第6話 水色の彼女、赤色の彼女
「おはようございます田中さん!」
俺の隣に寝転がっているのは黒髪の少女。顔が近い。本当に目と鼻の先。
夕べ、引越しを手伝ってくれたセーラー服の子だ。
やわらかい感触は彼女の頬。
とりあえず起き上がった俺は彼女をベッドに座らせる。
「ゆ、ゆーみ=サン。驚かさないでくださいよー」
彼女は「えっ!」という表情に。
俺の右手は彼女によって彼女の山脈に引き寄せられた。不可抗力だ。事案だ。であえ!であえ!
「田中さん、どうして分かったんです?えりの髪留めつけて、おまけに制服もえりのを着てるのに」
ゆーみとえりは一卵性双生児。顔立ち、身長、体型もほぼいっしょ。だと夕べ聞いたような記憶がある。体重の件は聞いてはいけない。これは宇宙の真理だ。
彼女の胸元のネームプレートをみれば確かに「えり」と読める部分があった。
つまりは彼女は「えり」に成りすまし、俺が間違えたところを追求するつもりで。
なんか悪いことをした。ここは乗るべきだった。ビッグな波に。
「いや、色で分かるから。ゆーみは水色でえりは赤だったか」
なんかもう昨日の一件で俺は人をやめちゃったらしく、見えてはいけないものが見えるようになった。
ばっ!と制服のスカートを押さえてこちらを睨むゆーみ。睨んでもかわいいってなんなの?
「み、見たんですか!いつ見たんです!見せた覚えは無いんですが!下にジャージはいてますし!確かに薄い水色ですけど!」
何を取り乱して…。いやおぱんてゅーむさまじゃないから。
「ちがうちがう。説明しにくいんだけど、体から出る光、オーラが見えるんだ」
オーラというより魔力だろうか。
彼女からは水色の陽炎がゆらゆらと。ちなみにえりは赤い。女神さんは白。
俺は鏡で見たら金色だった。見なかったことにしよう。
ゆーみは取り乱しているように見せかけているが、彼女のオーラは非常に安定している。つまりはブラフだ。
何でそこまで分かるんだ。俺。うわぁ。本当に人をやめちゃったよ俺。どうしよう。
「…本当ですかぁ…不意打ちは嫌なんで、見たかったらちゃんと言って下さい!」
「いや、それ言うと俺捕まると思うから」
「はいてないのを見せるなら大丈夫?」
見せるのは本体から分離した「ぱんつ単体」なのか、それとも本体の「はいてない状態」を見せるのか。どちらにも取れる発言は余計に危険です。
そしてどちらも危険です。
「ゆーみちゃーん!田中さん起きたー?」
階下から女性の声が。そういえばジャージのおねえさんから名前を聞いてなかった。
声と一緒に何かいい香りが上がってきた。味噌汁だろうか。
「いこう!田中さん!朝ごはんたべよ!」
ベッドから飛び降りたゆーみに不意に手を引かれ、彼女のしぐさが同僚の姿と重なる。
ダメです社長。絶対立ち直れませんよ、俺。
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巨大なアイランドキッチンが鎮座する一階の食堂に朝日が差し込む。
夕べは広さまでは確認していなかったが、詰めれば二十人くらい収容できそうだ。
床は大昔の流行だった市松模様張り、けっこうしっかり作ってある。
食堂の中はずいぶんと片付いており、大きな白いテーブルの周りに大小さまざまな椅子が並んでいる。
俺のゲーム機とソフト、写真立ては年代モノのカラーテレビの上に置かれていた。
「おばあちゃんがいた頃は、ヒノデ荘のみんながここに集まってご飯を食べてたんだよ!」とのたまう、えりさん。やっぱり赤いオーラが見える。
管理棟である二階建ての一軒屋に住んでいた方が寮母も兼ねていたようで、食費を払うと朝と夕方、ご飯が出たという。
高齢のため引退されたと聞いたが…お孫さんはそこまでのサポートはやらないんだろうか。
「あのー。お口に合いませんでしたか?夕べはそのままお休みになられたと女神さんから聞きまして、お食事のご要望を聞かずに作ってしまったので」
炊き立てご飯と豆腐の味噌汁、塩鮭の焼いたのに納豆のパック。後はおしんこが数切れ。正面に座る双子は焼き魚ではなくスクランブルエッグだ。
夕べのジャージのおねえさん。今朝は、ぱりっとしたスラックスとYシャツ姿。お名前を尋ねたら「まりえさん」ですよ!と返ってきた。彼女のオーラはきれいな紫色だ。
どこに勤めているんだろうか。エプロンが可愛いのでギャップ萌えみたいなのが発生している。
「あ、いや。すごくおいしいですよ。すいません、ちょっと今日の予定を考えていて」
レンタカーを返して、月ぎめ駐車場に置きっぱなしの自分の車を取りに行かねば。あそこが会社の土地だったら車も消えていたんだろうか。
車の存在は昨日の移動中に確認している。これでスマートキーが無かったシャレにならんけど、大丈夫だ。
「そういえば、女神さんの姿が…」
「早朝出勤だって言ってた」
「ゆーみ!お行儀が悪いわよ!」
ゆーみがごはんをもごもごしながら答え、まりえさんが雷を落とす。
テンカイシステムズ、結構ブラックなの?
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朝食を食べ終わり食器を洗っていると、一度マンションに引っ込んだ双子が顔を出す。
彼女たちは今から学校に行くようだ。制服はきちんと自分のを着ている。
何かぽしょぽしょと内緒話をしている二人。
「田中さん!ちなみに、えりは何色ですか?」
ここは正直に答えておいたほうがよいだろう。さっき赤って言ったし。
「元気のよさそうな赤ですね」
「きゃー!当たってる!どういうこと!」
そこ、めくって確認しない!赤いブルマですか。なるほど。
「「いってきまーす!」」
「いってらっしゃい!」
嵐のような双子が境内の中を元気よく駆けていく。
「それではいってきますね!」
まりえさんも仕事に出るようだ。Yシャツの上にジャケットを羽織っている。
「お気をつけて!」
これでエプロンつけて竹箒を持っていたら、どっかの管理人さんだよな。俺。
双子とは逆方向から境内を出たまりえさんだが、忘れ物をしたのかあわてて戻ってきた。
「ちなみに、わたしの色って…」
「む、むらさき…ですか?」
「田中さん、実はエスパー?」
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「ガス元栓よし、電気消灯よし、戸締りよし」
会社がなくなっても染み付いた指差し確認の習慣はそのまま残っている。
神社の境内に停めっぱなしだった二トントラックに乗り込むため、鍵を探す。
キーリングに一つ増えた鍵。
管理棟のものだが、実は「メゾン・ド・ヒノデ」に住む全員が持っているらしい。
鍵といえば、消失したアパートの鍵はそのまま残っていた。
俺の部屋の鍵は二本あり、一本は同僚に持たせてあった。
部屋にある専門書をいつでも読めるよう、合鍵を作って渡しておいたのだ。そっちはどうなったのか。
確かめる術は無いのだが。
あいつ、ちゃんとやってるのかな。ドジって怒られてないよな。
いかんいかん。頭がおかしくなりすぎて、境内の隅、お稲荷さまを奉ってある祠の前に巫女装束を纏った狐耳の幼女がうろうろ歩いているのが見えるぞ。ちなみにお稚児さんみたいな感じもする。
近所の幼稚園児がコスプレでもしてるのか?親はどうした?
幼女がぶんぶんと手を振っているが、近寄ったらダメな気配がする。
「さて…」
見なかったことにして早く車を返しに行こう。
「まてい!そこの男」
ついに幻聴まで始まったか。なかなかにかわいらしい声が。
「レンタカーの鍵は」
「だから!まて!と!」
境内を横切り、こちらにずかずかと歩いてくる幼女。幻視の類かと思ったが、ややぬかるんだ地面にくっきりと草履の跡が。
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