第2話 プロローグは突然に

変化があったのは二週間ほど前だ。


出社したら会社がなかった。人生二度目の経験。


一度目はずいぶん昔だ…。


以前の勤め先での事。


たしか三月の末だったか。年度末の駆け込み出張作業を任され、日曜日に帰った俺は使った資料などを戻すために会社に立ち寄った。


休日で誰も居ないのはわかっていたが、それにしては妙な感じだ。


ブラインドが下ろされ、物音ひとつしない薄暗い部屋に入り、手探りで照明のスイッチを入れると、フロアは文字通りもぬけの殻だった。


お約束のように散らばるコピー用紙や壊れた備品。


同僚に電話を入れたが信じてもらえず、上司の電話は不通。掛けたタイミングが悪かったようだ。


結局月曜の朝、出社してきた社員みなさんがあわてるところからスタートである。


会社から支給された個人用のデスクトップPCや開発用のサーバは言うに及ばず、何の変哲もない机やいすまでもが持ち出され、引き出しの中の私物だけが元の席のあたりに置かれたダンボールにごちゃっと詰まった状態で放置されていた。


上司は迷わずに警察を呼び大胆な空き巣として捜査が行われたが、そんな中、ぽつんと残されていたリース物件のFAXから吐き出されたのは、全社員宛のお詫びの手紙が一枚。時間が来ると印刷されるよう設定されていたようだ。


ずいぶん前から会社としての体裁が無くなっており、直前まで知らせなかったのは上役達が高飛びする費用を捻出するためだったらしい。


再就職から数年。ようやくなじんだ次の職場だが…。


今度は建物ごと消失していた。


---


猫の額ほどの更地に生える雑草の具合からここ数ヶ月以上、あるいは数年単位で人の手が入っていないのは確実で、昨日まで存在していたおんぼろ社屋の痕跡はひとつとしてなかった。


丁度、見回り中のおまわりさんを見つけ、さりげなく会社名を尋ねてみたが…知らないという。


態々本署にまで確認をしてもらったが、勤め先の情報は得られず。


携帯電話の電話帳を確認したが、昨日まであったはずの会社や同僚の番号が消え失せている。


何がどうなっているのか。


昼過ぎ、茫然自失状態でアパートに帰り着く。途中でコンビニに寄ったらしく、手にしたレジ袋の中には大盛りのパスタやエナドリの類、レシートが。


すっかりぬるくなってしまったパスタをレンジで温めなおし、ちゃぶ台の前に腰をすえ、録画するだけで殆ど見る機会のなかったアニメを流し見しつつパスタを啜っていると、目の前に肌色の物体が飛び込んできた。


---


「最近のアニメはふとももが飛び出して見えるのか」


画面から飛び出したふとももには肌がうっすら透けた白いニーソがゆるく食い込み、クライマックスシーンはふとももの隙間からかろうじて確認できる。


視線をずずずず…と上にずらすと水色の短めスカートに白いブラウス、そのブラウスを押し上げる山脈…さらに上には座っている俺を見下ろす二つの蒼い瞳。金糸のような髪を見ると、日本人のコスプレでないことは確かなようだ。


「あの…出来ればテレビの前からずれてもらえます?」


「まとい☆魔力(マヂカラ)」のヒロインが最終フォームに変身し、命を燃やして敵と戦うシーンがふとももに置換されてしまったのだ。


すすす…と移動するふともも。


お互いに必殺技を放ったところで第二シーズンへの告知が。今見ているのは半年前の放送の録画なのでいまさら感があるのだが。


心が麻痺していた俺はそのままアニメを見続けようとしたのだが、ふとももの主に声を掛けられ、我に返った。


---


「どうも、改めて初めまして!私、テンカイシステムズの女神めがみと申します」


ちゃぶ台を挟んで座った彼女からうやうやしく差し出された名刺は何かの発光ギミックが搭載されているのか、薄暗い部屋の中でギラギラと輝いている。


女神ってなぁ…。もっとマシな偽名を考えようぜ。


名刺を裏返し、目に飛び込んできた文字列に首をかしげる。


「フォースマネジメントシステム?」


「はい!私どもは「力」を扱っております」


「ちからがほしいか?って力?」


「うーん…。ざっくばらんに説明しますと、世界の根幹を支える力ですね!それが枯渇すると世界は構成力が弱まり、消滅します」


さらっとすごいことを言ったよ?


「で、そのテンカイシステムズの方が何用で…というかどうやってここに入った!」


「いやですわぁ。先ほどコンビニで一緒に買い物をした仲じゃないですか?」


彼女の前には巨大なプリンが置かれ、今まさに食べ始めようと。


---


「あだだだだだだ!こっちの通貨持ってくるの忘れて、あなたからお金借りたんですよ!覚えてないんですか!」


女神の頭蓋骨にあるくぼみに親指と人差し指を食い込ませ、軽く握ってみるテスト。ていうか、顔ちいさいな。


レシートに記載された合計金額が多いと思ったら。単行本も買ってるぞ俺。


「今日、不思議な体験をされましたよね?」


「知っているのか!」


某マンガのせりふの口調で。その体験は今まさに進行形だが。


「普通の方は絶対に気づかないんですよ。改変が起こると、つじつまあわせが行われるので。でもあなたは気づいてしまった」


「世界の理(ことわり)の書き換えに?」


どうしてそんな言葉が出てきたのか、自分でもびっくりだ。


「あなたの勤め先の社長がこの世界から連れ去られ、会社が消失したんです」


女神がどこからか取り出したスレートPCに、勤め先だったぼろい社屋が写っていた。


「今朝、改変が起こったときの映像です」


動画のようだが、社屋の輪郭が徐々に薄くなり、代わりに雑草が生い茂る更地に。


「今朝八時、会社の経営者が異世界へと連れ去られ、こちらの世界の理(ことわり)から外れたために改変が起こりました」


設立した人間が元々存在しないことになれば当然だが会社は消える。


ただ、連鎖的に未来が書き換わらないよう、無理のない範囲で改変が起こるという。


社長の子供は依然としてこの世界に存在。

彼らの選んだ人生の選択肢にも影響はない。


最初から父親がいなかった。

それだけと女神が言うが、それはあんまりだと思う。


同僚たちも勤め先こそ変われど、似たような仕事をしていると。当然だが俺との接点は無く、赤の他人だ。


しかし、このような引抜きが連続して行われると、つじつま合わせも徐々に破綻する。


「改変できなくなった時点で世界は詰みます。そこで時間が止まり、未来永劫そのままです」


いわゆるデッドロックか。


「ところで、どうしてうちの社長が異世界へ?」


「目当ては社長さんの持つ「力」です。異世界では現在、「ちきうー」で書かれた異世界ライトノベルが空前のブームなのです。世界を維持する力を集めるため、信者から信仰心を搾り出そうと四苦八苦している神々は大きな力を持った人間を他の世界から招く方法を知り、条件が合えば片っ端から呼んでいる状態です」


社長はエネルギッシュな人だったから、それなりに「力」を持っていたのか?


「そんなことになれば失踪人が増え…いや、そもそも存在しない人間だからニュースにもならないのか!」


なら、どうして俺にはわかるんだ?


「契約前なのでまだお話しすることが出来ません。選ばれた。とだけ」


次にスレートPCに映し出されたのは小学生と思しき子供の写真だ。


「次に狙われているのはこの子です。ここからさほど遠くない団地に住んでいる男の子で、彼の力は社長さんなど比べ物にならないほど強く…」


呼び出した先が消し飛ぶ?


その余波はこちらの世界にも影響し、デッドロックが起こる事も予想されると。


呼び出し方も強引で「とらっく」を使って無理やりに…。


わかっているなら対処できるんじゃ?


「我々は「世界」への物理的干渉ができません」


彼女は異世界を管轄する女神。改変に手を貸すことは出来ないと。


いや、俺の金で買ったコンビニプリンを普通に食ってる時点で物理干渉不可って嘘っぱちだってわかるけどね。そういうことにしておきましょう。


「あなたには力を持った人間が異世界に招かれぬよう、阻止する役目しごとを与えます」


無職になったしちょうどいいんじゃないです?と笑顔でいいやがった。


二度目のアイアンクローは少し強めに。


すっかりさめてしまったパスタを胃に流し込み、俺は決断した。

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