2-2.ユウビさんと自宅デート
こうしてわたし、
夜那は、気持ち悪い男子だった。クラスでも孤立しているし、彼が誰かと話しているところを見たことさえない。それでいて、いつもニヤニヤと薄気味悪い笑みを浮かべている。授業中は上の空で窓の外を眺め、休み時間になると表紙が真っ黒な本を開いてはブツブツと独り言を唱え始める。
謎多き人物ではあったが、陰湿なオーラが漂っており、正直関わりたくはないタイプ。
あまりにも不気味であるので、夜那をいじめたりからかったりしようとする人間はひとりもいなかった。友達からの噂で聞いたところによると、夜那は小学生のときはひどくいじめられていたそうだが。
「いやぁ、夢のようですよ。こうして真依ちゃんと休日デートができるなんて」
夜那が言った。
彼と付き合い始めてから四日目、五月十一日の日曜日。わたしは彼に《お願い》をするため、彼と一緒に自宅へ向かって歩いている。
我が家は駅から徒歩三十分ほどの場所にある。しかし、なにぶん山奥の一軒家で、地図を用意しても初見で辿り着くのは難しい。そこで渋々、駅で待ち合わせをして彼を自宅まで案内することになったのだ。
「恋人じゃないんだから、気安く名前で呼ばないでくれる? あとデートじゃないし」
「ひどいなぁ。僕たちは《フィーファの
「違うし。もし今度わたしにあの呪術を使ったら、命の保証はできないからね」
「ひいいぃぃぃぃ、こわいよぉ」
夜那がわざとらしい声をあげる。
油断できない、とわたしは気を引き締める。
彼の使った《愛呪》とやらには、たしかに本物らしい効果があった。意識がぼーっとしたし、一瞬、彼のことを好きになりかけた。
わたしはあくまで、夜那を利用する立場でなくてはならない。少しでも気を緩めれば、逆に彼に喰われてしまう。スカートのポケットの中には、カッターナイフを忍ばせている。
「でもおかしいなぁ。僕の呪術はカッターナイフ程度では破れないはずなんですがねぇ」
夜那が、わたしのスカートをちらりと見てほくそ笑んだ。思わず立ち止まって身構える。
「まぁまぁ、そんな怖い顔をしないでください。きっと夕緋さんには呪術の適性があるんですよ。僕と同じ、深い闇を抱えている。だから僕は、君に一目惚れしたんです」
わたしは無言で、また坂道を進み始める。彼が後ろからついてくる。こんなヤバイ人間を兄と会わせて大丈夫なのか、不安だった。
しかしその意味においては、兄のほうが彼よりも数段狂気的な状態にあるとも言えた。
「ご両親へのご挨拶を考えておかなきゃいけませんね。そうですねぇ、ここはベタに『お嬢さんを僕にください!』でいいでしょうかね、ふふふ」
意にも介さぬ様子で、夜那はうきうきと話し続けている。嫌悪感を抑えながらも、わたしは無表情を保ち続けた。
「悪いけど、うちに両親はいないから」
言ってから、しまった、と思った。下手に家族構成を教えることは、相手に弱みを握られることと同じだ。
ところが夜那は、一層明るい声で、至極感動したといった様子でこう言った。
「そうでしたか、良かったです。やっぱり、夕緋さんは僕の仲間です。僕の両親も、死にましたから」
「……っ!!!!」
鳥肌が立つ。
夜那の両親不在の事実以上に、彼が《親の死》を嬉々として打ち明けたことに、言いようのない恐怖を感じた。
その後も夜那とは雑談という名の腹の探り合いをしながら、十分近く歩いた。三十五坪木造二階建ての我が家につく。表札には《
「あれれ、お名前はたしか
「おばあちゃんの家に住んでるの。何だっていいでしょ」
ぶっきらぼうに言って、門を開ける。
この家のなかに、わたしの兄がいる。
「入って」
「おじゃましまーす」
夜那が玄関のなかに足を踏み入れ、靴を脱ぐ。そして廊下に上がろうとして、動きを止めた。彼の瞳にはじめて、驚愕の色が見えた。メガネの奥の目が、大きく見開かれている。
「えっ、ここは……、廃墟、ですよね?」
呆然と立ち尽くす夜那に、わたしは初めて笑顔を見せた。
「夜那くん。ようこそ、わたしの家へ」
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