第24話 伝説の始まり
体は疲れているはずなのに、目はぱっちりと冴えていた。
「うう、寝付けない……」
フランに突きつけられた事実。
セインと、最強の勇者と向き合うことへの内なる恐怖。
それが、今日の軋轢を生んでしまった。
悪いのはわたしだ。
また明日、謝ろう、謝ってまた同じように――
「そうやって逃げて、どうなるの?」
その前に、やることがあるだろう。
立ち向かうと決めた。
自分から、自分の意志で決めたんだ。
だから――
「向き合うよ、セイン」
セインの当時の映像。
みせてみなよ、というくらいの気概でわたしは電子端末を起動する。
検索すれば、いくらでも動画が並んでいた。
最近の、流行りに乗った――娯楽に振ったものじゃない。
武骨なサムネイルが、淡々と記されているだけ。
まるで伝記のような扱いをされているのが分かった。
その中で、わたしが選んだのは――
「これにしよう」
『伝説の始まり』と、そう銘打った動画。
すなわち、当時の『竜王』――ガリウスさんとの一戦。
脳裏によぎる、直近のガリウスさんとの模擬戦。
完全な力は出せていなかったろうが、それでも勝利をもぎ取った。
わたしと何が違うのか。
比べてやろうじゃないか。
なんて――
そんな軽はずみな考えを、後に後悔することになるとも知らずに。
◇
「みなさん、きこえてますか?」
映像に映り込んだのは、銀嶺の少女。
今とは違って、髪は綺麗に長く流しており、きちんと整えられているのがわかる。
それに、どこかあどけなさを残した、たどたどしい態度は年相応といった感じで、感じで。
「か、かわいい……」
思わず本音がこぼれてしまう。
ライバルなのに、思わず応援したくなる愛らしさ。
一体どこで、これを置いてきてしまったんだろう。
「高難易度の迷宮は初めてです。よ、よろしくお願いします!」
こ、こんな感じでいいのかな、なんてあざとく振る舞って見せてくれる「セインちゃん」に、庇護欲がそそられる。
「いい感じにあざといですよ、主様」
そんな視聴者の声を代弁するかのような合いの手が、空を切って打たれる。
「も、もう! 私は真剣なんだからね、レイ」
「レイちゃんも大真面目ですよ」
耳朶に響く、不思議な声音は腰に据えられた一振りの剣から発せられているようだった。
聖剣『レイホープ』。
風聞として聞いてはいたが、実物を目にするのは初めてだ。
といってもその存在に驚いたりはしない。
似たようなガラクタはうちにもあるしね。
「レイちゃんは主様の剣であり、主様の魅力をプロデュースする存在ですからね」
「そ、そんなこと頼んでないのに~~」
最強の『勇者』様は剣とも楽しくお喋りができるのか。
うちにあるガラクタとは大違いだな。
たどたどしい「セインちゃん」を導くように語りかけている。
盛り上げるため、というより緊張を解すような、そんな些細な気遣いに思えた。
実際、この『勇者』と相棒とのやり取りで場をもたせているのだから大したものだ。
儚く消え去りそうな、今とは大違いな少女。
これからあの現役の『竜王』と対峙することを考えると、少し不憫にすら思えるほどの、か弱い存在に思える。
だからこそ、わたしはこの先に進みたくない。
結果を知っているから、このままかわいい一人の少女のままでいてほしいから。
そんなわたしの思惑とは反対に、セインは奥地へたどり着く。
荒廃した大地にそびえる、朱に染まった峰に一人の竜が立っていた。
その視線は、はっきりと少女を射抜いている。
「貴様が、寵児と呼ばれる人間の神輿か」
引退する前だったが、その存在は切り取られたようにはっきりと視界から離れない。
『竜王』――ガリウス・ドラグーン。
竜人の姿で、彼は眼の前の少女に、問い掛ける。
「貴様は何を求める。我を倒した先に、何を得る」
「えと……『勇者』としての、正式なライセンスです……」
「…………」
まずい、セインちゃんにはガリウスさんのプロレスが伝わってないようだ。
ガリウスさんもアドリブに弱いのか、沈黙が流れる。
しかしさすが年長者、咄嗟にそれっぽい口上を述べる。
「整然とした道を歩んできただけの小娘が、我を相手に何ができる」
「えと……」
「『勇者』となるにあたって、覚悟は持ち得ているのか」
「……わかりません」
いや、これ多分少し本気だ。
ガリウスさんからすれば、舐められているような態度ととってもおかしくない。
悪意が無いと分かっていても、それでも苛立ちを覚えるのだろう。
あるいは、疑念か。
ガリウスさんは頂上から飛び降り、地上へと足を着ける。
同じ土俵で、相手するという宣言に他ならない。
「ならば貴様の力でみせろ、覚悟を、信念を」
「は、はい……」
セインちゃんはどうみたって、いたぶられる獲物にしか見えない。
可哀想だって、思わず応援したくなるって、そう思う。
「全力で、いかせてもらおう」
人から、完全な竜へと変貌を遂げていく。
真っ黒な竜は、人間など悠に超えた巨体で、見下ろす。
いくぞ、と声を上げなくとも分かる咆哮が轟く。
それは大地を震わせる、
対して――
「じゃあ、行きます」
少女の目つきが変わる。
怯えたのではない。
目を細めて、標的を視界に捉えたのだ。
「う、ぐ……」
一度動画を止める。
その時点で、気付いた。
自分の身が、震えていることに。
「それでも、進む。進んで……え、あ」
同時に、気付いた。
その記録は、既に残り三分を切っていることに。
「嘘、でしょ……?」
――ゴウ、と。
竜の、仄暗い炎が少女の場所を覆う。
フランよりも殺意に満ちた、異色な炎。
これで少女は、瞬く間に塵と化す。
なんてことは、ないのだ。
「……え?」
次に映ったのは、別のアングルのビデオカメラだった。
迷宮攻略に使われるのは霊体でのビデオ。
炎でイカれてしまっても、少しの時間で元に戻る。
ただその少しは、彼女にとって長すぎるのだ。
中空にいる少女を観て、『竜王』は目を見開く。
それはそうだ、こんなの、速すぎる……。
けれど、それでも『竜王』は一瞬で適応し左腕を振るう。
空中にいる少女を、本気で叩き潰す為に。
合わせて、少女も剣を構える。
力と力がぶつかり合う。
はずだ、はずなのに。
静かに、剣閃は竜の肩から先をなぞった。
黒竜の腕が――落ちる。
「なに……これ……」
魚をさばく様に、スッと静かに削ぎ落とす。
そこからは、巨大な竜の解体が淡々と進行していった。
着地と同時に、対角線上の右の脚が消える。
態勢を崩す、その中で竜はもう一度ブレスを吐く。
その顎に、ただ身をぶつける。
それだけで、竜の口腔は機能を停止した。
地面へと堕ちる黒竜の前へ、少女は立つ。
「なん、なのだ……貴様は一体……」
『竜王』はもう、酷く矮小なものに見えてしまった。
少女は竜の頭部へと、剣を振りかざす。
「完全で最強な、『勇者』になる。そのためだけの存在です」
「それは、貴様の願いか?」
「いえ、言われたから、そうあるだけです」
「全く――」
難儀だなと、いわんとして竜は消えた。
最後の一閃によって。
最後に少女はカメラの方へと向け腰を折る。
「ありがとうございました」
そうして、配信は終わりを迎えた。
「これが、わたしのライバル? 冗談でしょ?」
わたしが一度負けて、もう一度機会を貰って。
力を振り絞ってギリギリ、勝利することができた相手。
不完全な状態で、やっと成し遂げて。
心の底から、喜んだ。
対して、少女はただ一度も表情を変えなかった。
勝利の喜色も無く、当たり前の様に。
「不釣り合いにも、程があるだろ。ミラ・フィーベル」
思い上がりも甚だしい。
「調子に乗ってごめんなさいって?」
言えるわけ無い。
セインが、怖い……。
どうやって、向き合っていけばいいのか。
答えを持つ者はいない。
誰一人として、その少女に勝てなかったのだから。
「どうすれば……いいの?」
わたしの進んだ道の先の終点までに、彼女はいてくれるだろうか。
もう、何も分からなくなってしまった。
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