第3話 今の迷宮攻略


「あああ!!!」


 ジタバタとベッドの上で悶える。

 勢いで啖呵切ったけど、これからどうするんだよ!


 最強の『勇者』なんだろ!?

 そんなのわたしなんかが倒せるの?


「まあ、後悔はしてないけど……」


 現実としての課題を無視すれば、気持ちはすっきりとしている。

 あのときのわたし、絶対かっこよかったよね?

 それに珍しくあいつの、セインの動揺する顔を見られたし。

 まあ、いったんは満足している。


「さてまあ、現実をみますか」


 調子に乗ってる場合ではない。


 今のわたしは、なにもかもが足りてない。

 正式な『魔王』になるには迷宮の設備と、部下……仲間?

 どちらにせよ、同士が必要だ。


 付け加えてわたしは知識もない。

 実践経験も乏しい。


「逃げちゃダメだ……」


 ずっと観るのが怖かった、迷宮ダンジョン攻略の配信。

 それに今、挑戦しようと思う。


 電子端末を起動して検索すると、タイミングよく始まったばかりの迷宮攻略が配信されていた。

 かなりの同接数だ。

 

「えと、ハーピー族か。あんまり知らないし、ちょうどいいよね」


 Aランクのダンジョン。

 最高難易度であるSランクの迷宮はその数が限られている。

 今の魔族にとって大事な役割を担ってくれているのは、この人たちだ。


 学べることはきっとあるはず。

 そう気を引き締めて画面に向き合ったとたん――

 

「麗しきエンジェル達よ、今日も堕天の準備は出来ているかな?」


 黒い翼を広げた長駆の男が、悠然と空からカメラ目線で現れる。


 そして同時に、コメントが沸き立つ。

 応援もだけど、よく分からない定型とかがとにかく凄まじい勢いで流れていく。


「ええ? なにこれ?」

 

 どうやら彼の視聴者、リスナーは"エンジェル"と呼ばれているみたいで、堕天したリュミエルさんを天界から監視している。

 という設定らしい。

 なんというか、劇場型な配信なんだな。


「疑問を抱くな、無になるんだわたし……」

 

 小さい頃に少しだけ見たダンジョン配信の記憶ではもっと生々しいというか、ああしろこうしろと罵詈雑言が飛び交う無法地帯みたいなものだった。

 それが怖かったのも、配信を敬遠していた理由だ。

 

 ただ今はこう、娯楽エンタメに振り切っているというか。


 勝敗よりも注目されること、スター性を追い求めた結果が、今のスタイルってことか。

 別に否定はしないけど。

 平和なのはいいことだし、それで喜んでくれる人が多くいるのだから。

 ただ中々、ノリにはついていけない。


「お、やっと始まった」


 長いパフォーマンスが終わり、迷宮攻略が始まった。

 冒険者はB級上位で、昇級がかかった一戦。

 空から襲いかかるハーピーに対し、冒険者は苦戦していた。


「地に足をつける人間が、僕を堕とせるかな?」


 リュミエルさんはポエムをささやき、その度コメントも盛り上がる。

 正直ついていけないが、ただ迷宮の造りには目を引かれる。


「凝ってるなあ……」


 雲一つ無い青空――その天空に架かる半透明な広間に階段。

 空を生きるハーピーならではの様々な工夫が施された造りには脱帽する。


 そうこうしているうちに、冒険者は頂上にいるリュミエルさんと対峙する。


「ようやく……たどり着いたぞ。さあ勝負だ、堕天使リュミエル!!」


 四人組の冒険者の内三人は脱落し、ただ一人だけが残った。

 一対一の、最終局面。


 盛り上がりは最高潮に達していた。

 ――けど。


 わたしはどうしようもなく、冷めた目でしか見れなかった。


「こんなのただの……茶番じゃん……」


 盤面を支配していたのはリュミエルさん。

 配信を盛り上げるパフォーマンスの裏で、この人はしっかりと頭の中に台本を描いていた。

 冒険者は気づいてないみたいだけど、この状況は入念に思い描かれ、作り上げられた台本。


 そしてこの後の決着も、きっと決められている。



「ふっ。中々楽しかったぞ、人間」


 結果はリュミエルさんの辛勝。

 冒険者はたった一人でも諦めず相手に食らいついたが、一歩届かず敗北。


 そんな都合の良い熱戦は、リュミエルさんの思惑の範疇。

 ……これで、いいの?


「これが今の、迷宮攻略なの? こんなのが……」


 盛り上がるコメントが流れる。

 しかしそこに、釘を刺すコメントが投下される。


『どうせセインちゃんには勝てないくせに』


 いや、よく見てみれば同様のコメントはちょくちょくと流れているのだ。


『A級が調子のんな』

『イキってて草』

『内心めっちゃびびってそう笑』


 心ないコメントは少なからずある。

 リュミエルさんが悪いわけでは、決してない。

 リュミエルさんは現状を分かった上で、道化を演じているのだ。


 なんとなく想像はしていたけど。

 セインの軌跡が残した影響。


 それをわたしは改めて、実感したんだ。



「というわけで、あんたって凄いんだってことは理解したよ」

「そんな褒められるとこそばゆいな」

「いや褒めてない。悪い意味での凄さを、わたしは理解したよ」

「朝から攻めてくるね。こそばゆいじゃないか」

「無敵すぎるでしょ……」


 そのポジティブさは尊敬する。

 成りたいとは微塵も思わないけど。


 とはいえ、こんな会話もなれてきた。

 なんとなく心地良さも……感じないけど。


「セイン様。少し良いでしょうか」


 そんな時、一人の人物が割って入る。

 金色の髪を高い位置で、両側で結っている、碧眼の人間。

 フラン・リワール。

 わたしは彼女を知っている。


「なにかなフラン。大事な話なら場所を移すけど」

「いえ、ここでいいです」


 "獄炎"の『勇者』――フラン・リワール。


 S級パーティーはメンバーが揃ってS級の迷宮を攻略した場合に認定される。

 対して、『勇者』を冠するのは単独でS級の迷宮攻略が可能だと判断された場合。

 彼女もまた、天才を超えた異才。

 要注意人物の一人として、わたしは事前に認識していた。

 

 百年に一度と言われる逸材と、十年に一度と言われる逸材が揃ったクラス。

 胃もたれするわ、バランス考えてよほんと!!


 そんな風に考えていると、彼女はわたしをギリッと睨みつける。

 こ、こわい……。


 わたしがドキドキしながら固まっていると、彼女はその青い瞳をセインの方へ移す。

 そして彼女は、衝撃の発言を投下した。


「セイン様!! ここにいるこの女と――――別れてくださいっ!!」


 へ?




 

 

 

 

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