第11話 臨間学校③
『獣王』の参戦に、わたしは思考が止まった。
いや、獣人を除いた三者が同様に。
狼人を悠に超えた、五メートル近い体格。
外見としてのでかさというのは、それだけでアドバンテージの一つになる。
加えて機械の装甲で隠されている内部が、こちらの不安を更に煽る。
――『獣王』ウイガル。
直接対面するのは初めてだが。
『魔王』でありながら、科学者としても有名な獣人らしい。
代々『獣王』に選ばれるのは、優秀な肉体を持つ個体や、統率力。
だがウイガルさんだけは違う。
この獣は、その足りない部分を科学という装甲で補って『獣王』へと選ばれた。
その実績が持つ効力に、実感はわかない。
しかしその脅威を、わたしはすぐに知ることになる。
『なぜ、なぜだッ!! なぜワレがこうして大々的に登場したというのに、どうしてこんなに盛り上がっていないッ!! 教えてくれ、ウルウィア……!!』
「簡単なことだ『獣王』。この連中は現在、最悪な空気であった」
『ナルホド! それはワレのせいではないな!!』
「ああ、本当にアナタは空気が読めないな」
ジュリと呼ばれた猫の獣人もまた、フランさん相手にいまだ交戦を繰り広げていた。
むしろ、フランさんの息が上がっているようにすら見える。
「アタシはそんなところも好きだぜ!!」
『フハハハハハ!! うい奴め!』
盛り上がる三人の獣は、戦場で浮いていた。
いや、エンタメとしての迷宮攻略においていえばわたしたちが何も噛み合っていないと言ったほうがいいか。
『して、戦況の方はどうなっている?』
「一人は葬り、今はフラン・リワールを相手取っているところです」
『ブラスの娘はどうだ?』
「正直期待外れだった。無難に"獄炎"の『勇者』が妥当だ」
わたしの正体については、気にするだけもう無駄だ。
ただこの精鋭たち相手に、フランさんを一人にさせるのはやばいってことは分かる。
『ナラン!!』
は?
そんなわたしの心慮を否定したのは、他でもない『獣王』自身だった。
『"獄炎"はワレが相手するッ! 交代してくれ、オマエたち……!!』
「仕方ない」
「ちぇっ。でもこっち片付けたら向かわせてもらうぜ?」
『無論構わぬ。競争といこう』
何? 何いってんの?
呆然とするわたし達の中、いち早く適応したのは『勇者』フラン・リワール。
思考より先に、目の前の敵を優先して動いたのだ。
――ゴウッ!!
豪炎が、『獣王』に直撃する。
今度は間違いなく、当たった。
「……ごちゃごちゃうるさいのよ」
その実力だけでなく、彼女が持つ豪胆さはやはり『勇者』と成し上がっただけあるとひしひし感じる。
さすがに、これを受けてはただではすまないはず……!
そう思った時だった。
「は?」
『パワードオオオオオオオ!!』
黒みがかかった赤から、巨大な拳が飛び出して。
フランさんを覆い尽くす。
『パアンチイイイイイイイッ!!』
「がっ!!」
その一撃は、たまらずフランさんを遠方へと吹き飛ばす。
な、なんで!?
確かにあの豪炎は、『獣王』を呑み込んだはず!
……まさか。
「あの鎧、熱への耐性がある!?」
それも至上の炎にすら匹敵するほどの。
そうだ……。
『獣王』は、科学者。
あんな大仰な鎧が、ただの飾りな訳が無いんだ。
一体なんでそんなことを、考えもしなかったんだ。
「フランさん!!」
覚命くらいなら使ったって正体バレなんてしない。
援護に向かわなければ!!
「オイオイ、交代っつったろ」
その死角から。
飛んできた健脚が、わたしに向かっていて。
◇
モニター室で、白衣の人物――アステラ=レイルはその血色の悪い顔に反して喜色を浮かべていた。
「元来の容姿と身体能力、魔術を模倣するだけだった霊象科学に
魔導具といった無機物は迷宮の構造と同様、実体を超えられない存在であった。
その常識を覆したのが、『獣王』ウイガル。
自身の魔力回路の一端に鎧を組み込むことによって、霊象科学に革命をもたらした。
「加え、今回は"獄炎"にすら耐えうる装甲? 熱を別のエネルギーに変えているのか? 原理としては火力発電みたいなものだとして、全く仕組みが理解できん、さすが我が友、ウイガル君だな……!!」
友人という名の、利用し合うだけの関係。
その相互利用こそが、アステラ=レイルにとっての他人の価値である。
しかし彼女もまた、教師としての自覚は片隅にある。
「さあ気張れよモルモット共。足場は既に崩れている。私はあまり理解できんが、貴様らの挑戦が、世界の進歩なのだから」
それを覆い尽くすだけの好奇心だけが、彼女がただ唯一求めるものであった。
◇
避けきれず、わたしは荒れ地の中を転がり続ける。
衝撃と共に、視界が目まぐるしく変化していく。
「く……そ」
くそ、くそくそくそ!
フランさんは防戦一方といった感じで、アンナさんは未だに呆然としているだけ。
こちらの牙城は、既に崩壊していた。
「あんまがっかりさせんなよお、最強の箱入り娘さんよお!」
「同感だな」
欠伸を噛みしめる獣人と、退屈そうに追従の意を述べる獣人。
抵抗するために腕を上げる。
が――
わたしはふっと、その腕を下ろした。
無意識的にではない。
もう、よくないか。
そう、思ってしまったからだ。
「だっせ。んじゃそうやって苦しんどけ」
「先にこちらを片付けるとするか」
「んだな」
無害と判断され、矛先はわたしからアンナさんへと向く。
怯えて腰が抜けている様子の彼女を見ても、足が動かない。
動く気がない。
だってさ。
馬鹿にされ、誤解され、味方なんて誰一人いなくて。
力を使って、魔族だってバレたらどうなる?
わたしの学園生活は、終わるだろうな。
いいじゃん。それがわたしの本望だったでしょ。
……思えばなんでこんなに、頑張ってるんだっけ。
わたしの始まりは、なんだっけ。
そんな真っ白な空白に、一人の影が現れる。
ふとあの時、踊り場で彼女と交わした会話が脳裏によぎった。
◇
「君はもっと、ありのままを出していけばいいんじゃないかな」
「どういうこと?」
艶のある声音は、踊り場であっても静かに響く。
彼女は少し顔を背け、その続きを答えない。
「なに黙っちゃってさ。もし感情抜きにして、クラスのみんなに認めてもらえたとしても魔族だってバレたらどうすんのさ」
「それは大騒ぎになるだろうね」
「だから無理なの。不正入学が公になって捕まっちゃったりしたら終わりでしょうが」
それともなに――
「わたしにいなくなって欲しいって……え?」
いつものように揶揄われたのだと、そう思って言いかけた言葉に急ブレーキを掛ける。
だって彼女の表情が、あまりにも歪んていたのに気づいたから。
「うそうそ! 冗談だって!」
昔の妹の幻影が重なって、わたしは思わず頭を撫でていた。
目線が高い彼女に対して、背伸びしてまで。
「わたしがいなくなったら、寂しい?」
「うん、ああ……」
「そう、なんだ……」
世界を映したような緑の瞳を、わたしは独占している。
それがなんとなく、誇らしく思えた。
「嬉しかったって、素直になってやる」
「……どういたしまして」
「可愛げないなほんとっ!」
一瞬で立ち直りやがって、これも演技じゃないだろうな。
「急になんで、そんなこと言ったの?」
「怯えて暮らすより、自然体の方がずっと心地良いだろうと思うから」
「それはそうだろうけど」
でもそんなの、成り立たない。
わたしたちは、分かり合えたふりをしているだけだ。
人間と魔族はまだ、溝がある。
「――なら、戦おう。戦って人権を得るんだ」
「いや戦ったら尚更おわりだよ……」
「そうかい? 確かに問題はある。けど君は正式にこの学園の試験を受けて合格し、籍を置いているわけだ。それを侵害する方が、どうかしてると思うけど」
「詭弁だよそんなの」
いくら都合よく、仲良くなれたとしても。
治安を守る退魔隊?やら、公的機関の前ではわたしは無力だ。
「もしもの時は私を人質にすればいい。私は人類の至宝だからね」
「ウァンテッドだよそんなの!」
「ウォンテッドね」
ど、どっちでもいいしそんなの!
「そもそもね。退魔隊は悪しき風習からの名称であって、法を犯した者は魔族に限らず人間であっても取り締まる組織。実際最近は魔族での採用も増えているし、名称を改める予定らしいよ」
「そうなの!?」
もし魔族だってバレたら、捕まって二度と日の目を見ることはないと散々脅されてきたので、そういうものだと思っていた。
いや、魔族を代表する親善大使である父親がそれを知らないはずがない。
絶対わざと騙してたな、マジで次帰ってきたら許さんからなあのクソ親父……!!
「じゃあじゃあ生徒会とかは? 学園で絶大な権力を誇る生徒会の人たちに目を付けられたら、わたしの人生は終わりだよ……」
「君は悪い意味で色々と幻想を抱きすぎ……。そんな権力なんて生徒会にはないし、その
「初耳アンド初耳だよ!!」
セインに兄がいるのは知ってたけど、まさかお兄様がこの学園の生徒会長だったとは……。
世界は思っているより、狭い……。
「と、いうわけで。思ったよりはなんとかなると思うよ。この学園は風変わりな人も少なくないしね」
「あんたに言われたくは無いと思うよ……」
けど、そうかあ。
話を聞いていくと、なんだか楽しそうな光景が見えた気がした。
セインがいる輪の中に、わたしも入れてもらえるのかな。なんて。
「でも、感情的にはどうなの? 魔族なんて、受け付けないんじゃないの。フランさんとかあんな感じだし」
「そうだね。ただそれだけなら、些細な問題に思えてこない?」
「う……それはっ」
「?」
不覚にもわたしが念頭に置いていた――感情を抜きにして、という前提に刺さる正論だった。
そうなればわたしのあがきは、ただの言い訳になってしまう。
「私がフランを勧めたのも、そこにある。もちろん同じ『勇者』として、慕ってくれている同士として大事な友人でもあるけれども。打算的な言い分を明かすなら私とフランの双璧に物申せる連中なんてほとんどいない、というのがあったわけ」
「そういうこと……」
ただの意地悪ってわけじゃなかったのか。
きちんとセインは、わたしの為を思っていてくれたのか。
この、このこのこの……!!
「この悪女っ!! この宿敵っ!!」
「それは褒めてるの?」
「褒めてない!!」
掌の上で転がされていたようで、釈然としないのだ。
「私が隣にいないと、君も寂しい頃合いだろう」
「取り付く島もないくらい付きまとってるだろうが!!」
「ならフランでも、他の人間でもいい。人間を理解したいんでしょ?」
「そうですけどぉ……!」
「それに、悔しくないかい? このまま舐められっぱなしっていうのはさ」
「わ、わたしは平和主義者だから!」
そんな邪な考えなんてない。
ないったらない……。
とにかくと。
セインは自身の意見を統括する。
「言いたかったのは、君の素性に関しては私は全力で助力する。だから君も、もっとさらけ出してみなよ」
「……ま、考えるだけね」
そもそも滅茶苦茶な理論には変わりないし、都合がいいにも程があるし。
言いくるめられたようで、わたしは首を縦に振る事はできなかった。
◇
「そっか、そうだったんだ」
やっとそれに、意味を見出してあげられた気がする。
ただわたしが思った本音。
あの時の一点を、否定してやると。
「悔しいわばーか!!」
人間も、こいつら魔族も。
みんなみんな、わたしを舐めやがって。
望まれてない性ってだけで、勝手に価値を見出して。
勝手に期待しといて、勝手に失望しやがって。
全員が全員、そんな全力で生きていると思うなよ?
サボりたくて頑張ってきたんだよ、わたしは……!
「いいよ、懸けてあげるよセイン」
けど、あんたの謀略通りで終わると思うな。
わたしはあんたの、
大嫌いな呪われた血脈、その本懐。
さんざん迷惑被ってきたんだ。
だから――力を寄越せよ。
「
さあ始めようか。
フラン・リワールなんてもう気にしない。
最後に残しておきたい、デザートみたいなもんだ。
人間も魔族も含めて――みんなみんなわたしが、滅茶苦茶にする。
「あはっ!」
今からこの迷宮は、わたしのものだ。
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