1-5.オニイチャン
四人がけの食卓。テーブルクロスには、シチューと海老ピラフの器。
真依と向い合って食べる。
祖母の遺したこの家は、兄妹二人で暮らすには広すぎた。
「わーい、ラッキーにんじんだー」
真依がシチューのなかに、星形のにんじんを見つける。スプーンで掬いあげて美味しそうに食べている。
いつもの妹と変わらない。少なくとも、俺の目には――。
スプーンと食器がこすれ合う金属音。妙な緊張感が、部屋を重苦しく感じさせた。
「なぁ、真依。学校で何かあったのか」
「どうして?」
「いやぁ、その……」
まだ頭のなかで、虫の死骸が、残像が蠢いていた。それと、あの、バケモノ。
「うーん、宿題ができなくて困ってるかなー」
真依が言った。
まさか、と思う。妹は全国模試のランキングに載るほどには、成績優秀だった。
「こないだのテストも満点だったじゃないか。宿題なんてチョチョイのチョイだろ」
「お兄ちゃんはオッチョコチョイだけどねー」
いつもならここで
「分からないんなら俺が教えてやろうか。こう見えてもお兄ちゃんは中学のときに百点を取ったことがあるんだ」
「保健体育の筆記試験、とか言わないでね」
「……、……」
図星だったので黙っておく。
俺は怖かったのかもしれない。自分の思い描く、理想の妹が壊れてしまうのが。
スプーンを口に入れてみても、シチューの味が分からない。ピラフのエビの食感も、何だかおぞましくさえ感じられた。
気まずい空気が流れる。
「お兄ちゃんはさ、将来の夢ってあるの」
真依が唐突に聞いた。
妹はたまにこうやって、話題を百八十度反対の方向に投げてくる。
「そりゃあ、内定を取って正社員になることさ」
「どこの業界? 職種は?」
「そ、それはまぁ……入れたとこによって変わるかな」
「どうしてその仕事に就こうとするの? その仕事のやりがいは? どういうときに嬉しいと感じるの? 仕事をとおしてお兄ちゃんは何がやりたい?」
真依の質問攻めに、思わず黙りこんでしまう。
あろうことか妹が面接官のように見えてきて、恐ろしい。
沈黙のあと、真依は小さく溜め息をついて言った。
「やっぱり、お兄ちゃんにはできないか」
できない、何のことだ。宿題か、就職か、それとも恋人のことか?
いい加減、俺のほうも話の流れを変えたかった。
だから本題を切り出した。
「なあ、真依は虫が嫌いか」
あのカブトムシのバケモノはともかく、床下収納庫の虫の死骸については、真依を疑っていた。疑わざるを得ない。この家には、俺と真依の二人だけしかいない。
「大好きだよ。お兄ちゃんみたいで」
真依はあっさりと答える。
妹から大好きだよ、と言われたことはその場で涙を流してガッツポーズしたくなるほどの大歓喜であったが、なにぶん喩えられたものが虫だったので複雑な心境だった。
「そうか……」
神妙な面持ちで頷いて、はてどうしたものかと考える。仮に真依が完全にシロだったとして、食事中に虫の死骸について話すのは気が引けた。
「虫っていえばさ。わたしのあげたカブトムシは元気?」
真依はわざとらしい笑顔を見せた。あれが本当にカブトムシだったなら、俺だって笑って言ってやるさ。ああ、あいつなら俺のベッドで寝てるぜ、とでも。
だが自分の予測が正しければ、状況はもう少しシリアスなはずだった。
俺はここで正直に、カブトムシが脱走したことを打ち明けた。そしてあれは恐らく、カブトムシではない。人に害をなす危険な虫であることを真依に警告した。
壺のなかの死骸の件は、今は伏せておく。
真依は黙って話を聞いていた。
やがて真依は食事を終えて、ごちそうさまと手を合わせる。
「……ウンゲツィーファー」
謎の呪文を唱えて、立ち上がった。
ポカーンとしている俺に、真依が答える。
「
妹はやっぱり、中二病だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます