第4話 新しい仕事、忘れられない出来事

「どーも。ゆーみです!」


「えりでっす!」


荷物の搬入が終わり、リビングらしき場所に顔を出すと、黒髪のツインテを揺らしながら俺に飛びついてくる紺色のセーラー服姿の双子の姉妹。中学二年生くらいか?


「やっぱり男の人はここが重要だよね」


「だよね!」


俺の腹筋の強度を計測したいのか、ウェストにしがみ付いてぐいぐいと締め上げる二人。初対面なのに無防備すぎないか?


なんかこう、やわいものがあたってますが。山脈の発育がよろしくてよ。


「ほらほら、管理人さんが迷惑してるでしょ。二人とも課題はおわったの?」


先ほどのジャージの女性が二人をたしなめる。


「「はーい。戻ってすぐに片付けます!」」


ボロ屋をダッシュで飛び出した二人はついんてを揺らしつつ隣の豪華なマンションに吸い込まれていった。


「本当に申し訳ありません。さわがしい妹たちで」


そういえば、名前を伺っていなかったし、名乗ってもいないし。


「えーと、俺は…」


---


「あの、田中さん」


先ほどのリビングの隣にある、喫茶店でも開けそうなアイランドキッチンが鎮座する食堂で一息ついているところに女神が現れた。


田中と名乗ったが、偽名だ。


運命の輪から外れた俺が本名を名乗れば何が起こるか分からない。と俺の中にいる誰かが警告している。


「それで、ここは一体どこで何をさせる気か、と俺は尋ねます」


「あの子の保護まで二週間ほど時間がありますので…しばらくの間、日之出荘、いえ、メゾン・ド・ヒノデの管理人をやっていただこうと。田中さんが新たなお住まいを探す手間も省けますし」


「ん?宅配の受けとりか?草むしりか?館内の掃除か?」


「いえ、ここに住んでいただくだけでかまいません。後はあの双子の勉強を見てあげるくらいで」


「勉強か…。そろそろ時間だよな」


デストピア系のアクションゲームに出てきそうな個人線量計つきの腕時計を見ると22時まであと数分。


はぁ。と思い出したくない事を思い出してしまい、一気に気が重くなる。


「あのアパートな、俺のいたあそこ。隣の部屋に同僚が住んでいてな。会社の寮だから当たり前だけど」


女神は何事かと俺の顔をじっと見つめる。


「夜10時になると、隣に住む同僚が分厚いマニュアルを抱えてうちに上がりこんでくるんだ。こんな感じのを数冊。機械の操作がむずかしいから教えてくれって」


手元に丁度あった古びた電話帳を指差す俺。表紙に85年って書いてあるぞ、何年前だ。


「あいつ、幼い兄弟がいい学校に行けるよう学費を稼ぐんだって、高校卒業してすぐにうちの会社入ってな。その件は本人から聞いたんじゃないけど。うちの会社は工作機械メインの仕事で全部コンピュータで動くんだよ」


こくり、とうなずく女神。


俺は席を立ち、年代モノの冷蔵庫からコンビニで買っておいたエナドリを取り出して、一本を女神に渡す。赤い暴れ牛のアレだ。


「あいつ、とんでもなく偏差値の高い進学校から東京のすげー大学行くつもりで勉強していて。工業系の専門知識なんてこれっぽっちも無い状態で来たんだよ。なんでうちの会社なんだって思ったら、親と社長が知り合いだったと」


コネで入るようなすごい会社じゃないけどな。同僚の親は仕事中の怪我が元で働けなくなったと社長から聞いた。兄弟の学費の件も社長から。


「こっちも入ったばっかりの新人に怪我されちゃ困るし、機械はまぁ、直るからいいけど止まれば一本数十万のビットがオシャカになることもあるんで、最初だけと思って教えたんだよ」


よく冷えた炭酸がひりついた喉を焼きながら胃に滑り落ちていく。


「そしたらさ、「先輩!先輩!」って妙になつかれて。おまえ犬かよ!ってこっちが引くくらいに。社長の指示で俺がメインで教えることに決まって。それから毎日、休みの日もたまに。かれこれ二年位か」


貴重品袋から出してテーブルの上に置いてあった写真立てを引き寄せる俺。


「他の写真はデジタルデータも含めて全部消えちまったのに、なんでこれだけ残ってるのかね。貴重品袋の効果か?」


そこには社員旅行で訪れた伊豆の温泉街で撮影した、俺と同僚のツーショットが写っていた。背景が温泉饅頭の看板。


何故かその写真が貴重品袋に収まっていたのだ。いつ入れたのか覚えていない。


写真を穴の開くほど見つめる女神。


「ええと、田中さんの隣は女の人ですよね?すごくかわいらしい」


「ああそうだよ。俺の同僚がこんなにかわいいはずがない、とでも?」


女神はまた黙り込んでしまった。残念ながらBLじゃないからな?


普段は機械に巻き込まれないよう頭の上でお団子にしている髪を下ろし、俺の腕に絡みつき饅頭片手に微笑む同僚。


「んでな、こんなもんも用意してたんだよ」


手のひらサイズの藍色のスウェードのケースに収まった、ささやかなダイヤのついた指輪。貴重品袋に入れておいてよかったのか。


「今週末に彼女の実家に行って、彼女の家族に報告する予定だった。俺たち結婚しますってな」


俺には彼女の兄弟を食べさせ、進学に必要な金を用意する余力があった。


彼女を大学に入れることも。


「つじつまあわせ」のせいで全部オジャンになったけどな。と、金髪女神を見れば、彼女の蒼い目に涙が。


「同僚さんは生きてます。だから…」


「だから?だめなんだ。感覚で分かるんだよ。彼女と俺は社長の「縁」で結びついていたんだ。彼女も俺も社長に拾われてあの会社に居た」


その社長は異世界に引き抜かれ、彼のはぐくんでいた数多の縁は修復不可能なレベルで崩壊した。そういった縁も異世界の糧になったのだろう。


「おそらく街ですれ違うことも、顔を合わせることも出来ない。縁の強かった者同士、逆に反発するんだよ。どうしてそれが分かるのか俺自身にもわからんけど」


ネオジム磁石のように強力に引き合う磁石の片方を反転すれば、とんでもない力で反発する。


当り散らすようにエナドリの空き缶をグシャリと握りつぶす俺。ささくれたアルミ缶が手のひらに刺さり、血がにじんだ。いてえよ!


「あー。なんか無性に腹立ってきた。感情が溢れてくるってこういうことなのか。出来ることなら社長を引き抜いた異世界にこんな感じの戦闘機で乗り込んで神と関係者に「しぬがよい!」ってボム全弾撃ち込みたいわ。どうせファンタジー世界なんだろ。そのくらいやらせろよ」


テーブルの傍らにあったレトロなゲーム機とソフト。さっき双子が見ていたのはこれか。弾幕STGの金字塔。ソフトのパッケージには最終形態となった主人公の駆る真っ赤な戦闘機が描かれていた。戦争に勝つため改変された過去、こうあるべきと書き換えられた運命に抗う、一振りの紅い刀。人々はエリュトロンセイバーと呼ぶ。


手のひらの傷から血が一滴。ソフトのパッケージに落ち不思議な波紋が広がる。


「だ、ダメです!そんなこと 考 え   た    ら」


女神の声が妙に間延びして聞こえる。


ぺかー。と目の前が白く染まると、ジェットコースターに乗って落ちるような感覚が俺の体を襲う。


次の瞬間、猛烈なアラーム音が俺の脳をシェイクした!

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