第10話 地図
「『再構築』。ヘドニアの王、エスタ・ヘドニアが行った……協力?と戦いによる国の拡大。それと、大運河の建設による流通改革。それまで交易の中心として栄えていたアルタブラは大きな被害を受け、歴史から姿を消した。そして、ヘドニアは強力な軍と商業力を背景に、大国に成り上がった……・」
「素晴らしいぞコゼット君。分かりにくい表現もあるだろうが、ほぼ正確に読めているな」
「へへっ……それにしても、こんなにいっぱい本がある図書館なんて初めてですよ、もうテオンまで行かなくても、ここで良いかもしれねぇです」
「ちょっとコゼットさん、目的は?魔法を学ばなくていいの?」
アルターミルに到着した翌日、俺は、コゼットさん、ステピエさんと一緒に街の名所である
大図書館は、はじめその存在を地図職人から聞いた時には興味を抱けなかったが、いざアルターミルの中心に構えられた、ルーブル美術館やローマのなんとか神殿を思わせるような建物を間近で見てみると、その異国情緒満載の壮大さに惹かれてしまったのだ。
余談だが、この図書館、公共施設ではないようで、当たり前に入場料が要った。その為、アニューさんのお墓をカロと造った後、俺はコゼットさんとセージャの粉薬を売りまくってお金を稼いだのだが、その一日の売上のほとんどが入場料に消えた。まぁ、コゼットさんは入場直後からはしゃぎまくっていたので、何も問題はないけれど。
大図書館の常連だというステピエさんのガイドの下、ひととおり図書館を見て回った俺達は、最後に図書館のメインホールにそびえる"書物の壁”の隅に置かれた石碑の前で立ち止まった。コゼットさんによると、その碑文には
「つまりだ。かつてここにあった街・アルタブラは、この『再構築』を名乗ったヘドニアの侵攻によって滅ぼされたという訳だ」
「あれ、じゃあここってヘドニアなの?」
彼の言葉に、ふと疑問が浮かぶ。領土拡大の為にアルタブラが滅ぼされ、その後に新しい街として、ここアルターミルが造られたというのなら、ここはもうヘドニア王国の支配下、つまり王国内なのでは?コゼットさんと一緒に顔がさぁっと青ざめる。忘れがちだが、俺達はヘドニア王国の憲兵に追われているのだ。
「いや違う。モルベリアの関所を通ってから、関所は越えてないだろう?」事情を知らないステピエさんは涼しい顔で否定する。「歴史は素人なので断言はできない。だが、政治的な要因かもしれないし、地理的に継続的な支配は無理だったのかもしれないな……ヤブルの山々にモルベリアと、ヘドニアの都とアルターミルは、険しい山岳に挟まれている」
ステピエさんの説明に胸をなでおろす。しかし、直後に彼の「まぁ、ここの市長とヘドニアは、仲良くやっているようだが」という言葉に、図書館を後にした俺達は、やはりテオンまで行こうと決心するのだった。
明日からは再び、テオンに向けての旅が始まる。引き続きステピエさんとハーフナーさんが案内をしてくれるというので、旅程は問題ない。しかし、旅の携行品の一部を俺達が負担する契約となっており、その仕入れの為、大図書館から宿への帰り道に、俺達は商店街に寄ることにした。
「それにしても、あんな面白いのになんでカロは来なかったんですかねぇ……」
「まぁ、美術館とか図書館とか、カロは興味ないでしょ。それに、昨日の穴掘りですごい疲れてたし……お酒でも買ってってく?」
アニューさんの墓を故郷に建て、カロの旅はひとまず終わりを迎えた。俺達はそんな彼への労いに、好きな酒を贈ることにした。酒の銘柄とか知らないので、とりあえずそれっぽい瓶に入ったぶどう酒を包装してもらった。
そうして宿に戻った俺達を、黒い外套という旅の姿でカロがロビーで出迎えた。一体こんなところで何をしているのかと、一抹の不安を覚えながら訊ねると、彼は髭を垂れ下げて、消え入りそうな声で答えた。
「はぁぁっ!?案内人を辞めるぅ!?」
「……すまん」昨日までの雄々しい獣らしさは、一体何処へ行ってしまったのだろう。カロの顔は無気力に萎み、嫌な倦怠感を漂わせている。「昨日の夜から、どうにもこうにも、やる気が出んというか……気が重いというか。ようやく、肩の荷が下りたはずなんだが」
彼は力なく笑うと、後ろ首を軽く叩いた。昨日まで背負っていた親友は、もうそこには居ない。
「大丈夫です?お薬飲みます?」
コゼットさんは懐からセージャの粉薬を手渡そうとするが、彼はけだるげに首を振る。「いや、もう飲んだ。ずっと旅をしてきて、今は少し疲れているだけさ。だが、こんな状態じゃあ明日からの旅は無理だ。俺自身、よく分かってる」
カロの顔を見ながら、俺の頭に燃え尽き症候群という言葉が
現代では必死に勉強を頑張っていた受験生が、大学に合格した途端に、目標を失ってやる気をなくしてしまったという話はよく聞いたが、まさか異世界の人がそんな症状に陥るなど思っても見なかった。だが、それに近い状態であることが窺える。
友人を弔う旅の終わり……燃え尽きてしまう
だからこそ、カロは彼をここまで連れて来ようと思った訳だし、それに、カロがアニューさんについて話す時、まるで隣に居るかのように、いきいきとしていたのを、ずっと見てきた。
「出発日くらい延ばせばいいだろ。俺なんてヘドニアを旅立つときに風邪を引いて、数日出発を遅らせたんだぞ」
「ふっ……でも、ステピエ爺さん達も一緒にテオンまで行く予定だろ?もう、俺の案内も要らねぇし。俺の都合で振り回したくない」
「もうそっちの都合で振り回してんだろ!?」思わず、本音が口を
「お前は俺を買いかぶり過ぎなんだ。無事にアルターミルまで来れたのは運が良かっただけだし、頼れるような強さもねぇ。お前らの案内人になったのは、金と……昔を思い出しちまっただけだ。もう案内人稼業もしねぇ」
「もう、案内人どうこうじゃないんだよ!」胸ぐらに掴みかかってやりたいが、拳を握る手が震える。「友達だから、一緒に旅をしたいって、そういうことだよ!カロが先に言ったんだろ、『頼ってくれ』って!」
その言葉に、はっとしたようにカロは押し黙った。室内で突然大声を出してしまって、気まずい雰囲気が辺りを包む。やっちまった……紅潮した顔を皆に見られないように俯いていると、そこへハーフナーさんが息を切らして走ってきた。
「メイ、ここに居たか!大変な事が起こった!」
「どうしたユルツ。芝居鑑賞じゃなかったのか?」
「ヘドニアの都で龍が出たなんて与太話が、この前流れてきただろう?本当に出たんだそうだ!龍が!カノフスで!」
まさか……とステピエさんは額に汗を垂らし、喉を鳴らした。もしかして、都で見たあの龍のことだろうか。都の憲兵も、龍のことを人喰いモンスターみたいなことを言っていたが、やはりこの世界では災厄のような扱いなのだろうか。「にしてもカノフスと言えば、西ヘドニアの重要港じゃないか、大丈夫なのか?」
「それを確かめねばならん……コゼット君。私たちは急務で明日よりヘドニアへ向かわねばならない。テオンに帰っていたのでは間に合わんのだ。だから案内の件は……本当に申し訳ない」
「いえ、そんな、気にしないで下さい」むしろ、ここまでお世話になりましたとこちらの方が頭を下げるべきだろう。コゼットさんがそう言うと、二人一緒にカロの方を見やる。「私達にはカロが居ますんで!ねっ!」
「は!?いや、ちょっと……だけどな?」
カロは満更でもなさそうな、困惑した表情を浮かべる。すると、ステピエさんが彼の肩を叩いた。「私はあまり確証の無い事を声に出すことはしたくないのだが、こうなってくると、一つカロ殿の耳に入れておかねばらならない。貴殿の持っていた古地図。あれには魔法がかけられている」
「あぁ、劣化防止用のだろ?」
「いや、
曲用魔法。それは確か『旅人の墓』でクロエさんが話していた、姿かたちを変える魔法だ。カロはそれを使って骨を剣に見せかけていたが、まさか地図にまでその魔法がかかっていたとは。
カロもその事実は知らなかったようで、慌てて地図を広げる。地図とステピエさんの交互に視線を移しながら、彼は訝しげに眉を顰めた。「それじゃ……これには、本当は何が描かれてんだ?」。
だが、ステピエさんは首を横に振った。「残念だが、私は曲用魔法専門の魔導師ではないし、専門の者であっても、
ステピエさんがどれだけすごい魔法使いなのかは知らないけれど、熟練の風格を漂わせている彼ですら、魔法によって変えられた元の姿は見抜けないという。しかし、思い返せば確かクロエさんはカロの大剣が骨だとすぐに見抜いていた気がする。何故彼女は気づいたんだろうか……あれ、もしかして精霊って、結構やばい存在?
「なんだ?古地図の話なら面白い話を耳にしたぞ」すると今度はハーフナーさんが芝居中に聞きかじったという小話を話した。「曰く、叙事詩には『アルタブラの民を斬り、その血が刃先を
カロの地図を持つ手が震える。彼はまるで記憶深くに潜るように、うつむき加減にブツブツ呟きはじめ、やがて面を上げた。その目は、すごくきらきらと輝やいていた。
「つまり……宝の地図ってコトか?」
ステピエさんはしっかりと頷いた。「テオンの大学に曲用魔法を研究する知り合いが居る。目的を果たしてしまって暇ならば、訪ねてみるといい」
「うおおお!こうしちゃ居られねぇ!」
カロはやにわに立ち上がった。それまでの気怠げな雰囲気が嘘のように、ピンと体毛を整わせ、かつての威勢を取り戻す。まったく現金な男だ。
「よし、お前ら!さっさとテオンに行くぞ!俺達の旅はこれからだ!」
「いや、出発は明日ですから」
「今の話。どこまで本当なんですか?」
カロがいないことを確認してから訊ねると、ハーフナーさんは白い歯をちらりと見せた。
「嘘は言っておらん。本当に宝はあるやもしれぬぞ?龍だって本当に居たのだからな」
たしかに異世界人だって本当に居るからな。
すっかり元気を取り戻したカロに安心と信頼を感じながら、俺は考えた。何故、カロは急に燃え尽きたようになってしまっていたのだろうか。これは勝手な推測だけど、もしかしたら、カロ自身の変化もあるが、アニューの地図が原因かもしれない。
友人が亡くなって、カロがしたこと。それは、友人の地図を持って、友人の故郷へ旅に出ることだった。それには、弔いという意味合いもあっただろう。だが、それだけではない。カロは、友人が遺したその作りかけの地図を、白紙にしたくなかったのだ。未完成の、なんの意味もない、ただの綺麗な絵のまま、旅の途中で野垂れ死にさせたくなかったのだ。
だから彼は地図を継いだ。地図を描く技能は無かったから、その地図に記された故郷を目指すことで、地図に役目を与えた。故郷の名は失われていたけれど、なんとか辿り着いた。肩の荷を下ろした時、いや、依り所が無くなった時、彼は気が付いた。
本当の事は分からない。単純に疲れてただけかもしれない。でも、この推測は当たっていると思う。カロは友人思いで、ずっとその
……なにはともあれ、これからは色々頼り切ってやろう。あっちが言い出したことだし、頼られるのだって嫌いではないだろう。『旅の道連れ、
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