あの子の異世界行きを全力阻止!俺とへっぽこ女神の珍道中

まなみ5歳

第1話 エンカウント!初仕事は簡単だった?

日本のとある茶の産地。


四月になったばかりの某日、時間は正午を過ぎたあたり。微風快晴。


児童公園のベンチに腰を下ろし、敷地をぐるりと囲む満開の桜の花びらがちらほらと舞う中でスマートフォンをいじりながらあたりの様子を伺う。


着慣れないグレーのスーツに身を固め、傍らにはビジネスバッグと缶コーヒーも配備。ノートPCも開いてある。


これで営業中のリーマンが休憩していると思うだろう。


今日は始業式だけなのか、早めに下校した小学生がわらわらと集まって遊具の間を走り回っている。誰だ!俺にサッカーボールをぶつけるのは!いてえよ。


「すんませーん!」と謝ってきた少年少女に手を振って問題ないと伝えておく。


コーヒーも大丈夫だったし。


誰もが浮き足立つうららかな春の日差しの中、俺はボールが当たったことなど些細な出来事にしか感じられないくらいの、かつてないプレッシャーに抗っていた。


脳内で何度もシミュレーションを行う。これで完璧だろうか。


『そろそろ時間よ』


頭の中に直接響く女性の声。


『わかった』


頭の中で返事をして重い腰を上げた俺は、コーヒーを飲み干してから荷物をまとめ、公園を出るとすぐ近くを走る国道一号線へと足を向けた。


おっと。空き缶はリサイクルへ。


---


いまだ片側一車線という天下の大動脈。既にバイパスが肩代わりをしているというが、一日に行きかう車の量は車離れが進む世の中であってもかなり多い。


そんな国道にまたがる横断歩道。歩行者用の信号は赤。横断歩道の手前、車道から少し離れた場所にターゲットがいた。


交通量の激しい国道ゆえ、横断歩道は半ば剥げかかっている。路面に舞い散った桜の花びらが欠けたラインを補うように渦を巻く。


普段は気にすることもない情景だが、なぜか見入ってしまう。


「ふんふんふーん」


ターゲットは何の曲かは不明だが、鼻歌を歌ってご機嫌な様子だ。


ランドセルを背負っているところを見ると、今が帰りなのだろう。


三年生くらいに見える彼は、黒いランドセルと灰色のパーカーの下はライムグリーンのシャツ。ボトムはデニムの半ズボン。スニーカーはおろしたてなのか、真っ白である。


歩行者用信号のカウントダウンにあわせ、小さくジャンプを繰り返す姿を凝視する俺。


『用意して!』


またしても脳内に響く声にうなずく。


車両用の信号が黄色、赤と変わり、上下線の車の流れが止まる。


歩行者用の信号が青になった瞬間、駆け出そうとする小学生。


俺はその小学生に近づくと、ランドセルごとおもむろに引っ張った。もちろん後ろに。


「があああああああああああああああああああああああああ!」


間一髪!


どこから現れたのか、小学生の鼻先三十センチくらいの場所を巨大な鉄の塊が時速百キロ近くで通過する。


「どん!ぎゃしゃああああああああああああん」


フルサイズのコンテナを積んだ大型トレーラが横転!信号機をなぎ倒し、縁石を粉微塵に打ち砕き、ガードレールを数十メートルにわたって飴細工のように捻じ曲げつつ国道横のため池に突っ込んでいった。


「どばあああああああん!」


荷台から分離し、縦に回転しながらド派手に水柱をあげるコンテナ!


その衝撃で池の中にいた鯉やブラックバスが数匹、陸へと打ち上げられ、びちびちと跳ね回る。


「あ、あ…」


その場にへたり込んでしまった小学生。ほかに巻き添えがいないか確認をする。幸いにも停止中の車両や歩行者に被害はなさそうだ。


『こちら俺。ターゲットの保護完了。オーバー』


脳内で呼びかけるとすぐに返事が返ってきた。


『この周辺で観測された時空ひずみは消えた模様。任務完了よ!』


よかった。と思ったのだが、俺の足先に何かなまあたたかい感触が。よく見れば俺の足の上に座り込んでいるのか、小学生。


『メーデー!メーデー!緊急事態!』


脳内で叫ぶ俺。


『な、なに!どうしたの!』


『ターゲットのダムが決壊した』


んまぁ、二十トンもある物体が目の前を全力疾走していったら漏らしても仕方ない。


本来なら騒ぎに乗じて現場を立ち去る予定だったが、この小学生が何かに巻き込まれたという証拠を残してはいけないと言われている。


『このまま転送してくれ』


誰もが池に突っ込んで行った外国ナンバーをつけた「無人」の大型トレーラと池の真ん中に突き刺さったコンテナに意識を向けている隙に、俺と小学生はその場から姿を消した。


---


「俺がこいつを洗うから、洗濯を頼む」


「ま、まぁ。そのくらいはお安い御用よ」


昭和のテイスト漂う十畳ほどの畳部屋。半ズボンをぐっしょりぬらした小学生からランドセルとパーカー、シャツを剥ぎ取り、ベッドの上に放っておく。


ぬれた物の洗濯は相棒に任せることに。俺のスラックスと革靴も大変だが後回しだ。


「おーい、大丈夫か?」


返事のない小学生を抱き上げ、風呂場へと移動。


バランス釜のコックをひねると、ボン!と点火。その音にビクンと体を震わす小学生。


「熱かったり冷たかったりしたら言えよ」


シャワーを準備し、温度を確かめてからまずはぬれた半ズボンを脱がせにかかる。


パンツも一緒に脱げてしまったが…。


やけにかわいらしいパンツだな。どういうことだ。


本体のほうを見た俺は硬直した。こいつはやべえ。


「おい、事案発生だ!生えてない!俺捕まるぞ!」


「何を言ってるんです!子供のうちから生えていたら…確かにはえてませんね」


様子を見に来た相棒が目を丸くしている。


聞いてないぞ、ターゲットが女の子だなんて。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る