第13話 臨間学校⑤

 

 アンナ・リリエットは自分の思考が異常だと自覚し、それを封印してきた。


 "なんでこんな構えをしなきゃいけないの"

 "口上とか一々覚えるのだっる"

 "これ投げたら勝てるじゃん、でもダメなんだ"


 自分が自由だと、充足してると思いたくて。

 そんな邪な道を描く自分を否定して、生きていくことを選んだ。


 友達も多く、彼氏もできた。

 理想の様な人間ってこんなもんだと思えば楽になれて。

 そうして、自らの感情という箱に蓋をした。


 ただ――眼前の紅き魔族によって。

 蓋は今、箱そのものごと木っ端微塵に粉砕されたのだ。


「ぐ……ッ!」


 狼人が頭を下げ、アイツの攻撃を寸前で避ける。

 そこに追い打ちをかけんとする、その一瞬……!!


「っと」

「マジかっ!」


 叩き込んだ一撃は、あっけなく受け止められる。

 踏み込みが浅かったか。

 いや、まるで腕が動かない。

 単純に、こいつの腕力が桁違いなのだ。


「かわいげないじゃん」

「そう言われるのがイヤだったんだよ!!」

「でもわたし的には、そっちのが好きだよ?」

「口説いてんの? ほんとアンタってムカつく……っ!!」


 その空間に、何者かが割って入る。


『ワレ!!』


 奇しくも登場した時と同様に。

 『獣王』が、降り立ってきたのだ。



 あの時と違うのは、敵としての認識の有無。


『教えてくれ。それは一体どんな状態なんだ!??』


 いや、探求心とかの方がこの人の場合多そうだな。

 手の内を明かすのは無駄なことでしかない。


 しかしわたしは、この迷宮を奪い取った。

 全てを圧倒する為に、少しくらいヒントを与えてやるのも器ってやつでしょ。


「吸血種と鬼人族の特性を少し拝借した。これだけ教えてあげる」

『そうか、吸血種の内部の魔術的な特性の変化に付随する強化と、鬼人のような表面的な外部の身体能力の強化の複合と考えれば、その異色な特質の実態も見えてくるものだ』

「やっぱアナタからやったほうがよさそう」


 この場で一番の脅威は……わたしだけど。

 わたしにとっての脅威ってことなら、『獣王』ウイガルに他ならない。

 

『まあそう怪訝な顔をするな。代わりにワレも種明かしをしてやろう。この魔導鎧は熱に限らず様々なエネルギーを変転させる。今回は特に熱に特化させたが、電気や水、風、もちろん光にも耐えうるワレの研究の成果だッ!!』

「すごい……ですね。それじゃあ――」

『まあ聞け。確かに力で押し負けるのは弱いが、その様な相手には対抗策を用意している。いやもっとも、膂力という一種のエネルギーも適応できるようにはしたいのだが、いかんせん単純な力というのは先手でこちらの機能を~~~~』


 ぐだぐだと長いな。

 おじさんの自分語りとか、長々と聞いてられないんだよ。

 〈猛化テトラ〉も時限式なわけだしさ。


 けど、理解はした。

 スムージーを作るミキサーのように、脳が乱雑に情報を砕いて。

 わたしの海馬に吸収されていくのだ。


「もういい? 情報ありがとう」

『情報? ワレがキサマにいつ、その対抗策を教えたというのだ』

「?」

『時間稼ぎに付き合ってもらった礼だッ!!』


 『獣王』は地面に巨腕を向け、溜め込んだエネルギーを放出する。


「ちっ」


 砂塵が舞い、わたしの視界をハックする。

 たださ、わたしのこの形態は吸血種の特性もあって視力は特に向上している。


 その巨体の影だけでも、居場所は分かる。

 

「バレて――」

『るのも見越してるさッ ウルウィア……ッ』

「了!」


 『獣王』はもう片方の腕をこちらに向ける。

 だからなんだ、そんなの対応出来る。

 視てから。


『言ったろう? "聖光"の『勇者』サイキョウの研究もしていると』


 放たれたのは、その場を埋め尽くすほどの光。

 こうなると、視力が過敏になっているのが仇となる。

 

「ああっ! もうっ!! うざったいなあ!!」


 ――やりづらい。

 『獣王』の評はそう聞いていて、それをひしひしと実感した。

 Sランク相手でも圧勝することもあれば、Aランク相手でも苦戦することもあるという。

 その所以が、垣間見えた気がする。


『フハハハ!! 残念だったな、ブラスの娘よ!』


 相手を研究し、的確に対抗策を実行する判断力もある。

 尊敬はしてるよ、本当に。


『ウルウィアは待機だ、フィニッシュはワレが決める!』

「ああ。ここは獣人の迷宮ダンジョンだ。決してあの娘の者ではない」

Exactlyそのとおり!!!』


 たださあ……。

 わたしを本能で動く生物かなんかだと思ってない?

 合理って意味なら、わたしも同じってことを見せてやるよ。


「――覚命オーバーロア


 黒い、実態を持つ一撃が無数に枝分かれし『獣王』へと放たれる。


 ――ガン。

 そしてそれは確かに、機械音を響かせた。


『ぐっ!!』

「そこか」

「――獣王!!」

『呼ぶなッ!!』

「おそい」


 主の危機を感じ取り声を上げた狼の獣人は、ハッと我に返る。

 その瞬間には既に、赤き凶撃が眼前に迫っていた。


「う……おおおおおおお!!」


 刹那。

 全てを振り絞り、ウルウィアは頭部を下げ――

 ぱん、と。

 音を立てて、弾け飛んだ。


「お、あたったあたった」


 『獣王』の場所は割れている。

 先にこの獣人を優先すべきだと判断した。

 

 なお――

 その前提を『獣王』は把握して、理解が出来なかった。


『今のはワレの予想を超えたウルウィアの会心の動きだった、だというのに何故キサマは、それを見越すことが出来たのだ……?』

「ああ、勘ですよ」

『は?』

「獣人って直感で動くのが得意でしょ。見越してた訳じゃない。ただわたしも直感で狙いを変えてみただけ。どっちみち当たんなくても困らないし」

『……キサマは、なんなんだ』


 『獣王ウイガル』は初めて、本能で一歩後ろへと下がった。

 理性で敷かれた、道理という道を後進してしまった。


 ――その時点でもう、先の勝敗は決まったようなものだった。


『狂っている……』

「乙女に向かって失礼だなあ」


 あのふざけた父にして、同じ様にふざけた一面があるのだと。

 ウイガルはそう、納得はできていたつもりだった。


 しかし最早、目の前の相手はその理解の範疇を超えている。

 果物の皮のように、理性というものがめりめりと剥がされていく感覚。

 それを恐ろしいと、思ってしまった。


『ブラスの……違うな。ミラ・フィーベル。キサマは一体、何者――』

「最強の『勇者』を倒す、最強の『魔王』を目指すものだよ」


 今度こそ。

 機械の鎧を正面に捉えた。

 わたしの拳は鎧に穴を空け、粒子となって爆散する。


「ふう。まあまあ楽しめたよ、『獣王』さん」


 後は人間二人。

 もっとも一人に関しては、そろそろ動いてくれないと困るんだけど。

 わたしの大事な……なんだっけ。

 ただ"獄炎"の『勇者』と向き合わなきゃいけなかったような、それがわたしの目的だったような。


 ならまずは――


「っとと」


 死角から、鋭利にわたしを狙うアンナ・リリエットの一閃。

 タイミング的に、『獣王』の散り際に合わせて動き出してたな。 

 

 冷静に、かつ豪胆に。

 これが本来の、彼女の戦い方なのか。


 ただ。


「勢い付けすぎ」


 裏を取られたっていっても、だいぶ間隔空いちゃってるなら意味はない。

 振り返りながらそう見やると、やはり彼女とは距離が――


「え?」


 視界に映ったのは、剣の柄を持ち半身を逸らす姿。

 まさか、とう、てき……?

 

 やば。

 完全に、虚を突かれた。


「やーり!! ……ってあ……れ?」


 アンナ・リリエットはその最中に転倒する。

 そして、地面に倒れたまま動かない。


「はぁ……つかっちゃったよ」


 咄嗟に、魔眼を使っていた。

 使わされてしまった。


「これでも……かぁ」

「いや、ほんとに焦ったよ。やるじゃん」

「うう……っ。どうせ嫌味でしょ」

「いやほんとにほんと! これは大マジだから!」

「…………そっ!」


 アンナ……さんは終始ぶっきらぼうな態度だったが。

 最後だけ少し、その表情が柔らいで見えた気がする。

 まあ、勘違いだろうけど。


「さて……」


 わたしは最後に残った人間。

 金色の髪の少女を、しっかりと見据えて呟く。

 

「終わらせようか、この戦いを」



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