第14話 冒険者シーナの長い夜

「アルベ!もう少しよ」


動きにキレの無くなった害獣「ベアーム」に火球を投げつけた魔術士のリーシアが叫ぶ!


ベアームがひるんだところに切りかかるアルベ。数回の攻撃の後、バックステップで距離を取った。


「クリエイトウォーター!」


もう一人の魔術士、シーナが水の魔術を発動。


後ろ足で立ち上がり、噛み付かんと大口を開けた獣に容赦なく浴びせられる水。


「ゴアアアアアアア!」


呼吸は必要ないはずの獣だが、口内に異物が入ったことで動きが鈍る。


害獣とは濃い魔素から生み出された悪しき獣である。魔法生物と異なるのは森の中で自然発生し、ある程度の知能を持つこと。


ただし、知能と言っても移動して食欲を満たす程度しか持ち合わせていない。


だから完全に油断していた。まさか群れを作るなどと誰が想像できよう。


そんな危機が迫っているなど、微塵も考えていなかった冒険者の背後に何かが落ちた。


視界を覆い尽くす赤い光!


「ギョエエエエエエエエエ」


星が落ちてきたかのような光の洪水をまともに見た「ベアーム」は両目を押さえてのた打ち回る。


「め、めがああああああ!」


それは冒険者達も同じであった。


「ちゅどおおおおおおおおおおん!」


一秒ほど遅れてやってきたのは、高温の衝撃波と轟音。


「「「ぎゃああああああああ!」」」


大量の土砂と共に地面にたたきつけられ、ごろごろと転げまわる面々。


一人だけエナジーシールドを張って難を逃れた人物がいたが、彼女は気絶しておいたほうがよかったと後で後悔をする。


---


☆田中視点


『すとらーいく!』


直径百メートル以上に広がった爆炎が大地を焼き、同心円状に広がる衝撃波が離れた場所にいた冒険者をなぎ倒す。


十分な距離があったはずなのに…威力ありすぎだろ。


『わがミサイルは四天王の中でも最弱』


「最弱ねぇ…」


レベル0の小型ミサイルはたった一発で害獣の群れを消し飛ばし、ついでに助けるはずの冒険者にも被害が。


「これ強すぎて使えない…」


もぞもぞと動いている冒険者を見てとりあえずは安心したが、撃ちっぱなしで立ち去るのも悪いと思い、寄り道をすることに。


---


「今度は竜が降りてきた。もうおしまいだな」


アルベが弱々しくつぶやく。


ダメージ自体はさほどでもなかったが、空気を振るわせる強力な波に翻弄され、皆一様に脳震盪を起こしていた。


震える手で転がった剣を手繰り寄せ、杖の代わりにしてよろよろと起き上がろうとするも足腰に力が入らない。


「シーナ、逃げろ!逃げてギルドに報告を!」


一人、咄嗟にシールドを張って難を逃れた女性冒険者は、煤だらけになって転がる仲間を助けようと回復魔術を発動させようとしているが思うように行かない。自身の魔力が欠乏したことすら気づいていないのだ。


ちなみにシールドは自身を守るだけ。しかも一度使えば魔力をほとんど消費する緊急用のもの。


「どうしよう…どうしよう…杖が言うこと聞かない!」


「シーナ早く逃げ…ぐはっ!」


シーナ以外が気絶し、一人残された彼女は空からゆっくりと降りてくる異形の竜から目を離せずにいた。


---


「あー。どうも」


シーナが仲間と共に一度だけ訪れたことのある古代の遺跡。遺跡の壁に描かれたのは世界を破滅から救ったという伝説の翼竜。


それに似た物が目の前で「伏せ」ており、その頭部に括り付けられた鞍のようなところから、これまた異形の黒よろいを纏った人物が降りてきた。


顔の部分もぴっちり閉じており、あれで息が出来るのか不安になる。


「すいません。助けるつもりが…」


見た目は奇怪そのものだが、言葉は通じるようだ。背格好を見るに中身は人種であろうか。


彼が示した先。まだ赤々と燃え盛る地面に大量の「ベアーム」が倒れいてた。


半分は灰になってしまったのか。それでも形あるベアームは十頭以上。あんな数で襲われたら逃げるしかない。


位置関係を把握した彼女。背後にあれが迫っていたとようやく気づき、目の前のよろいが言った「助ける」という意味を理解した。


「あ、あの!どなたかは存じ上げませんが、ありがとうございます!我々では一頭を倒すのが精一杯。もしも複数の「ベアーム」に襲われていたら…」


「ベアームって言うのか。どう見てもでかい熊だよな…。あ、そうだ。女神さん!」


「はい、なんでしょう?田中さん」


竜の鞍から二人目が姿を見せた。体を守るには適さない踊り子のような薄い衣を纏った美女。彼女は全身がほのかに光り、尋常ならざる気配を感じる。


「彼らを治療することって出来ますか?」


「この世界では回復促進の魔術が一般的ですが…」


「テンカイは世界への物理的干渉は出来ないんでしたっけ?」


「いぐざくとりぃ です」


女性が発した不思議な言葉。神聖言語に近い響き…。


「女神さん、俺の部屋にあったズキューンって擬音の書いてある本読んだ?」


「はい、全巻一気に」


彼らの言葉には所々不思議な単語が混ざる。どこの国から来たのだろう。


騎竜がいる国となれば、山を越えたあたりのムキュート地方?


『あるじー、いやしのぶれすいくー?』


首をもたげた竜から、子供の声が聞こえる。先ほどの轟音で耳がおかしくなってしまったのか。


「なにその便利そうなの」


よろいの人物が尋ねると


『かいふくしーるど!』


「ああ、あれか!ライフを戻すやつ。いいけどちょっとだけな」


『はーい!ちょっと吹くー』


ぐわっ!と開いた竜の口。喉奥に緑色の光が集まり、それは倒れている仲間に向けて打ち出された。


---


悲鳴を発する間も無く、大地を覆う緑の輝き。


「な、なんで…」


傷ついた仲間を癒したその光は、荒地を緑に変えていく。


「う…ううん…」


「リーシア!」


最初に火球使いのリーシアが目を覚ました。


続いてアルベ、レイトン、シシリーがもぞもぞと起き上がる。


「いったい何が…」


『あるじー。みんなまんたんになった!』


目を覚ました全員が、この場にいるはずの無い子供の声に振り返ると。


「「「「ぎゃああああああ!!!」」」」


---


☆田中視点


「どうしますか女神さん」


「目立った外傷もなさそうですし、馬車の荷台に乗せるだけにしましょう」


エリュトロンセイバーの癒しの力によって怪我は治ったものの、今度は気絶した冒険者を彼らの馬車に積み込む俺。


一人だけ気絶しなかった女性、シーナというらしいが、彼女だけに見張りをさせていいものかと悩む。


あの「ベアーム」という害獣、どういうわけかエリュトロンセイバーのレーダーには映らないのだ。


まぁ、金属製の兵器を見つけるためのものだから仕方ないか。


せっかくなので害獣の活動が鈍るという夜明けまで付き合うことにしよう。女神の腹時計が正しければ、あと三時間ほどで朝になるようだし。


ついでにこの世界についても情報を仕入れることに。


異世界転移を防ぐヒントを得られるかもしれない。

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