第27話 迷宮視察①


「ミラ……」

「なんだか久しぶりな気がするね、セイン」

「うん、そうだね……」


 静寂が流れる。

 ただ、とりあえず――


「来てくれてありがと」

「むしろうれしいよ。こういう機会を君から作ってくれるなんて」


 少し間をおいて、セインは尋ねる。


「えと、それで何なのかな。"デート"っていう、君の用件は」


 セイン的には勘ぐって当然だ。

 いきなりこんな誘い文句で呼び出したんだ。

 そう思って当然……だけど。


「いやいや、まず言うことがあるでしょ」


 わたしはその場でくるりと回って見せる。

 ピンク柄のロングスカートがふわりと翻る。

 トップスは黒か白か迷ったけど、黒にした。

 理由? なんとなくだ、魔族だし?


「どう?」

「あ、うん。すごく似合ってると思うけど」


 セインはわたしとの距離感に戸惑っているようだった。


 つい先日までセインのことを避けていたんだ。

 急に豹変した、いや、わたし的には立ち直ったって感じなんだけど。

 とにかく、わたしが普段通り……いや、それ以上にテンションが高いのでどう対応したらしいか分からないようだったった。

 こういうセインは中々お目にかかれないし、もう少し目に焼き付けておきたかったが――


「お待たせいたしました!」


 本題に入ろうとしたとき、一人の人物がこちらへと駆け寄る。


 休日でもきっちり、亜麻色の髪をリボンの形に結んでいる少女。

 大人びた雰囲気をまとってはいるが、何を隠そう、こう見えてもわたしより三歳も下の少女――マナ・フィーラさんだ。


「……」


 セインの目つきが、鋭利なものになる。

 その一瞬、わたしはあの映像が脳裏に浮かび思わず身震いする。


 いや、負けるな。

 進むと決めたんだろ。


「セイン、マナさんのことはもう」

「そうだね、ごめん」


 セインは、マナさんの方へ改めて向き直る。


「マナ・フィーラだったよね。君に対しての今までの無礼な言動、本当にすまなかった」

「い、いえ……こちらが先に騙していたのですし、頭を上げてください」


 わたしは横から付け加える。


「マナさんは環境的に、そうして生きていくことしか出来なかったんだよ」


 わたしはセインに、彼女の背景を詳細に説明する。

 内心疑わしく思っていたとしても、セインは納得がいったようにそれを呑み込む。


「わかったよ。それで君は、迷宮の視察をしてほしいってことでいいのかな?」

「ええ、それはもう!! 最強の『勇者』様に、最強になられる『魔王』様が視てくださるとなれば、わたくしの一生において大きな財産になります!! だからぜひ! よろしくお願いいたします!!」


 ふう、とセインは観念したように息を吐く。


「わかった。君とミラ、二人の意思を尊重するよ。それに、折角の機会だからね」

「ありがとうございます!!」


 深く腰をまげて、感謝の意を伝えるマナさん。

 本当に、よくできた子だ。


「それで、霊為装置アバクティムの方は用意できてるの?」

「はい。それで監査の方には入っていただいて、正式に迷宮として認可される予定です」

「へえ、それはすごいね」

「なんとなくしか分かってないけど、そんなすごいことなの?」

「うん。正式な認定には、いくつもの手順を踏まなきゃいけないんだよ」


 いちいち説明を聞くのも面倒なので、そこは掘り下げないでおこう。

 ただ、こいつがすごいというならすごいことなのだろう。

 実際、なんとなくはわかる。

 霊為装置は霊体アバターを作成するための装置。

 面倒な手続きが必要不可欠だということはわかる。


「ご覧ください」

「ほんとだ! しっかりポータルができてる!」


 迷宮は、区画を設定してそれが全体を網羅していなければならない。

 そうして始めて、入口にポータル――つまりゲートが生成される。

 ポータルが生成されている時点で、そこは正当な迷宮だと証明されたようなものなのだ。


 これを通して初めて自身の肉体が霊体へと成り代わり、霊体の消滅と共に入口へと引き戻される。

 ちなみに霊体になるときの感覚は独特で、わたし的には少しくすぐったかったりする。


「初級者用にとお作りいたしましたが、それ以外の方にも楽しめるような工夫を散りばめてあります。お二方にも楽しんでいただけたら幸いです!!」

「うん、楽しみにしてるからね!!」


 どんな迷宮だろうが褒め称えてやるという気概で臨む。

 わたしは褒めて伸ばすタイプなのだ。


「では私は外でお待ちしていますので、いってらっしゃいませ」


 マナさんには丁寧にそう言って見送ってくれる。


 二人きりにと、気を遣ってくれたのかもしれない。

 そうして、わたしたちのデートが始まった。

 ゲートを潜ると、衣装が変わる。


 動きづらい服装ではなく、動きやすいスタイルへ。

 そして腰には、剣が携えられている。


「……ねえ」

「あ、うん?」


 隣のセインの様子をうかがうように拝見すると、やはり少し距離を感じる。

 わたしのせいなんだけど。

 だからこそ、わたしが解決しなければいけない問題だ。


「ほら行くよ、セイン」

「え」


 彼女の、少しひんやりした手を取って導くようにゲートを潜る。


「な、なんだか今日の君は積極的だよね」

「いうないうな。わたしだってそれを意識してるんだから」

「そ……うなんだ」


 本当のことを言ってしまったと思い直すが、逆にそれが功を奏した形になったというか。

 いや、わたしも恥ずかしいんだけどさ……。


「……この前のことは、わたしが悪かったよ。ごめん」

「違う。悪いのは私の方だよ、あれは――」

「そういうのはなし!!」


 どっちが悪いかで言えばわたしの方だが、セインも同様に思っているだろう。

 なら、そんな不毛な争いはしない。

 わたしはそうやって絡みつく紐を解きにきたんだから。


「ほら、そんなことはどうでもいいから、今はこっちに集中して!」

「うん……そうだね」


 手を引いてやると、大人しく付いてくる。

 なんかこう、セインがわたしに大人しく付いてくるとか、なんだか妙に背徳感があるな。

 ゾワゾワするというか、そんな感じ。


「おおっ」


 その時、頭上にミニマップが表示される。

 どうやら、これにわたしたちの位置が表示されているらしい。

 すごい、ゲームみたいだ。


「複雑だね。どうする?」

「あのねセイン。こういうのは左手の法則っていうのがあって」


 わたしは適当な知識をつらつらと語る。

 とにかく、セインを楽しませたかった。

 それがわたしにとっても、嬉しくて楽しいから。


「うわっ! こ、これが例の……!」

「うん、魔物だね」


 黒く赤い眼の狼が、こちらを見据えている。

 もちろん、本物ではない。

 創造上の生物も、霊体で再現できてしまうのだ。


 確かに、面白い造りだ。

 ゲーム好きからしたら、結構わくわくする要素が敷き詰められている。


「来るよセイン!」


 魔物がセインに向かって牙を剥く。

 ――が。


「確かに、こうやって魔物と触れ合えるのは新鮮だね」

「それ攻撃してるんだよ……」


 魔物の牙は、セインには届かない。

 文字通り、歯が立たないってやつだ。

 セインは甘噛みか何かと勘違いしているのだろう。

 もうこの辺は突っ込んだら負けだと思ってる。


 代わりに、わたしはちゃんと相手してやる。

 相手が魔物という空想上の生き物で、知能も人間や魔族とは違う。

 それが逆に、中々に動きが読みづらくやりがいがある。


 どんな迷宮だろうが囃し立てようと思っていたが、実際やってみると本当に楽しい。

 そうして迷宮を進んでいくと、大広間の前へとたどり着く。


「このマップ上にない部屋もあるみたいだね」

「そんなのわかるの?」

「なんとなく、風の流れが違うでしょ?」


 わからんわ。

 そんなセインの小言はともかく、わたしは気合を入れる。


「行くよ、ボス戦だ……!」

「うん、私も楽しみだな」


 それは良かった。

 わたしにとっても本望だ。


「よし……っ!」


 扉を開ける。

 そこには、多数の頭を持つ蛇――オロチとでもいおうか。

 そんな巨体な魔物が居座っていた。

 本当に、現実から乖離した化け物だ。


 そりゃあ、今までの魔物とは一線を画す強さだろうけど。


「ちゃんと抑えてよ?」

「わかってるよ」


 こいつが本気を出せば、体当たりだけでノックアウトだ。

 どれだけいっても、装置で作り出しただけの決まった動きをする霊体の生物。


『竜王』すら押しのけた体当たりなんて、ぶつかったらいとも簡単に終わってしまう。


「セインがヘイト取って、わたしがそこに追い打ちを掛けて少しずつ削る。それでいい?」

「初めての共同作業だね」

「まあ……それでいいや! いくよ!」

「うん!」


 せーので駆け出したはずなのに、セインは一瞬でオロチの足元へ移動していた。

 同時に動き出した筈なのに、わたしはスタート地点からほとんど離れてない。


「…………」


 これが、現時点でのわたしと彼女の距離。

 彼我の差が、如実に現れていた。


「はっ!」


 だからどうした。

 わたしはそんなことで、もう折れたりはしない。


「よし――」


 これがデートといえば疑問は浮かぶが。

 こうして、セインとともに自然体で接することができた訳だし、それに楽しい。

 セインも、そう思ってくれていたらいいな。


 わたしは、彼女の笑った顔が好きだから。


「いくぞ……!」


 腰に据えた霊体の剣に手をかけ、相手に向けて飛びかかり――地面から足を離す、その瞬間。


「ミラ……!」


 わたしの足元――魔法陣が、光を放つ。


「な……っ」


 咄嗟のことだったが、わたしはその場から距離を取る為に跳躍した。

 したのだが、地に足がついて離れない。


「くっ……!!」

「つかまって!」


 いつの間にか眼前に迫っていた彼女の手を取ろうと手を伸ばすが。


 その手を掴むことは、できなかった。


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