゃないわ」


 下唇を噛んで涙を堪えた。

 「麻里子さん……俺……」


 「そうや……俺やて怖いわ」


 重苦しい溜息をついた遊介は、建ち並ぶビルに目をやった。


 国道を走る自動車、それに乗った人々。


 翼を持たない人間は地上を行くしかない。増殖を図る為に、全てのレッドソウルが地上に群がるはずなのだが、半数以上がビルの屋上で足踏みしていたのだ。特に背の高いビルには、数多くのレッドソウルが集まっているように見えた。


 「守山さん、ビルの屋上を見てください」摩天楼を指した。「何故、レッドソウルは人々がいる地上ではなく、あんな場所に……」


 ビルに目をやり、鼻で笑った守山。

 「スカイツリーも同じ状態だよ。渋谷区のビルの屋上もね。馬鹿と煙は高い所に登りたがるってヤツじゃないのか?」


 遊介はレッドソウルの行動に何らかの意味があるような気がしてならなかった。守山が言うように単純な話であればいいのだが、と強く思った。


 「……。そうなのでしょうか……だといいのですが」


 操縦士の兵士が守山に言った。

 「ビルの上のレッドソウルを撃つぜ」


 「ああ、やってくれ」


 操縦士は機体から銃弾を放った。けたたましい銃声を響かせながら銃弾がレッドソウルの身体に無数の風穴を開ける。斃れたレッドソウルが次から次へとビルの下へと落ちていった。


 耳を塞いだ遊直は興奮気味に言った。

 「スゲー、やっぱり本物は違うな!」


 多くの疑問を抱える遊介だが、そこは少年。遊直と同じく目を輝かせた。

 「ガチですね」


 揺れる機体に吐き気を催した蒼井は、耳ではなく、口元を押さえた。

 「気持ち悪いんやけど」


 「機内で吐くんじゃねぇぞ」守山が言う。「ゲロ臭くなる」


 「約束できへん……」


 その時、自衛隊のヘリコプターがビルの屋上や地上に水を撒きながら、こちらに距離を縮めてきた。ヘリコプターで運べる水の量は決まっている為、自衛隊と特殊部隊は交代で行き来していたのだ。


 「やっと来た。水だ」


 操縦士のヘッドホンに声が響いた。

 『待たせたな。ここは任せろ。お前らは民間人を早く疫病センターに運んでやれ』


 「おう、そうさせてもらう」


  返事を返した操縦士は、新宿区に建つ疫病センターへと急いだ。やや暫くリアリティーホラー映画のような街並み上空を進んでいく。


 マンション、アパート、民家が建ち並ぶ住宅街で炎が上がっていた。ここから見る限り、百軒以上の建物が燃えている。


 各地でレッドソウルとの熾烈な闘いが続いている。消火活動に手が回らず、被害は広がる一方だった。


 炎は全てを奪っていく。今まで住んでいた大切な家も命をも―――


 赤々と燃え滾る民家に目線を下ろした守山は、人々が避難所に避難している事を祈った。炎に巻かれて死にゆく姿など想像したくもない。


 深刻な表情を浮かべた守山の目に漸く疫病センターが見え始めた。目的地を指し、一同に降りる準備を整えるように言った。


 「もうすぐ到着だ」


 落ち着かない亜美は腕時計型携帯電話をつけたり外したりを繰り返していた。

 「これからどうなっちゃうんだろう、あたし達……」


 亜美に言う。

 「私物、忘れるなよ」


 返事した亜美は手首に装着した。

 「はい、大丈夫です」


 数機のヘリコプターが並んだ疫病センターの駐車場へと辿り着くと、アスファルトとの距離を縮めて着陸した。


 「さあ、降りるぞ」


 攻撃ヘリコプターから降り立った遊直と遊介は、腕時計型携帯電話を攻撃ヘリコプターに向けてを画像を収めた。


 「事態が収まったらツイートします」


 守山は遊介の言葉に唇を結んだ。


 ツイートできる日も、テレビゲームで遊ぶ日もやってこない―――


 自分達はレッドソウルが蔓延るこの地球に置き去りにされるんだ。


 (君嶋指揮官から真実を聞かされた時に受けるショックに絶えられるだろうか? 俺でさえ号泣したのに……)

 

 「……。疫病センターに入ろうか……」


 足元をふらつかせた麻里子は、蒼井の腕を掴んだ。

 「ごめんなさい」


 「昨日から怖い思いしとったから疲れたんや……無理せんと」


 「ある意味半永久の体力だろ? あんた達でも疲れるのか?」


 と言った後、しまった! と思った守山は、気まずい顔をした。余りにもぶしつけで失礼で不謹慎。デリカシーのなさに自分自身が呆れてしまう。


 「……。すまない、ホントごめん」


 憤然とした蒼井が言った。

 「心は生前同様や。あんたにも心労くらいあるやろ?」


 今まさにその状態だ。体力には自信がある。しかし、心の疲弊感に自慢の体力まで失いそうだった。


 「今の失言はマジで……」涙を浮かべた麻里子を見る。「ごめんね」


 「忘れないで、あたし達の心がれっきとした人間である事を」


 「ああ。肝に銘じて」


 自衛隊や仲間が周囲を固める疫病センターへと歩を進めた一同は、エントランスを潜り、院内へと足を踏み入れた。


 銃を携えた軍人らが立つ通路を歩きいて会計カウンターを横切り、エレベーターへと乗った。守山が地下一階のボタンを押す。


 降下するエレベーター内に、レッドソウルになってしまった一同の緊張が走る。非感染者に正体を悟られないようにしなければ。数回瞬きした遊介は遊直に顔を向けた。


 「カラコン、大丈夫でしょうか?」


 「うん。バッチリ目ん玉にくっついてるよ。俺は?」


 「同じく」


 エレベーターが停止し、ドアが開いた。目線の先には大勢の市民が待合室に集まっていた。収まり切れない者に関しては、隔離病棟方向の廊下に腰を下ろしている。


 全員、自分達同様に疲れ切った表情だった。泣き腫らした目をした者、未だ泣いている者……それもそのはず、家や家族をも失った者達も大勢いるのだ。


 その胸中を思えば可哀想ではあるが、それよりも自分達の身を案じた一同。


 レッドソウルに家族を殺された市民に正体が発覚してしまえば、間違いなく拷問されて殺される―――


 恐怖を感じながら壁際に立つ君嶋の方向へ目をやった遊介は、その近くに座っていた稔と七穂にはっとする。


 すると稔もこちらに気づき、手招きしてきた。七穂の隣には健一家が座っており、彼らと一度会っている亜美は安堵の笑みを浮かべた。同じ身の上の仲間と合流でき、心強さを感じた。


 手招きする稔を見た君嶋は、一同の存在に気づく。

 「……。あいつら、秋葉原の」

 (生きていたのか)


 君嶋は、一同に歩を進ませた。

 「俺はシークレット特殊部隊の指揮官、君嶋だ。君達も彼らの近くへ」


 返事を返した遊介。

 「はい」

 (秋葉原で機関銃を乱射させていたおっさんですよね……特殊部隊の指揮官だったんですか)


 トントンと肘で遊介を軽く叩いた遊直。

 「あのおっさん、秋葉原にいたよな?」


 「はい。間違いなく、あのおっさんです」


 地獄耳の君嶋は、おっさんと呼ばれるのが大嫌い。

 「俺の名前は言ったはずだ。おっさんじゃない、君嶋だ」

 

 「あ、はい。すいません」


 「おい!」長椅子に座る男が苛立ちの声を上げた。「特殊部隊の君嶋さんよ、いつ話始めるんだよ!? こっちはさぁ、疲れてんだ! 年寄りだってキツイだろ。話は明日でいい」


 すると別の男が声を張った。

 「冗談じゃない! 今すぐ話してもらわないと困る! 俺は今知りたいんだ!」


 男達の口論で周囲がざわついた。壁時計の針は深夜零時丁度を示している。疲れもピークに達する時間帯だ。苛立ちが募って当然だろう。


 乱闘を防ぐ為、「落ち着け!」君嶋が声を張った直後、エレベーターのドアが開いた。思わずそちらの方へ目を転じた瞬間、視界に飛び込んできた人物に驚愕する。


 そこには、軍事施設にいるはずの玲人が立っていたのだ。驚いた君嶋は咄嗟に玲人に駆け寄り、防護服の胸元を鷲掴みにしてエレベーターに押し込んだ。


 喧騒を収めるはずの君嶋と、突然やってきた玲人が消えた待合室で首を傾げた遊介は、これ以上の騒ぎを防ぐ為、遊直の耳元で囁くように言った。

 「今来たおっさん……新藤玲人に見えました」


 「……。そう言われれば」


 報道機関が停止する前、顔写真や過去の栄光のシーンを見た二人。それに遊介は化学雑誌で何度か玲人に関する記事を読んでいる。なので、その風貌はしっかりと覚えていた。


 当然、カメラマンの稔も気づいており、遊介と同じ疑問を感じた。


 何故、自分に恨みを持つ者達で溢れ返ったこの場にわざわざ姿を現したのだろうか、と……




 それは君嶋も同様だった―――




 玲人の襟首を鷲掴みにした状態でエレベータ内の壁へと勢いよく押し付けた君嶋。荒い息が玲人の顔にかかる。


 「馬鹿かお前! 何しにきた!? 貴様に恨みを持った人間がわんさかいる! 殺されたいのか!?」


 ポロポロと涙を零した玲人。

 「シャノンや佐伯君にも同じ事を言われ、引き止められたんですが、どうしても自分の口から伝えたくて」


 「俺が伝える。お前は帰って実験を続けろ」


 「嫌です! ウイルスを創ったのは僕なんですよ! お願いします!」


 玲人の手は震えていた。防護服越しから見てもよくわかるくらいに。その震えが意味している事はただ一つ。


 ワクチン開発成功の見込みは極めて薄い……


 「ゼロじゃねえだろ?」玲人の襟首から手を離し、静かな口調で訊いた。


 「え?」


 「ワクチンの成功率の話だ」


 崩れ落ちた玲人は床に膝をつき、悲嘆する。

 「極めてゼロに近い! 無理だ! 無理なんですよ! どうやって一週間で!」


 君嶋は声を荒立てた。

 「創ってもらわないと困る! 上空から振り撒けば効力を発揮するようなものをな! ついでにレッドソウル化した連中を元の人間に戻す抗ウイルス薬もセットでな!」


 君嶋に無理難題を押し付けられた。焦燥に駆られた心理がそうさせたのだろうとわかってはいるものの玲人は困惑する。


 「無茶苦茶な……」唇を結んだ。「出来れば僕だって創りたいですよ……今も尚、<死者蘇生ウイルス>外気中に滞在する。ワクチンと抗ウイルス薬の両方があればどれだけの人を救えるだろうかと思いますよ……」


 どうにもならない現状。焦れば焦るほど言葉に角が立つ。これ以上、意味のない辛辣な台詞を繰り返しても時間の無駄だ。


 それに脆弱な玲人の精神が崩壊してしまいそうだった。君嶋は玲人から手を離し、真摯な面持ちを向けた。


 「<死者蘇生ウイルス>の罹患者で死体から蘇生を果たした者がここにいる」


 驚いた玲人は目を見開いた。

 「<新型狂犬病ウイルス>の罹患者の餌食にならず、よく無事で……」


 「彼らの身の安全の為、通常のレッドソウルの説明を伏せようと考えている」


 「いえ、僕は言うべきだと思います。勿論、彼らの事は伏せた上で。心は生前と変わらないんだ。きっと理解してもらえる」


 「甘いんだよ」鼻で笑った。「赤い目の化け物に家族友人を殺されているんだ。その者達にとっては通常のレッドソウルもウォーカーのようなレッドソウルも大差ない」


 「そうでしょうか……」


 「それはウイルスを生んだ化学者のエゴだ」


 「説明は僕にさせてください、お願いします」


 君嶋はいい表情は浮かべなかったが、「好きにしろ」とだけ言った。


 「ありがとうございます」


 ふとした疑問をたずねる君嶋。

 「ところで、お前、ここまでどうやってきたんだ?」


 答える玲人。

 「軍事施設に一旦帰ってきた方達と……勿論、搭乗を断られましたが、強引に。こんな僕でもいざとなれば強引になれるんです」


 「……。まったく」呆れた表情を浮かべた後、念を押す。「余計な事は言うなよ」


 「……。わかっています」


 エレベーターのドアを開けた君嶋は、玲人と共にロビーに足を置いた。近くにいた守山と安岡そして数人の兵士が玲人の周囲を取り囲んだ。


 玲人と認識した瞬間、襲い掛かってくる者もいるだろう。それを阻止する為に玲人を護衛するが、まさかここに来るとは思ってもみなかった兵士らが同じ事を思った。


 (死にたいのか?)


 君嶋と兵士に護衛された玲人は、市民と対面する位置の壁沿いに立った。幼い夢を抱っこした梓が不安げな目で君嶋を見上げた。そして、その隣にいる玲人の顔を見てはっとし、手で口を覆った。


 稔が言った。

 「吃驚だよな。まさか本人が来るなんて」

 

 「ええ、何故ここに……」


 護衛に囲まれた玲人は一歩前に出て、市民に顔を出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る