第10話 俺の「くろれきしくろにくる」

「おう!ひらけごま!なのじゃ!」


自動ドアの前に立ち、なにやら唱えているのはうちの狐さま。


「どうしてなのじゃ!うちの神殿はこれでひらくというのに」


意外とハイテクだなあそこ。そういえば最近補修したんだっけ?そんな看板を見たような気がする。


「のじゃ子、そこはお子様にはあけられないようになっている」


「な、なんじゃと!」


俺たちが来たのは東林屋という子供服の大型チェーン店。狐のロゴがトレードマークで0歳から16歳くらいがメインターゲットらしい。


「オオウ!タナカが近づいたら開いたぞ」


何のことはない。子供が店から飛び出さないよう、自動ドアのセンサーが調整されているのだ。入るのもしかり。


そういえば、竜の巫女って名前あったんだっけ?


竜巫女だと鉈もって暴れそうだ。なんとなく。


「嘘だ?」


疑問形にすればいいって物じゃ…りゅみこ?


「あるじ、どうしたっちゃ?」


微妙なラインだ。両方とも、名前はどっちかって言うと先生のほうだし。


「なぁ、どうしてそうもサブカルチックなセリフがぽんぽんでてくるの?」


「あるじの血を頂いて、わたしは立派な眷属となりました。同時にあるじから膨大な量の知識を得ております」


俺のクロレキシクロニクルがプリインストールだと?アンインストール不可?


名前の件はいったん保留だ。


とりあえず、二人ともなるべく目立たないような服装にしてきたが…無理だな。母親の群れがこちらをちらちら見ている。


昼間からおじさんが女児二人連れて入ってきたら怪しいのか?イクメン!アイアムイクメン!


のじゃ子は先ほどのファミレスで撮影会を開いた際に神力を得たそうで、目立つ耳としっぽが極端に小さくなっている。


隠し切れないところがのじゃ子っぽいが、カチューシャとベルトのアクセサリに見えなくもない。


二人とも俺の服を羽織らせ、髪を若干湿らせてある。


水遊びで暴走して服をぬらしましたという設定に…。


「しかし、サイズがわからん」


特売の謎デザインシャツを適当にあてがってみるのだが、いまいちしっくりこない。


「お客様、お困りのようでしたら…」


しゃがみこんで二人に服をあてがっていると店員さんらしき女性から声をかけられ、振り返ると見知った顔があった。


---


「ええ、確かに…時々境内で遊んでいるのを見たことが」


店員さんは「まりえさん」でした。


「田中さんのところに預けていくなんて、しかも親御さんとは面識がないんですよね?」


のじゃ子は主神様と呼んでいたが、彼女の保護者は一度も姿を見ていない。


「主神様は人の前に姿を現せないのじゃ。だから使いである狐が代行をしておるのじゃ」


「ということらしいんです」


ふんむ!と胸をそらしているのじゃ子を観察し終えたまりえさん、今度はうちの眷属を。


「…それでこの子は田中さんの隠し子と。よく似ていらっしゃいますし」


「いえいえ、そんな相手は…相手は…」


同僚とは清い仲だったぞ。結婚するまではけじめをつけようって。信じられんかもしれんが。そこの方。


「いえ、女神さんの関係者です」


すまん、女神よ。今朝目覚めたらいなかった君が悪い。


「あの子、割と大胆なのね。晩生な感じがしてたのに!」


「あの、田中さん!勝手にわたしの子にしないでください!」


振り返ると、人目を引く金髪碧眼の美女がこちらをにらんでいた。


「大変だったんですよ!夕べ田中さんが暴れた後片付けで。あれどうしちゃったんです?テンカイシステムズで回収する手筈だったんですが」


飛行機の形をインタビューでやるような空中ロクロで示す女神。


「あれ?あれならここに ↓ ↓ ↓ 」


俺にくっついている竜の巫女のつむじをつつく。


「はう!あるじさま!」


---


「女神さんが来るまで待っていればよかったか」


女神さんは同僚の運転する車で管理棟に戻った際、入れ違いになった俺の車を見つけて追いかけてきたそうだ。ぜんぜん気づかなかった。


そういえば電話番号とか交換してなかったな。


帰りの車中、助手席には女神さん。お子様二人は後部座席。いわゆるワンマイルシートなのだがお子様には丁度いいサイズ。


おしりが嵌って自力で出られないけど。


お洋服は上下あわせて十着ほど、二人分購入。下着類も当然。


しかし、狐の巫女が狐のバックプリントぱんつを買うのは少々反則ではないか?


「あるじー。竜のかっこいいしたばきーかってー」


あるにはあったけど、男児向けの戦隊モノだったぞ。今はユニセックス時代だし?女児が前開きのブリーフでもいいのか。


この次買いましょう。ちなみにのじゃ子から預かった百万円は耐火金庫に入れて保管してある。さすがに手をつける気にはならない。


「アパートのあった場所に落ちた戦闘機を隠すの大変だったんですよ!ものすごく高価な結界ペグをこっちの通貨で一億円相当つっこみましたから」


「まじか!」


思わずアクセルを踏んで加給圧が0.9に達した。あぶない。


「後で回収すればいいんですけどね」


それを先に…。


「そういえば俺、どうやって向こうへ行って帰ってきたんだろう」


「あの戦闘機、生体時空跳躍器官が備わっているとテンカイの解析班が。それにあれ殆どナマモノだっておどろいてましたよ」


「まじか!」


「まじです!あるじ!生です!」


なまなましいセリフ禁止!


機体に関しては一度詳しく調べる必要がありそうだ。社長の飛ばされた世界もあの後どうなったのか…。


「そうでした。例の社長さんが飛ばされた世界の神と代表者が謝罪とお礼に見えられております」


それは大変。


安全運転で急ぎ戻ることに。


---


すでに我が家と化した管理棟に帰ると、食堂にあの世界の二人の姿が。


やはり夢ではなかったか。


股に尻尾を挟んでぶるぶる震えるわんわん。とでも言おうか。


二人とも淡い色の春物ワンピース姿だ。


「田中さーん!ただいまー。あれ、お取り込み中?」


学校帰りのゆーみとえりが顔を出し、俺と食堂の床で正座中の二人を見比べる。


「取り込んでいるかといわれればイエスだが…。そうだ。二人にお願いがあるんだけど」


のじゃ子と竜巫女をずいっと押し出し、着替えの詰まった袋を持たせる。ちなみに服は俺のをかぶったままだ。


「この子たち、知り合いから預かったんだけど、さっき境内で遊んでいるとき手水をかぶっちゃって服買いに行ったんだ。んで、二人のセンスを見込んでコーディネートをたのんます」


袋に印刷された狐のロゴに気づいたえりさん。


「あ!東林屋行ったんだ!おねえちゃんに会った?」


「おう。ばっちり見繕ってもらった。助かった」


にっこりと微笑む二人。姉がほめられてうれしいのだろうか。


「「二階借りるね!」」


双子に手を引かれ、女児二人が階段を上るのを見送る。そういやのーぱんだったよ竜巫女。大事なことなので一度しか言わない。


さて…。


なるべく心を落ち着かせ、目の前にいる二人を。まずは椅子に腰掛けてもらおう。


こうやって見下ろしていると、どう見ても俺悪人だし。自覚はあるよ?

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