第8話2050年【感染経路4】

 軍事施設の東棟<隔離施設>にて―――



 A班の兵士は通常の任務に戻り、君嶋と凛そして玲人たちはケミカルシャワーが降り注ぐ通路を通り抜けた。防護服を着用した状態で<隔離施設>の通路に入ると、賢人を任された一人の兵士が玲人に歩み寄ってきた。この通路は感染の有無が不明な者を隔離する為の施設なので、当然の事ながら防護服を着用している。


 「一番手前の隔離室に息子がいる」それから付け加える。「ああ、それから、丸っこいシルバーのロボットが一台」


 「ありがとう。すぐに息子のところに行きます」


 「だだっ広いビップなマンションを二部屋も借りて、化学者って贅沢だな。俺達なんかこの軍事施設の二階に用意されたちんけな部屋で寝起きしてるってのによ」


 「一部屋は自宅、もう一部屋は賢人の研究室なんです。息子は自宅で研究してますから」


 「くだらん余計な話はいい」

 君嶋は兵士に顔を向けてから、玲人に言った。

 「感染した生体は潜伏期間なしに発症し、レッドソウルとなった。賢人は非感染者だと思う。とは言え、推測だが。

 しかし、念の為に抗体検査をしたほうがいいだろう」


 「分析器などはあるんでしょうか?」


 通路の奥に二枚連なった右側のドアを指し、「あの奥がラボだ。ラボの奥が……いや、何でもない」君嶋はラボ内の奥にあるもう一つの実験室を伏せる。「とにかく、この軍事施設には必要な物が揃っているはずだ」


 「そうですか、わかりました」

 (ラボの奥はいったい……きっと僕達に必要ないから言わなかったのだろうけど……)


 静かな口調でたずねた。

 「息子に訊かれたら何て答えるつもりだ?」


 「答えられない……何もかも……」


 「……。万が一、ウイルスが街に蔓延したなら、腐敗が進行していない死体が通常のレッドソウルと化し、生体に関しては研究施設同様」

 この先は口にしなくても理解できるだろうから、敢えて続けず、

 「どの道、隠し通せるわけもない。上戸ら政府が隠蔽しようとも、お前の息子は頭がいい。既に勘付いているかもしれん」と言った。


 「かもしれないですけど、言うわけにはいかない……」強調し、もう一度繰り返した。「言うわけには」


 シャノンは玲人の肩に手を置く。

 「賢人君のところに行きましょう。きっと不安がってると思うの」


 佐伯も頷いた。

 「頭がいいとは言え、心は子供なんだから当然だよ」

 

 凛が颯爽と通路を進み始めた。

 「さっさと行こうぜ。子供に寂しい思いをさせちゃダメだ。特にこんな時はな」


 佐伯は悪戯な笑みを口元に浮かべる。

 「優しいじゃん」


 ぶっきらぼうに返事を返す。

 「うるせー」

 

 手前の隔離室に歩を進ませると、玲人がドアに歩み寄った。自動ドアと思いきや、ここにも網膜センサーが設置されている。


 君嶋が網膜センサーに片目を寄せ、ウイルス研究施設に行く前に凛が言った台詞と同じ事を口にした。

 「感染の可能性のある者に勝手に抜け出されては困るからな。念の為に設置されている。後で必要な箇所のドアのみ、お前達の網膜を登録しておく。いちいち面倒だからな。勿論一時的だが」


 照合を終えたドアが滑るように開くと、入口の天井付近にエアカーテンが取りつけられた二十畳の隔離室の床に、フレンド君と一緒に腰を下ろした賢人の姿が見えた。


 賢人は玲人を見るなり、目を見開いてこちらに駆け寄ってきた。

 「父さん! どうゆうことだよ!?」


 「……。これから感染の有無を調べる抗体検査をするけど、何も心配いらないよ」


 賢人の質問に関しては触れずに、笑みで取り繕う。しかし、それは賢人の不安を煽り、怒りを増幅させる起爆剤となるだけだった。


 賢人は大声で玲人を罵った。

 「何が起きたのか知りたいんだよ! 誤魔化すなよ!

 俺は何度も父さんにどんな研究をしてるの?って、訊いたよね!?

 今朝も訊いたけど、教えてくれなかった。家族にも言えないようなウイルス性の薬を研究してるんでしょ!? それが研究施設から漏出した、だから俺は隔離室に連れてこられたんだ!」


 フレンド君が賢人を宥めようと背中をさする。

 「落ち着きましょう。脈拍が上昇しています」


 「うるさい!」


 フレンド君は咄嗟に賢人の背中から手を避けた。

 「ごめんなさい」


 「あ、あのな、賢人」嘘を取り繕うのに必死で、訥々としてしまう。「違うんだよ」


 「何が違うんだよ! 本当の事おしえてよ! 全部、全部、隠し事ばっかじゃん!

 国の極秘任務に携わる大事な仕事なのは理解してるよ、でもね、でも!間違ってるよ、こんなの絶対間違ってる! 

 だって俺達たった二人きりの家族でしょ!?」


 玲人は久しぶりに見る賢人の涙に胸が張り裂けそうで、つい口を割りそうになった時、見兼ねた君嶋が口を挟む。


 「ごめんな、賢人君」優しく賢人の頭を撫でた。「家族でも言えないんだ。でも、いつか言わなきゃいけない日が来る。その時まで待ってほしい。だから、お父さんを嫌わないでくれ」


 「おじさん……」


 凛以外の三人は驚きを隠せず、顔を見合わせた。何故なら彼が言う台詞とは思えなかったし、目頭に薄っすらと涙が溜まっていたからだ。


 君嶋は涙を堪えるように唇をギュッと結んで、「執務室へと戻り、上戸に現状報告する。あとは頼んだぞ」と凛に言ってから隔離室を後にした。


 凛は姿勢を低くし、優しい言葉遣いで賢人に言った。

 「あたしは矢崎凛。で、今のおじさんは、君嶋指揮官。ここで一番偉い人なんだよ。

  彼にも賢人君と同い年の息子がいた。そして愛する奥さんも。

 遠征の前日、仕事の事で奥さんと息子と喧嘩しちゃったんだ。あたしら特殊部隊は、いつも家族に言えない仕事が大半だしね。

 家族と仲直りできないまま戦地に行った三日後の夜、二人は交通事故に遭い、帰らない人になった。

 誰よりも二人を愛していたのに……

 お父さんが仕事で言えない事があったとしても、賢人君のことが誰よりも大切だってことだけは理解してあげて欲しい。

 あたしだって、家族に秘密事が多いけど、家族を愛してるもの。

 たとえ、言えない事があったとしても、どんな時も愛情だけはぶれることがない確かなものだから」


 愕然とした玲人の心に後悔の念が巡る。

 「……。そんなことが」


 君嶋指揮官は亡き息子さんと賢人を重ねて……

 ウイルス研究施設で僕は、君嶋指揮官に酷い事を言ってしまった!


 “あんたのような冷たい鉄の心じゃ理解できないかもしれないが、理屈や現実より感情を優先したいときだってある血の通った人間なんだ!僕の気持ちは一生あんたには理解できない!”


 酷すぎる暴言だ。知らなかったとは言え、申し訳ない。

 「後で君嶋指揮官に謝らなきゃ……」


 玲人がポツリと言った直後、凛が首を横に振り、いつもの男口調で言った。

 「やめときな。君嶋指揮官と言い合いになって酷い事を言ってしまってとか、そんなおちだろ?

 同情とか、変な気遣いとか嫌う人だからさ。普通に接すればいいんだよ」


 シャノンが言う。

 「矢崎さんの言う通りよ。彼はそういう人なのよ。謝ったら余計不快に感じると思う」


 「そーそー。コーヒー一杯奢る程度にしときな」


 「わかりました」


 気持ちが落ち着いた賢人は涙を拭い、濁りのない澄んだ目で玲人を見つめた。

 「信じてるよ、父さんのこと。俺を裏切るような研究に手を出してないってこと」

 それからフレンド君に謝った。

 「ごめんね、さっきは怒っちゃって」


 「お気になさらず。私はいつでも賢人博士のお友達です」


 「ありがとう、フレンド君」


 「いえいえ、どういたしまして」


 玲人は賢人に返事を返すことも抱きしめることもできなかった。人類の為になると始めた研究は、恐ろしい化学兵器となってしまったのだから。


 もし、街に蔓延したらと考えると、震えが止まらない。防護服に包まれた手がカタカタと震える。賢人は玲人の手を握り、心配そうな表情を浮かべた。


 「震えてるよ、大丈夫?」


 冷静を装い返事する。

 「大丈夫だ。抗体検査を始めようか」


 フレンド君が賢人の前にズイッと身を乗り出し、玲人につぶらな硝子の双眸を向けた。

 「抗体検査はまず感染直後を採取し、血清を分析器に掛け検査します。二週間後に再び血液を採取し、検査を行う必要があります。その間、私と賢人博士をここに閉じ込めておくおつもりですか? 窒息死し兼ねません」


 「可哀想だとは思うけど、仕方ない。君嶋指揮官も念の為にと」


 「つまり、私が言いたいのは、検査の必要がないと言いたいのです」

 

 いまいちピンとこない玲人は、首を傾げた。


 「は?」


 ニヤリと口元に笑みを作った賢人が疑問を解決に導く。

 「もう忘れたの? 今朝言ったでしょ? フレンド君はDNAを読み取れるって。つまり、感染の有無の確認も検査も不要。

 だから言ったじゃん、世界初だって。これで医療現場は色々と手間が省けるし、その分、患者も医療費の負担が少なくて済む。検査代は馬鹿にならないからね」


 フレンド君が言った。

 「賢人博士の体内に異常は診られません。勿論、君嶋指揮官を含めた皆さんのお体も健康です。ですが今朝申し上げた通り、玲人様はお煙草の吸いすぎです」

 シャノンに目を向けた。

 「シャノン博士は胸に打撲痕が診られますが、骨に異常はないようです。

 毎日バランスの良い食事を心がけているお蔭でしょう。骨密度も高いですし、血液もサラサラです」


 化学者三人は顔を見合わせ絶賛した後、シャノンの怪我に責任を感じていた佐伯が安堵を口にした。

 「折れてたらどうしようって心配してたけど、よかった。後で湿布貼った方がいいよ」


 「そうするわ」


 フレンド君に興味津々の凛は、平手でシルバーの頭をパシパシと叩く。

 「へ~、凄いじゃん! こいつは驚いた。特許申請したの?」

 

 賢人は得意げに答えた。

 「まだだよ。もう一つ特許申請したい医療アイテムがあってね」


 「なになに?」


 「手首につけるだけで一日に必要な栄養素の五割が補えるエナジーバンドだよ。勿論、ダイエットにも最適」


 「ええ!? そんなモノまで創ったの!? 世界初のオンパレードじゃんか」玲人の背中をバシッと叩いた。「あんたの息子やるね!」


 「はは……」苦笑いする。「はい。自慢の息子ですよ」

 (賢人は本当に自慢の息子だ。僕のように道を踏み外すこともないだろう)


 玲人に向けた目線をフレンド君に戻した凛は、試すように言った。

 「ねえ、本当にあたしの身体は健康かな?」


 「健康ですが、右脚の……」


 「スットプ! こりゃ本物だ」診断の途中で掌をフレンド君に向けた。「行くぞ」


 ウイルス研究施設内でも、凛は機敏な動きだった。だから軽い疲労だろう、と単純に考え、敢えてフレンド君に訊かなかった。


 現に今も颯爽とした足取りで隔離室のドアに向かい、網膜センサーに片目を寄せ、ドアを解錠したのだから。


 「今から、西棟の会議室に向かう。後で軍事施設内の大まかな説明をする。取敢えず、あたしに着いてきな。でもその前に」


 玲人と佐伯が肩に掛けた保存容器に目をやった。

 「それをラボに持っていかないとな」


 一同は凛の後ろに続き、君嶋がラボだと教えてくれたドアに向かって歩を進める。玲人はラボの左側にある網膜センサーなしのドアが気になり、たずねてみた。


 「隣のドアの中はどうなってるの?」


 「今さっき通ってきた東棟のケミカルシャワー機能が取りつけられた通路と、単なるシャワールームだよ。感染者が隔離されてる場合、通路を通った連中が利用する。

 いちいちラボを通過しなくてもいいだろ? 因みにラボのシャワールームと通路の奥にあるシャワー室は繋がってる」


 「なるほど」


 凛は賢人に目をやった。

 「ウイルス汚染物質を扱わなきゃいけないから、防護服を着用していない賢人君は実験室への立ち入り禁止。隣のドアから男子更衣室に行って待ってて。すぐにお父さんと佐伯博士も行くから」


 「え~ラボ見てみたかったな」ちょっぴりつまらなさそうな表情を浮かべ、フレンド君に言った。「先に行って待ってようか」


 「はい、そうしましょう」


 「ケミカルシャワーが降っちゃうから、くれぐれも壁に設置されたボタンに触れないように」


 「うん、わかったよ」玲人に「じゃ、あとでね」と声を掛けてからドアの奥へと姿を消した。


 凛は網膜センサーに片目を寄せた。照合確認を終えるとドアが滑るように開いた。ラボ内部は<ウイルス性新薬研究施設>のスーツ型実験室内部と同じだった。


 ウイルス性新薬である<死者蘇生ウイルス>は飽く迄ウイルスだ。しかし、極秘プロジェクトなので四段階のリスクグループのうちどのクラスにも属していない。だが、取り扱いはBSL4と同じである為、<ウイルス性新薬研究施設>の実験室もBSL4を取り扱う実験室と同様の構造になっている。


 だから、ラボ自体は自分達が務める研究室と大差はない、が……三人は一つだけ異なる点を発見した。それは君嶋が通路で言い掛けた “ラボの奥”。


 玲人らが研究を行ってきた<ウイルス性新薬研究施設>実験室の奥は、ウイルスの保管室となっている。しかし、このラボの奥にあるドアは、かなり重厚な鉄ドアだ。直感で何かが違うような気がした。


 玲人が凛にたずねる前に、凛から言ってきた。

 「奥の実験室はなるべく使いたくない。使わないなら知る必要がないから、ここだけの案内にしておくぜ」


 玲人とシャノン、そして佐伯は顔を見合わせ、佐伯がたずねた。

 「気にはなるけど……知らない方がいいこともあるから触れないよ」保存容器を指す。「肝心のスピッツ保存する場所は?」


 「それならここ」壁に埋め込まれるように設置された小さな扉を指した。「軍事施設だし、普通の実験施設より小規模な保管スペースだけど足りるだろ? 

 だけど温度設定や機能は充実してるらしいけど、使い方知らないからあたしに訊くなよ」


 「うん、じゅうぶんだよ。使い方は俺達がわかるから安心して」


 「あいよ」

 

 佐伯が温度設定し終えると、玲人とシャノンはスピッツを保管スペースに収めた。事を済ませた三人を凛が誘導する。


 正面のドアを指す。

 「このドアの通路の奥は、シャワー室に繋がってる。ここも外部からの侵入者を防ぐために網膜センサーが取りつけられてるんだ」

 

 凛は網膜センサーに片目を寄せ、ドアを開けた。壁に設置されているボタンを押した直後、天井からケミカルシャワーが降り注いだ。


 「さあ、行こうぜ。シャワーを浴びてから通路に出るように。それから女は風呂が長いから遅れても待ってろよ。勝手に軍事施設内をうろついたらぶっ殺すからな」


 「うん。わかった」笑いを堪えて佐伯が冗談を言う。「てか、女だったの?」

 

 佐伯の脛に軽い蹴りをお見舞いする。

 「なんだと、テメー! 最高の美人に言う台詞じゃねえだろ!?」


 「うそ、うそ。ガチ美人です」


 一同はケミカルシャワーが降り注ぐ通路を歩いて、男女別の更衣室へと入っていき、シャノンと凛は蒸し暑い防護服を脱いだ。


 シャノンはシンプルな私服だが、凛はカーキ色のタンクトップに軍服のカーゴパンツを穿いている。シャノンはタンクトップから覗く上腕筋に圧倒させられた。


 「凄い筋肉ね」


 「頭でっかちのもやし男に囲まれてりゃ驚くのも無理ねえよな。今まで付き合ってきた男も全部もやしなんだろ?」

 

 シャノンは笑ながら答えた。

 「そうね、学生の時から共通の話題が多い化学オタクばかりと付き合ってたわ」


 「で、今は新藤博士が好きってわけだ」


 「え!? そんなんじゃ」

 

 「誤魔化すなって、こう見えて女子だしさ。見りゃわかるよ」


 「…………」だんまりして、訊き返した。「あなたも君嶋指揮官が好きなんでしょ?」


 「ぶっ!」一瞬噴き出して答える。「彼とは上司と部下の仲。それ以下でも以上でもないよ」シャノンの柔らかな頬を突いた。「彼の私情を知るわけは、ずっと同じ部隊にいたから、それだけ」


 そう答えてタンクトップを脱いだ凛。シャノンとは対照的な褐色の肌がパワフルで健康的な色気を醸し出していた。


 筋肉質でありながら女を強調する豊かな胸の上に揺れるシルバーのハート型のペンダントにシャノンは目をやった。


 「素敵ね、そのペンダント」


 「サンキュ、あたしのお守りだよ」


 シャノンも笑みを浮かべながらトップスを脱ぎ、ふっくらとした乳白色の双丘を包み込む清潔感のある白いブラジャーを外して、話を戻した。


 「あたしはてっきり君嶋指揮官が好きなんだと思っていたわ」


 「ふふ」笑みを浮かべた。「大外れだよ」


 凛は軍服の迷彩柄カーゴパンツを脱いで、ロッカーの中に放り投げた。上半身はノーブラ、下半身はノーパン。一切の下着をつけない主義。


 シャノンは、開放的な凛の下半身に視線を下ろした。その瞬間、凛の膝頭と脛の繋ぎ目が驚くほど明白であることに気づく。


 「義足だったの? だからフレンド君が右脚を感知したのね」


 表情一つ変えず、単刀直入に訊いてきたシャノンに驚いた凛は、目をぱちくりさせる。

 「驚かないの?」


 敢えて言う必要はないので本人には言わないが、下着をつけていないことの方がシャノンにとって驚きだった。

 「だって、私のおじいちゃんも義足だったから」


 「なるほど」納得した凛。


 シャノンは莞爾し、亡き祖父の思い出を語る。

 「駆けっこしたらおじいちゃんの方が速かったの。スポーツ万能だったのよ。

 凛さんと一緒、ハンディキャップなんて微塵も感じさせなかった」


 「最高のじいちゃんだな」


 「ええ。勿論! いつもポジティブで元気をたくさん貰ったわ」


 全裸になった二人はシャワー室に歩を進めた。シャノンは即行、ボディソープとシャンプーのボトルを手に取り、成分を確かめる。


 「添加物がいっぱいよ」


 「はあ!? だからなんだよ」


 「危険だわ。ケミカル物は避けたいわね」


 「……。あたし、肌丈夫だし、拘りないし。汚れが落ちれたらよくね?」


 「私、オーガニック派なの」


 「あっそう。このソープ、シトラスフローラルのいい匂いだよ」

 細かいことは気にしない凛は、添加物たっぷりのボディソープをスポンジにつけ、身体を洗い始める。

 「泡もクリーミー、殺菌力抜群」呆れ顔で投げやりに言った。


 「マイルドで肌に優しいのに殺菌力はオーガニックも抜群よ」顔を歪めた。「香料がキツイし、ケミカル独特のねっとりした泡って苦手なのよね。せめて無添加を使いたいわ」


 「はい、はい。好みの問題だね」





 その頃、男子シャワールームにいる三人、プラス一台もシャワーを浴びていた。


 フレンド君がシャンプーを手にし、成分を読んだ。

 「おやおや、これは添加物たっぷりのケミカルシャンプーですよ」


 モクモクと頭に付着させたシャンプーを泡立てる賢人が言った。

 「だからなに? 毛穴がスカッと綺麗になればいいんだよ」


 玲人と佐伯も納得。

 佐伯が返事する。

 「その通り。綺麗になればどうでもいい」


 フレンド君が教える。

 「刺激が強いシャンプーは脱毛、つまり俗語で言う“ハゲ”を進行させますが、よろしいでしょうか?」

 髪の毛一つ生えていないツルツルのシルバーヘッドのフレンド君もシャンプーを頭につける。

 「私には関係ありませんが、お三方には重大ですよね、ハゲは」


 蒼くなった三人は即行シャンプーを洗い流し、佐伯が声を張った。

 「早く言えよな! アホー!」


 冷静に淡々と答える。

 「アホとは自分より能力が劣る者に言う台詞です」


 「……つまり、俺がフレンド君の能力に劣るとでも言うの?」


 「はい。ですね」少し間を置いて、「なんて冗談です。私はユーモアのセンスを兼ね備えたロボットですから」


 「……。ちょっと不快だな、だって笑えないもん」


 賢人が顔を向けた。

 「プログラムされた言葉を瞬時に組み合わせて、状況に応じた台詞を作り上げることができるんだ。多くの人達と沢山の時間を共有することで、返答パターンも増えていく。

 今はまだ人間との関わりが少ないから若干的外れなことも偶に言うかもしれないけど、これから佐伯兄ちゃんより天才になっちゃうかも」


 深刻な表情が拭えない玲人を気遣い、敢えて話を振らずに賢人と会話する。

 「やだやだ、ロボットの方が俺達化学者より天才だなんて」


 ボディソープを洗い流した男三人とロボット一台がシャワールームから通路に出て数分後、シャノンと凛が姿を現した。防護服を脱いですっきりした一同は、凛と共に西棟へ向かおうとした。その時、佐伯が大袈裟な大声を上げた。


 「ああ! 軍事施設武器保倉庫に大事なハンディカメラが置きっ放しだ!」

 

 突然の佐伯の大声に驚いた一同は一斉に足を止め、賢人が跳びずさる。

 「超ビビった!」

 

 凛が言った。

 「そーだよ! デカい声だして、ビビらせんな!」


 「ごめんごめん、記録係の俺にとって命の次に大事なモノだから、つい」


 凛は佐伯以外の一同に言った。

 「あたしはこいつとハンディカメラを取りに軍需物資武器保管倉庫に行くから、お前らは先に会議室に行ってくれ」


 玲人がたずねる。

 「場所がわからない。どこにあるんだい?」


 「西棟に行けばすぐにわかるさ。余程の方向音痴じゃない限りな」言葉を付け加えた。「もし、わからなければ、その辺をうろついている兵士に訊くといい」


 一同は二手に別れ、玲人たちは西棟の会議室へと向かい、凛は佐伯と共に軍事物資武器保管倉庫へと向かった。


 北棟に歩を進める凛の横を歩く佐伯が謝る。

 「ごめんね。そこらで買ったんじゃなくて、俺の為に賢人君が作ってくれた大事なカメラなんだ」


 「可愛い子だな。素直で純真で」


 「うん。凄くいい子だよ」


 軍需物資武器保管倉庫に辿り着いた二人は、だだっ広い内部に歩を進ませた。凛はハンディカメラが載った棚の上に目をやった。

 「あった」


 凛の後姿を見て佐伯は思う。


 (フレンド君は右脚の不調を読み取ったけど、ぜんぜん普通だよな。今日は軍にとってもハードだったはずだ。

 筋肉痛とかそんな感じ? どれ、試しに)


 姿勢を低くした佐伯は、凛の背後に忍び足を進め、右脹脛を悪戯に軽く握ってみた。その瞬間、木材と鉄の中間のような感触が指先に伝わった。


 (義足!?)


 振り向いた凛は、咄嗟に手を離した佐伯に顔を向け、クスリと笑った。

 「義足だ。びっくりしたか?」


 「まあね、だって俺より颯爽と歩くしさ。でも、どうして義足に?」


 「戦地で地雷を踏んだんだ」兵士の眼差しを向け、「敵はあたしを殺したかった。でも残念なことにあたしはピンピンしてる」

 

 そして女の眼差しを向けてきた。

 「他も触ってみたくない? たとえば……」


 佐伯の手を握り、豊かな胸に運んだ―――


 予期せぬ凛の行動に困惑したのも一瞬のこと。凛に興味を持ち始めていた佐伯は、全身の血液が一気に下半身に集中するような感覚を覚えた。


 本能赴くまま凛を勢いよく冷たいコンクリート製の床に押し倒し、タンクトップを捲り上げ、露わになった乳房の中心に突起する箇所に唇を寄せると、桜色が色濃く染まっていった。


 男勝りな台詞を放つ唇から、男の性欲を掻き立てる甘い声を上げる。そのギャップが佐伯を興奮させた。喘ぎ声を漏らす凛の唇に自分の唇を押し当て、舌を絡めた。互いの唾液で唇を汚し合う。


 凛が艶っぽい濡れた唇で誘う。

 「来て……」


 佐伯は凛のベルトとズボンを下ろした後、自分のズボンと下着を下ろし、凛の太腿の内側を持ち上げ、ググッと挿入した。凛はビクンと身を捩じらせ、佐伯のトップスを握り締めた。


 「あっ、純一」凛の中で佐伯は “あんた” から “純一” へと昇格した。「もっと、激しくして!」


 子宮を強く突かれる度にペンダントと共に豊かな胸が揺れ動く。粘性のある淫靡な音が仄暗い空間に響いた。凛は唇をギュッと噛んで顔を紅潮させると、快楽の絶頂に達した。


 「あぁぁ! イク!」


 「俺もイク!」


 熱い肉棒の先端から放出させる精液が、凛の臍の窪を白濁させた―――

 「あう!」


 事を終えた二人は衣服を着用し、冷たい床に仰向けになった。佐伯は、凛の胸元に光る大きめのハート型のヘッドがついたペンダント気になった。

 「そのペンダント綺麗だね」

 

 「さっき、シャノンにも言われた。あたしのお守りなんだ」


 「お守り?」


 「ウイルス研究施設で鈴野博士が死んだとき言っただろ? 親友を失う気持ちがわかるって。

 同じ部隊で闘っていた女兵士と大親友だったんだ。だけど、撃たれて死んじまった。そいつから誕生日に貰ったんだ。

 アクセサリーなんてガラじゃないけど、これが最初で最後のアイツからのプレゼント」

 

 凛は背を起こした。

 「死んだ人間に逢えたらって、誰でも思う。新藤博士が手を出してしまった研究は、全人類の概念を根底から覆すとんでもない研究だった。

 彼の奥さんは天国で安らかに眠るはずだったのに……」


 佐伯も背を起こし、重苦しい溜息をつく。

 「共に研究を重ねていた俺も同罪だよ……」


 「でも、済んでしまった事を嘆いても時間の無駄。これからどうするべきかに懸かっている。君嶋指揮官じゃないけど、長い夜になりそうだ」


 「俺達は徹夜で原因をつき止めないとな」

 

 凛の肩を抱き寄せ、軽くキスした。


 「戻ろう。みんなが待っている」


 佐伯は歩きながらハンディカメラの録画ボタンを押し、凛にレンズを向けた。撮られるのが嫌な凛は、顔を強張らせ、レンズを掌で覆う。


 「なに撮ってんだよ!?」


 「いいじゃん。俺と一緒にいたらそのうち慣れるよ」佐伯はたずねる。「凛は君嶋指揮官のことが好きなんだと思っていた。どうして俺を好きになってくれたの?」


 レンズから手を外し、答える。

 「シャノンも同じ事を言っていたけど、君嶋指揮官のことは尊敬してる上司。あたしも出世して女指揮官になるのが夢なんだ」


 君嶋指揮官との間柄は上司と部下である事はわかった。だけど、肝心な質問に答えてくれない。

 「二つ質問したんだよ。もう一つも答えてよ」


 「頭でっかちのもやしのくせにやたらと強いし、なんか……気になっちゃって、こんな時に不謹慎かもしんないけど、いつの間にか惹かれてる自分がいた」赤面した凛は佐伯をどつく。「もういいじゃん、恥かしいな! そうゆう純一はどうしてあたしを抱いたんだよ!」

 

 「俺も気づいたら惹かれていた。抱いたらもっと好きになった」照れもせず、堂々と言った。

 「子孫繁栄、種の増殖の要は恋愛なんだよ。どんな時でも人は恋をし、子孫を繋げていく。それが本能。

 不謹慎と理解しつつ、気持ちの制御ができなかった。ウイルスみたいに細胞さえあれば、増殖できるわけじゃない。俺達人間には感情があるのだから」


 口元に笑みを浮かべた。

 「そうだな」


 軍需物資武器保管から通路に出た二人は、西棟の会議室へと向かった。左右に自動ドアが連なる通路を歩く。


 「網膜センサーがついてないんだね」


 「うん。執務室以外はついてないよ。でも、執務室は君嶋指揮官しか開けれなりからブザーがついてる。

 わかりやすく言えば、玄関のインターフォンと一緒だな」


 「ふ~ん」


 会議室の前に立つと、自動ドアが滑るように開き、室内に整然と並ぶ長テーブルに用意されたパイプ椅子に座って飲み物を啜る三人と、フレンド君の姿が見えた。


 室内の前方には君嶋が座るデスクが長テーブルと相対する位置に置かれており、後方には自動販売機も設置されていた。


 大学の教室にも似た会議室内に足を踏み入れた佐伯は、自動販売機に歩み寄る。


 「なんか飲む?」凛にたずねる。


 「ホットコーヒーの微糖」


 「俺もクリープ抜きの微糖派なんだ。さっぱりして美味しいよね」お金を入れる箇所が見当たらないので、戸惑いながら首を傾げる。「あれ?」


 凛より先に賢人が教えた。

 「俺もビックリしたんだけど、無料みたい」


 「マジ?」


 「うん」


 無料に有り難味を感じた佐伯が自動販売機のボタンを押す。小さなガラス扉で遮られたコーヒーの注ぎ口の下部にコップがストンと落ちてきた。温かなコーヒーが紙コップに注がれ、仕上がりを知らせるランプが点灯した。硝子扉を開けると、白い湯気と共に香り立つほろ苦い嗅ぎ馴れた匂いに、心なしかホッとする。それと同時に、今朝まで一緒だった鈴野との記憶が頭を巡り、目頭に涙が溜まった。


 ぐっと涙を呑み込み、白い湯気が立つコーヒーを凛に渡した。

 「はい、どうぞ」

 

 「ありがとう」


 フレンド君は、コーヒーを受け取った凛に首を向けた。

 「矢崎様、先程より女性ホルモンの分泌量が増えております。皮膚の水分量も微量ながらに上がっています。

 どのような健康法を行ったのでしょうか? 参考までに教えて頂けたらデータの向上に役立ちます」


 耳まで紅潮させた凛は、声を張った。

 「頼んでもいないのに人の身体を分析するなよ!」


 「畏まりました。もう致しませんから怒らないでください。怒ると血圧が上昇し、心身共に毒ですよ。

 必要な時、お困りの時はお声を掛けてください。私はいつでも矢崎様のお友達です」


 「はいよ」







 その頃、執務室にいる君嶋は、上戸に現状報告し終え、五年前に<死者蘇生ウイルス>が生体に及ぼす影響とそれに伴う危険性についての研究を政府が却下したことを聞かされていた。

 

 電話機から浮き上がるクリアウインドウに映し出された上戸が説明し終えた。

 『そういうことだ。内密に頼む』


 国益ばかりを優先した杜撰な行いに怒り心頭を通り越し、呆れ返る。

 「この落し前、どうするつもりだ……」


 『残念なことに南のウイルス研究施設で多くの研究員が死んだ。さあて……なぜ死んだ?』


 「は?」上戸の頓珍漢な質問に眉根を顰めた。「今しがた説明しただろう。何わけのわかんねえこと言ってやがる」


 『私の質問をよく聞け。“なぜ死んだ?” 何が起きて死んだのか? つまり死因だ。

 南のウイルス研究施設で実験中に大爆発が起きた。研究所がドカンと吹き飛ぶ大規模な大爆発がな。

 研究員の死体は木端微塵。死体の回収は不可能だ。

 <ウイルス性新薬研究施設>に勤める鈴野ら博士連中は、可哀想なことに偶々ウイルス研究施設に向かった際、巻き込まれた』


 一瞬眼球を上にやり、呆れた表情を見せた。

 「芸術的な隠蔽工作だな」


 口元の端を緩ませた。

 『侮辱しているつもりか? それとも嫌味かな? もしかして褒めているのか?』


 デスクを拳でガツンと叩き、怒号する。

 「ふざけるな! 遺族に骨すら返さないってことだろ!? どこまでも卑劣なヤツだ!」


 上戸は鋭い双眸を君嶋に向けた。

 『君嶋指揮官、自分がシークレット特殊部隊であることを忘れたのか? この程度の隠蔽なんざ、過去にも何度も経験してるだろう。今更なんだ。

 幸い<化学島>に派遣されてから今日まで、何事も起きずに極楽だったよな?

 だが事は起きた』強調し、語気を強めてもう一度言う。『起きてしまったんだよ!』

 鋭い目線を向けたまま、続ける。

 『その平和ボケした脳みそを切り替えてもらわないと困る。お前達特殊部隊にどれだけの報酬を与えていると思ってるんだ?

 お前の若い頃は金次第でどんな危険な任務も熟し、血も涙もない傭兵ロボのようだった。私のお気に入りだったのに』

 一瞬、張り詰めた緊迫感を開放し、口元の端に笑みを作った。

 『同性愛者の私としては抱かれたいくらいだった。お前のような筋肉質な体型にそそらるんだよ』


 とりわけ同性愛に偏見の目を持つわけではないが、ノーマルな君嶋は全身の産毛が逆立つ感覚を覚えた。


 何度冷たくあしらおうとも、やらしくしつこい誘いを仕掛けてくる上戸にいい加減うんざりしていたのも事実。


 「気色わりぃ事言ってんじゃねぇ!」思わず声を張り上げた。「確かに、今でも最高の報酬を貰ってる。けどな、何十年も昔の話をされても、それこそ困るんだよ」


 『結婚し、落ち着いてからお前は変わった。だが、家族を失ってから悲しみを忘れる為、昔の冷酷なお前に戻りつつあったのに。何がお前をそうさせた?』


 極秘任務、戦地、の繰り返しの人生。溺愛していた息子と死別し、以後、子供との接触は避けてきた。なぜなら、息子と懇情の別れになる前に言われた台詞を思い出すからだ。


 “お父さんなんか大嫌い” だと―――


 この仕事を知った上で結婚した妻でさえ、仕事人間の自分に愛想尽かしていたのかもしれない。

 自分との生活が長くなればなるほど家族への秘密事が溜まっていく。


 だから……あの時妻は言った。


 “私達を信用していないのね” と―――


 今日、初めて賢人と会話を交わした。隔離室で新藤博士を責める姿に息子を重ねてしまった。

 まるで息子と逢ったかのような気がしたんだ。


 君嶋は胸中を語ることなく、冷たく突き離した。

 「“何がそうさせた” のか、それについては貴様に理解できんことだ。説明する義理もない」


 『……。まあいい。遺体を放置させた状態でニトロでも作って吹き飛ばしてくれ』


 「…………」


 『返事はどうした?』


 「わかった……」


 『よろしい』厭らしい笑みを浮かべて誘い、舌なめりする。『人肌が恋しい時は私が相手してあげよう。ヘタな女より上手いぞ、いろいろとな』


 「何度も言ってるだろ! 男に興味はない! くだらん話もする気はない! 話が済んだなら切る!」


 上戸嫌いの君嶋は一方的に電話を切り、無線機に口を寄せ、凛に連絡を取る。

 「俺だ、君嶋だ」


 凛が応答した。

 『はい、矢崎』


 「今から一斉連絡で命令を下す。会議室に博士連中はいるのか?」


 無線機は個人に連絡を取ることもできれば、監視室の放送のように一斉に連絡を取ることもできる。また、一斉連絡の最中でも個人とのやり取りも可能だ。


 凛が答えた。

 『これから原因究明の為にラボに向かうところです』


 「会議室から出て、命令を聞け」


 子供には聞かせられない内容の命令なのだろうと、何となく理解し、返事した。

 『イエッサ』


 それから、死体処理に当たっている部下達全員を含め、連絡を取る。

 「君嶋だ」


 現場の指揮を任されている守山が応答した。

 『順調に死体処理が進んでいますが、人数が半端じゃないので、明日の朝までかかりそうです』


 「その必要はなくなった。命令だ、今すぐこちらに引き返せ。ニトロでウイルス研究施設ごと吹き飛ばす」


 『はい?』てっきり現状報告を把握する為に連絡を取ってきたものと勘違いしていたので、思わず訊き返した。『遺体ごとですか?』


 「その通りだ」


 何の罪もない研究員達の遺体を吹き飛ばすことに抵抗を感じ、戸惑う。

 『しかし……』


 癪だったが、上戸に言われた台詞と同じ事を口にする。

 「同じ事を何度も言わせるな。命令だと言ったはずだ。俺達は極秘任務を遂行する特殊部隊という事を忘れるな。他の連中も同様だ」


 <化学島>に派遣されたのが最初の任務。二十代後半の若い兵士は汚い裏社会と隣接した仕事の経験がない。だが、今まで何事も起きなかったというだけで、<化学島>の任務も自分達特殊部隊も民間人が知らない裏社会だ。


 自分は裏社会に生きる人間なんだと割り切り、威勢よく返事した。

 『イエッサ! 君嶋指揮官』


 続いて、兵士一同も返事した。

 『イエッサ!』


 厳しい台詞を口にした君嶋は、ふと間を置き、一瞬考えを巡らせた。

 「……。新藤博士の妻の遺体と鈴野の遺体は火葬してやって欲しい」

 (過去の俺なら命令通り、一体残らず爆破した。だが……)

 「俺も甘くなったのもだ……」小声でポツリと呟いた。


 『はい?』最後の台詞が聞き取れず、訊き返す。


 「いや、なんでもない。兎に角、二人の遺体は火葬してくれ」

 必要なことを告げてから、命令に移った。

 「俺は軍内部にいる兵士と北棟爆薬製造室でニトログリセリンを作る準備をする。お前達も軍事施設に戻り次第、爆薬製造室に集合せよ。

 鉄橋の封鎖に当たっている兵士はそのまま続行。以上だ」


 兵士一同が返事する。

 『イエッサ!』



 無線を切った君嶋は、執務室を後にし、爆薬製造室へと向かった。





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