第19話 別れ話と噂話
別れて、別れて、別れて……
その発言が反芻し、脳が覚醒する。
甲高い声は聞き覚えがある。
アンナさんのだ。
なら相手はイース君だろう。
二人の激的な会話は、扉を通り抜けて耳に入ってくる。
「……君はずっと、隠していたんだね」
「いいわけになるけど、隠してたわけじゃないの。ただ、それをさらけ出すのが嫌だった、こわかったの」
「そうか。なら僕は、君に不釣り合いだな。きっとお荷物になるからね」
「やめてよそんな……!! でもごめんね、ほんとごめん……」
別れ話なんて初めて聞いた。
わたしには……縁の遠すぎる話だ。
そもそも誰かと付き合うとか、考えたことない。
別れるなんて、その先のステップ(?)でしょ。
たぶん、一生関わりのない話じゃないかな。
「それで、君はこれから何を目指すんだい?」
「強くなりたい。アイツを超えるくらい、強く……!!」
アンナさんははっきりと答える。
アイツって誰なのかはわからないけど。
確固たる意思なのは伝わった。
イース君はそんなアンナさんに、爽やかな笑顔で答える。
「では僕たちは競い合う関係ってことだ。お互い、研鑽を高めようじゃないか」
「うん、ありがとね」
対応がイケメンすぎる。
振られてるけど。
けど彼も、根の部分は優しいのだろう。
アンナさんに対しては終始一貫して、身を挺してまで尽くしていた。
でも、二人とも頑張って欲しいな。
「って、なんでわたしは人間を応援してんの。おかしいでしょ」
「――そうだね、おかしいかも。でもそれが、君の良いところだと私は思ってるよ」
わたしの独り言に、セインは答える。
なんでいつも、気づいたら側にいるんだろう。
怖い話かな?
「君はそうやって、自分が思うがままにフランに手を差し伸べた。きっと君は、人も魔族も関係なく、そうやって手を差し伸べるんじゃないかな」
「やめて。そんなお人好しじゃないから」
フランさんだって、わたしが満足できなかったから。
そんな自分勝手な理由で、ズカズカと踏み込んだだけだ。
強さという基準に関して言えば、もう謙遜することは辞めようと思う。
けど、優しいと言われるのは忌避感を覚える。
わたしはそんな高尚なやつじゃない。
なりたくもない。
「わかった。ミラがそれほど嫌なら、もう言わない。けど、それでも、君に救われた人間はいる、魔族はいる。その意図がなくとも、救われた当人にとっては……ずっと忘れない」
「……そ」
ふと、ガリウスさんの言葉を思い出す。
英雄は自分の為にしたことが、たまたま人の為になっただけの結果だと。
わたしも、それでいい。
本物のお人好しになんて、ならない。
わたしはどこまでいっても、人とは違う――
「魔族だったのって、あの子でしょ?」
小声だが、わたしの話をしているみたいだった。
「あのフィーベル家の子らしいよ?」
「名前偽ってたってことじゃん。どうせ裏口入学でしょ」
「というかさぁ、なんで魔族が許されたワケ?」
「それもコネでしょ? でも受け入れられないっての」
確かに、家名は偽っていた。
ミラ・フィーラとして、わたしはこの学園に在籍していた。
それも、魔族というのを隠して。
言われても、仕方のないことだ。
ただ、実際に言われるのは心にくるな。
深く深く、その言葉が沈み込んでいく感覚。
「少し行ってくるよ」
「やめて。ほんとにやめて」
セインの袖を引く。
彼女が言えば確かに止まる。
けど、そんなの発言を支配してるのと変わらない。
騙していたツケは、受け入れなきゃいけない。
「これを受け入れるのも、わたしの度量ってやつだよ。気にしてない気にしてない」
「……」
少し前にいるフランも、わたしの様子を窺っているようだった。
そして、自分の方へと向き直る。
口は出さないと、察してくれたらしい。
昨日の会話で思ったけど、フランはかなりこちらの意図を汲んでくれる。
つまり、空気が読めるということ。
彼女の歩んだ人生の経験からなのか、生まれながらの性根なのかは分からないけど。
ありがたい限りだ。
「あの瞳とか魔眼なんでしょ?」
「マジ? ちょーこわいんだけど笑」
「やめなよ笑 あんまりいったらまた暴れちゃうかもよ?」
「あれちょーこわいよね! こんな爆弾置いとくなっての」
嘲笑が聞こえる。
どうでもいい。
わたしは目を閉じ机に突っ伏す。
そして、睡眠を求める。
はやく、夢の世界へと逃げたい。
はやく――
「いい加減にしなよ」
声が、聞こえた。
セインでも、フランさんでもない。
――アンナさんの、声。
「アンタらさ、冒険者志望だったよね」
「そ、そうだけど」
「だ、だからなによ」
「は? なんなんその態度」
「ご、ごめんなさい……」
アンナさんは威圧的に迫る。
セインやフランは尊敬とか、そういった意味では特別な存在だ。
ただアンナさんはクラスの女子としての勢力として考えると、クラスカーストの最上位といってもいい。
そんなアンナさんでも接してきてくれなかったのがわたしなんですけどね。
だから分からない。
嫌いで嫌いで仕方ないはずなのに、なんで?
「冒険者なら、陰で叩いてないで正面から挑みなよ。アイツは『魔王』になるんだからさ」
「それは! そ、そういうことじゃないでしょ……」
「ここじゃなければそうだけど、ここならそういうことだよ。いずれ冒険者になろうってやつが面と向かって啖呵切れないでグチグチ言ってんの、マジダサいから」
「…………」
その発言は、クラス全体に響いた。
むしろ、響かせたのかもしれない。
牽制したのかもしれない。
わたしの、ために?
そんなはずない。
アンナさんが、わたしを守るとか考えてるわけない。
いったい、どうして?
頭に疑問符を浮かべるわたしに、踵を返したアンナさんがやってくる。
なに、なになになに!?
「セインさん。ちょいこいつ借りていい?」
「少しならいいよ」
「わたしはあんたの所有物じゃないぞ」
「所有物以上恋人未満ってこと?」
「それ範囲広すぎるでしょ……」
「うだうだ言ってないでついてこいし」
アンナさんに引っ張られる形で、教室の外に連れて行かれる。
そしてたどり着いたのは――
「なんでいつもここなんだよ! 呪われてるよこの場所!」
「なにいってんの」
いつもの踊り場だった。
というか、朝からこんな悠長な時間があるのには理由がある。
一限目は我らが担任、アステラ=レイル先生の授業だ。
あの担任もうHRすらサボりやがって。
ちゃんと教師しろよ……!!
「あのさ――」
「ひっ」
「……こわがんないでよ。今までのあーしが悪いのはわかるけど、ふつーに傷つく」
「ご、ごめん」
そうだよね。
わたしがさっき言われて傷ついたことを、無意識にアンナさんにしてしまっていた。
反省だ、アンナさんはわたしを守ってくれたんだから。
ちょっと怖いけど、今は前より少し、少しだけ態度が柔らかく? 感じる。
自然に話すことを、精一杯意識する。
「アンタさ、もっとムネ張りなよ」
「え?」
「そうやって縮こまってると、弱く見えるじゃん。それはイヤなの」
「なんでそんなこと、アンナさんが気にするの?」
「それはっ」
確かにもっと、他人に積極的に関わっていくべきだとは思っているけど。
アンナさんがそれを気にする理由がわからない。
「だって、あーしの目標はアンタだから!!」
「へ?」
「アンタのせいよ。アンタのせいで、頑張りたいって思っちゃったじゃん!! 強くなりたいって思っちゃったじゃん!! だから、なめられて欲しくないのっ!!」
わたしがあのとき、アンナさんに剣を渡した。
挑発して、彼女と戦った。戦わせてしまった。
その行為は、彼女にとって大きな分岐点となってしまった。
「ごめん。わたしのせいで……」
「ち、ちがっ! そう言いたかったんじゃなくて!」
「いや、アンナさんは隠していたかったのに、わたしが暴いた。アンナさんの人生を狂わせた。恨まれて当然だよね……」
「ちがうって、そういってんじゃん……」
必死に否定するのはアンナさんなりの優しさなのだろうか。
でも、わたしにも少なからず自覚はある。
だから――
「責任は取るよ。」
「へ?」
強気にいくんだ、わたし!!
アンナさんの両手を取る。
顔は見れないけど、がむしゃらに思いを伝える。
「わたしの人生をかけて、その責任は取るつもりだから!!」
「え? ええっ? い、いきなり、そんなこといわれても……」
「ごめん、早かったよね。こんなこと言うの……」
「い、いや! ちょっと戸惑ったけど、べ、べつにイヤじゃないし。むしろ……」
「もっと強くなってから言わないと、説得力ないよね、あはは」
「ああ、そういう……」
声のトーンがあからさまに低くなる。
な、なんか余計なこと言っちゃったかな?
頑張って強気な発言してみたけど、これじゃダメなのか。
「ほんとアンタって、ムカつく……」
胸を張るって、難しいなあ。
まだ合格点にはほど遠いらしい。
そうして、去り際にアンナさんは告げる。
「あらためていっとっけど、勘違いしないでよ。アンタがバカにされっと、あーしがイヤってだけだから」
「うん、絶対勘違いしないから大丈夫だよ!!」
「…………アンタってほんと、ムカつくわ」
少しだけ、自然に話せるようにはなったけど。
やっぱりアンナさんの態度は、柔らかくなんてなかったよ……。
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