第16話 『獣王』と愉快な仲間たち?


「……と、いうことがあったんだよ」

「ソリャ、イインダケドヨ。オマエ、ヤルキアンノカ?」


 地下の一角に位置する部屋。

 わたしはそこに幽閉されている『魔剣』――ベルウイングを前にしている。

 もっとも、わたしは椅子に座ってぐだっているだけだが。


「無い!!」

「ジャア、デテケッテンダ」

「わたしだってそうしたいけどさあ」


 こんな無生物?無機物?

 よく分からない物体前に、こんな苦行の挑戦を強いられているのだ。

 たまには愚痴ったっていいじゃないか。


「マアスコシハ、マシニナッタガナ」

「そう?」

「ココロガ、スコシダガマシニナッタ。ソレガチカラニモ、ワザニモツナガル」

「そろそろ折れてくれる気になった?」

「カカッ! ソリャア、ムリナソウダンダゼ!」

「だろうね」


 押してダメなら引いてみる。

 そんな魂胆だったが、そもそもベル相手に策を弄したところで通じるわけ無いか。

 表も裏もないんだから。


「ならどうしたらいいの? いまのわたしに点数を付けるならどれくらい?」

「……ムズカシイ、コトイウナ」


 ベルが押し黙る。

 考えている? こいつが?

 そう考えると、緊張が奔る。

 

 そして、伝説の魔剣様の採点は――


「30テンッテトコロカ」

「もう一押し……! 身内贔屓でもいいから!」

「アマクミテ、30テンダ」


 これでも緩いのかよ。

 加点方式なのか、減点方式なのか。

 

 いや、そんなのどうでもいい。

 今のわたしに、一体何が足りないのか。

 具体的に言ってほしいものだ


「アア? ソリャアサイキョウノ、ソバニイナガラ、ニゲテルコトダナ」

「っ……!」

「イズレコエルト、ソウイッタンダロ? ナノニ、ソノアイテヲシラナイ、シロウトシナイ。マズハ、ソレカラダロ」

「……はい、仰るとおりです」


 ベルの癖に、言ってくれるじゃないか。

 こいつはたまに、核心を突いたことを言う。

 表裏がなくても、ベルは長く生きた経験と、それを踏まえた思考がある。

 それに基づいて、わたしに楯突いてくるのだ。


「……ほんと、不燃ゴミのくせしてさ」

「カカッ! ダガ、スコシハオモシロクナッテキタ、タノシミニナッテキタゼ? ソノチョウシデ、セイゼイアガケヨ? ザコマゾクナリニナ!!」


 こいつ、いつか絶対分からせてやるからな……!!


「お嬢様、御客人がおいでです」


 我が家はあまり落ち着かないという理由で、使用人があまり居ない。

 というか、緊急時以外は執事のセバスが一人で屋敷を切り盛りしている。

 

 セバスに関しては、わたしが自然に接することができる貴重な人材だ。

 興味がないだけかもしれないが、期待を押し付けてくることもない。

 だが、こちらの意思を汲んで行動してくれる。


 そんなセバスが、わたしに直接コンタクトを取ってくる時はだいたい、危険信号の証だ。


「ええと、ルミナス……母様は?」

「今朝出張にお出でなさいました。それに、御客人はお嬢様を指名しております」

「ええ、嫌だあ……」


 実際、今回も例にもれずそんな予感しかしない。

 わたし個人への要件というと、前回の『竜王』といいろくなことが起きないのだ。


 気分が乗らないわたしに、セバスが目を閉じて告げる。


「今日のお夕食ですが、お嬢様の好きなロールキャベツに致しましょう」

「……セバスはわたしのことがよく分かってるねえ」


 餌があれば簡単に食いつくのがわたし。

 渋々セバスのあとを追って、客間の扉を開く。


 すると、そこには――

 巨大な熊が、立っていた。


「う、わあああああああああああああああああ!!!」


 な、なに!?

 二足歩行で立っている熊はレプリカではなく(そういう問題ではないが)、わたしを凝視して、ちゃんと息を吸って吐いている。

 ……生きている、立ち尽くす熊は何も言葉を発しない。

 

「…………あ、ああ」

 

 わたしは脳が追い付かず、フリーズする。

 紛れ込んだわけじゃないよね?

 誰かこの状況を説明してよお!!


「お戯れもそこまでに」


 セバスはそんな状況を見かねて、助け舟を出してくれる。


「ハハハッ!! そうだなッ!」


 その甲高い声、まさか――


「『獣王』……ウイガルさん!?」

「いかにもッ! 良いリアクションであったぞ、ミラ・フィーベル!!」


 入口を塞いでいたウイガルさんが傍に引く。

 するとそこには、二人の獣人が視界に映った。


 確か、狼の獣人はウルウィアさんで。

 あと、もう一人の獣人――猫耳が特徴的な褐色肌の獣人は、ジュリ、さんだっけ。


 彼女は大人しく椅子に座って、足を組んでいた。

 そしてわたしの方へ目線だけ向け、舌打ちをする。


「チッ」


 こ、こわいよ……。

 まさか、この間のお礼参り? 

 あれだけのことをしたんだ、その可能性は十分にある。


 だったらわたしが、先手を取って動く……!!


「この間は、本当にすいませんでした!!!」


 その場に土下座する。

 能力の影響もあったとはいえ、失礼な態度をぶちかましてしまった。

 どの口がって言えるほど、全方位に毒を撒き散らしてしまった。


 けじめというなら、しっかりと受けるつもりだ。

 が、ウイガルさんは否定する。

 

「頭を上げろ。別にキサマに何か罰を与えるつもりはない。むしろワレは、キサマのイカレ具合こそ『魔王』に相応しいと、そう思ったぞ?」

「それ、褒めてるんですか?」

「褒めているさ! キサマの理にかなわない性分は、『魔王』としてどこまでいけるのか、気になるところだ!!」

「はあ……」


 イカれているとか言われるとショックだ。

 あれは「血晶」の影響であって、わたし自身は普通の女子なのに……。


「それで、要件はなんでしょうか?」

「ああ、ワレらがここに足を運んだ理由! それはキサマにとって、利がある提案を持ってきたからだッ!」

「え?」

「ハハッ まあここからは、当人に任せるとしよう」


 ウイガルさんが顎で指すのは、猫耳の獣人。

 彼女は言われて、ばつが悪そうに視線を逸らす。

 そんな彼女を、ウルウィアさんが優しく諭す。


「ジュリ。行って来い、お前が将来、『獣王』を継ぐために」

「わーったよ。ああ、アタシもやってやるさ」


 二人のプレイベートの関係性は、父と娘のようだなと思う。

 そうしてジュリさんは、わたしの前にやってきて姿勢を整える。


「アタシはテメエに負けた。テメエの言う通りだ。意思もあやふやなアタシが、強くなんかなれるわけねえ。弱えと思ってたやつに当たり散らして、ほんとダセえやつだった」


 素直に謝られて、わたしは困惑してしまう。


「……いや、わたしだってジュリ、さんに偉そうに言える立場じゃないよ。肝心なことから逃げてるのは、わたしだって同じなのに、一方的に言える立場じゃないのに」

「それでも、アタシはテメエに負けた。それが事実だ」

「それは――」


 不意を付いて……違う、もうやめよう。


「そうだね。わたしはあの時あの場で、貴方に勝った。もう一回やっても、わたしが勝つ」

「はっ。そうはっきり言われると、むしろ気分がいいくらいだ」


 敗北という事実を、あっさりと笑い飛ばせるのはすごいと思う。

 わたしにはできないことだ。

 馬鹿にしているわけじゃなく、本当にそう思う。


「だからよ――」

 

 彼女は、わたしに向かって叫ぶ。


「アタシを、テメエの部下にしてくれ!!」

「…………へ?」


 わたしの間抜けな返事が、その場に響いた。




 

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