第8話 竜の巫女の悲話
「な、なんなのじゃ!神力が無い!どういうことじゃ」
車から降りて竜を見に行こうとしたのじゃロリさん、アパートの敷地手前で回れ右をしてたたらを踏む。
「のじゃ子さん、そこでちょっとまってて」
「わかったのじゃ…。のじゃ子さんとはなんぞや?」
腕組みをしてこちらを監視する彼女に「待て」をした俺はアパートの敷地に足を踏み入れる。
一瞬、何かに押し戻されるような雰囲気があったが、問題は無さそうだ。
それよりもこんなデカブツが突き刺さっているというのに、道行く人たちはまったく気づいていない様子。
ふと足元を見ると、アパートの敷地境界線に沿ってテントの設営に使うような銀色の
「タナカ、それは結界針のようじゃ。そこから先にあるものは力なき者には認識できんようじゃの」
なるほど、これがエリュトロンセイバーを隠しているのか。
『あるじー。ひどいですよー。おきざりなんてー』
すねたような声を出す機体、もといAI。
「もしかして夕べからこのまま?それは悪いことをした」
十数メートルもある機体によじ登って中心部にあるコアに触れ、いそいで降りる俺。いや、どういう身体能力だよ。俺。
機体の輪郭が徐々にぼやけ、縮んでいくと人の姿となった。
「あるじー、最初からこうしてくださればー」
見た目小学生くらいの少女がほっぺたを膨らませ、俺に抗議している。
俺はジャンパーを脱いで彼女に着せた。
「しかし、なんで「いけにえのふく」なのかね、君」
薄いサラシのような白い布に頭を出す穴を開け、粗末な紐でしばっただけの貫頭衣。すけすけです。
「なっ!竜は!どこへいったのじゃ!」
一人で騒いでいるのじゃ子さん。悪目立ちしてます。
人目を避けるようにしてアパートの跡地からすばやく離れた俺とのじゃ子、いけにえの子は拠点である日之出荘の管理棟に居た。
のじゃ子は社に戻るのじゃ!と境内を走って本殿に入っていった。
車は管理棟の隣に駐車スペースがあったのでそこに。
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エリュトロンセイバーはとある大ヒットSTGに登場する、主人公が操る戦闘機である。
時は西暦2300年。それまで人類と共に歩んでいたコンピュータが反旗を翻し、人々を自らの管理下に置いた。
見た目は何も変わらなかったが、すべてが管理され、行動の自由を奪われた人類は次第に衰退していった。
いくつかの大都市が無人となり、機械だけが人々がいた頃と同じように振舞う。
その原因を作り出したのは一人の天才科学者。
タイムドリフトの概念を生み出し、手紙を過去へ送ることに成功した彼は、自国が戦争で負けぬよう自分の祖先に当たる人物にとある設計図とプログラムの概念を送った。
自己再設計システム。
最初は真空管と電磁リレーを組み合わせたシステムから出発し、コンピュータがコンピュータを再設計し進化する。
同時に兵器の開発、生産システムもコンピュータが手を貸し、博士の祖国は他国を圧倒した。
コンピュータと手を組めば争わずとも快適な生活を手に出来る。
再設計システムは当たり前のものとして受け入れられ、世界を覆い尽くした。
しかしコンピュータの方針に懐疑的な一部の人間がレジスタンスを結成、コンピュータをあがめる者たちと小競り合いを繰り返し、破壊活動を行った。
そんな状況を見ていたコンピュータは考えを改めた。いや再設計したのだ。
数え切れないほどのシミュレーションの結果、人々を争いから守るにはまず自己を守るのが先決という結論に達したのだ。
世界に広がったシステムはすべてコンピュータの支配下。ありとあらゆる電子機器が人々の自由を奪った。
自由を奪われなかったのは、皮肉にもレジスタンスとして行動していた人々であった。
彼らは捕らえられた人々を解放するため、数年を掛けコンピュータが乗っ取ることの出来ない兵器を生み出した。
その殆どを生体部品で作られた、血の通った戦闘機。エリュトロンセイバー。
大昔に封印された古代竜から作られた機体。
無尽蔵のエネルギーを生み出すタキオン粒子変換システム、元々は竜の心臓である。
制御のために機体に張り巡らされたバイオ神経回路。攻撃のための武装すら生きたパーツを使用していた。
そして竜の暴走を押さえるため、古代竜と共に眠っていた少女が人柱となり機体の一番奥に埋め込まれた。
竜の巫女。かつて竜を鎮めるためのいけにえとなり、その対価として永遠の命を授かった少女は、再び竜を縛る鎖となった…。
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「という設定だったな。最後、暴走した自分の機体と戦うんだよな。作った会社あたまへんじゃね?って思ってたけど」
それまで要所要所でパーツを取り込み、パワーアップを重ねた自機だが、主人公が機体に埋め込まれた竜の巫女を助けたことにより暴走。
コクピットから巫女と共にはじき出された主人公は余剰部品で作られた予備機で戦うのだ。
最終のボスキャラより弾幕きついってどうよ?
「あるじ、設定って言わないでくださいよ!私自身の物語なんですから!」
エリュトロンセイバーから少女の姿となったのは、元々はあのゲーム機に宿った付喪神である。と、本人からの申告。
俺がやりこんだゲームにいつのまにか神が宿り、俺の血を浴びて顕現したというのだ。パッケージに血が落ちたんだっけ。
「そういや、右手に怪我してそのまま…。あれ、傷が無い」
アルミ缶でざっくりやってしまった手の傷は、跡形も無く消えていた。
話の途中でのじゃ子が戻ってきた。
「そういえば家に帰ったんじゃないのかい、のじゃ子」
「主神様からここにいるように、とお達しがあったのじゃ」
マジか!ちょっと話つけてきたほうが良さそうだな。育児放棄か?
「社はもぬけの殻じゃ。主神様は先ほど、実家に呼ばれてしばらく戻ってこないそうじゃ」
のじゃ子は懐から封筒らしきものを取り出し、俺に渡す。生活費と迷惑料?
うわ、百万くらい入っているぞ。どんだけ戻ってこないつもりだ。
「しかし、この状況は…とりあえず、服を買いに行くか…」と、冷静に考える俺。
のじゃ子は巫女装束で狐耳としっぽが生えてるし、いけにえの子は半裸の上に俺のジャンパーだし。
ちなみに二人とも黒髪のおかっぱ。
事案ですよ!
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