第26話2050年【懇情の別れ】

 わかっていたさ―――


 ワクチン開発が失敗に終わることくらい―――


 それでも全力を尽くした―――


 僕達は全力を尽くしたんだ―――


 世界中の人々を恐怖に陥れ、多くの死者を出す結果となった<死者蘇生ウイルス>の研究。


 そうだ……僕らの全力など、ちっぽけなものなのかもしれない……ちっぽけな人間の僕が、神の偉業を超える実験に手を出すべきではなかった。


 ああ……何もかもが今更だが。


 もし……ワクチン開発が成功を収めていたなら、<死者蘇生ウイルス>と共に政府のモノだ。しかし、政府は万が一の成功でも、案の定の失敗でも、どちらでもよかったんだ。


 だって、どの道<ノア>へと旅立つのだから……


 例え、ワクチン開発が成功していたとしても、<ノア>の数を増やした十年後、結局は地球を去るようで……


 何故にそれが十年後なのか、僕達に知る由はないけれど……


 いや……彼らはワクチン開発が失敗に終わると知っていた。その上で条件付きで無理難題を押し付けてきた。


 何故……


 


◇◇◇




 玲人が疫病センターに向かった夜からレッドソウルは姿をくらまし始めた。ワクチン開発 終了日であり、<ノア>への出発日である今日は、東京タワーやスカイツリーの頂上に群がっているレッドソウルを省けば、あの騒動が信じられないくらいに都心部は静まり返っていた。


 レッドソウルが消えた理由に関しては、未だ不明。まるで何かから逃げるかのように、どこかに去っていってしまった。通信機関が途絶えてしまった今では何とも言えないが、きっと世界中が同じ状態なのだろう。


 そして、地底都市付近と内部の巡邏等の理由で、疫病センターから一旦軍事施設に戻ってきた君嶋ら特殊部隊も、異様なまでの静寂に包まれた都心部をヘリコプターから眺臨し、不気味さを感じていた。それらを玲人に伝え、部下を率いた君嶋は慌ただしく地底都市へと向かった。


 だが、研究は終わった―――何もかも終わった今、物事を考える気力すら湧かない玲人は、シャノンと佐伯と共にバーでお酒を飲んでいた。


 頭を支配する重苦しい考えが、血中を駆け巡るアルコールによって掻き消されていく。


 でもいいんだ。とても素面じゃいられないから。


 普段口にしないお酒を飲みながら煙草を吸う玲人の目の下に、濃い隈(くま)ができていた。もう数日間まともに睡眠を取っていない。いや……正確に言うと眠る事ができなかったのだ。


 仮眠を取らねばと瞼を閉じる度に都心部の最悪な光景が脳裏に浮かんでしまい、眠りが妨げられてしまう。そんな日々の繰り返しが続いた。


 「いいんですか? 賢人君に会いに行かなくても」佐伯が言った。「もう二度と……」次に続く台詞を呑み込んだ。


 そうだ、二度と賢人とは会えないのだ。わかっている、言われなくても……


 「いいんだ……僕を恨んで……心底僕を恨めばいい。その方が別れの傷が少なくて済むだろうから」


 シャノンは言葉を濁す事なく、ストレートに言った。

 「傷が少ない別れなんてあるのかしら? それは都合のいい言い訳にすぎないわ。会ってくるべきよ……地底都市のモノレールから宇宙基地に向かい、十時過ぎにはスペースシャトルで<ノア>に行く。旅立ってしまえば、それこそ二度と会えないのよ」


 時刻は午前八時半。モノレールの出発は午前九時。もう時間がない。二度と会えないのは覚悟の上だ。だが、会いたくないと言えば嘘になる。お酒のせいもあり、玲人は思わず感情的になってしまう。


 「どのツラ下げて賢人と向き合えばいい!? 僕は父親失格だ!」大声を張り上げた後、驚いた表女を見せたシャノンに「すまない……」と謝った。


 シャノンはお酒を口に含んだ。

 「い、いえ。いいのよ」


 佐伯が言う。

 「<ノア>は火星の五分の一程度の規模だと聞きました。海を除けば地球の陸地面積は、火星の面積と然程変わらない。だったらもっと多くの人達を収容できるはずだ。

 例え地球の陸地面積の五分の一の大きさだったとしても、同じ事が言える。どっちにろ二万人なんて少なすぎる」


 シャノンが答えた。

 「単純よ。彼らの考えるユートピアに必要ないからよ。現段階においてのね。十年後は知らないけど」


 玲人が言う。

 「……。彼らはレッドソウルの騒動がなかったとしても<ノア>に行く予定だったに違いない。何か……引っかかる」


 佐伯が言う。

 「この前も同じ事をこの場で言いましたね。何があろうと俺達はここで生きるしかないんです」


 「確かにそうだが……レッドソウルが姿を消した理由と、高層建築物の最上部に群がる理由が関係しているのだろうか?」


 「それはわかりませんが、もう考える必要もないのでは?」一呼吸間を置いた。「ただ起きる事を甘んじて受け入れる。俺達にできるのはそれだけですから」


 その時、廊下から凛の声がした。

 「お疲れさん」


 バーに足を踏み入れた凛は、佐伯の隣に腰を下ろした。完治までには時間はかかるが、抗生物質と鎮痛剤を併用し、後は自然治癒力に期待して怪我の回復を待つ状態だ。


 シャノンが凛に話し掛けた。

 「痛む?」


 「まーな。三浦の野郎、薬だけ大量にあたしに渡してさっさと地底都市に行きやがった。政府関係者は、あたしらや自衛隊まで捨てたくせに最後の警護やら何やらをしゃーしゃーと押し付ける。

 まあ、選ばられた市民もいるわけだから、最後の任務としてそいつらの事は守ってやらないとな。って、あたしは怪我人だからここで待機だけど」

 グイッと佐伯の酒を飲んだ瞬間、吹き出しそうになる。

 「なんだコレ」


 「俺達お酒は苦手だから極限まで薄くしてもらったんだ」


 「そっか」

 返事を返した凛は、調理ロボットに命じた。

 「スコッチ。瓶ごと頂戴」


 「畏まり」凛にスコッチのボトルを手渡す。


 ボトルを受け取った凛は、スコッチをラッパ飲みする。

 「旨い。いつ飲めるかわかんないし……てか、もう飲めないのか」


 佐伯は凛の髪をくしゃくしゃし、「味わっとけ」とだけ返事を返した。


 「日本からは二九七八人が<ノア>に……各国に設けられた宇宙基地からスペースシャトルに乗り、<ノア>に向かうのか……」重苦しい溜息をついた凛はチラリと玲人を見た。「賢人君に義手を作ってもらいたかったけど、怪我の完治にはまだ日にちがかかるから残念だよ」


 賢人君に会いに行かなくて後悔しないのだろうか? と凛が考えを巡らせた時、防護服を着用した君嶋がこちらに向かって走ってきた。


 バーに入った君嶋は玲人に駆け寄り、腕を引いた。

 「来い! 後悔する事になる!」


 直ぐに賢人の事だと理解した。しかし、玲人は頑なに首を横に振った。

 「シャノンや佐伯君にも言われました。ですが、僕は嫌われた方がいいんです」


 懇情の別れの辛さを知っている君嶋は言った。

 「理由を聞かされず、地底都市に停車しているモノレールに乗せられた賢人は安岡と守山にせがんだそうだ。本当はスペースシャトル内で説明する予定だったが……二人は賢人に説明した。何もかもな。

 取り乱した賢人はお前を求めている。二度と会えない辛さを経験しているからこそ俺は言うんだ。賢人は心底お前を恨んでいたわけじゃない。寧ろ心からお前を父として慕っている」


 ずっと嫌われていると思っていた。最後に賢人の顔を見たかったが、無視される事が怖かったのだ。自分への罪だと、その台詞を言い訳に賢人から逃げていただけなのかもしれない。

 

 会いたい気持ちが一気に膨らんだ玲人は、椅子から腰を上げた。シャノンは玲人を見上げて言った。

 「会ってくるべきよ」


 現在、八時四十分。玲人に真剣な面持ちを向ける君嶋。

 「まだ間に合う!」


 バーを出た玲人と君嶋は、通路を走り、一階男子更衣室へと向かった。玲人は急いで防護服を着用し、施錠された隔離室が連なる東棟の通路を君嶋と共に駆け抜けた。


 外に繋がるドアに設置された網膜センサーに片目を寄せ、ケミカルシャワー機能付きの通路を潜り、屋外へと出た二人。


 この通路を通るのは疫病センターからの帰り以来。玲人ら化学者は東棟の通路が苦手だ。どうしてもウイルス研究施設の惨劇が頭を過ってしまうからだ。


 そして、あの時とは異なる部類の緊張感で胸が高鳴った玲人は、防護服の胸元をギュッと掴んで、ふと周囲に首を巡らせた。


 相変わらずの燦々とした太陽に、澄んだ青空。自分の感情とは正反対の綺麗な空にどこか憎らしさを感じた。


 軍事施設の隣には、つい一週間前まで勤めていた<ウイルス性新薬研究施設>が見える。そして少し距離を隔てた真横にはいつものマンション。


 全ては……惨劇前と変わらぬ姿なのに―――全てが……変わってしまった。


 「行くぞ」君嶋が玲人に言った。「時間がない」


 「はい!」


 軍事施設の裏に回った二人の目の前に、堅牢な鉄扉が広がった。その周囲には武装した特殊部隊と自衛隊が立っており、理由を察した部下がすぐさま設置された網膜センサーに片目を寄せて鉄扉を解錠した。


 鉄扉が開くとコンクリート造りの階段が地底都市へと導いていた。階段を下り始めた二人の足元を天井の照明が照らす。


 階段を駆け下りた二人の正面に鉄ドアが見えた。万が一の時に備えて警戒態勢を維持しているここも、部下により守られている。


 部下は君嶋と玲人の姿を見るなり、屋外にいた部下同様に気を利かせ、網膜センサーに片目を寄せて鉄ドアを解錠した。


 「急いでください!」部下が急かす。


 「わかっている!」君嶋が返事を返した。


 真横に滑るように開いた鉄ドアの向こう側には、軍事施設の東棟同様にケミカルシャワー機能付きの通路が続いている。


 君嶋が壁に設置された赤いボタンを押した瞬間、ケミカルシャワーが降り注いだ。通路を駆け抜けた二人は正面の自動ドアを突っ切り、二千枚を優に超える防護服が掛けられた室内へと足を踏み入れた。



 君嶋が言う。

 「モノレールに乗った連中の防護服だ。お前は脱ぐ必要はない。急ぐぞ!」


 地底都市へと向かう途中での感染を防ぐ為に、着用していた防護服。その中に掛かっていた子供用の防護服が玲人の目に映った。


 「…………」


 (賢人が着ていたのだろうか……)


 二人は室内の正面に設置された自動ドアまで走った。音もなく静かに開いた自動ドアの奥に地底都市入口付近が広がった。

 

 特殊部隊の兵士が立つだだっ広い駅のホームに、乗客二九七八名を乗せた超大型モノレールが停車していた。

 

 玲人は愛する息子の顔見たさに大声で叫んだ。

 「賢人―――!」


 すると頬を濡らした賢人が、乗車口から顔を出し、すぐさまホームに降り立った。その後ろには安岡と守山、そしてフレンド君の姿があった。心配した三人もホームに歩を進めた。


 「父さん!」


 「賢人!」


 賢人は玲人の許に駆け寄り、ギュッと抱きついてポロポロと涙を零した。

 「本心じゃないんだ! 父さんが大嫌いなんて嘘なんだ! 俺、ずっと父さんを尊敬してたよ!

俺も地球に残るよ! 父さんがいないなんて嫌だ! だって俺たち二人きりの家族じゃん!」


 とめどなく玲人の双眸から涙が溢れた。

 「賢人……お前は<ノア>に行くんだ。そして立派な博士になれ」

 賢人の髪を優しく撫でた。

 「母さんのこと……嘘ついててごめんな」


 「父さん……」


 地球上の99パーセント以上の人々が、凶暴なレッドソウルが蔓延る大地に置いていかれる。多くの人々の幸せを奪いながらも、我が息子の幸せを願わずにはいられない理不尽な感情……


 「幸せになれ、賢人……<ノア>はきっとお前にとって天国に近い理想郷になるはずだ」


 「嫌だ!」玲人に縋り、嗚咽をかきながら泣く。「俺にとってどんな場所でも父さんといたら、父さんといれたなら天国なんだ! 理想郷なんだよ!」


 上戸から<ノア>への移住を聞かされた日、軍事施設の食堂でシャノンが言った台詞を泣きじゃくる賢人に言われると、これほどまでに辛いものかと心が締め付けられる思いだった。

 

 しがみついたまま離さない賢人を思いっ切り抱きしめた時、窓から顔を出した上戸が「時間だ。息子は心配するな」と口元の端を緩めて言ってきた。


 君嶋が上戸を睨みつけた。

 「あのクソ野郎が」


 「お前の思い通りにはさせない!」


 と声を張った玲人は安岡と守山に目で合図した。

 (行ってくれ)


 安岡と守山は後方にいた若い双子の兵士二人にハグをした。

 「すまない」


 頷いた兵士は、安岡と守山の背中をポンポンと軽く叩く。

 「最後の任務、任せたぜ。俺達は地球から<ノア>を見上げてお前らを思い出すから」


 安岡は涙を拭った。

 「お前らと共に闘えて光栄だった」


 「おう。俺達もだ」


 二人は君嶋に敬礼した。

 「君嶋指揮官、お世話になりました!」


 君嶋も敬礼する。

 「最後の任務頼んだぞ」


 涙を流して力いっぱい返事を返した。

 「イエッサ!」


 安岡は玲人にしがみついたままの賢人の脇の下に手を入れ、抱き上げた。賢人は手足をばたつかせ抵抗する。

 

 「離して! 離せよ! 嫌だ! 父さん、父さーん! こんな別れ方嫌だよ!」


 賢人の上半身をしっかりと捉えて離さない安岡。

 「行こう、賢人」

 

 「嫌だ―――!」


 顔に皺を寄せて号泣する賢人は玲人に叫んだ。

 「俺、絶対に宇宙船を造って迎えに来るから! 必ず、迎えに来るから!」


 滂沱の涙を流す玲人。

 「賢人……」


 賢人は視線を下ろし、フレンド君に言った。

 「お願い、フレンド君。俺が迎えに来るまで、父さんといてあげて! 父さんは寂しがり屋なんだ、俺がいないと寂しがるから、だから……だから!」


 「賢人博士」フレンド君は頷いた。「離れていても私と賢人博士はお友達です」


 「親友だよ、フレンド君……」


 フレンド君が賢人から離れ、玲人に近寄った。守山と賢人を抱えた安岡が車内に乗ったその時、モノレールの車体が数十センチ浮き上がった。


 出発だ―――


 窓から顔を出した賢人。

 「父さん! 父さん! 本当は父さんが―――」


 凄まじい速度でモノレールが発進し、賢人の台詞が最後まで聞けなかった。追い着けるはずないのに、玲人は必死で走った。


 「賢人ぉぉぉぉぉ!」


 賢人の顔はもう見えない。それでも必死で車体を追い、走り続ける玲人の足がもつれて転倒してしまう。車体から巻き上がる強い風が玲人を横切った瞬間、一番最後の車両が通過していった。


 「賢人……父さんは……お前が大好きだ」一番伝えたかった台詞が伝えられなかった。「大好きなんだ……」


 君嶋が玲人に歩み寄り、ホームに方膝を下ろしてそっと背中に手を当てた。

 「きっと、賢人も博士……あんたと同じ事を言おうとしたんじゃないか? 大好きだってな―――」


 フラフラと歩くフレンド君が過ぎ去ったモノレールの方向をじっと見つめていたので、君嶋は声を掛けた。

 

 「どうしたんだ?」


 ふと、振り向いたフレンド君の硝子の双眸から、ツーと液体が伝った。それを見た君嶋は驚きの表情を浮かべる。


 「涙?」


 (ロボットが涙を流す? 感情を持つなどあり得ない事だ。だが、確かに涙だ……)


 フレンド君も自分でも驚いたかのように呟く。

 「涙……」

 が、涙を否定した。

 「哀しみ……そして喜び……感情の滴である涙は、人間特有の液体です。それは時に苦心の結晶でもあります。ロボットである私が流せるはずないのです。私のはきっと……オイル漏れでしょう」


 (ですが、どうしてこんなにも辛いのでしょうか? これもプログラムの一部だとすれば、私には辛すぎます。

 賢人博士……私はあなたと共に人生を歩みたかった。賢人博士……私は、私は……お父様と同じように賢人博士が大好きです)


 フレンド君は涙のような液体を拭ったあと、玲人に歩を進めた。

 「お父様と私はお友達です」


 涙に濡れた顔を上げた玲人が言った。

 「ああ。友達だよ」


 君嶋はホームにいる部下達に大声を張った。その表情はどこか開放的で、軍事施設内内で見せる事のなかった微笑みまで浮かべていたのだ。


 「全員、解散だ! 俺はレッドソウルと闘う。各々に散って闘おう」一同の顔に目をやった。「今までよく俺に着いてきてくれた。感謝する」


 全員敬礼し、一人の兵士が言った。

 「君嶋指揮官が上司でよかったです!」


 「ありがとな」思わず涙が溢れたが、ぐっと呑み込んで玲人に顔を向ける。「行くぞ」


 玲人が俯いた。

 「お願いがあります」


 「……。どうした?」


 「賢人との思い出に少しだけ……」


 つまり、今まで生活を送っていたマンションに行き、思い出に浸りたいのだろうと胸中を察した。


 「だが、長居する気はない」


 その時、安岡と守山がハグを交わした双子の兄弟がこっちにやってきて、兄が言った。

 「君嶋指揮官、いいですよ、俺ら後から出るんでどこかで落ち合いませんか?」


 「もう指揮官はよせ。俺は単なる君嶋だ」


 「……。突然言われても」苦笑いする。「じゃあ、指揮官はあだ名ということで」


 「指揮官があだ名。随分安くなったもんだな」


 君嶋流の冗談を言ったつもりだが、冗談とは無縁の堅物上司だった為に二人は畏まってしまう。

 「すいません」


 「謝るなよ、シャレも通じないのか? 俺はシャノン博士や佐伯博士をヘリに乗せて北へ向かおうと思う」


 「北ですか……」ふと一考する。「もう携帯は使えないですが、俺達の無線機は使えますから、今後これで連絡を取り合いましょう。じゃあ、俺らも北に向かうんで、あとで連絡もらえますか?」


 「わかった」


 双子の兄弟の兄が玲人に顔を向ける。

 「俺は統太(とうた)。よろしくな」


 玲人はぺこりと会釈する。

 「こちらこそ。我が儘言ってすまないね」


 「いいってことよ」


 弟が挨拶した。

 「俺は健太(けんた)だ。長い間道中を共にするんだ、適当に仲良くやろうぜ」


 人類滅亡の危機に追いやってしまった自分、そして自分のせいで全員地球に置いていかれた。


 それなのに……温かい言葉をかけてもらえるなんて思ってもみなかった玲人の心が、感謝の念で満たされていく。


 「ありがとうございます」


 君嶋が玲人に言った。

 「俺は軍事施設に戻り、身支度を整える。あんたも身支度しながら思い出に浸れ」


 「あ、はい……」

 玲人は地底都市の遠くの突き辺りに目をやった。左折する道がある。その方角を指して君嶋にたずねた。

 「あの奥は?」


 「左折後は地底都市だ。都会の地下街のように入り組んでいる。しかし、店舗はない。一言で言えば迷路のようなものだろう」


 「そうですか」


 自分には関係のない地底都市だが、興味があったわけじゃなく、もし地底都市に入ったら賢人に逢えるかもしれないと、現実逃避に近い考えがふと巡り、たずねてみたのだ。


 だがそんな事あるはずがない……


 玲人は突き辺りから視線を逸らした。

 「行きましょう」


 「ああ」


 その後、二人は地底都市を後にし、君嶋は軍実施設へと戻り、玲人は自宅マンションへと向かった。





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