第28話 迷宮視察②



「ここは?」


 気づけば、通った道には無かった部屋に飛ばされていた。


 ボス部屋に、あんなギミックがあるとは。

 とにかく、早く合流しないとな。


 そう思っていた時、矢継ぎ早に新たなギミックが作動する。

 今度は、周辺が暗転したのだ。


「いや、これは……」



 ギミック――ではない。


「霊体が……解除された?」


 感覚でわかる。

 霊体の衣装や装備が解除されたこと。


 何より、ありのままの自身の肉体だと理解できる。


 装置の不具合?

 だとしても、タイミングがおかしい。



 嫌な予感が増していく。

 とにかく、早くセインと合流を……。



「ちっ、また……!」


 足が、動かない。

 その原因を確かめるため、足元を注意深く見る。


「……蜘蛛の糸?」


 細い糸が、中心から網を張っていて、わたしの足元に絡みついていた。

 そうとしか形容できなかった。


 そして――





「ふふふ……」


 不気味に、暗闇に響く声。

 暗闇から自ずと。

 犯人は、その姿を現す。


「マナ……さん?」

「はい、お姉さま。やっと、やっと捕まえました!!」


 理解が追いつかない。


 いや、違う。

 認めたくないだけだ。

 犯人はずっと、この為に動いていた。


 セインの疑念は、直感は間違ってなかった。

 セインに、申し訳なく思う。



 ただ、それ以上に……!

 わたしと同じハーフで、辛い環境で生きてきたのだと。


 信じたかったのに、信じてあげたかったのに……!



「マナ……お前ッ!!」

「そう怒らないでくださいな、お姉様? 同じ境遇なんですから、仲良くしましょう?」



 ブチりと、スイッチが入る。

 瞬時に、血の塊を生成する、


 ――血晶アスタリズム


「…………あ」


 は、不発に終わる。

 全身が、固まって動けないのだ。


「…………こ、れは……」

「ムダですよ〜〜」


 身体が、動かない。

 この感覚には、覚えがある。



 まさか、まさかまさかまさか……!


「改めてご挨拶を」


 彼女の――マナの右目に。

 琥珀色の眼が光る。


「母方の姓はマナ・フィーラ。そして父方の姓を取るなら――」


 犯人は、その素性を明らかにする。


「マナ・と申します」


 絶句するわたしの前で、彼女は踊るようにくるりと回りながら謳った。


「よろしくお願いしますね? お・ね・え・さ・ま?」


 わたしはその事実に、驚きの声をあげることすらできなかった。




 信じられない。

 こいつが、マナ・フィーラがわたしの血縁?


 否、ある意味で納得だ。

 呪われた、歪な血。

 その継承者としては相応しい。

 もちろん、悪い意味で。


 マナは語る。


「この部屋はマップ上に存在しない、決してたどり着けない部屋」

「…………っ」


 言葉が、喉の奥から出てこない。

 この魔力、相当貯め込んでいたのだろう。


 そんなわたしにお構いなしに、こいつは語り続ける。


「ん? ええ。わたくしの目的ですか。そうですね、難しいところですが……」


 顎に手を当て、彼女は熟考する。


 意味が、わからない。

 こいつは、自分の目的すら言葉にできないのか?


「私を捨てたお母様への復讐といえばいいのか、最強の『魔王』であったお父様への自己主張といえばいいのか。……うーん、どちらもしっくりきませんね」


 彼女の境遇に、嘘はなかったらしい。

 父親には会えず、母親には捨てられた。

 そうした過程での想いが、こいつを、マナを動かしているならまだ納得できる。


 けれどマナは、それではないと否定した。

 いや、理由なんてどれでもない。

 彼女の、このどす黒い眼の女の思惑の原動力は――


「強いて言うなら、興味……でしょうか?」


 は?


 唯一動く、思考が停止する。

 この、冗談では済まされない行動の源泉がただの興味だなんて。

 わたしは、眼の前の怪物に唾を飲む。


「そうですね。魔族は現在、劣性に陥っています。Sランクに君臨する魔族たちはもう昔からの古株ばかり。最強の『勇者』を除いても、人間に分があるのは明らかです」


 で・す・が――と、こいつはワントーン声を上げてわたしをじろりと舐め回す。


「そこに吹き込んだ旋風こそ、貴方なのです! 貴方を中心に、魔族は回っているといってもいい!」

「そ……んなわけ……」

「あら、口だけでも動くようになってきましたか。四年分の魔力を貯蓄したのですが、さすがお姉様ですね」

「う……ざっ」


 わたしの小言に、マナは乗ってくることはない。


「続けましょう! お姉様は自身の価値を低く見積もりすぎです。父はかつての最強の『魔王』。師は現在の次席――吸血公アルフォード。その他にも、お姉様の存在は魔族中でその名を轟かせている。そして何より――――"聖光"の『勇者』、人間側の抑止力である、セイン・ヴィグリッドに宣戦布告したその勇ましさ!! これが一体どうして、無視できるでしょうか!?」


 犯人は、わたしをこれでもかと囃し立てる。

 わたしには、全く響いてこないが。


「そ……れで? そんな素晴らしい存在を消すのが、あんたの目的ってこと?」

「ええ、そうですとも。私は魔族と人間の裏での対立など知りません。ただ、魔族の中の魔族――まさに台風の目であるお姉様を世界から消し去ったら、一体どうなるか……私、興味津々なんです!!」


 ウキウキと、嫣然と微笑む様を見てわたしは理解ができなかった。


「おかしい……狂ってる」

「もう、乙女に向かって失礼ですね~~」


 人生でこれ程、脳が理解を拒否したことがあるだろうか。

 それ程、この女は狂っている。


「最強の『勇者』様と仲直りをして、楽しくデートができて! そうした絶頂で、絶望に落とされる。あの『勇者』様は今頃焦っているのでしょうか!? それも大変興味深いですねえ!!」

「……くそっ!!」


 あらゆる手段を用いて、わたしたちを分断していた。

 完全に、彼女の手のひらの上でわたしたちは踊らされていた。


 いや、セインは最初からその素性を……その腹の内を訝しんでいた。

 ごめんセイン、わたしのせいで悲しい思いをさせて。


「うふふふふ……あははははは!!!」


 やつは、マナは嗤う。

 そして彼女は、世界の中心にいるかのように天井を仰いで嗤い――



 

 刹那。

 その左腕が、音もなく落ちたのだ。

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