第15話 俺と女神の異世界道中膝栗毛

「お二人で旅を?」


「はい、ここに着いたばかりでして」


外の世界と貿易がどうとかって聞いたのを思い出し咄嗟に。


女神さんは疲れたのか俺に寄りかかって寝ているが、うんうんとうなずいてみせた。器用だな。


「なるほどです!星の海を渡っていらしたのですね。めずらしい騎竜にも納得です!」


近隣の星同士は連絡船でつながっており、ある程度の人員や資材の移動が認められている。


彼女はそれと勘違いしてくれたようだ。


爆風で飛んでしまった焚き火をあきらめ、エリュトロンセイバーに積んであった携帯ストーブを引っ張り出して暖を取る俺たち。


この辺もゲームの設定どおりでサバイバルキットが積まれているのだ。


設定では主人公が敵のラスボスを倒し、満身創痍となって動かなくなったエリュトロンセイバーの修理を決断。


主人公がサバイバルキットと生体リペアキットを取り出すべく狭いカーゴルームを漁っている最中、人ひとりがすっぽり納まる空間の奥に不自然な蓋があるのを見つけ、開けたらエリュトロンセイバーを封印していた竜の巫女が出てきた。という流れで最終面へとつながる。


応急処置を終え、レジスタンスの拠点へ戻る途中に覚醒した竜。主人公と巫女を強制射出、自分を封印した世界を破壊する為に飛び立った。


主人公は訓練用の予備機を引っ張り出し、巫女と共に竜の後を追う。


ちなみに…カーゴルームの奥にそれらしい蓋はあった。開けても誰もいないというが。うっかり巫女を分離して機体が暴走したら目も当てられない。


それに、竜化を解けば人の姿に戻るのはわかっているので、あえて危ない橋を渡る必要は。


『あるじー。もとにもどしてー』


寝ていたと思ったエリュトロンセイバーから声が。


「おなか空いたのか?」


『おしっこ』


Oh!


「シーナさん。これから目にすることは黙っていてください」


「な、何が始まるのですか?」


「この竜は人の姿にも成れるのです」


道中、巨大な騎竜をつれまわすのは困難であること。人目もあるので日中は飛べず、隠すにしても大きすぎること。


困っていると神の導きなのか、偶然見つけた古代の遺物によって竜が人へと姿を変えるようになったこと。


うんうん。と大きくうなずくシーナさん。


「そういった伝承は私の住んでいる地方にもあります。人となった竜が嫁入りをした家が栄え、豪族となったお話とか」


うん、なら大丈夫か。


『あるじーげんかいー』


「わ、わかった。もらすなよ?」


女神さんを引っぺがして立ち上がった俺。機体の下にもぐりこみ中心のコアに触れると、エリュトロンセイバーは徐々に縮み、やがて人の形となる。


「いけにえのふく」ってのがよろしくないが。


「あるじ!まっくら!おしっこいけない」


人の姿になると夜目が利かないのか!かといってライトの類はどこに入れてあったっけな。


「あー、女神さん!トイレトイレ!」


女神さん。なぜ目を覚まさない。俺がついていったら事案だぞ!いや、こっちの世界には無いか?


「あるじー」


股間を押さえ、前かがみになる竜巫女。短めの貫頭衣が引っ張られて大変なことに!おしりみえてますわよ!


「あの、私が代わりに!」


---


「あるじすっきりー」


「ほう、それはよかった。どうもすいません。いつもは相方がつれていくんで」


シーナおねえさんに感謝しなさい。いや、駄洒落じゃなぞ。


エリュトロンセイバーが竜化を解いたことで俺の悪役スーツも解除され、今は春物の服とジーンズ。


さむい!


女神さん、むっちりしたふともも露出しているのによく平気だよな。ちなみにエリュトロンセイバーから引っ張り出したサバイバルキットはそのまま残っている。


「あるじさむいー」


「ああ、悪いな。これを」


ジャケットを着せようとすると…。


「あるじもさむいから、こうする!」


地面の上にあぐらをかいた俺のひざに納まり、ジャケットの中にもぐりこむ竜巫女。しゅぽん!とおかっぱ頭が飛び出す。


そんな様子をじっと見つめるシーナさん。


「勇者イノウイエ様によく似ていらっしゃるなと…」


ここで社長の名前が出てくるとは思わなかった。


似ているというのは俺の黒髪と子供に接する姿。らしい。


社長なにしてるんです?社員用の託児所とか頻繁に顔出していたよな。


---


やはり、社長の人脈スキルはこの世界でも猛威を振るっていた。


それまでバラバラに存在していた冒険者の組織をまとめなおし、どこでも同じサービスが受けられるように改善したという。


それもこの数年で。つまりはこちらに呼ばれたその年には活動していたと。


話し込んでいるうちに、東と思われる方向から光が差してきた。結局、害獣は現れなかったが、倒すにしても力加減に苦労しそうなので、それはそれで。



「うーん…」


幌つきの馬車の荷台からうめき声が聞こえる。夕べ寝かせておいた人たちが気がついたのか。


また騒ぎになる前においとましよう。


「それじゃ、夜が明けないうちに移動しようと思いますので」


「あるじ、へんしんする!」


竜巫女は少し離れた場所に立ち、ヘンシン!と叫ぶ。いや腕を上げると見えますから!


わずか0.05秒でエリュトロンセイバーへと姿を変えると、俺自身もあの悪役スーツ姿に。


サバイバルキットを片付け、ぐっすりと眠っている女神さんを餅抱きにしてコクピットへと運び上げた。


「シーナさん、ありがとう!それじゃ!」


また、どこかで。


---


「一生のうちに一度あるかないかって体験よね」


飛び去った竜を見送り、朝日が照らす惨状にため息をつくシーナ。


「シーナ!」


荷馬車から下りてきた面々が彼女を見つけ、駆け寄って怪我が無いかを確認する。


「偶然通りかかった竜使いのお兄さんとお姉さんに助けられたのよ」


少し離れた場所にぽっかりと口を開けた、直径百メイラほどあるすり鉢状の穴。既に地下水が湧き出していて底は見えない。


その周囲には「ベアーム」を倒した後に出現する素材がごろごろと転がっているのだ。


「それじゃ、あの竜が…」


アルベは空を見上げ、夕べの出来事を思い出す。


「そうだ。ブレス!」


おぼろげに思い出した緑の光。皆の体力を回復させた竜のブレスが通った後には色とりどりの花々が咲き乱れていた。


「もしかして、神様の使いだったんじゃ?」


シーナの説明を聞いていたリーシアがぽつりと。その言葉に全員がうなずいた。


そういえば何か黙っていてほしいって言われたんだ!と思い出したシーナが「まずは「ベアーム」を片付けて報告に行きましょう!」と吼える。


「シーナ、リーダーはおれだぞ!」


アルベが抗議するが、聞き入れてもらえなかった。


チーム内最年少、十四歳のシーナ。


冒険者になったばかりの彼女が体験した一晩の出来事が、その後の人生を大きく変えることになるとは…。

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