第13話 泡に浮かぶ箱庭世界

無事に目的の箱庭世界に到着し、現在地表から千メートル上を時速三百キロ程度の超低速で飛行中だ。今度はエンジン始動後にやってきたので墜落の危険は無い。


ちなみに箱庭のサイズは統一されており、地球と同じくらい。いわゆるMクラスの惑星である。


「田中さん!渡航申請の途中だったんですよ!」


女神が後部座席から身を乗り出し、タブレット風の端末をこちらに見せる。


「それは悪いことをした。が、事前に説明が無かったぞ」


テンカイシステムズの社員といえども、世界を横断するには特別な許可が必要らしい。いわゆる「ビザ」に相当するものだ。


さまざまな場所に偏在する数多の泡沫(バブル)に閉じ込められた惑星が「箱庭世界」と呼ばれる。


それらは洋菓子のミルフィーユのように折り重なった次元断層(レイヤー)の隙間に存在するフルーツのようなもの。


「エリュトロンセイバー」には世界を隔てる次元断層を貫通する生体器官が備わっているのだ。いわゆるケーキに突き刺さるフォーク的な?


AIにたずねると「んーってして、ぱっ!」と移動するらしい。


車窓ならぬキャノピーの上に広がる夜空。そして四つ、いや五つの大きさが異なる月が浮かんでいる。


「それに、この周辺って現在真夜中なんですよ!」


当然だが時差も存在する。ちなみに俺のいる世界と箱庭世界の時間の流れ方は同じであり、遡ることも行き過ぎることも出来ない。


地面は月明かりが照らしているが真っ暗闇である。付近には人工的な明かりなどひとつも存在せず、事件現場である荒野には何も見えない。まぁ、暗視装置使えばいいんだけど。


ぐるりと機体を旋回させると地表にうっすらと光が広がる場所が。


「あっちが王宮のある方向かな。とりあえず行ってみるか」


『さんせーい!』


何しろ、あの時は頭に血が上っていたのでどう飛んでいたのか思い出せない。


後部ノズルから青白いプラズマの炎をたなびかせ、エリュトロンセイバーは目的地に機首を向けた。


---


「ん?」


さらに高度を下げて飛行中、地表にぽつんと見えたオレンジ色の光。


「焚き火?」


点在する小高い丘を避けるようにうねりながら作られた街道。その道沿いにある平地で野営をしているのだろうか。


馬車のようなものも見える。


少し気になったので様子を見ることに。


「た、田中さん!お、落ちます!」


空中で静止した機体に驚く女神。


重力制御もしているので速く飛ぶのも、とどまるのも自由自在。エンジンが掛かっていればの話だ。


「そういえば機体の調査もするんだっけ?」


『みてみてー!あるじー』


機体を覆う数千枚のセラミック複合パネルが「ぶわっ!」と起き上がる。


鳥の羽毛と同じ仕組みらしい。竜肌とでも言うべきか。赤く輝く地肌がみえてましてよ?


「きゃっ!」と悲鳴を上げる女神。苦手な人にはあれな光景だったか。中身は爬虫類ですので。


「元に戻して良いぞー」


『はーい』


「かちゃかちゃ」と元通りに組みなおされた装甲は継ぎ目がどこにあるのか分からなくなった。ちなみに真っ暗でも見えるのは機体がうっすらと発光しているためである。


竜化の際に機体構造を変化させるための仕組みだ。巨大なジグソーパズルにも見える。俺がやったら完成まで何年かかるか分からんが。


---


地上に動きがあったのはその直後だ。


今までくつろいでいた男女数名が立ち上がると、焚き火からたいまつに火を移し、あわてて装備を整える様子が見える。


んまぁ、カメラでとらえた映像を拡大投影しているんですが。


焚き火に吸い寄せられたのか、体の大きな四つ足の生き物がのしのしと歩いている姿が見えた。野営地まで大体数百メートルだろうか。


「介入したほうが良いのかね?」


すわ!魔法生物の再来!かと思ったら違うようだ。


「いえ、あれを倒すのは彼らの仕事ですから」と、女神さん。


彼らは冒険者と呼ばれる、箱庭に出現する害獣の退治を請け負う人たちだ。数名から二十名程度でチームを組み、町や村の間を移動しながら狩りをする。


いち早く準備を終えた小柄な女性。彼女は手にしていた杖の先に火を灯し、それを害獣に向けて「えいやっ!」と投げつけるところから戦闘が始まった。


ソフトボールくらいの火の玉が毛皮に燃え広がり、身をよじる害獣。


いや、魔法なんだろうけどすげー地味だな。それとも火炎瓶か?


『あるじー、撃っていい?』


主翼のハードポイントから突き出したガトリング砲がきゅらきゅらと回転している。


一応AIの判断だけでは発砲できないが、俺に危険が迫ったりした場合はその限りではない。らしい。


「んー。様子見!」


『あるじつまんない!』


ここから散弾機銃撃ったら大変なことになりますよ?


一対五。立ち上がると人の背丈の倍くらいある害獣だが、よってたかって火をつけられたり殴られたり、顔面に水をかけられたりしているうちに動きが鈍ってきた。水は害獣を窒息させているのか。なかなかにえぐいぞ。


そろそろ決まるかと思われたその時。


全員の注意が一体の害獣に向いていたのがまずかった。あれは囮だ。ブラフだ。


本隊であろう十数頭の群れが闇夜に乗じて冒険者の背後に迫りつつあった。その距離、約三百!


「まずいな。女神さん、介入します!無誘導ミサイル!レディ!ファイヤ!」


『ふぁいやああああ!』


「しゅばっ!」っと夜空を一瞬オレンジに染めたロケットモーター。


長さ数十センチ、太さ十センチほどの円筒形の物体が超高速でターゲットの近くに突き刺さると、爆音と閃光、そして破片を撒き散らした!

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