第13話 火
「むぅ~~火ぃ出ろぉ~~」
「はい集中集中!魔法の基本は想像力ですわ!より鮮明に、より精密に!」
「呪文とか要らないんですか?」
「要りませんわ!魔法は一に想像、ニに集中、三四に根性、五に気合ですわ!」
父さん、母さん、お元気ですか。なんでか異世界に居るけど俺は元気です。理由はこっちが知りたいです。この前は、なし崩し的に形而化学会とかいう、よく分からん団体に加入させられました。魔法を研究しているという怪しさ満点の団体です。
今日は、その怪しい団体の怪しいメンバーの一人、ミシェルという、ですわ口調の謎のお嬢様が魔法を教えてくれるという訳で、コゼットさんの練習に付き合っています。
俺は練習しません。なぜなら、俺が異世界から来たことを彼らに伝えると『使えないんじゃない?知らんけど』という趣旨の回答を貰ったからです。なんでも思考体系が違うだとか、こちらの世界観に立脚していない存在であるとか、小難しい説明もされましたが、よく覚えていません。
しかし確かに、異世界から来たことを割とすんなり受け入れる彼らの思考体系は日本人とは違うと感じました。
「はい、アナタの指先は今すごく熱くなっていますわ!想像するのですわ、純粋な
「や、あッつ!!」
「どうしたんですのジジさん!?」
「あぁ、すみません。住んでいた奴隷商さんの家から焼き出された時の事を思い出してしまって……」
「そんな壮絶な過去が!?」思わず口に手を当てるミシェル。だが、ケロッとした顔のコゼットさんを見ると、彼女は何かを振り払うように頭をぶんぶんと回し、コゼットさんの手を取った。「……でも、その経験は大事ですわ!豊富な経験こそが想像力を養うのですわ!その日の記憶から火への想像を洗練させましょう!」
「分かりました!」
「たくましいな」
目をつむり、うんうんと唸るコゼットさん。
「駄目ですミシェル!家を失った主人の慟哭が頭から離れません!」
「命が残ってるだけでありがたいと思わないのかしら!笑いなさい!笑わせなさい!」
「傲慢すぎる」
再び目をつむり、うんうんと唸るコゼットさん。
「駄目ですミシェル!主人が静止を振り切って燃える火の中に!」
「自暴自棄になっては駄目ですわ!殺してでも止めなさい!」
「残った命は?」
コゼットさんは頭を横に振る。
「止められませんっ!だって、日の中にはまだ、彼の奥様が……ッ!」
「命が残ってたよ」
「なんですってぇっ!?そんな、まさか……私、そんなつもりじゃ……!」
「想像が止まらないね君たち」
「ちょっとジジさん、続きは?続きはどうなったんですの!?」
記憶を手繰っているのか、押し黙るコゼットさんをミシェルが急かす。
「ちょっと、魔法の練習してんじゃないの?」
「それどころじゃありませんわ!」
「集中しろ」
「そのご主人は……奥様は助かったんですの?」
俺の注意など知った事かと言わんばかりに、ミシェルはコゼットさんに聞き返す。異世界人は俺の話をあんまり聞かない気がする、これも世界観の違いだろうか。
「……ごうごうと燃え上がる屋敷、けたたましく響く半鐘。夜なのにで昼のように明るくて、足は冷たいのに顔は暖かくて……あの日は風の強い冬の日でした。焼け出された私は、ただ、屋敷に戻る彼の背中を呆然と見ていることしかできませんでした」
やがてコゼットさんは、記憶を一つ一つ拾い上げるように語りだした。「ふと、私の肩を誰かが叩きました。私と同じ奴隷の、ロシという男の子でした。『さっさと逃げちまおう。そうすれば自由だ』。彼はそう言って私の手を取りました」
「もしかして、ジジさん……あなた逃亡奴隷だって言わないですわよね?」
大正解。コゼットさんは首を横に振った。
「いいえ。私は、動けませんでした。手を握るロシの手が、向こうに広がる夜が、とても冷たく感じて。それならいっそ、ここに留まった方が暖かいんじゃないかって」
「優しいご主人でしたのね」
「あ、いや普通に冬の夜って死ぬほど寒いじゃないですか」
「物理的な理由だな」
息を漏らし、寂しそうに空を見上げる彼女。列柱に止まっていた一羽の黒い鳥が羽ばたいた。
「……結局、ロシは闇の中へ消え、私はその場に残りました。焚いてたお芋は炭と火傷の味がしました。苦い思い出です」
「火事の炎で芋を焼くな」
「火力が強すぎますわよ」
「ではなくて」
興が乗ってきたのか、コゼットさんは遂に大きな身振りと声で語りだす。
「その時でした!燃え盛る屋敷の炎の中に人影が現れたんです!」
「おおっ!愛する伴侶を救わんとする者の雄姿ですわね!」
「そう!そこに居たのは、気絶した主人を抱えた奥様!」
「逆じゃね?」
「主人、あまりの熱さに屋敷に入る前に気を失ったらしく。ちょうど外に出ようと思っていた奥様に助けられたようで」
「しかしその身を以て妻を救わんとする心意気、あっぱれですわ!それにしても、その奥様は一体……?男の人を抱えるって、相当力がないとでしょう……?」
「奥様は密林に住む女戦士の部族の出身でして」
「有り余る説得力」
「屋敷に火が回った時、焼き討ちかと思って嫁入り道具の宝刀を取りに行っている間に逃げ遅れちゃったんですって」
「全く初耳のくせに光景が目に浮かんでくるんだけど」
「その肩に主人を抱え、身の丈ほどの大剣で炎を振り払う彼女の雄姿は、今でも私の瞼の裏に焼き付いています」
「ご主人は?」
「意識が戻った後、奥様に叱られて笑顔で泣いてた記憶しか無いですね」
「良かったじゃん笑わせられて」
「めでたしめでたしですわね」
コゼットさんは、ひと仕事を終えてやったみたいな顔で額の汗を拭う。そして、自分の人差し指を見ると首を傾げた。
「ところで、いつになったら私の指先には火が点くんですかね」
「指先は熱くなってきましたかしら?」
「いっぱい話したのでお腹が空いてきました」
「集中しろ」
しかし結局、腹が減ったままでは練習にならないということで、俺達は練習を中断して近くの食堂に入った。それにしてもコゼットさんは見事なまでに集中力がない。これじゃあ俺が日本に帰る前に彼女の魔法を見ることは出来ないかも。
そんなことを考えていると、彼女の頼んだふかし芋が運ばれてきた。1コで銅貨1枚の超経済食、日本で言う塩むすびだ。
「コゼットさん、ふかし芋好きだよね」
「安いですもん。それにしても、こんな感じでほんとに魔法を使えるようになるんでしょうか」
「心配いりませんわ!あんな印象に残る記憶があれば想像も磨きやすいですわ。あとは集中力と気合いですわ!」
「そうですかねぇ……集中集中……」
適当な事を抜かすミシェルに相槌を打ち、ふかし芋を頬張るコゼットさん。だが、想像以上に芋の中身が熱かったのか、目を見開き、腕をジタバタさせる。「あっあっふ、あッつッッ!」
彼女が芋を一旦吐き出そうとした時だった。大きく開かれたその口から──火が吹き出した。
「あ、火ぃ出た。すげぇ」
「やりましたわね!」
「へへっ……うっ」嬉しくて笑うコゼットさんの頬に涙が伝う。「口が痛いです。嬉しいのに……」
「この経験を無駄にしない為にも、その痛みは忘れてはいけませんわ。先程のコゼットさんの昔話のように」
「それはほぼ無駄じゃなかった?」
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