第23話 お姉様とお呼びしても?


 わたしとマナさんは、そのまま適当な喫茶店に入って向かい合っていた。


「はあ……」


 頼んだレモネードを舌に滑らせ、冷静に一息つく。


「……なんであんなことを」


 魔族を差別されたように感じたから?

 けなされた用に感じたから?


 違う、そんなの取ってつけただけの言い訳だ。

 焦っていたんだ。

 セインに本気で向き合う、そう誓っていた裏で、わたしの心には焦燥がはびこっていた。


 ……怖かったんだ。

 言いくるめて、精神的に優位に立とうとした。

 どうしようもなく、ダサい。


「はあ……」


 自分が嫌いになる。

 いや、思えば最近が少しおかしかっただけだ。

 臨間学校だって、結果的に上手く行き過ぎただけ。

 わたしが自分勝手に暴れて、その歯車が上手くハマっただけだというのに。


「―――ですか?」

「え?」

「いえ、大丈夫かなと? フィーベル様、先ほどからずっと思索にふけっている様子なので……」

「あ、ああ。ごめんね、ちょっと考えごとしてて」


 マナさんは眉をひそめて謝辞を述べる。


「こちらこそ申し訳ありません。無理やり機会をつくっていただいたこと、そのせいでフィーベル様とヴィグリッドさんに不快な思いをさせてしまって……」

「ちがう、マナさんのせいじゃないよ! わたしの、わたしたちの問題だから……気にしなくていいからね」

「……」


 これはきっと、いずれ起きる問題だった。

 わたしが逃げてきたことのつけは、いつか払わないはずだから。


「うん、どちらにせよわたしたち二人のことだから、マナさんは気に留めないでね」

「……わかりました」


 そうして、本題に戻る。

 ――その前に、マナさんが気まずそうに告白する。


「実はわたくし、嘘を付いていたんです」

「ああ、この学園の生徒じゃないってことでしょ? 定義上はハーフでも、魔族って分類されることが多いもんね、分かるよ」


 魔族の血ってやつは自己主張が強すぎる。

 魔力の質はどうしてか、主張が強すぎるのだ。

 ハーフであってもそのほとんどが、人間とは認めてもらえない。


「いえ、それもなんですが、そうではなく……」

「ん?」

「年齢のことを、正直に打ち明けておきたいんです」

「え」


 学年が違うってこと?

 確かにマナさんって大人っぽいし、わたしより年上でも納得できる。

 じゃあ、マナ先輩とお呼びしたほうがいいのだろうか。


「えと、ちなみにいくつ離れてる……ますの? わたしは、十六になったばかり、なんですけども……」


 対し、マナさんは気まずそうに目を伏せて告げた。


「三つ……」

「え、それってつまり……」

「はい、ご想像の通り……私、十三歳の中等部一年なんです」

「え、ええ!?」


 想像の真逆だよ!

 十三歳? こんなしっかりして、落ち着いていて、ついでにナイスなバディをしてるのに?


 脳が混乱するわたしに、マナさんは証拠として学生証を突きつけてくる。


「荘魔女学院、一年……マナ・フィーラ」


 と、記されていた。

 本当に、わたしより三歳ほど下であった。

 嘘……でしょ? 


「名門じゃん……じゃなくて! マジに十三歳なの!?」

「マジです」

「マジかあ……」


 認めるしか無い。

 わたしの十三歳なんて、マナさんと比べればまだハイハイしてた赤ちゃんみたいに思える。


 でも、一つ合点がいった。


「だからわたしを様付けで呼んでたってこと?」

「いえ、家名についてはあまり気に留めていません。私はお姉様が、魔族として尊敬に値する方だと思っているから。故に、そう呼ばせて頂いているんです」

「わたし自身をってこと……?」


 マナさんは首肯する。


「私は、ミラ・フィーベル様――貴方を一魔族として尊敬しています」

「なに、わたしまたなにかしちゃった?」


 というかしでかしてた?

 困惑するわたしに、マナさんはその答え合わせをする。


「"聖光"の『勇者』――孤高の頂点、セイン・ヴィグリッドさん。あの方に宣戦布告したという噂を、風聞でお聞きしまして」

「ええ……なんで広まってるの」


 わたしの黒歴史……ってほどじゃないんだけど、なんでそれ広まってるの?

『獣王』ことウイガルさんも言ってたし、どこで漏れたのか。


「もちろん、あの『勇者』様はお姉様にとっても最大の障壁、簡単に倒せるなどとは思っなどおりません。ですがフィーベル様はその相手に、まっすぐ向かって宣言した。私にとっては、至上の尊敬を抱くに値するに充分です」

「いや、ね……」


 無意識にとはいえ、たった今直面している問題に指を差されたようでわたしはごまつく。


「けど、敬称で呼ぶのはいいんだけど家名はやめてほしいな」

「名前でお呼びするなど失礼かと。……いやでしたか?」

「うん、少しね」

「そうでしたか、申し訳ございません。ええと、なら――」


 マナさんは指を絡めて、上目遣いで提案する。


「お姉様……というのはどうでしょうか?」

「……っ!!!」


 ――ピシャリと、わたしに電流が走った。

「お姉様」と、少し上ずった声で言うマナさんは急に年相応っぽい女の子に見えた。


 それほどの破壊力……。

 まさか、ここまでとは……。


「お姉ちゃん」呼びには慣れているが、たった少し変わるだけでここまで違うものなのか。


 あるいは、演者の違いなのか。

 リラの「お姉ちゃん」呼びなんて尊敬も愛情も微塵も感じないし。

 あれとかそれみたいな代名詞にしか聞こえないもん、妹失格だろあいつ。


「あの、ダメでしたか?」

「うんうん、マナさんは合格!」

「ありがとうございます。お、お姉様!」

「くう……!」


 ギャップも相まって、破壊力は抜群だ。

 いや、そろそろ本題に入らないと。


「で、迷宮ダンジョンについての件で話があるんだよね?」

「は、はい。その、お姉様に私の造った迷宮の視察をしてもらいたく、少し強引な手段を使わせて頂きました。ごめんなさい」

「いいよいいよ! 気にしないで!」


 頼られて、嫌な気分にはならない。

 ましてそれが、家名ではなくわたし個人を目的として来てくれたのだ。

 それも三歳も下の女の子が、勇気を出してきてくれた。

 健気じゃないか。

 ただ、懸念はある。


「わたし正直、迷宮とか詳しくないよ? 配信とかも観ないし」

「さすがお姉様、有象無象の魔族の現況など知ったことではないと!」

「い、いやあ……」

「孤高の存在、魔族の頂点に君臨するお方はやはり違いますね!」

「いやあ、それほどでも?」


 はっ、しまった。

 つい乗っかってしまった。

 まあ、こんなかわいい後輩の輝かしい期待を裏切りたくはないしね。


「というかその迷宮って、マナさんが造ったの?」

「一応監修したのは私ですが、知人の方々に恵まれただけですよ」

「いやいや、凄いって!」


 迷宮の制作なんて大規模な計画、時間、管理、金銭全てに気を遣わなければいけない。

 その主導を任されるなんて、本当に天才だとしか思えない。


「ですがその、関係者の方々に少し失礼ですが本場の迷宮に比べれば拙いものですよ。ただそれでも、どうしてもお姉様に見てもらい感想をお聞きしたいんです」

「ちなみに、マナさんは『魔王』志望なの?」

「お恥ずかしながら……あまり戦うのは得意じゃないので、初級者用になるとは思いますが」


 迷宮制作から、『魔王』まで全て自身でこなすとか凄すぎる。

 どこかの誰かさんも見習ったほうがいいのか?

 考えるのは……やめておこう。


「でもでも! な、なんでそんな、わたしに拘るの?」

「将来魔族を牽引するであろう方に視察してもらったというのは箔が付きます。というのと、自分としても将来お姉様に貢献できればという思いもあって、それで……だから……すいません、言葉にできなくて」


 いっぱいいっぱいの情熱をぶつけられて、わたしは後ろめたさを感じる。

 最初はやんわりと断る気だったけど、ここまで言われて、慕ってくれる相手を無下にはしたくない。


 わたしはかぶりを振る。


「わかった。わたしでよければ、手伝わせてもらうよ」


 胸を叩いて、得意げに答える。


 ほんと口先だけは一丁前だな、わたしってやつは……。


「あ、ありがとうございます、お姉様!!」


 こうして、わたしは承諾した。

 直面している問題から、目を逸らして。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る