広がる世界

第6話 真っ暗闇

 はじまりの日から数日、体調も回復した俺はついに屋敷を発った。半日ほど馬車に揺られると、そこはもう国境の街。ここまで送ってくれたサイに別れを告げ、街の南にあるという関所・・を目指す。



 大通りを歩いて数分すると、道を分断するように建てられた砦のような庁舎が、俺達の前に立ちはだかった。聞けば、これこそが関所。建物の左右からは人の背丈ほどの石壁が、視界の果てまで続いている。「出国したければここを通れ」と有無を言わさぬ堂々とした佇まい。



 関所に入ると、ロビーは出国の手続きに来た旅人や商人で賑わっていた。奥には十数の窓口が横一列にずらっと並び、そこに居る関守・・が、彼らの身分証や手荷物を次々にチェックしている。なんだか、現実の市役所や国際空港の入管に近い雰囲気だ。関所という、

現代日本の日常では最早使われることも無くなった言葉にファンタジックな想像を膨らませていた俺は、少し肩透かしを食った。



 果たして無事に関所を抜けられるだろうか。受付までの待ち時間、俺の胸は心配で高鳴っていた。なぜなら、今から関守に提出する通行証の記載は、名前から身分、出身地、出国理由に到るまで、何もかもデタラメだからだ。一人は身分のない異世界人、もう一人は脱走した死刑囚。そんな奴らが、証明書に正直な事を書ける訳がない。ちなみにだが、若い男女が理由もなく旅をするのは怪しさしか生まないというマクベスさんの指摘により、俺たちは表向き薬草商を名乗っている。



「……うん。通行証は問題ないね。荷物を改めさせてもらうよ」



 だが、そんな心配をよそに手続きは滞りなく進んだ。どうやら、マクベスさんが用意してくれた通行証は、相当に質の良い偽物なようだ。流石は貴族、公文書の偽造なんて朝飯前と言ったところか。続く荷物検査なんかテーマパークの入場口並みにザルなチェックだ。それに、かばんの中身を調べ尽くされたところで、水と保存食と薬草くらいしか持っていないので問題はない。



 結局、検問は待ち時間の十分の一もかからなかった。晴れて出国かと胸を撫で下ろしていると、不意に関守から木札を渡された。「それじゃあ、許可証明を発行するから、明日の朝また来てくれよ」



「え?まだ手続きがあるんですか?」



「そうなんだよ」中年の関守は、愚痴っぽくため息を吐いた。「これからアンタらの通行証の写しを向こう側の・・・・・部署に持ってって、通行許可を貰わないといけないんだ。昼前に来てくれたんなら、日暮れ前には許可が出たんだがね」



 手続きに次ぐ手続きなんて、いよいよお役所じみてきた。いや、関所だって役所か。それに、日本でだって海外に行く時は出国時にも入国時にも色々手続きが必要で、一回の手続きで済むというのは、むしろ手軽なのかもしれない。



「向こうに行く前に、準備も必要だろう。もう案内人・・・は雇ったかい?」



「案内人?」あまり聞き慣れない単語に、思わずコゼットさんの方を向く。彼女もキョトンとした目で俺を見つめ返してきた。



「おいおい。そんな知識も無しに旅に出ようってのか?」曰く、案内人とはガイドやナビゲーター、通訳、護衛を兼ねた職業のことで、地図も道路標識も普及していないこの世界で旅をするには、ほぼ必須の存在らしい。「国外に案内人無しで行くなんて、恐ろしいったりゃありゃしない。盗賊や魔物に襲われたくなけりゃ、雇ったほうが賢明だと思うがね。金や荷物ならまだしも、命まで奪われちゃ元も子もない」



「うーん……でも、お高いんですよね?」



「そりゃあな。ざっと1日で3万クムーロくらいだが……外で商売・・をしようってんなら、それくらいは必要経費だろう?」



 クムーロは、モルベリアでも使われていた通貨だ。あそこでは100¢で両手大のカッチカチのパンと、樽に入った飲み水が買えた。ちなみに、この関所では出国税や関税等が合わせて1000¢ほど徴収された。税金って高ぇな。



「だぁーから、なんで通れねぇんだよ!」関守の助言を受けていたその時、建物内に怒号が響く。見ると、毛むくじゃらの狼頭の男が、関守に牙を剥いていた。纏っている黒い外套がいとうと相まって、かなり威圧感を漂わせている。「金はもう払っただろうが!ぶっ殺されてぇのか!」



「まぁまぁ、落ち着いて」しかし応対する関守も、こんなものは日常業務だと言わんばかりに、至って冷静に彼を宥めている。



「あれは、人狼リコですかね?初めて見ました私」傍からそれを見ながら、コゼットさんが物珍しそうに呟いた。当然のように獣人が存在している世界であっても、旅でもしなければ、実際に彼らを目にするということはまれらしい。



「まぁ、あんなやからに絡まれない為にも、案内人を雇うことですな」関守はヤレヤレと肩を竦め、引き出しから名刺を一枚取り出した。「特別に一つ、斡旋あっせん屋を紹介しておきますよ」



 関所を出ると既に空は白み始めていた。国境の街は、つまり交通の要衝ようしょうという訳で、その発展ぶりは目覚ましい。きらびやかな装飾が施された宿屋やテラスを設けた食堂や酒場、行き交う人々や露天商で大通りは祝祭のように賑わっており、歩いているだけでも楽しい気分になる(街とは名ばかりの山間の集落のようなモルベリアとは大違いだ)。



「案内人はどうする?」遅めの昼食にと入った食堂で供された豆のどぺら煮・・・・にパンを浸しながら、関守の話をコゼットさんに持ちかける。



「え、雇うんですか?」すると彼女は、くりくりとしたお目々を輝かせて気の抜けた返事。雇うという選択を微塵も考えていなかったかのような反応。「3万¢もするんですよ?」



 彼女は、何事もお金のかからない方法で済ませるきらいがある。今でこそ小綺麗な旅装りょそうに身を包んでいるが、自分が指摘する前は、都から着続けていたボロボロの布一枚で旅に出ようとしていた程だ。そんな鉄鎖で財布を固く縛っているような彼女からすれば、1日3万¢など払う気も起きないのだろう。



 ただ、出費を惜しむ彼女の考えも分かる。この旅は行き先の決まっている観光旅行ではない。俺が日本に帰る為の方法を探す為、そして彼女が幸せに暮らせる場所を見つける為の、途方もない旅なのだ。マクベスさんから少なからぬ金を貰ったとは言え、これから路銀ろぎんがどれだけ必要になるか分からない以上、高額な案内人など雇う余裕など無い。彼女の尖った口先が表しているのは、恐らくそんな所だろう。



「でも、必要なお金は惜しまず使おうって、約束したでしょ?」それは、あのはじまりの日。馬車賃を惜しんだせいで巨大亀に襲われ、怪我をしてしまった反省を踏まえ、彼女と交わしたもの。清貧でいる事は良いが、けちん坊は違う。出費を渋ったせいで、惜しんだ以上の苦労を負うこと程、馬鹿馬鹿しいことは無い。



 関守が言っていたように案内人は必要経費だ。なぜなら、土地勘も知識も防衛手段も持っていない今の俺達にとって、関所の向こうは真っ暗闇だからだ。旅をする上での危険は野盗や魔物に襲われるという、分かりやすいものばかりではない。



 例えば、渓谷や崖に沿った道だって、慣れない人間にとっては死に繋がるかもしれない。町中でさえ、詐欺やぼったくり被害に遭う危険があるのだ。その土地の人間で無い旅人など格好の標的だろう。



 俺達がこの関所まで来られたのは、実力でも才能でもなく、ひとえに運が良かっただけだ。サイとマクベスさんに会えなかったら、今頃は荒野トレオで野垂れ死にしていたかもしれない。それに、運などいつ裏切るか分からない。そもそも、俺もコゼットさんも当面の目的地であるテオンの位置すら知らない。だから、異世界の歩き方を知っている案内人が必要なんだ。



「まぁ、それはそうかも……しれないですけど」俺の説得を聞いて、コゼットさんは渋々了承したように、ゆっくりとパンを嚥下した。



「食べ終わったら関守が薦めてくれたお店に行こう。あんまり遅いと間に合わないかも……」



「おい!酒を出してくれ!」



 するとその時、食堂の押し扉が音を立てて開き、関所に居たあの人狼が機嫌の悪そうな足取りで入ってきた。その背中には十字架にも似た大剣を負っている。彼はそのままカウンターの前に立つと、店主の差し出した大杯ジョッキを乱暴にあおった。十字架を背負う黒ずくめの人狼……なんとも中学生が憧れそうな格好だな。



「なんだいカロの旦那、今日故郷に帰るって言ってたじゃないか」



「ああ、その予定だったさ!関守の邪魔が無けりゃあな!」彼は空ジョッキを机に叩きつける。「クソ!大体、なんで故郷に帰るだけなのに、関所で足止めを喰らわなきゃならねぇんだ!」



「そのお陰で稼がせて貰ってんだから、ありがたいことだがね」そう言って店主は人狼が飲み干したジョッキを片付けると、慣れた手付きで樽から新しい酒を汲む。店主は酒をカウンターに置くと「そうそう。旦那が泊まってた部屋、まだ空いてるんだが」と訊ねる。どうやら、この食堂は宿屋も営んでいるようだ。しかし彼は気まずそうに喉を鳴らした。



「なぁ、ここには半月ほど泊まってたし、俺とアンタの仲だろ、少し金を貸してくれねぇか?」



「はっはっは!そいつぁどんな仲だ!?」人狼の返しに、金を持っていないことを察した店主は、意地の悪い大笑いとともに差し出した酒を引っ込めた。「旅立つ奴に貸す金は無いね。その金になりそうな大剣をしちに入れれば、いい金になるんじゃないかね?」



「売れる訳ねぇだろ。でかいだけで、大した剣じゃ無ぇよ」



「そうかい。それじゃあ、この前酔っ払って見せびらかしてた地図・・。あれを売れよ、地図なら最低でも銀貨には化けるだろ。故郷に帰るのに地図なんて要らねぇよな?」店主は黙りこくる人狼の反応を冷ややかに見る。やがて、彼はわざとらしいため息と共に「関所を抜けるだけの金も無い奴に貸す部屋なんてのも無いね。さっさと帰んな」と吐き捨てた。



 人狼は一瞬だけ目を剥いたように見えた。だが、関所の時のように、特に怒号を荒らげることはなく、肩を落とした彼はトボトボと店を後にした。さっきはあれだけ独りよがりに騒いでいたのだ。因果応報と言えば、そうなのかもしれない。だが、それでも人が足元を見られ、馬鹿にされ、蔑ろにされるというのは、居た堪れない気持ちになる。



「ミチル。お会計だけ済ませといて下さい」



 すると、コゼットさんがおもむろに立ち上がり、人狼の後を追いかけた。「あ、ちょっと!」慌てて俺も彼女を追う。


「待って下さい、人狼さん!」



表に出ると、彼女が大きな声で彼を呼び止めていた。




「あ?誰だ、お前」



「申し訳ありませんが隣で話を聞かせて頂きました」彼女は一呼吸置くと、意を決したように言った。「私達の案内人・・・になって下さい!」



「「……はぁ?」」彼女の放ったその言葉に、俺と人狼は異口同音に声を上げた。



 戸惑う俺達に特に説明もないまま、コゼットさんは先ほどとは違う食堂に、彼を強引に連れ込んだ。最初は抵抗していた彼だったが、飲代を持つと言ったら渋々席に着いた。



「私はコゼット、ジジと呼んで下さい。そしてこっちがミチル。ミチルはミチルです」



「ミチルです」



「私たちは旅の薬草商でして。明日関所を抜ける予定なんですが、狼さんには私達をテオンという街まで案内して頂きたいんです」



「いいかお嬢ちゃん?そもそも、俺はただの旅人、案内人じゃねぇ」人狼は苛立った指で机を叩く。「お嬢ちゃんみてぇなちんちくりんが、テオンまで行って何を売る気だ?嘘を言っちゃいけねぇ、商人ごっこは暗くなるまでにして家に帰んな」



「報酬として1日に1万¢。それと出国に必要なお金を用意しましょう」即答するコゼットさんに彼は眉を上げると、やがて何か腹落ちしたように鼻を鳴らすと、その黒い鼻の頭をさすった。



「……はっ、そういうことか。俺は鼻が利くからな、お前らのように、嘘ついてる奴が分かるんだ。どうせ、正規の案内人が高くて雇えないから、俺みたいな流れ・・を雇おうって腹だろ」カロは酒杯を傾けながら、俺達の反応を確かめる。「次の言葉はこうだろう?『報酬は目的地に着いてから、まとめて支払います』……だがな、案内人を雇う金を渋るような奴は大抵、街に着く直前で……ドロン。そういう詐欺ってのがよくあるんだ」



「なら日払いでいいです」



「あ、いや……」だが、またしてもコゼットさんは即答。予想外だったのだろう、彼はきまり悪そうに後頭部の毛を掻くと、思いついたように早口で言った。「んなら、銀貨1枚、10万¢を出して貰おうか。今、ここで」



「ぎ、銀貨1枚?」



「ああ、それくらいポンっと出してもらわねぇと……「これでいいですか?」……は?」



 彼の口が塞がる前に、コゼットさんは銀貨を躊躇なくテーブルの上に置いた。上手く事が運べば相場の3割で案内人が雇える、この機会を逃すものか。そういう気概を感じる。断る算段で大金をふっかけたつもりが、逆手に取らて目を丸くする彼に、彼女はダメ押しとばかりに言い寄る。



「安く案内人を雇おうだなんて、私達はそんなこと考えていません。必要なお金を必要な時に使う……今が丁度その時だというだけです」



 嘘だ。コゼットさんは必要なお金まで惜しんでしまう子だし、絶対に・・・彼を格安の案内人として雇うつもりだろう。流れるように嘘をくその姿は、まるで老獪な商人に見えなくも……いや、見えない。どこをどう見ても小生意気な女の子にしか見えない。しかし、その気になった彼女の口は止まらない。「カロさん、アナタには何か事情があるんですよね?警備が厳重な関所であれだけ騒ぐんですから、相当に旅路を急いでいるはずじゃないですか?」



 詳しい話は聞きませんから、この話を受けてくださるなら、どうぞ銀貨を受け取って下さい。彼女はそう言って蜜酒を飲む。カロは始め、色々と想定外な事態が続いて焦っているのか、思い詰めたように押し黙っていたが、やがてポツリと言った。



「一つ条件がある。テオンまでの道から少し外れちまうが、アルタブラという町がある。そこに寄らせてくれ」



「もちろんです」



「……契約成立だ」暫くの逡巡の後、遂に決断を下した彼は銀貨をポケットにしまうと、続けざまに言った。「んじゃ、3万¢だな」



「はい?」



「出国にかかる金をくれるんじゃねぇのか?」



「ああ、え?ミチル、出国税ってそんなにかかりましたか?」



 いや、もっと安かったと思うけど。そう昼の事を思い出しながら答えると、「人間と人狼じゃあ税金が違うんだよ。ふざけてるだろ?」カロは吐き捨てるように言った。その悔しそうな顔から、関所で彼が怒っていた理由が、恐らくはそれだろうと察することができた。そりゃ、3万¢も要求されればコゼットさんだってゴネるだろう。



「それに」カロはテーブルに立てかけた大剣の柄を撫ぜる。「コイツや地図は魔法が付与されていてな。こういうのは関税が高ぇんだ」



「ま、まぁ。支払うといったのは私ですから……仕方ありませんね」虚勢を張った声とは裏腹に、革袋から硬貨を取り出すコゼットさんの手は小刻みに震えていた。



「ありがとよ」彼は礼を言って、すっと席を立った。「そんじゃあ明日、城門の向こうで会おうぜ。ジジ、ミチル」



「……よし、これで安く案内人が雇えました!」彼が人混みに消えるのを確認して、彼女は勝ち誇ったようにガッツポーズした。「ちょっと思ったより税金が重かったですが。まぁ許容範囲です!」



「そんなことだろうと思ったよ。っていうか、あんな交渉、どこで覚えたの?」



「奴隷商のおじさんのお手伝いを少しですね。まぁ、見よう見まねですが」奴隷商のおじさんとは、コゼットさんの昔話の中に度々登場する人物。盗賊から安値で彼女を買ったはいいものの、その不幸力によって店を燃やされた、安物買いの銭失いを体現した男だ。



「へぇ。でも、そのおかげでカロさんの事情を察せたんだ」



「え?あんなの適当ですよ」彼女は涼しい顔でそう言いのけた。「商人以外に旅をする人なんて、大体は事情持ちですから。私達だってそうでしょう?」



 なんともまぁ大雑把な分析。いや、分析というのもおこがましい、ただの当てずっぽうだ。だが、とにもかくにも、案内人を割安で雇うことが出来た。これで明日から旅をすることができる。



 次の日。再び関所を訪れ、何事も無く通行許可証明を貰った俺達に「良い案内人は見つかったかい?」と関守が訊ねてきた。



「おかげさまで。向こうで落ち合う約束をしているんです」



「そりゃ良かった。そういや昨日、ここで騒いでたチンピラ人狼がさっき通ってった。気ぃつけな」



(そのチンピラが案内人なんだけどな)そう思いながら愛想笑いする俺達に、関守は呆れたように言った。「ったく、困ったもんだよ。たかが3000¢の関税にあそこまで怒るとは……人狼は気が荒くて敵わん」



「はぁ?」



 耳を疑った。今、この関守は3,000¢と言ったか?カロが俺達に請求した金は30,000¢、桁が一つ足りないぞ……という事は、つまり。



「だ、騙されたぁぁッ!!!」俺とコゼットさんは異口同音に叫んだ。



 考えるより先に身体が動くとはよく言ったもので、「何かあったのかい?」と関守が心配を口にする前に、俺達は駆け出していた。人を騙す輩が足踏みをしていることなど無いだろうから、もう遅いかもしれない。それでも駆けずには居られなかった



「おいチンピラ狼出てこいやクソがぁ!!」関所を越えた先で、怒号を上げる。新たな世界が広がった喜びなどはない。あるのは、カロに対する怒りのみ。



「おう、お前ら。遅かったじゃねぇか」



「え?なんで居んの?」すると、悠長にパンを貪りながらカロが現れた。なんで騙した奴が、騙された奴の前にもう一度現れるんだ?



「あ?昨日、案内人の契約結んだだろ。馬鹿かオメェ」



 その時、怒りに燃えるコゼットさんが彼の腕に掴みかかる。「カロ!アナタ、昨日は私達に『嘘を吐くな』みたいなこと言っておいて、そっちが嘘吐きだったんですね?3万¢も税金かからないじゃないですか!」



「おいおい、落ち着けよ。俺は税金が3万¢だなんて一言も言ってねぇだろ?」彼は意地悪い笑みを浮かべた。どうやら、すべて織り込み済みのようだ。「3万¢くれって言ったんだ。いくらまでとは指定されてなかったからな。おかげで昨日はそれまでの安宿より随分と良い宿に泊まれたぜ、ありがとよ」



 なんという詭弁だろう。だが、呆れる俺達をよそに彼は得意げに説明を始めた。



報酬・・を弾んでくれた例に、幾つか教えてやる。多分、関守に吹き込まれたんだと思うが、関所を抜ける前に数万もする案内人を雇う奴なんか貴族くらいだ。ふつーは関所を抜けた先で、安い現地人を雇うんだ。一日数千¢でな」



 俺とコゼットさんは目を見合わせる。カロの言う事が正しければ、俺達は、あの関守に騙されていたということになる。



「タチの悪い関守は、ぼったくりの斡旋業者から賄賂を貰ってからな。お前らみたいな金を持ってて旅慣れしてない奴は、ああいう手合にとっちゃ格好の餌だ」彼はそう言うと、銀貨を1枚、コゼットさんに渡した。「商人ごっこ・・・・・は止めとけよ。こういうのは本当に必要な時にとっときな」



 どうやら、コゼットさんの未熟な企みは全て筒抜けだったようだ。顔を赤くして戸惑う彼女を、カロはケラケラと笑う。



「そういうことで、テオンはこっちだ。行くぞ。ジジ、ミチル」



「ちょ、ちょっと待って」おもむろに地図を広げる彼を、俺は呼び止めた。



「なんだ?残り報酬なら後で良いぜ」



「んなこと聞いてねぇよ」案内人としての契約は果たしてくれるというのなら、それは受け入れよう。だが、彼には聞きたいことや問い詰めたいことは沢山ある。その中でも、これだけは出発する前に聞いておきたい。「そこまで俺達をカモだと分かって騙しといて、なんで案内人だけ引き受けるんだ?」



「だから騙してねぇって」彼はそう前置きをすると鼻の頭を擦った。「そろそろ一人旅にも飽きた頃だし……俺は鼻が利くからな。お前らにも、何か事情があんだろ?ま、話したくねぇなら聞かねぇけどよ」

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