第4話2050年【ウイルス性新薬研究施設3】

 本来<死者蘇生ウイルス>の目的は死者を蘇生させることだが、生体細胞にどのような影響を与えるのか? という実験を開始した初日の五年前―――


 生体ラットから採取した細胞に<死者蘇生ウイルス>を感染させた直後の様子が、スーツ型実験室のデスクに設置された電子顕微鏡のモニターに映し出された。円筒型で表面が均一、直径約100ナノメートルの<死者蘇生ウイルス>が宿主(ラット)の細胞膜と結合し、細胞内に侵入していく。その後、細胞は細かく分裂し、破壊されていった―――


 口元に笑みを浮かべた鈴野がポツリと呟く。

 「自殺するウイルス。非常に興味深い」


 確かに興味深いが、その分疑問が湧く。胸の前で腕を組んだ玲人がモニター画面を凝視する。

 「万が一<死者蘇生ウイルス>が蔓延した場合、宿主の細胞を破壊し、心肺停止を図る。その後、宿主の脳細胞に感染し、レッドソウル化するなら自己の増殖として成り立つけど、これじゃ鈴野君の言う通り “自殺” だよ。生体生物細胞に感染した場合、即座に死に至らしめる。なぜ、レッドソウル化しないんだ?」


 ウイルス学者として自殺するウイルスという興味深い光景を見たシャノンは、真摯な面持ちで言った。

 「この<死者蘇生ウイルス>が漏洩したとする。様々な経路でウイルスが拡散していく。宿主の細胞がなければ自ら増殖できないウイルスはいずれ不活化(感染力を失うこと)するわ。

 ウイルスが空気中に存在する滞在期間は約二週間。その間に何千、何万の宿主である人間や動物を死に至らしめる。これが化学兵器として悪用されたなら、大変なことになるわね」


 <死者蘇生ウイルス>の空気中の滞在期間は、あらかじめ実験済みだった。これほどまでに危険性を伴うウイルスが漏洩した場合、二週間にも渡る滞在期間にシャノンは恐怖を感じた。

 

 「でもそれを阻止する為に昼夜問わず軍が巡邏しているから、その心配はないと思うけど、考えると確かに恐ろしいものがあるな……」


 佐伯は、ハンディカメラのレンズを電子顕微鏡のモニターから玲人に移動させてたずねた。

 「このウイルスの面白いところは、脳細胞に自己を増殖させ、レッドソウルになった後、まるで脳細胞の一部になったかのように安定化し、感染の心配がない。だから通常のレッドソウルになった罹患者と過ごしても安心ってわけですよ。

 だけど、シャノン曰くウイルスが漏洩した場合を想定すると、空気中に滞在している間は感染力が強い。

 それなのにレッドソウル化するわけでもなく、宿主の細胞と共に息絶える。人間の細胞でも同じ結果なのでしょうか?」

 

 「それが残された最大の課題。もし、このウイルスが生体に感染した場合も含めてワクチンの開発を進めていく方針でいこう。長い道のりになるけど、不安要素はなるべく除きたいしね。

 後日、細胞培養で実験してみよう。人間の生体脳細胞へ及ぼす危険性と変化が知りたい」

 

 「その方がいいかもしれませんね。俺も賛成です」


 「生体ラットに<死者蘇生ウイルス>を投与した場合の映像を政府に送信しようと思う」


 「どんな新薬も人体に少しでも危険を及ぼす可能性があるなら無視するわけにはいかないですから。電子顕微鏡を撮った映像も編集してセットにしますね」


 「そうだね、よろしく頼むよ」



 翌日―――



 ハンディカメラを手にした佐伯は、いつも通り自撮りを開始する。

 「おはよう政府諸君! 今日の映像はビビるよ! ウイルスの自殺だぜ」


 「佐伯君、そのふざけた自撮りは消去してくれよ」玲人が厳しい視線を佐伯に向けた。「何度言ったらわかるのか」


 「ユーモアです」


 鈴野が言った。

 「お前のくだらない腐ったユーモアは誰も望んでないから」


 「腐ったユーモアってどうゆう意味だよ!? 失礼なヤツだな」


 他の研究員が声を上げた。

 「準備は整ってるから、さっさと始めるぞ。佐伯、真面目にやれよ」


 実験台の上に置かれた銀色のトレイの中には、<死者蘇生ウイルス>で満たされた注射器が三本と、<死者蘇生ウイルス>が保存されたスピッツが一本、メスが一本、縦に並べて収めてあった。


 それから脳波計を装着させた心肺停止のラットが一匹、そして脳波計と心電図を装着した元気なラットが一匹、何も装着していない元気なラットが一匹、計三匹が個別のガラスケースに収められており、壁沿いに設置された安全キャビネットの中には元気なラットが一匹収められていた。


 安全キャビネットとは、バイオハザード物質を閉じ込めて漏洩を防ぐ箱型の局所排気装置のことである。HEPAフィルター等|(エアフィルター)が排気口に取りつけられ、その名の通り安全性を追求した実験設備だ。


 この実験室で使用されている安全キャビネットは、下部にオートロック式のスライドガラスが取りつけられており、ここからラットを入れ、実験を行うこともできるのだ。また、更なる安全強化の為、エアカーテンも取りつけられている。


 装置の機能としては、装置の右側にウイルスが保存されたスピッツを挿入する箇所があり、ウイルスの霧を作って装置内に充満させることが可能だ。これにより空気感染の有無や、感染後の様子を観察することができる。


 ウイルスが安全キャビネット内に充満している最中には赤いランプが光り、浄化スイッチを押せば安全キャビネット内に充満したウイルスが除去され、緑色のランプが光る。


 安全キャビネット内部に充満したウイルスが実験者側に漏洩する心配もなく、また投入された生物も外部に逃げ出せない構造になっている。


 「コメディアンの国、アメリカ出身のシャノンならジョークをわかってくれるよね?」佐伯はシャノンに目をやり、フォローを求める。


 悪戯な笑みを浮かべ、掌を天井に向け、軽く首を傾げた。つまりジョークの範疇を大きく超えると言いたいのだろう。

 「ごめんなさい、あなたを超える悪戯っ子はいないわね」


 「なんだよ、ノリ悪いなぁ」


 「準備万端。カメラ回して」佐伯にゴーサインを出した玲人は最後に「真面目に撮ってよ」と言葉を付け加える。


 「はい。真面目に撮ります」録画ボタンを押した佐伯は、レンズを玲人に向けて語る。「八月三日、午前十時時丁度。映像記録者佐伯」


 「タイプ別に分別し<死者蘇生ウイルス>に感染させます」

 注射器を手にした玲人が実験台に歩み寄った。

 「まず心肺停止のラットに投与し、続いて生体のラットに直接投与した場合。

 そして空気感染した場合におけるそれぞれの変化をご覧ください。

 非常に興味深い結果であり、更なる研究が必要かと思われます」


 心肺停止のラットに<死者蘇生ウイルス>を投与する。脳細胞が活性化されたラットは赤い目をきょろきょろさせながら、背を起こした。脳波計も正常に動いている。このケース内に何も装着していないラットを入れてみると、仲良く共存し始めた。


 「この二匹のラットは同じケースで飼育していました。仲間を認識したレッドソウル化したラットの脳波も安定していますし、生前の記憶を失っていない証拠にもなります」


 続いて心電図と脳波計を装着した元気なラットに投与した。その後、正常な脳細胞が破壊され、痙攣を引き起こし、悶え始めた。心電図と脳波計に激しい乱れが生じる。かなりの苦痛を伴う状態が数秒ほど続き、やがて心電図と脳波計が停止した。


 「ではこのラットに<死者蘇生ウイルス>をもう一度投与してみましょう」


 苦悶の末に息絶えたラットへ再び<死者蘇生ウイルス>を投与する。しかし反応がない。脳波計も心電図も停止したまま。


 「生身体細胞への投与は、宿主ごと死滅。つまり自殺行為に走るのです。なぜこのような現象が起きたのかについては現段階において不明です。

 皆さんもご存じの通り、<死者蘇生ウイルス>は死体の脳細胞に感染し、脳細胞を活性化させ、生物の死体を蘇生させます。

 ですが、生体に感染した場合、それとは対照的に生物を死に至らしめる恐ろしいウイルスなのです。

 勿論<死者蘇生ウイルス>は生体に投与する為ではなく、死者を蘇生させる目的で開発したウイルス性新薬ですが、生体に感染した場合においての研究と同時にワクチン開発も考えるべきだと、我々プロジェクトチームの見解が一致しました」


 一呼吸置いて、息絶えたラットに目を向けてから言った。

 「最後の実験を終えたら解剖してみたいと思います」


 そして玲人は最後の実験に移る。安全キャビネットの右側に設置されているウイルススピッツ差込口にスピッツを挿入した直後<死者蘇生ウイルス>が充満し、ラットが悶え始めた。


 「脳細胞内で自己を増殖させて安定化した通常のレッドソウルの場合、生物から生物への感染は一切ありません。

 ですが万が一<死者蘇生ウイルス>が空気中に漏出し、蔓延したならラットより痛覚が鋭く繊細な人間は、かなりの苦痛を伴うはずです」不安と恐怖を煽り、絶対的に研究が必要であることを強調した。


 佐伯は安全キャビネット内で苦悶するラットをアップで撮り、再びレンズを玲人に向ける。


 「直接投与するより、空気感染の方が絶命までの経過が長いようです。投与した場合、血管を通り脳神経に到達しますから、空気感染より速度が速い為、死に至るまでの時間が短縮されるのでしょう」


 ラットは歯ぐきや眼から血を流し、悶えながら装置の内側のガラスを引っ掻き回し始めた。耳から滴る大量の血に白い毛並みが赤く染められ、鼻孔からドロッと粘性のある脳みそを含んだ乳白色の血が流れた後、か細い悲鳴を上げて絶命した。

 

 予想外の光景に研究員一同が騒然とし、玲人を含め、同じ事を考える。

 (脳みそが溶け落ちたみたいだ……)


 充満していた<死者蘇生ウイルス>を除去する為、空気浄化のスイッチをオンにした。赤いランプが消え、クリーンを知らせる緑色のランプに切り替わった。その後、オートロック解除ボタンを押して、ラットを取り出し、トレイの上に載せた。


 「佐伯君、ラットをアップで撮って」


 「はい」佐伯はアップでラットを映す。


 「只今から解剖を行います。まず脳の状態を診てみたいと思います」


 頭部にメスを入れ、切開する。案の定、腐敗が進行した死体の脳みそのようだった。だが、腐敗しているはずがない。つい今しがた生きていたのだから。


 「急速な細胞破壊……なぜだ?」


 続いて、直接<死者蘇生ウイルス>を投与したラットをトレイに載せ、同様に頭部を切開してみる。空気感染ほどではないが、脳へのダメージは相当なものだった。


 <死者蘇生ウイルス>を感染させてレッドソウルにするには、無傷とはいかなくとも脳への損傷が比較的軽いことが前提であり、これでは無理だと考えた。


 (なるほど、だから<死者蘇生ウイルス>を投与しても蘇らなかったのか。

 それに……比べてみると空気感染の方が脳の損傷が激しい。

 注射器により直接投与したラットよりも、空気感染したラットの方が死への時間経過が長引く為、苦痛に晒されたせいだろうか?

 どっちにしろ死者の脳細胞以外では化学兵器でしかない…… 

 このウイルス性新薬は、万が一を想定した場合かなりの危険を伴う。

 早く妻に逢いたい気持ちはあるけど、もっと研究を重ねるべきだ)


 再びカメラに向かって語り出す。

 「<死者蘇生ウイルス>には謎が多い。特に生体に感染した場合について、徹底的に研究が必要でしょう」


 実験を終えた玲人は、佐伯に目線を向け、頷いた。無言の終了の合図を受け取った佐伯は、ハンディカメラの電源を切る。


 「人間の細胞を利用した接種の研究も絶対必要ですね」細胞にウイルスを感染させることを接種という。


 佐伯以上に真面目な表情で深く頷いた。

 「その通りだよ。死体に投与した場合はレッドソウルになるのに、生体には悪影響を及ぼす……

 すぐに政府に送信したいから、編集が終わったらSDカードを僕のオフィスに持ってきてくれ」


 「はい、わかりました」



 その後、二階のオフィスで編集済みのSDカードをパソコンに挿し、暗号化した映像データを政府に送信した。


 翌日の午前九時にオフィスの電話に政府のエージェント 上戸(うえと)から着信があった。政府の上層部と会議を行ったのは、このプロジェクトを始めた十二年前。それ以降、政府とは直接顔を合わせていない。


 玲人は通話ボタンをタップし、電話に応答する。子機から浮き上がったクリアウインドウに上戸の顔が映し出された。

 『おはよう、新藤博士』


 「おはようございます、上戸さん」


 『昨日送信された映像を私も拝見させてもらった。で、昨夜総理大臣と厚生労働大臣そしてアメリカ大統領とWHOを含めた緊急会議を電話で行った。

 <死者蘇生ウイルス>による生体に及ぼす影響は問題ない。アメリカもノープロブレムとのことだ』


 耳を疑う言葉に、思わず訊き返す。

 「はい?」

 (あれのどこが問題ないんだ!?)

 「問題ないとはどういうことでしょうか? 僕には問題ないようには思えません」


 『死者に投与するウイルス性新薬だ。生体に投与するわけではない。想定の範囲内の問題だ。生体に及ぼす影響を研究するより、完璧な<死者蘇生ウイルス>を創り上げて欲しい』


 語気を強め、危険性を懸念し、訴える。

 「危険性を無視しろと言うのですか!? 万が一、外部に漏洩して蔓延した場合、人類滅亡の危機になり兼ねない化学兵器と何ら変わりはないのです! 

 接種により生体に及ぼす影響を研究するべきだと僕は考えています!

 映像をご覧になられたのなら記憶にあるはずです。それが僕達プロジェクトの見解だと言いましたよね!?」


 『その必要はない、それが政府の見解だ。もし研究するなら実費負担で行ってくれとのことだ。

 彼ら政府が投資するのは、飽く迄、死者を甦らせる<死者蘇生ウイルス>の為。全ての権利が政府にあることを忘れるな。

 <死者蘇生ウイルス>を取り扱うに当たって、<化学島>に実験室同様の気密性の高い医療施設を建設する事も視野に入れて予算を組んでいる。

 投与の際は防護服の着用を必須条件にすれば、生体に感染する危険性はない。

 新藤博士が言う生体に及ぼす影響に関しての研究にまで税金を費やすわけにはいかない、そう言うことだ。理解してくれたかな?』


 「僕には理解できません! 当然、納得もできませんよ! 諸刃の剣では意味がない! 

 それに実費で研究が出来るわけないじゃないですか!? 莫大な費用が掛かる事をご存じでしょ!?」


 『君たちが納得しようとしまいと関係ない話だ。生体に及ぼす影響と危険性を含めた研究に資金を投資する気は毛頭ない。びた一文たりともな。

 生前の記憶を持ち、生前と変わらない生活を送れる生ける死者であれば問題ないことだ。さっきから何度同じ事を言わせる?

 奥さんだって甦るんだ。愛する人に逢いたいんじゃないのか? それを研究するなら<死者蘇生ウイルス>による人体実験は先送りになる。

 君が爺さんになった頃、若くして亡くなった妻に逢うのか? その頃は下半身が役に立たないかもな』


 普段汚い言葉を吐かない玲人が小声で悪態を突いた。

 「……。ゲス野郎」


 『何か言ったか?』 


 「…………」



 あの時、僕は何も言い返せなかった―――


 だから<死者蘇生ウイルス>が生体に及ぼす研究をせず、死者を蘇生させることだけが目的の<死者蘇生ウイルス>の研究に没頭した。


 没頭し過ぎて、いつの間にか、あの時感じた恐怖や危機など頭から抜けていた。


 時間の経過と共に妻に逢いたい気持ちに心が支配され、気づけば初の人体実験を控えた今日までこの事実を脳裏の深淵に追いやり、死者を甦らせる為だけの研究に没頭してきたんだ―――


 <死者蘇生ウイルス>は僕達研究員がいなければ成し得ない研究だ。あの時、断固拒否できる強い精神力があれば……


 どうしても結子に逢いたかったんだ……上戸が言う下品な台詞もまんざら嘘じゃなかった。

 

 結子……君ともう一度、素肌を合わせて愛が交わせられる年齢の内に、どうしても逢いたかったんだ―――


 男なら誰もが思うことだ、愛する女を抱きたいと―――


 僕は自分の欲に負けた情けない化学者だ……



 「三階に着きましたよ」佐伯の声で五年前の記憶から現実に引き戻された。「よし、カメラ、オッケー」


 エレベーターのドアが開いた。三人は三階の通路に降り立ち、歩を進め、スーツ型実験室の重厚なハッチを開け、足を踏み入れた。この実験室の奥には、ウイルス保管室と繋がっているハッチがある。玲人は室内を見回しながら、網膜センサーが設置されている奥のハッチへと歩み寄り、装置に片目を寄せた。


 照合確認を終えたハッチが開き、ウイルス保管室へと歩を進めたその時―――


 スピッツに満たされた<死者蘇生ウイルス>を一定のマイナス温度で保つ保管ケースから、そのスピッツが十本以上無くなっていることに気づく。


 「<死者蘇生ウイルス>のスピッツがなくなってる!」


 血相変えて血液用スピッツを手にしたシャノンと佐伯もウイルス保管室へと飛び込んだ。

 「ええ!? なんですって!?」


 保管場所を覗いた佐伯がはっとする。

 「レッドソウルから逃げた時、通路に鈴野の姿がなかったんです。生きる為の知能が僅かに残っていたら……あの時、言った通りですよ!

 鈴野は知能を残している! ウイルスを蔓延させ、自分達レッドソウル以外の種族を消すつもりなんですよ! それに、病院の死体安置所や葬儀場では腐敗が進行していない死体が沢山あるわけだから、レッドソウルを増やすことにもなる」


 「死者に感染した<死者蘇生ウイルス>は通常のレッドソウルになる。民間人はこの新薬の存在を知らない。突然死体が甦ったらパニックになるわ」


 「いや、それより……」玲人は頭を抱えた。「五年前の実験を思い出せ。<死者蘇生ウイルス>が生体に感染したなら、佐伯君の言うようにレッドソウル以外の種族が息絶える可能性がある。

 生体の細胞での実験を行っていない。人間が息絶えるのか、それとも鈴野たちのように凶変するのか、全く予想がつかない……

 ただ一つ言えるのが、あの時のラット以上に苦悶するということだ」


 唇を震わせたシャノンは、ウイルス保管から出た。

 「急いで君嶋指揮官の許に行きましょう」


 玲人と佐伯は、採取した血液やウイルスを最適な温度で保存できるショルダータイプのボックス型保存容器を肩に掛けた。


 二人が肩に掛けた保存容器を開けたシャノンは、無造作にスピッツを放り込んだ。保存容器の内部にスピッツを固定させる箇所がついているのだが、時間がないので必要であろう本数を放り込んだのだ。

 

 「行くわよ!」


 全力疾走でスーツ型実験室を出た三人は、エレベーターに飛び乗った。下降する狭い密室で息を切らす。


 前屈みで息を整える玲人の頭の中が、五年前の生体ラットでの実験でいっぱいになった。


 あれがもし、生体に感染したらな地獄絵図の世界と化してしまう!

 僕は、結子を蘇生したかっただけなのに!

 人類が愛する亡き者に逢えたなら、幸せなはずだと信じてここまで研究してきたのに……

 僕の研究は……人類を破滅へと導く死神の手助けをしただけだったのか!?

 クソ!


 どうしたらいいんだ―――


 カタカタと震える防護服に包まれた手を、シャノンがギュッと握ってきた。優しく、強く、決然とした双眸を玲人に向ける。

 「あたしはいつもあなたの傍にいる。どんな時も、何があってもよ」


 「シャノン……」シャノンの気持ちに気づいていない玲人は「ありがとう」と一言だけ返し、軍事施設へと歩を進ませた。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る