中二病の妹が俺に《呪術》をかけてくる
五条ダン
前編――平穏ナル日常ハ早々ニシテ壊Re…
【兄編A】こ、こいつ絶対カブトムシじゃないだろ…
1-1.チチの日のプレゼント
――――――【兄、夕緋悠人のセカイ】――――――
ライトノベルの主人公は台詞の前に必ず「やれやれ」という語を付けるらしいが、俺も同じく「やれやれ」という気分だった。
やれやれ、就職決まらないなぁ。
俺、
時すでに六月十五日(日曜日)
内定が得られないまま大学を卒業して三ヶ月が経つ。
やれやれ、日課を始めよう。
まずデスクトップパソコンの電源をスイッチオン。イヤホンを装着っと。
ネットでハローワークのサイトを開き、別タブで某巨大掲示板の就職板を開き、もう一個別タブで”大人の”動画サイトを開き、準備完了だ。
大人の動画サイトの怪しいサムネイル画像をクリックすると、ビデオが再生されイヤホンから音楽が流れだした。
そして俺はおもむろに右手をズボンのチャックに――。
そのとき、
「やっほー、お兄ちゃん!」
扉が勢いよく開き、妹が入ってきた。妹の
たったひとりの、血の繋がった家族。
「お、おおおおまえ、部屋に入るときはノックしろよ! てかそもそも入ってくるな。おおおお、俺は今すごく忙しいんだ」
振り返りぎわに、さり気なく右手でパソコンのキーボードに触れる。
「ウィンドウズキー」+「M」の同時押し。
くくく、説明しよう。これはショートカットキーといって、「ウィンドウズキー」と「M」を同時に押すことによってマウスを一切動かすことなくすべてのウィンドウを縮小化することができるのだ。
危なかった。あと一歩手を動かすのが遅ければ、妹に不健全と思われる動画を見せてしまうところであった。
クラシック音楽を聞いていましたー!と思わせる優美な仕草でイヤホンを外し、半ばニヤけていた顔を真面目モードへ切り替える。
いまにもパソコン画面を覗き見ようと突進しそうな妹の前に立ちふさがり、優しく語りかける。
「さ、せっかくの日曜日だ。俺は一生懸命就活をしてるとこだから、真依は友だちとでも公園に遊びに行ってきなさい」
兄らしく、優しく。
俺は真依の肩をつかみ、部屋の外へと追い出さんとする。真依は家では黄色のモコモコしたパーカーを普段着にしている。だから肩を掴んでも、モコッという擬音語が聞こえるだけでセクハラのようにはならない。兄たるもの、デリカシーには気を使うのだ。
「ふーん、お兄ちゃんってそういう趣味だったんだ」
真依はニヤニヤして言った。
はっと後ろを見ると、パソコンのデスクトップ画面にはギャルゲーの壁紙が貼ってあった。
し、しまったあああ、馬鹿なのか俺は「ぐおおおおお……だが誤解するなアレは主に胸部が強調された人類を
あたふたと滝汗を流して弁明する俺に、真依は容赦無く言い放つ。
「何ぶつぶつ言ってるの。それより今日は無職のお兄ちゃんに用があって来たの」
「無職の俺に何の用だよ」
「ふふふ、だって今日は六月の第三日曜日でしょ」
「それがどうした。俺にとっては毎日がサンディだよこんちくしょう」
ちっ、ちっ、ちっ、と妹は指をふる。
「残念、今日は父の日でしたー!!」
「乳の日、そんなものがあったのか……!!」
惑わされるな、俺。期待するなよ、どうせ牛乳会社が制定した記念日か何かだろう。ギャルゲーじゃあるまいし、実妹との恋愛イベントなどあり得ない。ましてや真依は胸の発育が遅い方だった。って何を考えているんだっ。
必死で心を浄化させながら、今頃再生中であろうパソコンの中のアダルト動画に想いを馳せた。
「お兄ちゃんてさ、わたしにとってはお父さんみたいなものだから、それで、それでね、感謝の印にプレゼントをあげようかなあって」
胸の前で両手を交差させ、恥じらうポーズをとる妹。純粋にして純真にして無垢。
チチは乳でも父とは思いもよらなかった俺は、自分の穢れた心を深く深く恥じた。
「なんだよ、誕生日プレゼントはくれなかったくせに」
言ってから、はっ、これは兄としてなんと子供じみた発言だったんだと落ち込んだ。兄としての権威もプライドもズタボロじゃないかと頭を抱え込む。
「へんなテンション。まいっか、待っててね」
という謎の言葉を残して、真依は部屋を出て行った。かと思うと三秒で戻ってきた。妹の胸には、百均で売られていそうなプラスチック製の虫かごが抱えられている。
はい、これ、プレゼント、の三拍子で虫かごを差し出す妹。
かごのなかでは黒い物体が尋常ならぬスピードで這いずり回っていた。
「な、なんなんだ、一体これは」
「お兄ちゃんの大好きだったカブトムシだょ。お兄ちゃん昔、ボクは昆虫博士になるー!って言ってたじゃん。だからあげるの」
「い、いやまて」
俺にそんな黒歴史が、いやそれ以前に、妹にどうしてそんな昔の記憶が、いやいやそもそもこいつはカブトムシなのか。
恐る恐る虫かごに顔を近づける。
扁平でテカテカしたボディの先端には、たしかに二股に分かれるツノのようなものが生えていた。物体は先ほどからかごの中を縦横無尽にガサゴソと駆け回っている。
心なしか、虫かごを這い回るヤツのゾワゾワっとした振動が全身に伝わってくる。
「ね、元気いっぱいで可愛いでしょ」
「い、いやなかなかアグレッシブというかグロテスクというか」
「これからはこの子がお兄ちゃんの友だちだからね、もう寂しくなーい、寂しくなーい」
妹はそういって満足げな笑みを見せると部屋から出て行ってしまった。
呆然と立ち尽くす。虫かごのなかのファンタスティックな生き物だけが、妹の香りを残して空間に取り残された。
(絶対これカブトムシじゃないだろ……まいいや、今日は就活やすも……)
何だか疲れがどっと出た。
窓から直射日光の射し込む畳の上に虫かごを置いて、俺はパソコンで《作業》の続きを始めた。
イヤホンをつける。
いつもの平穏なニートの一日が始まる。
だから俺は気が付かなかった。
安いプラスチック製の城壁を破壊せんと奮闘する、勇敢な昆虫(?)の存在に。
ギチ、ギチ、ギチチチチチチ。
自称カブトムシは不吉な音を立て、虫カゴと蓋との隙間にツノを押し込める。
イヤホンから虚構の音を聴き、モニターの虚構の光を視ることに夢中になっていた俺は、ゆえに《現実》に気がつくのが少し遅れたのだった――。
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