第7話 リリー・ドラグーン(後)
訓練所にて、わたしは対峙する。
目の前にいるのは数多の冒険者を屠ってきた、最強の竜人。
緊張が走る。
けれど、かつてのような恐さはない。
「胸を借りるつもりで、挑ませて頂きます」
とうの昔に引退し、今はただの娘大好きパパでしかない。
もちろん、手を抜くことはない。
全力で、慎重に、勝利を手に入れる。
「両者、準備はよろしいか」
セバスの立ち会いの元、わたしとガリウスさんは構える。
そして合意の後、セバスは開始の合図を高々と上げる。
「始め!!」
訓練所が、戦場へと変わる。
わたしは後退しつつ、まずは様子見に徹する。
丁重に、相手の出方を分析する。
そう、丁寧に――
「え?」
瞬きをすると、そこには巨大な影。
『竜王』は既に、わたしの前に君臨していた。
「舐めるなよ、小娘」
足が、思考が止まる。
気圧されるって、こういうことなんだと。
そんな自分が、どこか他人事に感じた。
「――っ!!」
違う、応対しなければ!!
鋭利な竜の爪が首元へと近づく中、わたしは思考を巡らせる。
「いや、まだ、まだわたしは……!!」
諦めるな、まだやれる。
そう、まだ!!
まだ……なにが、できるの?
「あ……」
気づいた時には、わたしの首に巨大な爪が突き立てられていた。
「ガリウス・ドラグーン殿の勝利です。お見事でした」
「いや、退屈だったよ」
勝敗は、残酷までに明白で。
何もかもが、凌駕されていた。
勝負にすら、なっていなかった。
「とても残念だよ。君にリリーは託せない。託す価値がないと、私が判断した」
当たり前だ。
真面目にやるなんて方便だ。
死ぬ気でやらなければいけなかった。
「リリー、帰るぞ」
「でも……」
「これだけは譲れん。任せる相手を間違えれば、お前の才能が腐るだけだ。それをオレは、認めない」
『竜王』が、そこにはいた。
いなくなってなどいなかった。
踵を返すガリウスさんに連れられるリリーちゃんは、わたしに訴えかけていた用に見えた。
諦めないでと。
分からないけど、何かがわたしを突き動かしていた。
「まってください!!」
わたしの叫びに、ガリウスさんは立ち止まる。
「まだ何かあるのかな?」
「あの……泊まって、いきませんか?}
「ん?」
「あの……その! セバスの料理は一流ですし! 大浴場は広いし、月が見える露天もありますし! 夜の庭園もまた壮観で格別ですし!! 折角だから!!」
「ふむ……」
ガリウスさんは逡巡し、その意味を理解する。
「次は私を、満足させてくれると?」
「っ!! はい、必ず!!」
いいだろうと、ガリウスさんは乗ってくれた。
ふう……。
機会は作った。いや、作ってくれたのだ。
後はただ、かの『竜王』を満足させられるかどうか。
このままでは終わらせない。
満足させるなんて生温い、わたしが求めるのは、勝利。
『竜王』は、わたしの獲物だ。
◇
もぞりとした感触を覚え、わたしは起床する。
リリーちゃんがわたしに抱きついていたのだ、かわいい。
竜人なだけあり、こんなに小さいのに力は強く離れない。
まあ、いいか。
しばらくすると、彼女は目を覚ます。
「……おねえさん、おはよう」
「うん、おはよ!」
「きのうはねれた? いやじゃなかった?」
「いや全然大丈夫! むしろ若返ったような気さえするよ」
「?」
昨日はずっといっしょに過ごした。
一緒にゲームしたり、お風呂に入ったりして。
楽しかったし、かわいかった。
無邪気に振り回された割に、とても充実していた一日だった。
そして、再戦もリリーちゃんに見てもらうことにした。
どんな結果になったとしても、それでもわたしの勇姿を見て欲しい、付いてきて良かったと思って欲しい。
だから……わたしは勝たなければならない。
「おねえさん、かってね。おとうさんをぼこぼこにしていいから」
物騒な言い方だけど、でも任された。
「うん、わたしをしっかり見ててね」
◇
「娘と仲良くしてくれて嬉しいよ。しかし残念だ、君の崩れる姿を見せるのは心苦しいがね」
「約束しましたから。リリーちゃんもご覧になっていますし」
「それを私に言うのは、随分と強気じゃないか」
「これはわたしにとっての戒めです。この場で貴方を超える、その為の」
『竜王』はその顔を覗かせてわたしを見据える。
「やってみろ、小娘が」
――――
開始の合図は、セバスがその腕を振り下ろした時だった。
静かな始まりに、わたしはもう遠慮はしない。
実直に、殺す気でいく。
竜人は竜の血を引く種族。
人の姿でありながら、竜の姿になることも出来る。
大昔の人魔戦争の頃は竜としての側面が強く、次第に彼らは人の姿を取っていくようになり、竜になることを忘れる者も少なくなかった。
……話が長ったらくてあれだけどさ。
つまりは、人の姿になることが主になった今、竜と化すのは時間が掛かる。
「さあ、どう――」
「舐めるなって、言わせてもらいます」
「……っ!!」
何のために、この忌々しい英才教育を受けてきたか。
その嫌という気持ちが、わたしの源だと。
教えてやるよ、『竜王』!!
「
黒い何かが、束になって『竜王』を貫かんとする。
それは躍動する血が、魔力として変化することによって起きる変化の末の、その姿。
フィーベル家は様々な種族の血が混ざり合った、異系交配の果ての特殊な一族。
詳しくはわたしも知らないし、何度も言うがわたしは自身に流れる血が、本当に大嫌いだ。
だから、その使い方だけが分かればいい。
「ふむ……」
その一撃を受け、ガリウスさんは後退する。
「!!」
直後、竜が見えた。
――ガガガガガ!
わたしを否定するように、それを正面から受けながら前進する。
「足りんな、力が」
「だから、舐めんなって言ってんでしょ」
この力の真髄は、その状態の変化にある。
黒く染まったそれは、何も流れていない、何も生きていない常識外の産物。
まあだから、こういう事もできる。
黒いそれは、その姿を粒状に。
そして相手の周囲で、凝固させる。
身動きを封じられた『竜王』は、感心したように言う。
「器用だな。父親譲りの才だ」
「ぜんっぜん嬉しくないのでやめてください!!」
反抗期とかじゃなく、本当に嫌だから!
いや、そうじゃなくて!
これはフィーベル家の血が成せる、基本の力。
まだ足りない。まだまだまだ――!!
全力だ、全力での瞬間風速を叩き出せ。
「
「く……ッ!!」
熱を帯びた竜の腕は一振りで、周囲が更地になる程の威力だった。
「一瞬で壊されるとか、わたしの大切な血液なのに」
「君にとってはただの一滴が、あの物量に還元されているだけだろう?」
「知られてますか」
「ブラスの奴が自慢げに語っていたのでな」
「あのクソ親父!!」
「さて、終わらせようか」
『竜王』がわたしへと距離を縮める。
昨日見た光景だ。
――もう見た光景だ。
「昨日よりは楽しめたよ。けれど想定の域を出ない。これではリリーを任せることは出来ない」
「あんたなんかが、わたしを測るな!!」
わたしは、わたしは……!!
「最強の『勇者』を倒し、魔族の玉座に座る存在だ!!」
「何を……くっ!!」
琥珀色の瞳が、その輝きを増す。
魔眼――相手の動きを封じる、わたしの切り札の一つ。
わたしの魔眼は目を合わせる必要がなく、視界に入れるだけでいい。
それだけだと最強に聞こえるかもだけど、言ってしまえばこれは一定の魔力で相手の身動きを封じるだけのもの。
それ以上の魔力をぶつければいいだけの、最低保証に過ぎない。
さあ、手札は使いたくないもの以外切った。
後はどうするよ、『竜王』。
わたしとしてはこれ以上、無益な戦いは……ってもう。
完全にスイッチ入っちゃってるじゃんか!!
「久々だな、この高揚感は!!」
「で、この危機的状況はどうされるおつもりで!?」
「これが危機だと、笑わせるなよ?」
――ゴウッ!!
吹き荒ぶ魔力の風が、手枷を破壊する。
「さあ再開だ! オレも少し、本気で行こうか!!」
これだけやって、まだ底が見えないのか。
「……っ」
足が震える。正直、恐い。
本当に、わたしはこの『竜王』に勝てるのか?
そんな時、声がした。
「まけないで!!! おねえさん!!!」
遠目から見ていたリリーちゃんが、わたしに向かってそう叫んだのだ。
たったそれだけで、震えが止まった。
「あははっ!」
簡単な生き物だな、わたしってやつはさ。
「手管はまだあるのか?」
「……この力だけには頼りたくなかった。だけど、これもわたしの力だから」
「そうか、使えるのか……!」
使わなければそれでよかった。
使いたくなかった、呪われた血の代償。
この力を今度はちゃんと、リリーちゃんの為に使おう。
「『
力と力が激突し。
そして、勝敗はここに決したのだった。
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