第22話 異世界人と宇宙人

「だいたい俺とコゼットさんは昼も夜も、この食堂で食べてる。安いし旨いし、日が沈んでからもしばらく営業してる」



「そうなんだ。これはなんて食べ物?」



「一番人気、魚つみれのスープ。テオンは港町だから魚が新鮮で旨いし、野菜もゴロゴロ入ってるから好きなんだよ。栄養もある」



 ヰタにあれこれと説明しながらスープを口に運ぶ。カルパ商店も船大工も休みの日。俺はヰタにテオンの街を見せてまわっていた。なおコゼットさんは大学で魔法の勉強中。



 なお、もちろんながら彼女にはローブを着せている。全身タイツ宇宙人を外に出してはいけない。



「ふぅふぅ……ん、おいしい!」



「あ、宇宙人も味覚あるんだ」



「宇宙人をなんだと思ってるの?味覚も痛覚も感情もあるよ!それを言うならミチルだって異世界人でしょ!」ヰタは眉間に皺を寄せる。ぷんすかという擬音がぴったりだ。



「意味わかんねぇよな」



「ホントだよ」



「そういや、ヰタの故郷じゃあ、どんなのを食べてんの?」



「ん?生き物のお肉は食べないかな。だいたい豆とミルク」



「健康そうでいいじゃん」



「そうだねー、健康だよ。おじいちゃんもおばあちゃんもみんな元気!……でもね、だから皆、旅行が好きなんだ」



「へぇ、なんで?」



「お肉が食べられるから」



「結局食べたいんじゃん」



「やっぱりねぇ、お肉って美味しいんだよ。欲望の味っていうの?一度食べたら止められないよね」



「分かる」



「それに星を巡ってるとね、星ごとに食べものが違くてワクワクするんだ。この星は、どんな面白い料理が食べられるんだろうって。それも旅行の醍醐味だよね」



 たしかに、食事は旅行の醍醐味ということには同意する。俺は旅行先ではチェーン店に入りたくない派閥の人間だ。



「そうだ。この星でも"粘土"って食べる?」



「食べない」



「あれはすごいよ。無と質量の味がする」



「食べたくない」



 食事を終えて、次の目的地の演劇場がある丘へと向かう。その途中、市街の端にある円形闘技場を通りがかった。入口の付近にはタダで立ち見をしようと目論んでいるのか、人だかりができていた。



「ねぇ、あれはなに?」



「闘技場。剣闘士っていう戦士が戦うんだよ」



「なんで?」



「見てる方は娯楽、楽しいからじゃないかな、たぶん。剣闘士は奴隷とか借金があるとかかな」



「ミチルの故郷にもあったの?」



 彼女の眉は八の字に下がっていた。剣闘という物騒なのは嫌いなのだろう。俺は、テレビで格闘技の番組が流れていれば見るくらいで、実際に見に行こうとは思わない。円形闘技場の戦いは、たまに死ぬ剣闘士もいるらしいので尚更だ。



「大昔、違う国にはあったらしいけど。もうないな。この闘技場でも見たことない。コゼットさんも嫌いだし」



 その時、大きな歓声があがった。これほどの大きさ、恐らく人が死んだのだろう。休みの日にもなると西通りにも響いてくる、地面を動かすくらいの熱狂だ。



 しかし、ヰタは悲しそうな顔をする。その気持は、なんとなく理解できる。



「分かんない、なにが楽しいんだろう」



「さぁ」



 腹も十分にこなれてきた頃、劇場に到着する。丘の斜面を利用した公共劇場は、なんと無料で観劇できる。コゼットさんが大好きな二文字だ。だから何度か彼女と見に来ることがあった。上演されるのは、神話から悲劇に喜劇や風刺演劇、政治講話と様々。内容も芝居も玉石混交である。



 そんな劇場で今日上演されていたのは、悲劇だった。劇の内容をざっくりまとめると、神託を受けた青年は悪い先王を倒し、自分が王になる。しかし実は先王が自分の父親であった。青年は神託を誤解していたのだ。心を病んだ青年は自殺してしまう、というお話。



 うん、よく分からない。そもそも俺は悲劇ってやつが好きではない。



「なんで主人公は神託が出たってだけで自殺したんだ。もっとできることはあったんじゃない?」



「んー、運命ってやつじゃない?主人公は先王の家族をみんな殺しちゃったし」



 上演の終わりにヰタへ同意を求めると、彼女は案外と気に入ったようだった。物語の趣味はあわないかもしれない。



「俺向きじゃなかった。喜劇の方が好きだな」



「そう?うちは好きかも。主人公の演者の人、なかなか演技上手かったよ?」



「ひとが死ぬのに?」



「うわ。すっごい意地が悪い。演劇と現実は別だよ?」その視線はひどく冷たく感じる。「ジジちゃんにはそんな態度取らないほうがいいよ」



 演劇が終われば商店へ帰るに丁度いい頃合いだ。歩いていると夜は案外と早く来るのだ。道中、街の外縁を走る川のほとりに人が集まっている。近づいてみると、遺灰を流しているようだった。テオンの葬式だ。この街では墓を掘らず、遺体を焼いて、残った骨を水葬するのが風習だ。



「どうぞ、旅ゆく旦那様に花を流してあげて下さい」



 喪主の老婆に誘われ、硬貨と引き換えに数枚の花弁を貰う。手向けの花だ。いくつかをヰタにあげて、そっと川へ流す。新たな生命に生まれ変わる旅の間、魂が幸福であるように、そういう祈りである。



 流れ行く花弁を前に合掌。黙祷を捧げながら思い至る。そう言えば今頃日本で俺はどういう扱いになっているんだろう。死体はあがってないよな?俺はここにいるし。まさか葬式も済んだとはいわないだろうな。



 心配になりながらふと隣を見やると、なにがあったかヰタが目尻から一筋、涙を垂らして呆けている。



「ど、どうした?」



 訊ねると、彼女は気を取り直して両手を細かく振った。



「うぅん、ちょっと。人が死んじゃったと考えたら悲しくて。行こ」



 彼女は涙を拭うこともせずに歩き始める。その後ろをいきながら、どうしたのか訊ねる。



「うちの星だとみんな長生きでね、平気で200年くらい生きるの。だから葬式はおばあちゃんになるまで殆ど経験しないんだ。病気や怪我だったら、だいたい治っちゃうしね。だから、驚いちゃった」



 それでも曾祖父母や高祖父母の葬式はあるのではという疑問が浮かぶ。



「長く生きたお年寄りは若い人とは会わないんだよ。そういう決まり。だから子どもは"死"っていうのを知らない」



 彼女にとって死は遠くにある存在なんだと分かった。死を知らない、そういう感覚は、たしかにこども園くらいの頃までは持っていたと思うけど、最早忘れてしまった。



「だから、この星間旅行で始めて行った星は驚いたなぁ。人が死んだっていう情報を、映像でバンバン流しているんだもん」



「あぁ、日本……俺の故郷もそんな感じ」



「悲しくないの?」



「家族や友達が死んだら悲しいと思うけど、だいたいニュースで流される"死"は遠くの、遠い人だから、そんなに」



「そうなんだ」



 先程の彼女の涙を見ると、それは悲しみの感情が少し麻痺している、そう捉えられるかもしれない。



「あ!そう言えば私、家族に何も連絡できてない!もしかしたら、みんな私が死んじゃったと思ってるかも!どうしよう!どうしたらいい?」



 すると、死について話している内に、死を実感したのか、ヰタは突然パニックになりだした。



「まぁまぁ落ち着いて。そんなの深く考えることじゃない。帰ればいいんだよ」



 その気持ちは結構分かる。なにを隠そう、異世界に来て数日は自分もそうだった。だけど、パニックになっても事態は好転しない。大事なのは気にしないこと。そして、良い結果を想像することだ。



「ここでの生活はネロさんがなんとかしてくれてるし、宇宙船は船大工が直してくれる。もしかしたらあと数日で帰れるかもしれない。そんで帰ったら、家族と友達に元気な顔を見せてやればいい。それでみんな大喜び、悲しみなんてどっか飛んでく……多分」



「なに?すごい楽観的だね」



「そっちこそ今になって悲観的すぎない?」



「なんか、今になって怖いのがきたんだよ!怖っ、なにあの浮遊感!」



「でもいま生きてるなら、それでいいじゃん。過ぎれば喜劇みたいなもんだよ」



「はは、そうかも!終わり良ければ全て良し!もし帰れても、うちは絶対、またここに来るよ。いい所だもん」



「今度は事故に気をつけてな」



 不安を笑い飛ばして、俺とヰタは再び帰路についた。



「あ、遅かったですね。どこ行ってたんです?」



 しかし、商店に着いてコゼットさんの声を聞いた時、俺は気づいてしまった。日本に帰えれば、宇宙人ヰタと違って、異世界人おれは絶対、ここへは戻って来られない。



 俺はその時、果たしてこの旅路を喜劇だと思えるだろうか。



 笑いあえる人が、そこにいないのに。

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