第5話 騒がしい魔剣


 帰宅後、わたしは日課である場所へと赴いていた。

 

「オマエヤッパリダメダメダナ!! マエヨリモダメダメニナッタンジャナイカ!??」


 定期的に訪れるその日課が訪れるたび、憂鬱になる。


「ホントクソザコダナオマエ! ザーコザーコ!!」


 わたしが対峙しているのは、魔族でもなければ人でもない。

 というか生物ですらない。

 禍々しいオーラを出すそれは、一振りの"つるぎ"。


 ――『魔剣』ベルウイング。

 フィーベル家が所有する、文字通り伝家の宝刀。


 だが正直なところ、こんなの捨てていいと思う。


 魔剣を抜くことが出来たのは、フィーベル家の歴史の中でもただの二人。

 数年前まで魔族側のトップであったお父さんも、この剣を抜くことは出来なかった。

 

「ヘイ!! コンナンデサイキョウノユウシャニカテルトオモッテンノカヨウ!!??」


 この魔剣はなんと意志があり、喋ることが出来る。

 それだけ聞くとなんだか伝説っぽい感じがするが、現実はこれだ。


「オイキケ! オレサマニカマエ! ヤルキアンノカ!!?」


 汚い言葉遣いと貧相なボキャブラリーで、わたしを煽りに煽る。

 わたしはもう慣れたもんで、別に取り乱したりしない。


「はあ……」


 そもそも、この挑戦に意味はあるのか。

 抜くための条件が不透明なのが問題で、仮に魔剣の気分次第だとしたらこの時間は無駄でしかない。


「ベルさあ、わたしはもう学生なの。こうしている間にも、貴重なわたしの青春が奪われていくんだよ?」

「ハッ! ソンナコトイッテモ、ドウセナジメテネエンジャネエノカ?」

「…………」


 そうだよ、当たりだよ。

 こんなやつにバレるとか、屈辱以外の何ものでもない。


「でも真面目にさ。ベルはほんとに抜かせる気あるの? わたしをおちょくってるだけじゃないの?」

「オレサマのイシナンゾカンケイナイ。イルノハチカラダ。オマエハマダ、チカラガタリテネエノサ!」

「力が足りてないとか言われてもねえ。せめて何をすればいいかくらい教えて欲しいんだけど。ただでさえ直面してる問題で手一杯っていうのに」

「ヘエ。ナニヲナヤンデルンダ。オシエテミロヨ」

「いやさあ……」


 まてよ? わたしは今、ベルに相談しようとしてるのか?

 限界極まってない?


「ドウセイマノオマエジャムリナンダカラヨ。イッテミロヤ」

「う、まあそれもそうだね」


 どうせ無謀な挑戦を繰り返すより、話していたほうが楽だ。

 そんなこんなで、今の状況を簡単に伝える。


 最強の『勇者』に宣戦布告したこと。

 わたしのことを敵視している人間と友達になるという難題を突きつけられたこと。


 ……不思議と、ベルは話が終わるまで黙って聞いてくれた。

 いつも途切れること無く罵倒してくるので、静かなのが怖いくらいだ。


「まあそういうわけでわたしは、とても苦心しているわけですよ」

「ハッ! ソリャアイイジャネエカ! ナヤミマクレヤ!」


 結局これだよ。

 話を理解してるかも怪しい。


「はあ……相談なんかするんじゃなかった。どうせわたしが言ったことなんて分かってないんでしょ」

「アメエアメエ。ワカッテナイノハオマエノホウダゼ」

「へえ。なら何が分かってないのか教えてよ」


 わたしの挑発的な問いに、ベルは存外はっきりと答える。


「ココロ、ワザ、カラダ。スベテソロッテ、"ツヨサ"ッテヤツサ」

「心技体ってことでしょ? いや知ってるよそんなこと」

「シッテルノト、ワカッテンノデハチガウゼ?」


 ベルらしからぬ、回りくどい言い方だ。


「つまり何が言いたいの?」

「シカタネエヤツダナ! ツマリヨ、ナヤミヌイテ、センタクシ、タチムカイ、ソノサキニ"ツヨサ"ガアルッテコトダ! ココマデオシエテヤッタンダ! アトハデキソコナイナリニカンガエロ!」


 悔しいが、こいつは魔族と人間との戦乱の時代に、その適合者と戦場を駆け抜け、観てきたのだ。

 今回ばかりは、真に受けてやる。


「ほんと、抜けたあかつきには捨ててやるからね」

「ハッ! ヤッテミロッテンダ!」


 いつか必ず、この魔剣を大地から引っ張り出してやる。



 翌日、待ちに待った休日がやってきた。

 わたしは全力で、その安らぎを噛み締める。


「ああ、わたしもこんな風に異世界に逃げたいなあ」


 電子端末で異世界ものを読み耽っていると突然、ぞんざいに部屋の扉が開けられた。


「うおっ! ってリラか。なに? お姉ちゃん休日を満喫してるんだけど」

「もう昼過ぎなんだけど。今日はお母様もいないし、実質この屋敷の責任者なんだからいつまでも醜態を晒さないでよ」

「辛辣ぅ……」

 

 最近のわたしは自分でも頑張ってると認めてあげたいくらいだ。

 休日くらい現実逃避したっていいじゃんか。


「てかリラの方こそ、わたしに説教できるの?」

「できるけど」

「じゃあ今日はなにしてたの? 言ってみ?」

「五時半に起床して、いつも通り一時間弱ランニングで汗を流した後、魔帝学院の入試に向けての勉強。ただセバスが屋敷と庭の手入れで人手が足りないみたいだったからあたしが昼食をつくっといた。山菜の使い道に困ってたみたいだから簡単に絡めて炒飯にしたけど、お姉ちゃんは起きてこないから作り置きしといた。そういうわけだけど、何か感想は?」

「こんなだらしない姉のためにありがとうございます」

「よろしい」


 イキってすみません。

 というか休日なのにどれだけのタスクをこなしてるんだこいつは。


 リラは今年から受験勉強を始めた。

 優秀な魔族が集まる魔帝学院へと進学するらしい。

 しかし今までの習慣や鍛錬も欠かさず、その上で勉学にまで取り組んでいる。

 いかにサボれるかを考えているわたしとは対照的だ。

 

「はいはい。じゃあ起きるから、ちょっと部屋から出て」


 その時だった。


「――おや、少し間が悪かったかな?」


 扉の前の人物に、わたしはフリーズする。

 

「プライベートに踏み込んでしまったようですまない。リラ君、私は待っても良かったんだがね」

「お見苦しいところをお見せして申し訳ありません。ただこれでも当主代理です。急な来訪にも慣れてもらわないといけませんので」

「これは手厳しい」


 はっ!

 フリーズが溶けたわたしは、リラに抗議する。


「客人いるなら先に言ってよ!!」

「あたしに悪態吐くよりも、まずはお客様への挨拶が先ではありませんか、お姉様?」

「うぐ……っ」


 こいつう……!

 確実にわたしの反論を許さないよう、逃げ道をふさいできやがる。

 

 形だけでもやるしかない。

 寝巻きで髪もぼさついてるが、腰を落とし頭を下げる。


「ようこそおいでくださいました。当主ブラス・フィーベルに代わり、不詳ながらわたくしミラ・フィーベルめが歓迎させて頂きます」


 その客人は父の昔からの知己であり、父と張り合うことが出来た『魔王』。

 竜族の王――ガリウス・ドラグーンその人である。

 

 

 

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