第5話 俺、飛びます!
繁栄も衰退も気まぐれな神々のさじ加減ひとつで決まる、過酷な箱庭世界。
夜空に輝く星の数よりも多い、犬も歩けば神と箱庭にあたると言われる時代。
彼らは箱庭を作るだけでは満足できず、互いの庭を競わせる遊びを思いついた。
彼らは星等級(フォースオブスターズ)と呼ばれるひとつの物差しを作り、世界の力を推し量ることに。
星等級はマイナス4等からプラス13等までに区切られ、世界の創生時はプラス6等。
数字が小さくなればその星は栄え、エネルギーに満ち溢れているという指標になる。
しかし収支のバランスが崩れると等級が増え、13等級の後に世界は消滅し、神もまた虚無の世界へと追放される。
創生後、幾多の失敗を繰り返し、落ち目であった10等級の世界に呼び出された社長は神の加護を受け、幼い国王と手を取り合い、わずか5年で世界に革命をもたらした。
現在は3等級、まもなく2等級に迫る勢いで出世街道をひた走っていたが、急速な発展は時として他の神の怒りを買うことになる。
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「報告いたします!西の「はるか丘」に現れた軍勢、約50万!殆どが敵性魔法生物と思われます」
「伝令ご苦労。皇女には私から伝えよう」
王宮の前で街の子供達と戯れていた男は伝令から密書を受け取り、彼に休むように伝えると即座に玉の間へと向かう。
休み無く馬を走らせてきた伝令はその場で糸の切れたマリオネットのように崩れ落ち、直ちに救護班の手によって治療が施された。
「いよいよ、恐れていたことが現実に」
自然と足早になる男。白亜の宮殿を恐ろしい勢いで駆け抜け、巨大なドアをノックもなしに押し開く。
「イノウイエ!そのようにあわててどうしたのじゃ!」
赤いじゅうたんがまっすぐに引かれた一室。玉座に座るのはまだ十歳にも満たない少女だ。
「皇女様。ついにやつらが」
「わかった…至急巫女をここに!神との「ほっとらいん」をつなぐのじゃ!」
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即席の祭壇の前で長い祝詞を終え、赤い袴姿の巫女はその身に神を降ろし、瞳は黒から金色に輝く。
『サイアクは他の星よりもたらされ、皇女とイノウイエは手を取り合い、これを迎え撃つべし』
神との交信を終え、巫女装束が透けて見えるほどの汗を流した少女は、その一言を伝えると気絶した。
即座に彼女を受け止めるイノウイエ。
災悪か、はたまた最悪か。イノウイエこと「井上」はどちらも同じかと結論付ける。
真っ黒な髪を短く刈り込んだ身長2メートルほどの青年は、浅黒く引き締まった筋肉質の体を純白の全身鎧で覆っていた。
地球では老人と呼ばれる世代に入りかけていたが、こちらの世界に呼び出された際、15歳の体となった。5年経った今は20歳くらいだろう。
向こうに居る頃から欠かさず続けた鍛錬と元来持ち合わせた力により、一人で数百人分の力を発揮するまでになっていた。
同時に向こうから持ち込んださまざまな知識を皇女に惜しみなく伝え、がけっぷちに立たされていた世界を見事に立ち直らせた。
ようやく光が見えてきたところで邪魔が入った。他の世界からの干渉。それも上位の世界だ。
上位の世界の住人は桁外れの力を持つ。並の兵士ではかすり傷すら負わすことも出来ないだろう。
「皇女、わたしはこれより単騎で戦場に向かいます。皇女は皆と共に地下のシェルターに避難を!」
皇女は共に戦うと言い掛けたが、イノウイエの力のこもった瞳がそれを許さなかった。
「イノウイエ…おぬしにばかりつらいおもいをさせてすまぬ」
侍女に手を引かれ、皇女は何度も振り返りながら地下深くに作られたシェルターへ向かう。
「さて、わたしの力、どこまで通用するのか」
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「ぐっ!…まだだ!」
「ははははは!たかが3等級風情がでしゃばりおって。我ら1等級の支配下に入れば生かしておいてもよいのだぞ」
それまで幾多の戦いを潜り抜けた伝説の剣は半分に折れ、魔法の鎧に大きなひびが入った。
満身創痍のイノウイエは目の前に立ちはだかる巨大なビルのごとき魔法生物をにらみつける。
敵の大将は魔法生物の頭上に陣取り、この世界の勇者をあざ笑った。
「まだしつけがたらぬか。殺さぬ程度に痛めつけるのだ。わが世界に生かして持ち帰れば、この者の力をそのまま奪い取れる!」
ぐぎゃー!と吼える魔法生物。伝説の竜を模したといわれるそれは灰色の粘土細工のような不恰好な体でイノウイエの剣の残りをやすやすと弾き、短い腕の一撃はイノウイエの鎧を粉微塵に砕いた。
どしゃ…と、ぼろ雑巾のように地面に打ち捨てられたイノウイエ。
「からだが…うごかぬ…ここで…倒れるわけには…」
ふと、見上げた空に赤く光る星がひとつ。
「凶星というやつか…皇女、すまない。約束を守れそうに無い」
その星は一気に輝きを増し、直視できぬほどに…。
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「のうあああああああああああ!」
『警告!警告!エンジン再始動!エンジン再始動!地表まであと30!』
がたがたと激しく揺れる機内。鳴り響く警告音。AIの悲痛な叫びが木霊する。
俺は何故、エリュトロンセイバーのコクピットに座っているんだ?
正面には13インチほどの戦術モニタ、右に操縦桿とエイムシステム、左にスロットルレバー。足元には左右にペダルがある。
キャノピーに投影されたホログラムの高度計。その針は気が狂ったように左へ回転し、機体が重力に引かれ落ちていることを知らせていた。
「エンジン…エンジン…これか!」
俺はコンソールに生えたミサイルスイッチのカバーを次々に押し開け、レバーをいくつか倒すとインジケータに火が入った。
「タキオンエンジン始動!臨界点までまわせ!」
『ラジャ!メインエンジン、大気圏内用ブースターに接続』
「ひゅいいいいいいいいい!」
こことは別の空間からエネルギーを汲みだし、後部ノズルから青白いプラズマの炎が噴出!
『ブースター、READY!機首起こせ!プルアップ!プルアップ!』
AIが叫ぶ!
「どっせええええええい」
左手のスロットルをMAXに叩き込み、右手の操縦桿を手前に引くとシートと体が同化するほどの加速Gが襲いかかる。
「いやああああああああ!」
後部座席の女神が何か吼えているが気にしている時間は無い。くれぐれも自身の山脈で窒息することなど…。
地表すれすれから一気に2000メートルほど上昇し、水平飛行に移る。
「あいつか!あいつが元凶か!俺から同僚を、会社を奪ったのは!」
パニックに陥り、まともな思考能力の無い俺はとりあえず目に入った「異物」を敵と判定した。
直射日光に目を焼かれぬよう薄い緑色をしたキャノピーの向こう。
荒れ果てた広大な大地を数十キロにわたって埋め尽くす黒一色の不気味な集団、その中でも飛びぬけて巨大な、色を塗り忘れたかのような灰色のソフビ怪獣人形がこちらを向いた。
凶暴そうな面構えじゃねーか。敵認定だ。
「みなごろしじゃ!」
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「ヴァアアアアアアアアアアアアアアア」
「GYA----!!!」
もはや捕まるのを待つだけとなっていたイノウイエの頭上に突如飛来した真っ赤な星は、叫び声と共にオレンジ色に輝く火矢を無限に放ち、魔法生物を翻弄する。
「赤い竜…」
凶星に見えたのは翼の長さが十五メートルほどの竜であった。
きらきらと輝く青白い尾を引いて旋回する赤き竜はそのアギトにエネルギーを溜め込み、一気に放出。
放たれた七色の光の帯は先ほどの攻撃で傷ついていた魔法生物の表皮をたやすく破り、瞬く間に内部構造体を焼き尽くした。
自重を支えきれず、豆腐のような中身をぶちまけ、ぐずぐずと崩れる巨大な魔法生物。
「ひけ!ひくのだ!」
敵の大将は転送によっていずこかへ逃げ、総崩れになった知性を持たぬ魔法生物の集団。プログラムに従い逃走を図るも…。
「しぬがよい!」
赤い竜から放たれた六発の青白い光弾が魔法生物の頭上で一斉に弾け、世界を純白の光で覆い尽くした。
「あの声は」
イノウイエは溢れる光と薄れる意識の中、一人の青年の姿を思い出していた。
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結局、俺が倒したのはこの世界を食い物にしようと侵攻してきた別の世界の住人らしい。
力がなければ他所から調達する。そういったことがまかり通るのかと思えば、それなりに罰則はあるようだ。
ただし、地球はこの世界に巣食う神々とは無関係であり、力の調達先として重宝されていると。
そんな説明がエリュトロンセイバーのAIからなされた。
児童?操縦となった機体は徐々に高度を落とし、先ほどの荒野とは違い草木が青々と茂る地表へと降り立った。
目の前に横幅が二百メートル以上ありそうな巨大な建物が鎮座している。
「女神さん、ここは?」
どこかの宮殿だろうか。エリュトロンセイバーから降りた俺たち。
女神は俺の手を引き、真っ白な床と壁に囲まれた部屋へと案内する。
「ここは社長さんが連れてこられた世界、その名をシェーダ。目の前にいるのが統括神の」
床に片方ひざを付いて頭を垂れる女性。
「グリアと申します。女神様、男神様。ご機嫌麗しゅう」
男神?ふと自身の姿を見れば、黒く禍々しいプロテクタスーツに身を包んだ不審人物と化していた。これって、あの作品に出てくるパイロットスーツか。
「あんまり麗しくないけどね」
「ひっ!」
「だ、ダメですよ田中さん!力を抑えてください」
「何かしたか?俺」
「今の田中さんは、ぶっちゃけ私よりもぜんぜん上なんです。神格が。その説明は後で…あまり心を波立たせないようにお願いします」
で、俺はその場に座り、拉致された社長について最初からきっちりと説明を聞くことにした。
この世界の実情を聞かされた社長自ら動いたと言うのだが…。
転移によって元の世界のバランスが崩れることは、ここに居る神は知らなかったようだ。
ラノベの話だけが一人歩きしているからだろう。
そして、驚いたことに社長がここに来てもう5年も経っていると。俺から見ればまだ十数時間前だぞ。
「勇者イノウイエを元の世界に戻すことは出来ますが…」
うなだれる神。元の時間軸には帰せない決まりがあるという。それに失われた縁が戻るわけではない。
「こっちの世界からも神力が無理やり引き剥がされるんだろ。そうすると俺みたいなやつが出てくると」
社長のことだ。5年もいるんだから、とんでもない人脈を張り巡らせているに違いない。社長が地球に戻れば縁の反作用が炸裂する。
つか、イノウイエって…。名前をきちんと覚えてもらえなかったんだ、社長。いや、真名を知られないための。
あれはお約束ってやつだけど、社長はラノベを読んでいたんだろうか。
ふと、視界にもう一人の女性が居ることに気づいた。
「先ほどはこの国を…勇者イノウイエ様の窮地を救っていただき、本当にありがとうございます」
十歳くらいの少女がきれいな土下座で俺にお礼を。彼女の服装、思いっきり和服だ。いや、七五三?
「皇女様!」
こちらの世界の神があわてている。
彼女がこの国の王…。Oh!
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振り上げた こぶしを落とす 場所は無し。
詠み人 俺。
「はぁ。このやり場の無い怒りをどこにぶつければ」
一発ガツンといってやるつもりが、成り行きでこの世界を救ってしまった。
「だ、ダメです!抑えてください、もれてます!」
さっきの神と皇女は大理石の床に水溜りを作っている。確かにもれてるわ。
一発殴って終わりにしようと思ったが、あいにく十歳の子供や女性に手を上げるほど落ちぶれてはいない。
「だん!ぼこん!」
宮殿の分厚い白壁を軽く殴りつけた俺。この国の象徴である宮殿を殴った。それでいいだろう。意外ともろい壁だ。
ばらばらと崩れ落ちる壁を見ていたら余計にむなしくなった。
「…帰るか。女神さん」
視界がぼやける。息苦しいヘルメットを脱ぎ捨て、目から出てくる熱い水はぬぐってもぬぐっても溢れてくる。
その場に座り込む俺。
「ちくしょう…ちくしょう…何をしにきたんだよ俺!俺のバカヤロー!」
やはりというか、強い縁の力が災いし、社長の姿を見ることはかなわず。
伝言を残そうと思ったが、言葉が浮かんでこない。
その後、あの世界からどうやって帰って来たのか、まったく記憶に無かった。
気がついたら朝。
日之出荘の二階にある十畳の和室。そこが俺の寝室となった。のだが。
寝返りを打った際、ふにゅんという感触が手のひらに伝わってきた。
「うわああああああああああ!」
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