第12話 臨間学校④


 アンナ・リリエットは獣人を前にして恐怖で動けないでいた。


「ひ……っ」

「どうした? テメエは何か無いのか? 見せてみろよ」

「あの、やるなら楽に……楽にお願いします」

「テメエもつまんねえなあ、ああ!?」

「それくらいにしておけ」


 ウルウィアの忠告に、ジュリは舌打ちで返す。


「だってよお、いっつも割りを食ってんのはアタシら魔族だぜ? 最強のユウシャ様には確かに勝てねえが、それはソイツがすげえんであってテメエが凄えわけじゃねえだろ!? まったくいい身分だよなあ? 違えか、ニンゲン様よおッ!?」

「ご、ごめんなさいごめんなさい。だから早く、早く楽にしてください」

「ったく、調子いい生き物だぜ! これじゃあアタシらが悪者みたいじゃねえかよ!」


 渋々と、ジュリはトドメを刺すためにその腕を振り上げる。


「まっ! せいぜいこの敗北を糧に生きろよ、この劣等種が――よッ!!」

  

 ジュリのその鋭利な爪は、アンナ・リリエットの喉元を切り裂き終わらせる。

 ――はずだった。


「「「!?」」」


 滑るような一撃は空を切る。


 そして、少し離れた地点――

 アンナ・リリエットを、何者かがその腕に掬い上げていた。


 血を吸ったような、真っ赤な髪色と瞳の少女。

 その人物は、腕を振り下げた獣人、ジュリを睥睨して。

 低い声で、言い放ったのだ。


「勝てない勝てないって夜泣きしてないで、せめて意地だけでも張ってみろよ。口先だけの獣人風情が」



 フィーベル家は様々な種族の血が混ざりあった、異系交配の果ての一族。

 かつてあった種族間での対立を緩和する為に生み出された、呪われし血族。


 それが時代を経ることで立場を得て、種族のしがらみに囚われないその一族は人と魔族との和平に大きく貢献することになったのだ。


 まあ、背景なんてどうでもいい。

 

 大事なのは、様々な血が歪に混ざりあった結果、フィーベル家は転変的に異常をきたしたということ

 それが「血晶アスタリズム」という力。

 扱える者は限られているとはいえ、魔族の特性を一時的に顕現させることができる、一族特有の能力。


 各々その数や種類は異なるが、〈猛化テトラ〉は吸血種と、鬼人族の……

 ああ、やばい……。

 この状態はシンプルに全身の能力が向上するという強化な効果の反面――

 複雑な感情なんかを排除し、戦闘に特化した形に脳が処理を行う。


 ようするに。

 自我が少し、曖昧になる。


「アンタ、なの?」


 その姿を見て。

 腕から下ろされたアンナ・リリエットは、おそるおそる尋ねる。


「……」

「ちょっ」

「うっさいなあ。そうだよ、アンタってのがわたしだよ」

「魔族……だったの」

「そうだよ?」

「だったらどうして、助けてくれたの?」


 決まっている、当然だ。

 彼女はわたしにとっての。


「敵だから」

「え……?」

「だから――」


 その場にいた全ての者が、次に続く思想に瞠目する。


「この迷宮はわたしのものになったの。ならわたし自ら、全員を屠る。そうじゃなきゃ、もったいないでしょ?」


 先程までいがみ合っていた人間も魔族も、等しく閉口する。

 全員の思考が止まった瞬間だった。


「……なに、いってやがんだ」

「ん?」


 その中で真っ先に口を出してきたのは、耳を逆立てる獣人。

 ジュリ、だっけか。

 名前なんて記号だし、情報としてはどうでもいいことだ。


「今なんつったってんだよ!」

「その耳は見た目だけかよ」

「あん!? アタシにはこの迷宮が自分テメエのもんだって、そう聞こえたんだがよ!」

「聞こえてんじゃん。とぼけんなよ雑魚」


 その瞬間、獣人は全身の毛を逆立てる。

 激情はわたしという獲物に向けて、真っ直ぐに向けられていた。


「さっきまでそこで無様に醜態晒してたテメエに、一体何が出来んだよ。この半端も――」

「お前いい加減うるさいよ」


 眼前に迫った何かが腕を横に薙ぐ。

 それを認識できるまでが、ジュリにとっての限界だった。

 

「があああああああああッ!!!」


 幾度と肉体が地に打ち付けられ、そして―― 


 受けるダメージが許容量を超えたのか。

 獣人は青い粒子となり、乱雑に散った。


「やっと耳障りなのがきえた。はは、あははははは!!」


 ああ、楽しくなってきた。

 次はどうしようか。

 静まり返った戦場へと目を向ける。


(あとは獣が二匹と人間が二人、さて、どうしようか)


 いや、人間はわたしの味方だっけ。

 

 〈猛化〉の影響か、上手く思考が固まらない。

 けど結局、偉そうにしていた二人もこの体たらく。

 

 だったらもう、必要ないや。

 導き出した結論――――全員まとめて、わたしが潰す。

 そうなればまるっと、問題は解決するよね。


「アンタ、おかしいよ……」


 ああ、そう言えばいたな。

 へたり込んでいる人間へ、わたしは焦点を移す。


「……うーん。ああ、丁度いいところにあるじゃん」


 近くに偶然落ちていた、綺麗な装飾が施された剣。

 それを取り、わたしはそいつに向かって投げる。


「え? これって」

「イースなんとかの置き土産。それつかえばいいでしょ」

「でもアタシ、剣なんて」

「もういいよ。そのフリはさ」

「っ!!」


 彼女の行動には違和感があった。

 イース・レンシアを立てる。

 ただその役割の為に、彼女は意識的に動いていたのだ。

 偶然もあれど、この場に未だに残っている。

 思えば獣人に真っ先に気づいたのも彼女だった。


 剣が使えるのかは知らないけど、戦えないのは嘘だろう。


「全力で来なよ、仇は目の前なんだから」


 その安い挑発が、彼女を――アンナ・リリエットを奮い立たせる。

 いや、調子づかせた。


「いいよ! やってやんよ!! アンタなんかにコケにされるとか、マジありえないからっ!!」


 加えて――


『ワレも混ぜろオオオオオオオ!!』


 揚々と名乗りを上げて現れるのは、『獣王』ウイガル。

 

「『獣王』、"獄炎"の『勇者』の方は?」

『やりきれてはいないが、この程度の対抗策で簡単に機能を停止するなどつまらん相手だった。しかし……それよりもッ!! この無法者の方を相手にする方が楽しめそうだとは思わんかッ!?』

「間違いない」


 ただ一人、遠方で立ち尽くすフラン・リワールを除いて。 


 全員がわたしに、敵対する。

 それが脅威とは、全く思わないが。


「全霊で抗いなよ?」


 せめて楽しませるくらいはさせて欲しいものだ。



 炎の渦中にて、私は立ち尽くしていた。

 『獣王』に対しては、結果的に防戦一方になっていた。


「あのままやってたら、私は……」


 負けていたかもしれないと考え、慌てて首を振る。


「何なのよ、あいつは……」


 まるで別人になったようなその人物のことが、全く理解できない。

 しかし役立たずだと、足手まといだと評した少女によって間接的に助かったのは事実で。

 私は唇を噛む。


「なんてザマなのよ、ほんと……」


 各々がミラ・フィーベルを中心として動き出す中――

 一人、自分だけが取り残された。


 この状況で、何をすれば良いのか。

 私は、分からなかった。


「一体、どうすればいいの。だれか、だれか教えてよ……」


 その問いかけには、誰も応じることはなく。

 ただ弱々しい少女が、取り残されるだけだった。


 




 


 

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