第8話 "獄炎"の『勇者』

 

 勝負の後、わたしは思いっきり頭を下げる。


「さっきは舐めた口聞いてすみませんでした!」

「頭を上げなさい。君の言葉は口先ではないと、私を下し証明したのだから」


 確かに、わたしは勝利した。

 けれどガリウスさんも迷宮攻略と違って生身での勝負。

 それにこの狭い空間では完全な"竜化"は出来ないし、かなりの制限があっただろう。


「こんなの勝利とは言えませんよ。ガリウスさんが全力を出せば、わたしなんか……

「それは当然だろう」

「い。いやあ……! わたしなんかが本気を出せば、もっと簡単に勝負は付いただろうなあ!!」


「ハハハ」

「あはは」


 乾いた笑いが響く。

 まあ、ただの見栄なんだけど。

 本気の竜はその規模も、威力も桁違いだ。

 わたしなんて、あっさりと食われていて終っていただろう。


「おねえさん……おねえさんっ!!」


 そこへ駆け寄ってきたリリーちゃんが、わたしに向かって勢いよくダイブしてくる。

 

「うおっと!!」


 頬をすりすりと擦り付けてくるのは、愛情表現の一種なのだろか。


「リリーちゃん。わたし今ばっちいから離れ……てかいたいいたいいたい!!」

「あ、ごめんなさい」


 申し訳無さそうに離れるので、代わりに頭を撫でてあげる。

 されるがままに撫でられ、たちまち機嫌が直ったみたいだった。


「でも、本当にいいの? わたしなんかで」

「うん、おねえさんがいいの」

「でもわたしはだらしないし、まだ仲間もリリーちゃんしかいないくらいだよ?」

「うん、それでもいいの」

「でもお」

「しつこい」

「あ、はい。ごめんなさい……」


 幼女に窘められ、うなだれるわたし。

 情けない当主でごめん。


 でも、そうだよね。

 自分を卑下するのも、ここまで慕ってくれるリリーちゃんに対して失礼というものだ。


「分かった。リリーちゃんが期待してくれるような、そんな魔族になるから。」


 リリーちゃんの協力を仰ぐのは、本格的に迷宮へと着手し始めてから。

 まだ先になっちゃうとは思う。

 だから――


「その時まで、リリーちゃんも負けないくらい強くなっておいてね」

「おとうさんより、強くなる!!」

「うん、その意気だ!!」


 こうして、わたしは大きな困難を乗り越えた。


 しかし、一息つくのはまだ早い。

 目下わたしに待ち構えている問題。

 言わずもがな、学園生活に関してのことだ。

 

 特に、フランさんについて。

 "獄炎"の『勇者』と、そう呼ばれる彼女と、わたしは分かり合うことができるのか。

 無理に分かり合う必要がないと割り切るのは、違うと思うから。


 それが出来て初めて、わたしは『魔王』としての第一歩を踏み出せる。

 そんな気がする。



 教壇に立つのは、我らが担任――アステラ=レイル先生。

 長い髪はひどく乱れていて、目の下にはいつも大きな隈がある。

 日常生活が心配になるが、教員に就いてずっとこんな感じらしいので大丈夫なのかもしれない。

 少なくともわたしの学園生活の間は【訃報】……なんてことにならないように頑張って生き抜いて欲しい。


「……諸君。が迫っている。四人一組で、各自こちらが選んだ迷宮へと挑んでもらう訳だが」


 この学園における、最初の関門。

 四人一組になり、迷宮攻略へと挑む。

 このクラスは冒険者や、それに関する職業への進学を目標としている人たちが集まっているので参加は必須。

 ただ迷宮の難易度は高く、例年合格する班はほとんどいないらしい。


「まあ、安心しろ。これはただの腕試し、もとい私の人体実験に過ぎん。負けて泣きわめいても誰も責めんさ。くく」


 薄気味悪く笑って、朝のホームルームが終わる。

 一限は先生の授業のはず、なんだけど……。


 アステラ先生の授業は、基本的に自習。

 偶にやってきては、数週間分を一気に押し詰めるように流し込むので頭が混乱する。


 問題しか無い態度だが、それは彼女の専攻が霊象科学であることに所以する。

 つまり霊体アバターについての研究での功績のおかげもあって、それが許されているらしい。

 加えて、霊体が正常に機能するかの確認も兼ねて先生の存在は必要不可欠なんだとか。

 まあわたしたちをモルモット扱いしてる時点で間違いなくおかしな人物なんだけど。


「――ミラ」


 喧騒の中でもはっきりと透き通る声で呼ばれ、わたしはその方を向く。


 見るとセインが、教室の隅で手をこまねいていた。

 ああ、そうだったね。

 

 ぶっちゃけ言って気が乗らないが、やるしかない。

 臨間学校が話題に上がったいま、それに乗ずるのだ。


 剣呑な仲の二人を繋げるのは、吊り橋効果。

 共に危機に直面し、それを乗り越えることで絆が芽生える。


 そう簡単にいくとは思えないが、立案者はセインだ。

 その上当人は特待生かつ必要がないため免除。


 いい立場だよ全く。


 上手くいったらわたしのおかげ。

 失敗したらセインのせい。

 そのマインドを、大事にしていこう。


 フランさん攻略作戦、開始だ。



 踊り場にて。

 わたしとフランさん、それをニコニコと眺めるセインの三人が集っていた。

 空気は最悪だ。


「セイン様、話ってなんでしょうか」

「話があるのは私じゃなく彼女の方だよ」

「話になりませんね」

「提案したのは私の方だよ?」

「……聞くだけなら」


 大丈夫なんだろうな?

 今一度確認の意味を込めて、セインの方を見る。


 わたしの視線に気づくと、彼女はパチっとウインクで返す。

 本当に信頼ならないアイサインだが、ここまで来て引くわけには行かない。


 わたしは勇気を振り絞り、告げる。


「あの! わたしと一緒に、パーティーを組んでくれませんか! あ、その、臨間学校の……です」


 なよなよしく、消え入るような声は響くことすら無い。


 ……やはり、だめか。

 そう思いかけていたのに。


「まあ、いいわよ」

「へ?」

「何よ」

「いえ、何でもないです」


 意外にもあっさりと了承してもらえるとは思ってなかったので、逆に戸惑ってしまった。

 デレ期……なわけないよね、めっちゃこっち睨んでるし。


「どうせ誰と組んでも同じだし、足を引っ張る真似だけはしないでよね」

「それはこっちのセリフだ、と彼女は思ってるね」

「何ですって?」

「いや理不尽……っ!!」


 こいつ、まさかわたしの宿敵か……!?


「まあ、いいわ。ただこれだけは伝えておく。……私は貴方を認めない。絶対に」


 淡々とそう言い残し、去っていくフランさん。

 本当に勘違いしようのないくらい、感情の起伏もない態度だった。


「君のフラン籠絡作戦も、中々好調なスタートじゃないか」

「殺伐としたままだし、その作戦名は悪意が感じられるんだけど」


 でもまあ、セインが間に入ってくれたので話が円滑にまとまったので加点をあげなくもない。

 同時に、セインのせいでこんな関係になっちゃってるわけだし減点、感謝は見送らせて頂く。


「勘違いしないでほしいんだが」

「なに、ツンデレ?」

「そういう趣向なら――――言っとくけど、勘違いしないでよねっ!」

「うっわ」

「その反応は流石に傷つくな……」

「ああ、ごめん」


 だって本当に自然だったもん。

 急すぎて脳の処理が追いつかなかったわ。


「で、なにさ」

「フランはべつに、君のことが嫌いなわけじゃない。私と君との関係が気に食わないんだよ」

「なんなの、流行ってんのツンデレ? 『セイン様みたいな可愛げのない人より、あの子の方が愛らしくて素敵です! だから別れてください!』、ってこと?」

「君けっこう図々しい部分あるよね」


 あんたに対してだけだ、とは言い掛けてやめた。

 これじゃわたしの方が……本当に、あれだし……。


「単に彼女は、他人に興味がない。それは彼女の生い立ちが大きく起因している訳だが」

「へえそうなんだ。大変なんだね」

「言っちゃなんだが、気にならないのかい?」

「そういうわけじゃないけど。わたしも魔族だってことを隠してるわけだし、何でもかんでも分かり合おうとすることがいいことってわけじゃないでしょ」

「……君のそういうところは、素直に尊敬に値するよ」

「わたしも、自分のこういうところは嫌いじゃない」


 同情をされるのが嫌な訳じゃないが、憐れんで欲しいわけじゃない。

 それに、他人のセンシティブな過去を又聞きするのも気が乗らない。


 フランさんが自分からそれを口にしてくれるなら、わたしは聞いてあげたいと思うけど。


「で、わたしはどうすればいいの? どうやってフランさんを攻略……じゃない。フランさんと仲良くできるの? フランさんは他人に興味が無いってわけじゃないって性格じゃないんでしょ?」


 セインには本当に尊敬の念を向けているみたいなので、たぶんハードルが高いだけで攻略できないわけはないはず!

 なんだか失礼な物言いな気がするが、たぶん気のせいだろう。


「どんな形であれ、彼女に意識させるのさ」

「どうやって?」

「それくらい自分で考えなよ」

「はあ? 提案したのはセインの方じゃん!」

「機会は作った。わたしが無理に介入しても拗れるだけ。それとも何かな、私が全てやってあげないと、君は何も出来ないのかな?」

「うぐっ!!」


 目を細める彼女に、わたしは言葉に詰まる。

 そう、かもしれない。

 いや、そうだ。

 わたしたちは対等でなければならない。

 一方的な関係は、わたしだって望んじゃいなかったじゃないか。

 

「なに、心配はいらない。君は私に、その存在を刻み込んだ。同じ様に、フランにとって君という個人を意識させる――いや、君が主役の演目、その舞台に、彼女を無理矢理上がらせてやればいい」


 遠回しだが、ニュアンスは伝わる。

 それは酷く自己中心的だが、なればこそ玉座に相応しい考えなのかもしれない。


 なら、そうだな。


「最強の『勇者』までの、前座とか?」

「! それはとても、心が踊るね……!」


 彼女は目を見開いた後、含み笑いで返す。

 そうだな。

 望んだ答えなんて、出してやらない。


「ただ一つだけ、君に箴言を授けよう」

「へえへえ、ありがたく拝聴させてもらいますよ~」


 その時のセインと交わした話は、綺麗事だと言ってしまいたい内容だったけど。

 ただそれが後で、わたしの中で意味を持ったのだから――

 少しだけ、感謝はしておきたいと後々思うことになったのだ。

 




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