第9話 人から神へ、神から人へ

「それではヤマナシ様、こちらのお部屋をお使いください。今回の件、後で係の者がご説明にあがります」


「はい、ありがとうございます…」


藍色の落ち着いた和装の美女が訪れたのは、山奥にひっそりと佇む温泉宿。神々が日ごろの疲れを癒す福利厚生施設だ。


外観とは裏腹に内部は近代的なホテルのようなつくりをしている。


どうみても2階建ての温泉宿、その40階にある客室のひとつに案内された彼女が荷物をクローゼットに片付けていると、程なく重厚なドアがノックされた。


「ヤマナシ殿、わしじゃ」


ドアスコープの向こうには紫色の和服を着た白髪の老女と灰色のスーツ姿の女性が立っていた。


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宿泊施設の最上階、地上ではまだつぼみのままの桜の木々が一斉に花開いた天上界の山々を一望できるラウンジに集まった三人。


「昨日境内の隣に見えられた方が、準1級の神族と同じ力を?」


突如として神力の空白が出来た日。自身よりも数十倍、数百倍神々しい力がすぐ近くに現れ、使いの狐に様子を見に行かせたのだがすっかり餌付けされて戻ってきた。焼いた牛の肉をたべさせてもらったといって大喜びをし、肌色の多い女神の描かれた護符を大事そうに抱えていた。


そこに直ちに本殿を空け、指定された神域に顔を出すようにとの緊急通達ポケベルが入り、使いの狐に当座の資金を渡して大急ぎで駆けつけたのだ。


まさか、今まで一度は利用しようと思いつつ悩んでいた高級温泉宿への招待と分かり、逆に腰が引けてしまったヤマナシ。


「一箇所に複数の神が集まるとなれば、神力の再配分にも支障を来たします、彼が今までどの神にも知られず人里にいたのは奇跡に近いことなのですが」


スーツの女性から説明がなされ、ヤマナシは自分がとがめられていると思い頭を下げたが、それを制したのは白髪の老婆であった。


「そなたが謝ることではない。この世界に遍く存在する神を管轄するテンカイシステムズに落ち度があった」


「こちらをご覧ください」


スーツ姿の女性が取り出した手のひらに載るサイズのプロジェクタから、一枚の写真が空中に投影された。さえない表情の男性。情報欄には「田中 男性」と表示されており、名前、性別以外の一切の情報は不明とされていた。


「彼とつながりのある人物が別の世界に呼ばれ、つじつまあわせが行われた際に彼の「人」としての存在が破壊され「神」の力を得たと推測がなされています。しかし、彼はどういうわけか「人」という枠に収まり続けようとしているのです」


人から神へ。


それなりに神格を持つヤマナシも昔は寒村に住む身寄りの無い貧しい少女であった。


度重なる飢饉、夜盗の襲撃。蓄えの少ない村には大打撃であった。いつしか人々は祟りの存在を口にするように。


「皆のもの!お触れである。ここに悪しき竜が眠るとのお告げがあった。今までの災い、すべて竜の所業」


雪の降る村を訪れた厳つい山伏、そして着飾った年増の巫女が神のお告げを触れ回った。


「竜を封じたあの大岩の下を掘り、穢れなき娘を捧げるのだ」


白羽の矢は老夫婦の世話をしながら細々と生きていた身寄りの無い少女に突き立った。


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「今でも夢に見るんですよね…。じいちゃんとばあちゃんがボロボロ泣きながら私を見送ってくれて。その後は良く覚えてませんけど」


岩の下に竜など居なかった。あの山伏と巫女は村々を渡り歩き、法螺を吹いて日銭を稼ぐ悪者だった。


同じようにして銭をたかった先で嘘がばれて命を落としたと、死んだはずの少女が耳にしたのは何年か後の春のある日。


彼女は弱いながらも神力を得て、神の見習いとなっていた。


自分たちの浅はかな考えで死なせてしまった少女を不憫に思い、村の皆が祈った力。それが彼女の魂をこの世につなぎとめたのだ。


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村はずれにあった唯の大岩の隣に少女を偲ぶ小さな祠が作られ、年の節目など次第に人が集まるようになると凸凹だらけの地面が均されて境内となり、祠は年を重ねるごと、村の発展と共に大きく造りなおされ社となった。


大岩の隣にはオオクスノキが植えられ、夏は強い日差しから、冬は雪から彼女を守った。


やがて、神社に昇格したその場所をとりまくようにして家々が建ち並んだ。神社の周囲は不思議と災いが少なく、幾度か繰り返された戦火からも住民を守った。


村は町となり、彼女の力が周囲に分筆される頃には、少女が生贄とされた頃には何もなかった平野を覆う中規模の都市へと変貌した。今では分筆された神社のほうが大きかったりするが、彼女は特に気にしていない。


掃除の行き届いた境内を訪れる子供達の歓声がいつまでも続くことを願うだけ。二度と自分のような不幸な目に遭う子供が出ないよう。


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「そなた、しばらくの間「人」に戻る気は無いか?」


老婆から発せられた言葉にヤマナシは硬直する。


「あの社は神力の基点となる少々特殊な場所。管理者が不在というのは避けたい。かといって神であるそなたを置くには少々問題が」


田中と呼ばれる人物。彼はテンカイシステムズの預かりとなり、以前老婆が住んでいた家に置いて監視をすることになったという。お目付け役もいるのだが、かなりのドジらしい。そこで、ヤマナシにも社の管理をしながら彼女の補助をするようにとの話だった。


「一時的に神格を預かり、仮初の体に入ってもらうのだが…」


生前の姿に似せて作られた、生身といっても差し支えない最新鋭のサイバーロイドの写真とスペックが空中に投影されると、ヤマナシは即決した。


神が人になるのは死を意味するといっても過言ではない。


すべての力を失い、魂の牢獄である肉体に収まる事はそれこそ神罰に等しい。


「お使い狐が自慢していた焼いた牛の肉「はんばーぐ」を直接食べにいける!」


意外と食いしん坊な彼女であったが、それを咎めるものはいなかった。

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