第12話2050年【感染経路8】
深夜零時丁度―――
眠らない都心で<死者蘇生ウイルス>の被害は拡大していった―――
君嶋率いる特殊部隊、そして通常の自衛隊も、パニックを起こした市民やマスコミの対応に追われていた。
慌てふためく全国民の恐怖を煽っていたのは、徘徊するレッドソウルだけではない。特殊部隊も自衛隊も白い防護服着用に身を包んでいたからだ。
存在すら信じていなかった架空のゾンビウイルスが現実の世界に蔓延したことにより、感染しない為に防護服を着用しているのだと、一切の説明も受けていない彼ら民間人にも理解できた。
大半の市民はウイルス感染と銃を乱射させる軍隊を恐れて閉居した。しかし、真実を得たい市民はマスクを着用し、自衛隊に食って掛かる。だが、自衛隊は多くの事情を聞かされていない。
彼らが受けた報告は、“得体の知れないゾンビウイルスが蔓延した。ゾンビは撃て、素早いゾンビは水で対処しろ” それのみである。
また、消防団員や特殊急襲部隊(SAT)含めた警察も自衛隊と同様の情報と指示でレッドソウルに立ち向かい、総動員で任務に努めていた―――
ライフル銃を携えた自衛隊が街中を歩きながら同僚に訊く。
「動きが素早い部類のゾンビは、水で対処しろって言われたけど、何で水なんだ?」
鼻で笑いながら悪戯な笑みを口元の端に浮かべて答える。
「狂水症なんじゃね?」
「俺は真面目に訊いてんの。んなわけねえだろ。銃だって海外じゃあるまいし、いいのかよ」
「俺だってあり得ないと思うけど、上からの命令だし……
それよりもゾンビウイルスが実在したことに驚いてるよ」
「<化学島>から漏出したって話もあれば、違うって話もあり、大した情報が入ってこないから、なんだかワケわかんねえよな」
「同感」
・・・・・
自衛隊が巡邏する都心部から隔てた位置に建つ保健所にて、厄介な<新型狂犬病ウイルス>が生み出された―――
殺傷処分を明日に控えた犬たちが怯える保健所内の檻の中で、生体から<死者蘇生ウイルス>に感染した数頭の犬が次々と痙攣し始めた。
苦しそうにキャンキャンと悲痛な悲鳴を上げ、冷たい床の上に倒れていく。前肢と後肢をばたつかせ、鼻孔から脳みそが入り乱れた血液を流し、苦悶しながらやがて息絶えた。
しかし、命の灯が消えた檻の中が静まり返ったのもつかの間。深紅の双眸の犬達が次々と背を起こし始める。
その中にはシロ同様、狂犬病ウイルスに感染していた犬が一頭存在した。その犬の体内で、<死者蘇生ウイルス>と狂犬病ウイルス間で組み換えが起き、<新型狂犬病ウイルス>へと変貌を遂げた。<新型狂犬病ウイルス>に感染した犬は、のらりくらりと檻の中を歩く犬に噛みつき、種の増殖を図る。
<死者蘇生ウイルス>に感染していなかった犬達も、あっという間に<新型狂犬病ウイルス>に感染した犬の餌食となった。
数十頭の狂犬と化した犬達は、南京錠が掛けられた檻の出入口に体当たりし始めた。激しい衝撃音が室内に響き渡る。
見回りの職員がその異様な音を不審に感じ、懐中電灯片手に室内に続くドアを開けた。暗がりの中に光る無数の赤い食肉目が、一斉に職員へと向く。何故犬達の目が赤いのかと不思議思った職員は、訝し気な表情で檻に歩み寄り、懐中電灯で照らしてみた。
煌々とした光の先には豹変した犬達の姿が―――互いの血で染めあった赤い犬歯が暗闇に光る―――
その時、職員ははっとする。
(テレビの緊急速報のゾンビだ!)
逃げねばと踵を返した途端、運悪く南京錠が破壊され、<新型狂犬病ウイルス>に感染した狂犬達が一斉に飛び出した。
狂犬が怯んだ職員に飛びついた次の瞬間、空気中に舞った<死者蘇生ウイルス>に職員が感染してしまう。頭蓋を貫く激痛に耐え兼ね、頭を押さえながら転倒し、悲痛な悲鳴を上げて痙攣し始めた。
全身の血管がドックン……ドックン……と脈を打ち、耳から流れ落ちる血がコンクリート製の冷たい床に伝う。
苦悶の悲鳴を上げ続ける職員の眼球がググッと前に飛び出し、赤い蜘蛛の巣が張り巡ったかのように充血していった。後、鼻孔から脳みそが入り乱れた乳白色の血が垂れ落ち、七転八倒の末に絶命した。
仄かな体温を残した職員の首筋に犬歯を喰い込ませた狂犬は、<新型狂犬病ウイルス>を感染させる。食い込んだ犬歯と生肉の間から、生前と変わらぬ赤い血がツーと流れ落ちた。
数秒後、<新型狂犬病ウイルス>に感染した職員が背を起こし、狂犬と共に夜勤の同僚がいる休憩室へと素早い歩を進ませた。
無論、自分達の種族を増やす為に―――
保健所内がパニックに陥った事は言うまでもないが、若者達で賑わう渋谷や、煌々としたネオンが眩しい歌舞伎町も悲鳴の嵐で騒然としていた。
ごく一部の無謀な若者が、面白半分でサイトにアップしようと好からぬ考え起こし、変貌した人々の様子をスマートフォンに収めていた。
怖いもの見たさという集団心理も手伝っているのだろう。自分が感染するはずがない、と当たり前のように思い込んでいる人々で、渋谷はいつも以上にごった返していた。
しかし、肉眼で捉えることが不可能な<死者蘇生ウイルス>が徐々に魔の手を伸ばしつつあることに、彼らは気づいていなかった。
空気中に舞った100ナノメートルの微細な<死者蘇生ウイルス>が人々の体内に侵入し、脳細胞に感染していく―――
他人事だった彼らは、今まで感じたことのない頭痛に見舞われ、悲鳴を上げながらアスファルトに倒れた。七転八倒、苦悶し、のたうち回る―――脳みそと血が入り乱れた粘性のある液体を鼻孔から垂らし、息絶える人々―――
惨烈な光景を目の当たりにした非感染者は、各々が戦慄の中心に立たされているのだ、という事態に漸く気づき、慌てふためき始めた。
得体の知れないゾンビウイルスに感染するかもしれない恐怖心から集団パニックに陥り、人だかりがドミノ倒しのように崩れていった。
アスファルトに転倒した数十名の若者が、逃げ惑う人々の群れに踏まれ、圧迫死する。空気中に漂う<死者蘇生ウイルス>が、今しがた絶命した若者と逃げ惑う若者に感染した。
生体は苦悶し、次々と倒れていく。しかし、死者は何事もなかったかのように、深紅の双眸をきょろきょろさせ、アスファルトから立ち上がり始めた。
彼らは<死者蘇生ウイルス>の存在を知らなければ、死んだことも理解していない。自分達は気絶していたのだと思いながら、ふと互いの顔を見合うと、凶変した人々のように双眸が深紅に染まっていた。これにより自分達がゾンビになってしまったのだと悟る。
そのうちの一人、茶髪のギャル亜美(あみ)(十六歳)は掌を見つめた後、後方に建つショッピングビルのショーウィンドウで自分の双眸を確かめた。
「赤い……」ゾンビになってしまったと理解した亜美。「マジか……」
自我を持つゾンビと持たないゾンビ。
自分には自我がある……
モルモットにされることを恐れた亜美は、人目を忍んで密林とも言える都会のビルの合間を通り、この渋谷から姿を消した。
同時刻、葬儀を控えた死者が永眠する各家庭で同じ現象が起きていた。
レッドソウルへと化し、死者から蘇生を果たした亜美と同い年の白装束に身を包んだ十六歳の少年 樹(いつき)は、白い布団に横たわっていた。
母親は樹の顔に掛けられた白い布を外し、天冠(てんかん)をつけた額をそっと撫でた。肌は土気色だが、今にも起き上がりそうなくらい綺麗な顔をしている。
ポロリと涙を零す。
「樹……」
樹は交通事故で他界した。内臓破裂の即死だった。十六歳、死ぬには早すぎる。変われるものなら変ってあげたいと、母親は涙した。
いつもと同じ朝だった。いってきますと自宅を出て、学校前の交差点で自動車に撥ねられたのだ。頭部への損傷が少なかった樹の顔や体には、多少の浮腫みはあるものの、生前と然程変わらぬ姿であった。
「樹……起きて、お願いだから、目を覚ましてよ」樹の肩を揺すり、泣きながら声を張った。「起きてぇ!」
母親の声に反応した樹は、パチッと目を覚まし、「だぁぁぁぁ! 遅刻か!?」と朝寝坊した時と同じ台詞を言いながら、勢いよく布団から背を起こした。
「い、樹!?」母親は目を見開き、樹を凝視する。死んだはずの息子が突如甦ったのだ。驚くのも無理はない。「い……いつ……き?」
きょとんとして母親の顔を見る。
「母ちゃん、なに泣いてるの?」
母親ばかりではなく、周囲に異変を感じた。頭には天冠、それに白装束。真横には遺影と箸を立てたご飯、あと長い蝋燭が二本。そして白煙が立ちのぼる線香。
状況が理解できない樹は動揺する。
「え? 葬式? なんで?」
母親にとって生き返った理由など問題ではない。ただ生き返ってくれたことが嬉しくて、樹を抱きしめた。
「樹……あなた……自動車に轢かれて死んだの。死んじゃったの!」
驚いた樹は少しばかり憤然とし、「勝手に殺すなよ、俺は生きてるし」と返事した。
「ああ、よかったぁ……神様……顔をよく見せてちょうだい」
「いつもと同じ顔だよ」
母親は樹の頬を撫でながら、甦った愛しい我が子の顔を見つめる。よく見れば、双眸が深紅だった。不気味なほど赤い双眸を訝し気に覗き込む。
「目が……赤いわ」
「目? 充血?」
樹が死んだショックが大きかった母親は、テレビを見る心の余裕がなかった為、死者が甦る緊急速報を知らない。別人のように変貌した樹の双眸に恐怖を抱き、取乱し、腰を上げた。
「眼球が赤い、赤い! あんた誰なの!? 息子は間違いなく死んだのよ! 息子を返して! 樹を返せぇ!」
突然錯乱した母親に、自分が樹本人であることを訴える。
「俺だよ、樹だよ!」
母親は引き出しからカッターナイフを取り出し、樹に向けた。母親の目は本気で自分を殺そうとしている。樹は無我夢中で室内を飛び出し、玄関に足を踏み入れた。その時、靴箱の手前の壁に掛けた姿見に、深紅の双眸をした自分の顔が映り込んだ。
「ええ!?」姿見に両手をつき、双眸を覗き込む。「目が! 目が赤い!」
(顔も浮腫んでるし、肌の色も土気色で生気を感じない! まるで映画に出てくるゾンビじゃないか!)
「どうなってるんだよ!?」
動揺の声を上げた樹の背後に、カッターナイフを振り回した錯乱状態の母親が迫りくる。
カッターナイフを持つ母親の右手を咄嗟に鷲掴みにした樹は大声を張り、二階の寝室で寝ているはずの父親に助けを求めた。
「父ちゃん! 父ちゃん! 助けてぇ!」
しかし返事がない。その代わり、階段を下りる足音と奇妙な呻き声が聞こえた。
「ウゥゥゥゥゥ……ゴフゥゥゥ」
鼻孔から乳白色の鼻血を垂らして階段から廊下に足をつけた父親は、自分と同じ深紅の双眸をしていた。
「父ちゃん?」
(まさか、父ちゃんもゾンビに!?)
信じられない光景に足を震わせた母親は、腰を抜かし、廊下に崩れ落ちた。
「……あなた?」
別人のように変貌した父親は、自我を失い、知能をも失っているようだ。締りのない口元から涎を垂れ流し、のらりくらりとこちらに向かって歩を進めてくる。その深紅の双眸に映る自分達は、もはや父親にとって獲物でしかないと感じた。
樹は、父親が完全なゾンビになってしまったのだと理解するほかなかった。
「……。ゾンビになってしまった。父ちゃんも……そして俺も」
樹は自分と同じ深紅に染まった双眸の父親が取る行動を確かめたかった。今しがた母親から聞かされた通り、自動車に轢かれて絶命したのだとしたら、自分は本物のゾンビになってしまったということだろう、と考えを巡らせた。
だとすれば……ゆくゆくは目の前にいる父親のように自我を失うかもしれない……自我を保ったゾンビ映画など見たこともないのだから……そう考えると怖かった。だからこそ確かめる必要があると思ったのだ。
いつでも逃げられるように一定の距離を保ち、じっと父親を凝視する。
肩を左右に揺らして意味不明な言葉を発しながら、腰が抜けた母親に覆い被さった次の瞬間、勢いよく首筋に噛みついた。
見開いた深紅の双眸はどこを見るわけでもなく、挙動不審。小刻みに眼球を動かし、凄まじい力で動脈ごと肉を喰い千切った。
勢いよく血液が噴き上がった首筋を押さえ、悲鳴を上げる母親。溢れ出す夥しい血液が、指の間から滴り落ちた。
「た、助けてぇ!」
助けに入ろうとした樹は、一歩前に身を乗り出した。
「母ちゃん!」
生体から<死者蘇生ウイルス>に感染した母親は、深く抉られた首筋を遥かに凌ぐ頭蓋を貫くほどの頭痛に悶え始めた。
口から血を吹き出し、地獄の苦悶に苛まれ、床に倒れた。額に浮き上がった青い血管が破裂した直後、母親の呼吸が止まった。
息絶えた母親の見開いた双眸が、次第に深紅へと変化していく。
感情なき無情の双眸をぎょろりとこちらに向け、口元から血が混じった唾液をダラダラと垂らしながら、父親と同じように意味不明な言葉を発し、背を起こした。
「グゴ……グゴ……グゥゥゥゥゥ」声を発する度、口元の両端に赤い唾液の泡が作られた。「ゴウ……グルルルル……」
喰い千切られた首筋から鮮烈な赤い血を大量に垂らした母親が、ゆっくりと歩を進めてきた。体内を巡っていたその血液は、いずれ深く抉られた咬創から全て流れ出てしまうだろう。たとえ体内から血液が消滅しても徘徊し続けることができるアンデッドモンスターになってしまった両親に目をやり、我に返ってくれと願った。
「母ちゃん! 父ちゃん! しっかりしてよ!」
しかし、哀訴にも近いその声は、もはや二人に届かない。
もし、自我を失ったゾンビに噛みつかれてしまったら、自分も自我を失いそうな気がした。
両親を置いていくのは心苦しいが、我に返る見込みは薄い。ここから逃げねば自分も両親と同じく自我を失ったゾンビになってしまう! と恐怖を感じた樹は、玄関のドアの取っ手を回し、無我夢中で外に飛び出した。
すると、玄関先の手前にある花壇付近で、樹の葬儀に駆けつけた叔父が後ろ向きに屈んでいた。
樹の自宅と叔父の自宅は距離がある為、葬儀の為に泊まることにしたのだろう。だが、なぜ、こんな夜中に庭いじりを? と疑問が湧いた。
訝し気な表情を浮かべ、こわごわと呼び掛けた。
「お、おじさん?」
しかし、呼び掛けの返事が返ってこない。
小刻みに肩を揺らしながら背を丸めた状態で屈む叔父に嫌な予感がした。耳を澄ませば、硬いものを噛み砕くガジガジと不気味な音が聞こえた。
樹はもう一度呼び掛ける。
漸く叔父は樹が立つ後方にゆっくりと顔を向けた―――
案の定、叔父の双眸も深紅に染まっており、口元はその眼球に負けじと真っ赤な血に染まっていたのだった。
樹は、ひっきりなしに口を動かして何かを噛み砕いている様子の叔父の手元に視線を下ろした。大事そうに腕の中に抱えていたのは人間の脛だった。
引き千切られた肉の間から覗く骨が噛み砕かれていた為、叔父が人肉と人骨を喰っていたのは一目瞭然。両親同様に凶変した叔父は、樹に構わず、再び脛を齧り始めた。
樹の頭がパニックになる。両親、叔父、そして自分も真っ赤な目だ。なにがどうなっているのか混乱する。
「人肉喰うとかあり得ないだろ!?」
今日の午前中<ウイルス性新薬研究所>にて、<死者蘇生ウイルス>の実験が行われる前に、自動車に轢かれて他界した樹は、“ゾンビウイスル蔓延”の速報を知るはずもない。
人生で一番の恐怖に身震いし、自宅の敷地内から恐る恐る足を踏み出した瞬間、見慣れた夜の住宅街に深紅の双眸をした隣人が、のらりくらりと徘徊していた。樹は驚愕の光景に震撼する。
自分だけが自我を持つ。もし捕まったら保護されずにモルモットにされてしまうような気がした。渋谷から去った亜美と同じ恐怖の考えを巡らせた樹は、この住宅街に背を向け、姿をくらました。
深紅の双眸に恐れを抱いた樹と亜美―――
しかし、その姿に満足するゾンビ好きの若者が秋葉原いた。
渋谷でレッドソウルに化した亜美と同じ状況で絶命した少年 遊直(ゆじき)(十六歳)はショーウィンドウに映る自分を見つめる。
黒縁眼鏡の奥にある深紅に染まった双眸を覗き込んだ遊直は、思わずガッツポーズを取った。飛び跳ねて喜ぶ度に、必要以上に大きいリュックサックが揺れる。
「なーはっはっ! やったぁ! ゾンビだぜ! 超イケてる! クールじゃん!」
テンションが最高潮に達した遊直は、一旦冷静に戻り、周囲に首を巡らせた。鳴り響く自動車のクラクション、炎上している自動車があちらこちらに放置されている状態だ。きっと運転手はゾンビになってしまったのだろうと考えた。
逃げ惑う非感染者達、そしてのらりくらりと歩く感染者、それからドミノ倒しで絶命した俺達感染者。
「…………」
(俺にも、そして俺と同じ状態で死んだであろう連中には自我があるのに、生きた状態で突然ゾンビになった連中は自我がない。
だけど、あれが本来のゾンビなんだよな。映画ではそうだし。だったら自我を保っている俺の方がおかしいって事になる)
自分の隣に突っ立ているレッドソウル化した弟 遊介(ゆかい)(十五歳)に訊く。
「なあ、弟よ。この状況を見てどう思う?」
遊直以上に大きなリュックを背負った遊介は、どんな状況でも冷静沈着だ。遊直と同じ黒縁眼鏡を軽く上げて答える。
「僕に訊かれても困りますね。やはり24区で何かが起きたとしか考えられません」
「だよな。なんだか映画の世界にトリップしたみたいだ」
「全くですね」
大勢の人々が<死者蘇生ウイルス>に感染し、バタバタと悶絶していく。その間をレッドソウルがのらりくらりと徘徊していた。
その後どこからともなく<新型狂犬病ウイルス>に感染したレッドソウルが現れ、生体からレッドソウル化した者達に次々と噛みつき始めたのだ。
それを目にした二人は、瞬時に顔を見合わせた。本来ならゾンビは走らず、動きが鈍いはずなのだから。
「はや! なにアレ?」
「随分と動きが速い……それに共食いでしょうか? 同類なのに噛みつくなんて妙ですね。人間を喰らうなら理解できますが、ゾンビの共食いとは珍しい」
しかし、共食いではない。<新型狂犬病ウイルス>罹患者が、同種を増殖させる行為を行っていたのだ。
生体から感染したレッドソウルは、一瞬痙攣した後、素早い動きに一変し、次から次へと人々に猛威を振った。生温かい血が乾いたアスファルトに飛散する。
体の一部が点々と散乱した合間を歩くレッドソウルは、女の上腕を拾い上げ、血の滴る生肉に歯を喰い込ませ、一心不乱に貪り喰い始めた。
遊直は口元を押さえた。
「おえっ……なんでゾンビになると突然人肉を喰うんだろうね?」
「さあ? 僕にはわかりません。そんなことより、ここは危険だと思います。動きがやたらと速いゾンビは、たぶん……同種を増やそうとしているのかもしれません。つまり、僕達もここにいれば奴らの餌食になってしまうでしょう」
二人が秋葉原から立ち去ろうとした時、少し距離を隔てた後方から銃声が聞こえた。周囲に銃の乱射を恐れる人々の悲鳴が飛び交った。
人生初のけたたましい生の銃音に驚いた二人も慌てて両耳を塞いだ。身を強張らせながら後方を振り向くと、ジープに乗った君嶋がライフル銃を手にし、次々とレッドソウルを撃ち殺していたのだった。
自分達も殺されるかもしれない、と 恐怖に駆られた二人の前方に消防車が現れ、<新型狂犬病ウイルス>の罹患者(レッドソウル)に放水し始めた。
水を浴びたレッドソウルの群れは、全身を痙攣させ、アスファルトに倒れ込んだ。それを狙い、君嶋率いる特殊部隊と自衛隊が銃を乱射させた。
君嶋の声が夜の秋葉原に響く。
「撃て、撃て、撃て―――!」
光景を凝視する遊直にも、衣服に僅かな水飛沫が付着する。
「狂水症? だけど俺らは水を見ても水滴を浴びても何ともない。動きが速い部類のゾンビだけの弱点なのか?」
「さあ……わかりませんが、それはさておき……」
遊介はアスファルトに視線を下ろし、そこに横たわる息絶えたコスプレ衣装の女二人が掛けていたハート型のフレームのサングラスを拾い上げ、一つを遊直に差し出した。
「兄ちゃん、目を隠して逃げよう。僕達もヤバそうです」
「そうだな」
二人の視力は両目共に0.5。眼鏡を外しても何とか認識できる範囲の視力だが、夜間の暗い視界に黒っぽしいレンズのサングラスは少々不安だった。
しかし、二人は生き抜く為に眼鏡を外し、男には似合わないサングラスを掛け、自分達のテリトリーである秋葉原に背を向けた。
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