第3話 異世界と洞窟
「あの時はビックリしたな。旅館のテレビつけたら実家が燃えてんだもん」
「あー、なんか家って割と簡単に燃えますよね」
「燃えてたまるかよ」
『ヘドニアの都』を抜け出してから、どれくらいの時間が経っただろう。俺は隣の国を目指して、異世界で出会った女の子・コゼットさんと一緒に、切り立った岩が連なる荒野を歩いていた。タンブルウィードだって転がっている。
大運河を泳ぎきってから少しの間は追手の警戒もしていたが、そんな気配は全く無く、日が傾く頃になると俺達は完全に油断していた。テンション的には下校途中に近い。そして緊張の糸が解けたのか、コゼットさんも元々の性格を表に出すようになった。
思い出話や自分達の世界のよもやま話に花を咲かせる内に馬が合った俺とコゼットさんは、互いに互いが『運の悪い』と知り合った。俺の話は語るに及ばないが、コゼットさんの人生はなかなか波乱に満ちていた。
彼女の人生は、家が川底に沈んで一家離散した所から始まる。既に波に飲まれている。その後は盗賊に攫われる、奴隷商に売り払われる、貴族に買われる、貴族の屋敷が燃える、奴隷商に返品される、奴隷商の店が燃える、とトントン拍子に不幸を積み重ねていった結果、最終的に孤児院に拾われたらしい。これで俺より二歳も年下、密度の高い人生だ。
ちなみに、奴隷になった人間は大金を積まないと市民に戻れないので、彼女は身分的に奴隷のままだそう。どの世界も金が重要な事は変わらないようだ。世知辛い世の中だ。
「なんだか自分と似たような人が居ると頼もしいですねぇ」と彼女は言うが、そんな訳あるか。盗賊や奴隷商なんて日本に居ねぇもん。やっぱ異世界ってレベル高ぇわ。
「でも俺、この世界に来てから運が向いてきた気がするんだよね」
「それ私も思いました。ミチルが居なかったら死んでましたし」
会話のキャッチボール中にコゼットさんが笑顔で投げてきた手榴弾は置いといて、実際に都合が
それが、こんなに上手く行っていいのか?順調すぎて逆に不安、には流石にならないな。順調なのはいいことだ。
「不幸者同士で一緒に居るから打ち消されたんですよ多分」
「マイナスかけるマイナスはプラスって感じ?」
「それはよく分からないですけど」
「二人一緒で運気も倍なら……コゼットさん、やべぇぞ。この辺りに宝箱が落ちてるかもしれない」
「あー、はは。それは是非欲しいですね。私達、お金無いですし」
「あ、そうじゃん。どうすんの?」
「野宿じゃないですか?」
「やだ。ベッドで寝たい」
「じゃあ宝箱探せばいいんじゃないですか?」
「あるわけ無いじゃん」
というかお金以前にどれだけ荒野を歩いても村はおろか廃屋の一軒すら無いので野宿確定である。全然順調じゃないじゃないか。誰だ順調っつったバカは。そもそも異世界まで流されてる時点で運が悪いんだよ。
結局、俺達は日が暮れるまでに
岩に腰を下ろすと、尻を伝ってきた冷たさで一気に体温が下がった。川の中と同じくらい冷たい気がする。「こんな所で寝たら、朝には凍え死ぬぞ」俺は少しでも温まろうと二の腕をガシガシと擦った。砂漠の夜は冷えると聞いたことがあるが、この荒野でも同じみたいだ。
「それなら良いモノがあります」そんな俺を見て、彼女は懐からサクランボのような実を取り出した。ドラえもんみたいなことをする。「『シムシム』と言う低木の実です。このまま食べても栄養が取れますが、中にたっぷり油を含んでいるんで燃料としても使えるんです」
「やだ、宝箱じゃなくて、そんな素敵なモノ探してくれてたの?」俺は歓心して思わず拍手した。山菜とかキノコとか、そういうのを見分けられる人は素直に凄いと思える。「頭良いねコゼットさん」
「へへ」彼女は照れながらも露骨に鼻を高くする。「孤児院の先生に『本を読めるようになれば幸せになれる』と教わりましてね。図鑑や小説はよく読んでいたんですよ!」
そういや、初対面の時も『異世界小説』が好きだと言っていた。コゼットさんが言うには、本……というか文字を読める奴隷というのは結構珍しいらしい。異世界の教育環境がどのようなものかは分からないが、自信たっぷりな彼女の態度を見るに、本を読めるようになるまでには、きっと沢山の努力を重ねてきたのだろう。
「ホント凄いよコゼットさん。それで『シムシム』はあるけど火はどうやって着けるの?」
「え?……あー……どうしましょうかね」
んなこと言われても、火打ち石や枯れ木が無ければ火は起こせない。ここでライターの一つでも取り出してみれば万事解決、彼女も『魔法みたい!』と驚き、よくある展開に持っていけるのだろうが、生憎、煙草も吸わないのにそんなものはポケットに入っていない。
ん、魔法?そうだよ、異世界と言えば魔法じゃないか、知らないけど。なんかこう、呪文さえ唱えれば火でも雷でも氷でも自由自在、みたいな。そんなイメージが異世界にはある。
「そういえばコゼットさんって魔法とか使えないの?」
俺がダメ元で訊ねると、コゼットさんはわざとらしく鼻を鳴らした。
「へっ、『魔法』?あんなのは貴族様や上流階級のご子息様の
「なんだ、そうなの?残念だなぁ」
やれやれと言った感じで肩を竦める彼女の佇まいがちょっとムカついたので、意趣返しとして肩を落として露骨に落胆してみせる。というかホントにあるんだ魔法、すげーな異世界。
「……ま、やり方は知ってなくも無いですけど?」
「ほらぁーやっぱり使えるじゃーん!」
「いやぁでもアレですよ?百科事典の受け売りですよぉ?」
「できるできる。なんか今ならできそうな気がする」
自分がやる訳では無いので適当に煽る。異世界に来て半日、緊張感が薄れて学校の休み時間や下校途中のようなテンションになってきた。
立ち上がったコゼットさんは、ゆっくり呼吸を整えるた。そして、手を揉んだり乾いた唇を舐めたりした後、遂に覚悟を決めたのか、チョキの形にした手を額の前に出し、大きな声で呪文を唱えた。
「不変なる者よ開き給え!流転する者よ隠し給え!『
俺は彼女が繰り出した謎のジェスチャーに既視感を抱いた。なんだっけコレ、どっかで見たことがあるポーズだな……あ、クリリンの太陽拳か。
「……着かないね、火」
静寂の洞窟に、冷たい夜風が吹き抜ける。コゼットさんの身体はふるふると小刻みに震え、その顔は今にも火を吹き出しそうな位に紅潮しているが、彼女の前に置かれた火種は、未だ沈黙を保っていた。
「そ……すね」そういう彼女の声は酷く小さかった。魔法の反動で精神が削られてしまったのか。
「呪文、すごいキレがあって、うん、良かったと思う」
「ひ、人気のない広場とかで、練習を……」
彼女が黒歴史を告白し始めた時だった。辺りに地響きが鳴り、地面がグラグラと揺れ始めたのだ。俺は洞窟の奥に目をやるが、暗すぎて何が起きたのかは確かめようがない。
「わ、私は何もしてないですよ!」
コゼットさんはパソコンを壊した時の言い訳みたいな台詞を吐く。しかし、実際に太陽拳のモノマネ如きで何かが起きるとは考えづらい。
やがて地鳴りが収まると、今の今まで暗闇だった洞窟に
「こりゃ洞窟って言うより、トンネルだな」
コゼットさんと顔を見合わせる。すると彼女も同じことを考えていたようで、俺の目を見て頷いた。
「行ってみましょう……面白そうですし!」
「……だな!」
俺達は洞窟を奥へと進んだ。危険を承知で覚悟を決めた……訳ではない。単なる好奇心と十代にありがちな万能感、
ある程度進んだところで下りの階段が現れると、俺達はこの洞窟に人の手が加えられていることを確信した。地獄に続いているんじゃないかという位に深い階段を降りていく。果たしてこの先に一体何があるというのだろう、俺は期待に胸を膨らませる。
そして遂に階段を下り終え、洞窟の最深で俺達が見たもの、それは──
「わぁ……わぁ、すごい!」
そこにあったのは金銀財宝だった!
木箱や壺いっぱいに詰め込まれた金貨や銀貨。等身大のピラミッド型に積まれた金の延べ棒。こぶし大の宝石が埋め込まれた謎の彫刻。部屋中に溢れる光り物で、洞窟だというのに眩しいとさえ思える。
確か日本だと金の延べ棒が1キロで大体750万円だ。親父からそんな話を聞いたことがある。だが、ここにある金の量はどう見積もっても1キロ10キロ程度の話ではない、となると数十億、いや、数百億レベル……!?
「……すげぇ!魔法かコレ!!?」
「そうです!ミチル、すごい、すごいですコレ!すごい!」
ちゃっかり手のひらを返すコゼットさんは、感動で言語野が破壊されたのか、すごいしか言えなくなっている。
いや、俺だってこれだけ大量の金など人生で一度も見たことがないし、今だっていたく感動さえしている。しかし目の前で金が光り輝くほど、暗い影が脳裏にちらつく。
「ほらミチル、金貨ですよ!私、初めてみました!」しかし、そんな心配をよそにコゼットさんは興奮冷めやらぬ様子で俺の手に金貨を握らせる。「これだけで半年は遊んで暮らせますよ!?」
「え?盗むの……?」
「なーに言ってるですか。これは私達が発見したんだから、私達のものですよ!」
「いや。こんなの絶対、誰かが隠した奴だって」
それが俺の不安だった。洞窟の中にある金銀財宝など、
しかしだ。今日の俺達は運が良い。あわよくば
「おい、こんな所で何してんだ。お前ら盗賊か?」
俺とコゼットさんは一瞬で地蔵の様に身体の動きを止める。
「きょ、今日の寝床を探してただけで……」
錆びついた時計のように、俺はおそるおそる振り返る。そこに居たのはターバンを巻き、黒いマントを羽織った大男。おまけに、くわえタバコに義足ときてる。どう見てもお前が盗賊だろ。
「お、お前は……」
すると男は口に咥えたタバコを
「コゼットか?」
その視線の先に居たのは、未だ地蔵状態のコゼットさん。彼女は少し遅れて自分の名前を呼ばれたことに気づくと、素っ頓狂な声を上げた。
「ふへえッ!?誰!?」
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