第4話 異世界と正義

「うめぇです!!」



「うまっ……マクベスさん、これはなんていう料理?」



「はっはっは。我がモルベリア領の郷土料理『ぐじゃ肉どぺら煮込み』だ。美味かろう!」



「名前どうにかならなかったんスか?」



 夜もとっぷり更ける頃、何の因果か、俺とコゼットさんの二人は、洞窟からずっと離れた山の麓にあるお屋敷で、豪華な晩餐ディナーを頂いていた。二人とも昼から『シムシム』くらいしか口に入れていないので、テーブルに並べられた十数の皿はすぐに空っぽになってしまった。そういえば昔、「突撃、隣のなんたらかんたら」というテレビ番組が放映されていたっけ。



 洞窟で鉢合わせた盗賊風味の男はサイと言う名前で、この屋敷で働く馬丁ばていだという。馬丁にあんな強そうな装飾は要らないだろう。俺達が居たあの洞窟は『隠し金庫』だそうで、ちょうど、お金を引き出しに来たところだったらしい。彼は俺達を屋敷まで連れて行くと、馬の世話がどうとか言ってどこかへ消えてしまった。



「いやはやコゼット君、君が無事で良かったよ」



 俺達の食べっぷりを見てにこやかに微笑むのは、屋敷の主人であり、俺達を招いた張本人のマクベスさん。癖のある短髪で顔の彫りが深く、その身をゆったりとした白いローブに包んでいる、古代ローマ人みたいな若そうな男の人だ。



 さて、ご飯を食べさせてもらった上、屋敷にも泊めてもらえると、そのご厚意に預かりまくっている癖に何なのだが……ところで、マクベスさんってどちら様?



「コゼットさん、ほんとに知り合いじゃないの?」



「貴族なんか知らんです」



 辺境領へんきょうりょう領主、ニ等判事はんじ関守せきもり副頭領、河川管理人など、その肩書だけは色々と紹介されたが、肝心の俺達との関係性については、いまだ説明がない。まぁ、説明を聞く前に夕食が出てきちゃったので仕方ない面もある。空腹には勝てない。



 デザートのメロン(のような果物)を平らげ、お茶(のような茶色い飲み物)で一服していると、「そろそろ本題に入ろうか」とマクベスさんは居住いずまいを正した。



「本題っていうのは、俺達をここに連れて来た理由ですか?」



「それも含め……コゼット君、君の処遇ついてだ」彼はコゼットさんに顔を向ける。「突然だが、我がモルベリア辺境領は君達を保護・・したい」



「保護?」



「私は、君が『異端者』として逮捕され、本日の正午に国家反逆の罪で処刑されたことを知っている。君の死体が紛失ふんしつしてしまったことも含めてね」



 彼の目はまるで全てを見透かしているかのよう。コゼットさんが国家反逆罪に問われていたというのは初耳だが、彼女のような普通の女の子が王国に立ち向かっている姿は、どうにも思い浮かばない。一体、何をしたら反逆になるんだ?例えば、城の壁に立ちションしたら国家反逆罪になるのかな。



「な、なんでそんなことをアナタが?都からこんな遠いのに、どうやって知ったんですか?」



 そんな事を考えていると、横からコゼットさんが怪訝な顔でマクベスさんに質問を投げかけた。俺のクソみたいな疑問とは打って変わって、真面目で現実的な質問だ。

 

 

 実際、都を出た俺達がこの屋敷まで来るのに殆ど一日かかっている。この世界の通信技術がどれほど発展しているかは分からないが、電話が無い程度の技術レベルならば、昼に都で起きた事件の内容を、夜に地方の領主が知っているというのは、いささか疑問に感じるのも無理はない、のかも知れない……伝書鳩でんしょばとや伝令とかあるんだろうけど、コゼットさんは知らないみたいだ。



「庶民には知られていないが、魔法を使った高速通信網が十数年前から既に実用化されているのでね。常に最新の都の情報を仕入れることが可能なのだ。領主であり判事として、新鮮な情報というもの程重要なモノは無いのでね」



 と思ったら、俺の想像より遥かに高いレベルの技術が確立されていた。魔法でどうやって高速通信するんだろうか。テレパシーとかかな。



「『都の運河港に龍が出現し、異端者とその使つかいを食った』。都の憲兵団屯所とんしょからの連絡通信によると、それが君達の最後を見た憲兵の証言だ」



「龍、本当に出たんですか?」



「ああ、私も驚いた。龍などここ数十年は姿を見ていないからな。だが、都で多くの住人からの目撃証言が挙がっている上、河港での被害も報告されている。死体紛失の信憑性としては十分だと、初め憲兵団は判断したようだ」



「そうか、龍に食われたって思われたから追手は来なかったのか。捜査打ち切りって奴?」



 恐らく証言をした憲兵というのは、あのアホのことだろう。武器を持って強くなったと勘違いしてイキっていた態度は今思い返してもムカつくが、アイツの勘違いのおかげで逃げる時間が稼げたというのなら、むしろ感謝である。サンキュークソアホ憲兵。地獄へ落ちろ。



 しかし、マクベスさんは残念そうに首を横に振った。「だが、そうはならなかった。『死体が食われたのならば、龍の腹を裂いて異端者の死体を持ってこい』。王は憲兵団にそう命令を下した」

 

 

「うへぇ、しつこいですね……」コゼットさんは顔をしかめる。たしかに、なんとも横暴で物騒な話だが、首を見るまで死を信じられないという昔話にありがちな奴だ。マクベスさんに訊ねると、その通りだと頷いた。



「ヘドニアの王は用心深く周到で、神経質な男だ。コゼット君、分かるか?君は未だ危険と紙一重の場所に居るのだよ。よもや君が生きているとは思われていないだろうが、いつまた状況が変わるかは誰にも分からない」彼は一呼吸置くようにお茶を啜る。「ゆえの保護だ」



 ここまで聞く限り、コゼットさんがまだ完全に安全では無く、王の追手から逃れる為に何らかの手立てが必要だということは理解できる。だが、本当に重要な部分がまだ聞けていない。何故、彼女とは親族でも知り合いでもないマクベスさんが、わざわざ保護を買って出るのか。



 その疑問を口にすると、彼は「たしかに君の疑問はもっともだ」茶器ちゃきをくゆらせた。「それに答えるならば、それは判事としての私の正義・・、だろう」



「判事としての、正義?」



 マクベスさんが指を鳴らす。すると、テーブルの上に人の顔の高さまで積まれた紙資料がドサドサと現れた。目の前で披露された魔法に俺達は思わず目を丸くする。



「君の処刑には不可解な点が多すぎる。異端者・・・という不明瞭な罪状。加え国家反逆の証拠は無く、審理や裁判は全く不十分、なされていないと言ったほうが正しい。さらに死刑判決から執行までが早すぎる。見たまえ、これが判決文の写しだ。ふざけているとしか思えんな」



 そう言って差し出された判決書は、たしかに中央に短い一文だけが記され、残りは全て余白。右下に申し訳無さそうにサインが記されているという、資源の無駄遣いとしか言いようがないものだった。ちなみに、書かれている内容は全く分からない。英語だって怪しいのに異世界語なんて読めねぇよ。



「いくら奴隷が市民の半分の権利しか有していないとはいえ、ここまで杜撰な裁判は断じて認めることはできない。当然、事件を知った私は、判事として異議を申し立てた!」



 彼は判決書を握り潰す。その荒々しい語気と震える腕からは、彼の怒りが十二分に感じられる。



「だが、最高判事・ゲマラはそれを却下した……なにが『国家反逆罪は国家安全上の急務であり、下等判事・・・・が扱える審理ではない』だ、あの下衆ゲス野郎め!」



 いきなり、マクベスさんがテーブルに拳を叩きつけ、俺とコゼットさんは反射的に肩を強張らせた。先程まであんなに余裕のある態度だったのに、それほどゲマラという男への怒りが深いらしい。



「ン……すまない」ハッと我に返った彼は咳払いをした。「私の力不足と言われればそれまでの話だ。だが、事件を調べる内に、私には何か大きな陰謀が背後でうごめいていると疑念を懐いた。そして、紛失した君の死体を王が探していると速報を受けた時、私は君が生きていると確信した。そして、誰よりも早く君を見つける為に動いたのだ」



 彼は再びコゼットさんを見る。その瞳の奥に燃えて見えるのが、彼自身の正義だろう。そして、右手を胸に当て、左手を彼女に差し出した。



「コゼット君、私が君を保護する理由は、判事としての正義である。ぜひ、私の元に居てほしい。それが君の身の安全を保証すると共に、君の事件の真相を明らかにし、ひいては王国の不正を暴く為になるのだ」



「えー……」コゼットさんはひとしきり目を泳がせた後「ごめんなさい。嫌です」と校舎裏で男子に告白された女子の如く、それを断った。



「何故だ!?」



「私はミチルと一緒に隣の国に行くんです。ミチルは異世界・・・からこの世界に来ちまったんですから、帰る方法を探さなきゃいけないんですよ」



 その言葉を聞いたマクベスさんは一気に怪訝な顔になり、俺とコゼットさんを交互に見つめる。見つめないで。



「異世界?あぁ、異世界小説ヘブル・ノブルか。いいかコゼット君、あれは幻想文学で、事実ではない」



「でもミチルはここに居るじゃないですか」



「ふむ、なるほど。君の言う通りだ。しかしね……」コゼットさんの反論にマクベスさんは口ごもると、横目で(おい、お前の連れをなんとかしろ)という視線を俺に向ける。だが、別に彼女は間違った事は言っていないので目を逸しておく。



「そもそもですね、私は別に事件の真相なんてどうでもいいですし、それに私が居ても何の役にも立ちませんよ?だって日課の魔法の練習を終えて孤児院に帰ったら、突然憲兵さんが来て、逮捕されただけですもん」



「えっ?あれを毎日!?」



「あっ……」


 あの太陽拳のモノマネを毎日に広場でやってたとしたら、完全に奇人変人のたぐいだ。異端者かどうかは分からないけど、思われても仕方ないのではないか。



 すると俺の反応が気になったのか、マクベスさんが「アレとは何かね?」と訊ねる。コゼットさんは恥ずかしそうに顔を赤くして答えた。


 

「いや、そのぉ……魔法図鑑で読んだぁ、炎魔法のぉー練習を……」



「……魔法図鑑、か。コゼット君、奴隷の身で本が読めるというのは称賛に値する。だが、本には真実と同じくらいに嘘が混じっているというのを、よく知っておくべきだ」



 話を聞いた彼はそれを笑ったりなどはしなかったが、諭すように言った。その物言いが気に食わないのか、コゼットさんは不機嫌そうに口を結ぶが、彼はそれに気づかずに話を続ける。



「魔法は特別な技能を要する上に、強力な力だ。故に、その使用法は機関によって厳重に管理されている。庶民が手にするような本に書かれている魔法は、眉唾モノだ……そうだ。魔法に興味があるのなら、なおさらここに留まるといい。特別・・に私が教えてあげよう」



 その時、彼の放った言葉の何かがコゼットさんの逆鱗に触れたのか、彼女は突然立ち上がる。



「へっ、貴族様は寛大でいらっしゃいますね!奴隷の私をこんな綺麗で広いお屋敷で保護してくれる上、魔法まで教えてくれるだなんて。でも、お断りします!逃亡奴隷なんて匿っているのがバレたら大事でしょう、それに貴族様のお手を煩わせる訳にはいきませんからね!」彼女は吐き捨てるようにそう言うと、マクベスさんに背を向けた。



「コゼットさん、どこに行くの!?」



「宿泊部屋です!明日も早いですからね!」



「まだ場所教えてもらってないでしょ!?」



「……左に行って、突き当りを右だ。三番目の部屋を使いなさい」



「ありがとうございます!お夕飯ごちそうさまでした!」



 なんとも刺々しい感謝と共に、彼女は食堂を後にしてしまった。何が彼女のしゃくに触ってしまったのだろうか。俺は彼女の代わりにマクベスさんに謝罪した。



「それにしてもコゼットさん、どうしちゃったんでしょう。あんな子じゃないのに……」



「構わない、むしろ今のは私が無神経すぎた」しかし、彼は怒るどころか申し訳無さそうに肩を落とした。「我々貴族は嫌われ者だ。奴隷の人々からは特にな。貴族からの慈善や施しを傲慢・・だと拒否する奴隷は少なくない」



 それを聞いて彼の発言を思い返してみる。たしかに所々で上から目線な物言いもあったかも知れないが、それだけであそこまでの怒るだろうか……いや、コゼットさんは幼い頃から貴族の奴隷として働き、身分や貧富による格差をまざまざと見せつけられてきたのだ。人生の積み重ねと共に、貴族に対する羨望せんぼう嫉妬しっとといった感情もまた、彼女の中に堆積していたのだろう。ほんの些細なきっかけで怒りの感情に火が着いてしまうほどに。



 そういえば、自分だって小学生の頃には、あらゆるゲームを買ってもらえた社長の息子にただならぬジェラシーを抱いていた……だが、彼女のそれは自分なんかより、よっぽど暗澹あんたんとしたものには違いないが。



「ミチル君。保護の件、君からなんとか言ってくれないかね?私の言葉では、もう無理そうだ」



「うーん……」俺は腕を組んで悩む素振りをするが、心は最初から決まっている。「俺達を気遣ってくれるのは、嬉しいですけど、俺はコゼットさんについていきます」



「本当に異世界から来たというのなら、身寄りもない現状よりも良い条件だと思うが?帰る方法とやらも、書庫を探せば見つかるかもしれない」



 ……コゼットさんが彼にカチンときた理由が少し分かった気がする。こっちの事情も知らないのに、さもそれが正解であるかのように口を叩ける傲慢・・さ。先程の口ぶりからして、多分本人は気づいていないのだろうが。



 だが、まぁそれでも少しイラッと来るだけだ。貴族だなんだっていうのは日本人の俺には関係ないし、マクベスさんには一宿一飯の恩義もある。それに、その高慢さを置いといても、彼は正義感のある良い人……だと思う。少し気は引けるが、俺は彼の誘いを断った。「隣の国で魔法が学べる学校を探さないといけないんで」



 俺の言葉を聞いて、マクベスさんは腕を組んで唸ったり、下唇を噛んだり、お茶を飲んだり、頭を掻いたりとそこそこの時間悩んでいたが、やがて「まぁ、外国の方が、ここよりよっぽど安全かも知れないな」とため息交じりに言うと、指を鳴らし、はちきれそうな程に膨れた革袋を2つテーブルの上に出現させた。



「魔法を学ぶのならば隣国のテオンという都市に行くといい。あそこは良い街だ。それにこの国とは外交も無いから、恐らく王の手が及ぶことも無いだろう」



 目の前に現れた革袋の紐を緩ませると、そこには金貨がジャラジャラと詰まっていた。コゼットさん換算で、一枚で半年は暮らせる金貨が何十枚、いや百枚以上……無意識に喉が鳴ってしまう。



「貰ってくれ。元々はコゼット君を保護する為に引き出した金だ」しかし、マクベスさんは何事もないかのように茶を啜っている。これが貧富の差か。



「あと、彼女はすぐにこの屋敷を出て行きたがると思うが、国を出るにも準備が要る。通行証が無ければ即逮捕だ。それもこちらで用意するから、できるまで留まりなさい」



「……マクベスさんは俺達にここに居てほしかったんですよね?保護を断って勝手に他の国に行こうとしている俺達に何故そこまでしてくれるんですか?というか、そもそも、なんでコゼットさんにそこまで固執してたんですか?」



「前者に関しては、差し出した手を取られなかったからと相手を責めるのは、私の正義・・に反するからだ。人には人の事情や信念、正義……意思がある。断られた事に腹を立てるのは、自分の正義を押し付け、見返りを求める浅ましい心の表れだと、私は考えている。故に今日の件は、私は私の正義に従い君達に手を差し伸べ、君達が君達の意思でそれを断った、ただそれだけの事だよ」



 そう言うマクベスさんの高潔な精神に、俺は思わず深く頷いた。彼はまさに貴族らしい豪快さを持ち合わせた人だと感じた。彼は俺の目を見て続けた。



「そして後者だが……先程も少し言ったが、私は死刑判決を下したゲマラが昔から大っ嫌いだからだ!」



「ん?」



 そう言うと、彼は今日一番の笑みを浮かべた。「ああ、本当に……魔法通信で連絡を受けた時の、通信士の後ろから聞こえてきた、恥辱に打ち震える奴の声ときたら!あれは久々に胸がスカッとしたね!今度の晩餐会では思いっきり皮肉を言ってやろう!いやぁ、奴の顔に思いっきり泥を塗ってくれた君達には、心の底から感謝しているよ!」



「そこに正義はあるんスか?」



「ある!」



「うん、まぁ……人には人の正義がありますしね」

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