第11話 シュレーディンガーの俺

「謝ってもらっても今更だよなぁ。覆水盆に返らずってそっちでも使う?」


参加者は向こうの女神、皇女、うちの駄女神、そして俺だ。そういや名前聞いてないや、皇女さん。


俯いたままの二人に地元の緑茶を出し、湯飲みからほわほわと立ち上る湯気を眺めつつぽつりと漏らす。


「はい。恐れながら…「こぼれた泉は地を潤す」という言葉が近いと思われます」


向こうの女神が機械的に答えた。微妙にニュアンスが違う気がする。


質問するとそれに関する返事が来るといった会話が続く。


社長と事前にコンタクトを取っていたというのだが、彼が情熱を傾けていた仕事を投げてでも異世界に向かった理由については不明であった。


それ以前に会話が成り立たない。


エキナカにあるインフォメーションサイネージと会話しているみたいだ。そこまで恐れられているのか俺。


「その理由は後で説明しますよ」と駄女神さんがのたまう。


「引き抜かれたのが5年前の社長ってのがなぁ…うーん」


「つじつまあわせ」が起こったのは昨日の朝だが、社長が実際に転移したのは5年前の昨日。


食堂の壁にぶら下がっていた古ぼけたカレンダーが丁度5年前の3月で時間を止めていた。ここの管理人の女性が引退したのも同じ年だったのか。


「俺の再就職が決まるか決まらないかって瀬戸際の週…まさかな」


俺が「つじつまあわせ」からはじき出された理由がなんとなくわかった気がした。


「シュレーディンガーの猫ってか?箱の中の猫は俺だが」


中途採用の試験を受け、面接が終わって数日後に出る結果を待つ。丁度その中間で事件が起こった。


つまり俺の社長や会社との「縁」のあるなしが確定する以前の状態で社長が飛ばされ、俺はどちらに振り分けられるか未確定のまま弾き出されたのか。


「採用通知が来るまでが就職活動です…って笑えんな」


前職が役員の一斉夜逃げで幕を閉じ、それなりに蓄えはあったけど働かないわけにはいかない。


必死に求人情報をかき集め、何度もお祈りビームを食らってようやくかじり付いたあの会社。


地元を離れればそれなりにいい場所はいくらでもあった。でも、俺はとある理由からここを離れるわけにはいかない。


ややぬるくなった茶をすすると、目の前の二人も同じように湯飲みに手を伸ばす。


一瞬「あっ!」って表情になる二人。うまいだろ、それ。同僚のおすすめよ。


視線をさまよわせたちっこいほう、皇女が顔を上げて年代モノのテレビの上にあった写真立てを見つめている。


「イノウイエ!」


---


すぐさま写真立てを手に取り、穴の開くほど見つめる俺。


「どうして社長が写ってるんだ?」


社員旅行で訪れた伊豆の温泉街で撮った一枚。


「イノウイエ!間違いない!勇者イノウイエ様!」


ちっこい皇女も今まで距離をとっていたのが不思議なくらい、しゃがみこんだ俺の背中に張り付いて写真を覗き込んではしゃいでいる。向こうに写真はないのだろうか。まぁ、皇女といっても十歳くらいの子供だし。ちょっとだけ成長がよろしくてよ。七五三の和装だと山脈がわからなかったけど。


一千枚以上あったデジタル写真は消失し、インスタントカメラで撮影したこれだけが残った。


俺と同僚がふざけて腕を組んでいる後ろ、温泉饅頭の看板前で団子をかじる社長の横顔が!しかもすげー若い!


若いけれど社長と一目でわかる。


「田中さん、そういえば人が増えてますね?」と反対側から覗き込む女神も首をかしげる。ちょっと、山脈の谷間が見えてますわよ。


確かに俺と同僚の二人しか写っていなかった。ちなみにセルフタイマーで撮影したものだ。


謎は謎を呼ぶ。俺の胸の中が少しだけ熱を取り戻した。期待めいたものが回り始める。


しかし、何の確証もないと自分自身に言い聞かせる。


謝罪の件は堂々巡りとなるのでまずは棚上げに。


続いて御礼の件だ。


「す、すまない。タナカ様!あっ!」


「はい、皇女様の椅子はここです」


皇女が俺からあわてて離れようとしたので、ちょっとしたいたずら心でひざの上に座らせることに。


意外と暴れることなくすんなり収まった。ちょっとだけぷるぷるしている。もらさないようにね。


あちらの世界の女神があっけにとられた表情に。あなたも参加しますか?


「田中さんが倒した怪物ですが、星賊(せいぞく)と呼ばれる箱庭荒らしだったようです」


うちの駄女神から説明を聞いて俺は平常心を失いそうになるが、ひざの上にいる少女のぬくもりがなんとかつなぎとめた。


本当にふざけた話で、神々は暇つぶしに世界を創り、そこに文明を育ててほかの世界と競わせていると。


ちなみに俺のいるこの世界は太古から存在するオリジナルの世界であり、箱庭などに比べたら神力が桁違いに大きいので星賊も入れないそうだ。


その星賊だが特定の箱庭を持たず、他の箱庭に侵略して力を奪い、勢力を拡大する。


皇女の世界が急に力をつけ始めたので、大きくなる前に制圧しようと乗り込んできたと。


「星団連合(レギオン)に加盟できる条件を満たし、その契約の隙を…」


向こうの女神が申し訳なさそうな表情を。連合に加盟し、一定の神力を収めれば星賊の討伐部隊を派遣してくれるという。


そして…。


「タナカさまが大きな星賊のひとつを壊滅させたことで私どもの箱庭に懸賞金が支払われ、一気に0等級へとランクアップを」


千を越える箱庭から懸賞金、つまりは神力がかけられたお尋ね者。首謀者である神は13等級に落とされ、しばらくは活動できないと。


いわゆるデスペナってやつか。


…まぁ、倒した相手は命あるモノではないとわかっていたので情け容赦ない攻撃をしたのだが。


等級は星の明るさとコンパチで数字か小さければより強いことになる。


0等級とは異世界ラノベで言うところのSランクにあたるらしい。


0等級になると星団連合(レギオン)を結成でき、傘下に入った箱庭と物資を融通することでさらに発展できる。


そして、懸賞金を掛けていた箱庭は元々強制的に星賊の傘下に入れられており、星賊を討伐したことで自動的に傘下に組み替えられ、マイナス1等級へと昇格する…。いきなり一千箇所の元締めか。


なんか複雑な気分だ。通常なら千年以上を掛けて上り詰めるところをたった数年。


異世界(ちきうー)の転生者が関わっている世界と知れたら、ますます被害者が増えかねない。


つい出来心でぶちたおした巨大なビルサイズのソフビ怪獣が。つか、あれやわすぎだろ。


「それでもと思って、強化した機体のパラメータを全部ゼロに調整して戦ったんだけどな…」


10%で最弱の散弾機銃を撃ったら空間がゆがんだでござる。あわてて補正したけど。


ゲームには「戦うほどに強くなる。己も敵も。」というキャッチコピーがついていた。


あのゲームの真・最終面のボスは暴走した自機。クリアボーナスで機体能力が1%ずつ上昇。それは100を超えても成長し、調子に乗って5000%までアップしてある。


倒すごとに向こうも強くなる。昔の俺は何を思ってマゾプレイし続けたのか。たぶん、いやな事を忘れるためだ。

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