第9話 臨間学校①(始)
パーティーでSランクの迷宮を踏破すると、『勇者パーティー』として認定される。
これとは別に単独でSランクの迷宮を踏破すると、『勇者』として認定される。
この二つには大きな隔たりがあり、フラン・リワールは『勇者』である。
現在、多くの名のある『魔王』が引退し、Sランクの『魔王』の水準は下がり。
また複数の『魔王』がコラボという名目で徒党を組み、Sランクとして扱われることも増えた。
結果、『勇者パーティー』はその数を増やした。
が、それでも『勇者』は依然として少なく、ただの五人しか存在しない。
セイン・ヴィグリッドに否があったわけではない。
むしろ彼女が革命を起こす前から、迷宮攻略は商売として、娯楽としての側面が強くなりつつあった。
強いだけではなく、様々な冒険者の在り方が肯定されるようになりつつあったのだ。
だがその潮流の中では、彼女は異端とされた。
彼女は骨の髄まで炎で出来ていた。
消せども消えない、連綿なる炎。
とどまることの知らないその勢いは、近づくものに飛び火し、燃やし尽くしてしまった。
彼女は生まれる時代を間違えた。
一騎当千が"善"とされた時代なら。
命を懸けた戦いをしていた時代なら。
けれど彼女が生まれた時代で、尖っていることは"悪"であり、彼女は弱くなることを望まれた。
弱くなれない彼女に、世間は出来損ないの烙印を押した。
そんな彼女を、たった一人の少女が認めた。
たった一人で、完結した存在。
それを受け入れられた存在が、唯一彼女を認めた。
――故に、今の彼女は"獄炎"と呼ばれる『勇者』となり、至上を求める。
そして他に縋ることは、彼女にとって敗北となったのだ。
◇
四人でパーティーを組む必要があったわたしたちは、あと二人のメンバーが必要。
しかしそれは案外簡単に解決した。
『勇者』というブランドは、やはり強いと実感する。
だた相手が、そのねえ?
「ねえダーリン、あーしこわいっ!」
「大丈夫、君は僕が、命に変えても守ってみせる……!」
「きゃー! ダーリンすてきっ!」
アンナ・リリエットさんに、イース・レンシアくんのペア。
こういうのを、バカップルというのだろう。
正直苦手、というか接したことがないタイプだが、仕方ないというやつだ。
いや、よく考えてみればこれはチャンスかもしれない。
もちろん、フランさんと仲良くなれればそれに越したことはない。
が、正直彼女は相当に心の壁があるように感じる。
ボスクラスにいきなり挑む必要はないのだ。
そういうわけで、わたしは勇気を出して話題を振る。
「あの、二人とも冒険者志望なの?」
「は? 話しかけないでくれる? セインさんの傍付き風情の癖して」
「いや、別にわたしは……」
「それ以外に何があんのよ。ねっ! ダーリン!」
「え? あ、ああそうだね。正直僕も、君の印象としてはアンナに近い。互いのためにも、無理に仲良くする必要はないんじゃないかな」
せっかく勇気を出したのに、酷い言われようだ。
なんでこんなわたしに当たり強いの?
慰めて欲しいという意味も込めて、今度はフランさんに声を掛ける。
「フランさん! えと――」
「貴方には何も期待してないから」
「いや、わたしもできることが」
「何も期待してないから」
「……」
あの、この人たち味方だよね?
なんで四方八方敵しかいないの?
いや、厳密に言えばフランさんも周りと接しようとしていない訳だが、他二人はフランさんに対しては顔色を伺うような態度だ。
まあ、それ目当てでパーティーを組んでくれたわけだしそりゃそうか。
クラス内カーストってやつをひしひしと感じながら、わたしたちは木々の中を進む。
今回わたしたちが挑むのはA級ダンジョン――『獣王』ウイガルさん率いる獣人の迷宮。通称『
獣人は見た目からして獣の特徴が色濃く出たタイプと、人に近い見た目に獣の特徴が付随したタイプの二種類が存在する。
優れた五感と、それを活かした身体能力。
竜人は個として優れていたのに対し、獣人は群れとして優れた種族。
油断してると、一気に足元が崩される恐怖が付きまとう。
「せめて、戦略くらい……」
「私が散らすから、貴方は何もしないでいいわ。死なないでくれたら結構だから」
「協力してこそ、攻略じゃないの?」
「最も効率のいい方法こそが攻略でしょ」
存外に、戦力外通告をされたのだ。
いや、わたしに限った話ではないのだろう。
彼女にとっては、他人に戦力としての期待をすることが間違いであると。
自分だけの力にこそ意味があると、そう本気で思っているのは伝わってきた。
でもこれじゃあ、埒が明かない。
下手に出てばかりでは駄目だ。
無理にでも、話をしてもらう。
「フランさんはその……強いのかもしれないけど、最強の『勇者』じゃない。セインとは……違うよね」
「は?」
彼女の目つきが、威圧的なものに変わる。
「わたしの魔術は繊細な動かし方も出来る。フランさんで足りないところを――」
「うっさい!! 黙って私に従ってればいいの!!」
もう、いいよ。
何を言っても埒が明かない。
わたしの付け入る隙なんて無い。
勝手にすればいい。
そんな不和の最中、木々がざわめくのを感じた。
「え!?」
声を上げたのはアンナさん。
既に獣人の群れが、わたしたちを取り囲んでいたのだ。
だいぶ多いな。
いつの間にここまで近くに……!
気配はなんとなく察知していたが、これほどの数とは読めなかった。
さすがにA級を冠するだけあって、一筋縄ではいかない。
「アンナ、僕の後ろに隠れていろ! 僕が」
いや、遅すぎる。
イースくんが剣に手を掛ける時には、獣人は既に動き出している。
「殺れ」
狼の獣人が命ずる。
わたしも、正体がバレない範囲で応戦を――
そんな両陣営の思惑を、ただ一人が消し飛ばした。
次の瞬間、襲いかかる獣人の群れが一気に炎に呑まれたのだ。
「す、すご……」
周囲の木々が燃え尽き、視界が開ける。
これをほぼノーモーションで、やってのけた。
わたしを含め、三人が呆然とその光景を前に自失する。
「さすがは『勇者』といったところか」
対して狼男は、後退し回避していたようだ。
それだけで、実力者だということは理解できる。
「どうでもいい。それで、まだ何かあるの? あるなら早くしてよね」
狼の獣人はその問いに、ふっと笑みをこぼす。
「気づかないか? やはり評価は取り下げだな」
「なにを……くっ!!!」
何かが、フランさんにぶつかった。
それは全員の認識の外、一瞬の出来事だった。
その犯人は、猫耳を生やした獣人。
彼女は口角を上げて、フランさんを挑発する。
「せいぜい楽しませてくれよ、ユウシャさんよお!?」
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