第21話 魔力測定のお時間
「少し、お邪魔してもよろしいでしょうか」
同じ生徒の制服を着た、この学園の生徒。
見られた、聞かれた。
もうお嫁にいけないよお……。
「魔王様。いかがいたしましょうか」
「いやもういいって! 逆によくできるな!!」
なんで人前でプレイ続行できるんだこいつ。
いや、公の場でノリノリだったわたしが言えることではないけれども……!
「で、なんの用かな。ミラへの用なら、私を通してもらうけど」
こいつは私のマネージャーかなにかか。
「そうですね。いや、申し訳ありません。自己紹介が遅れました。
……フィーラ。
偶然にも、私が名乗っていた家名と同じだ。
いや、私の場合偽名だったわけだし。
本当のフィーラさんを前に、申し訳なくなる。
「ミラ・フィーベル様。私は――」
「彼女への話は、私を通してっていったよね」
「ちょ……ふざけてる場合じゃ」
言いかけて、わたしは思わず口を噤む。
彼女の横顔が、剣呑なそれであったからだ。
「そう……ですよね。私なんかが気軽にお話していい相手ではないですよね。ミラ・フィーベル様は」
「彼女の価値を高く見積もっているのは評価するよ」
ごくりと唾を呑む。
暗にマナさんは、最強の『勇者』よりわたしを優先したのだ。
わたしにそこまで尊敬の意を向けてくれる理由は分からないが、同年代なのに相当肝が座っている。
対し、セインは提案を持ちかける。
「なら放課後、どこか落ち着ける場所で話を聞こう。それでいいかな?」
「フィーベル様を連れてくださりますよね?」
「もちろん。その時は、間に私が入る真似はしない」
さくさくと話が進んでいくので、わたしは異を唱える。
「ちょっと! わたしだって暇じゃない……かもしれないんだよ!?」
「なにか予定あるの?」
「……ないけど。今日はね」
明日も、明後日もないけど……。
でもでも!
最近はフランとゲームするようになったし、少しだけ華の女子高生に一歩近づいたよね??
そんなことを一人でぶつぶつと考えていると、話がまとまっていた。
「――では放課後に。よろしくお願いしますね、ミラ・フィーベル様」
「あ、うん……」
やけにわたしにこだわるし、変な子だったなあと思っていると。
セインが肩に手を置く。
「ぼさっとしない! 次は体育――"魔力測定"の時間だよ!」
「あ、そうじゃん! 遅れたらやばい!」
セインが話を後にした理由がわかった。
次の授業だけは(アステラ先生以外もだけど)遅れられない。
「はぁ……はぁ……」
グラウンドにギリギリで到着すると、鋭い瞳に睨まれる。
担当のハラスティア先生は、スパルタの極みだ。
私語なんて発するものなら、可変式の黒い鞭が飛んでくる。
前にアンナさんが友達に笑顔で話しかけたら、その頬を鞭が掠めた。
アンナさんは一転して、顔を青くして怯えていたことを覚えている。
「貴様ら、
静寂が訪れる。
「返事が無いが、本当に分かっているのか? おい貴様、分かっているのか!?」
射抜かれたのはアンナさんだ。
彼女はその場から立ち上がり、見たこともないほど背筋を伸ばして敬礼をする。
「はい!! イエッサー!!」
もう自分でもなにやってるのか分かってないんじゃないか。
それほどに、普段では考えられない所作をしていた。
ハラスティア先生は視線を外すと、こちらの方を見る。
「特に貴様だ。手を抜いたりするなよ?」
目が合った?
いや、そんなわけない、きっと気のせ――
パン!!
見ると、真横に鞭跡がくっきりと残っていた。
「貴様のことだ、ミラ・フィーベル」
あ、ああ……。
声を、声を出すんだわたし!!
「……はい」
「聞こえんぞ!! 腹から声をだせ!!」
「は、はい!!!」
聞こえてるじゃねえかよ。
なんでうちの学園はこう極端な人ばかりなんだ。
うちの担任と足して二で割ってくれないかな。
クラスメイトの視線がわたしに集まる。
まあ実際、魔族としてのわたしの能力が気になるってのも道理だ。
ただ、悪い気はしない。
魔族だとバレたいま、全力でやれる。
ふう、仕方ないな。
ちょっと本気でやってやりますか。
無双しちゃっても、恨まないでね?
◇
「セインさん……五百メートル……0.3?0.2? ごめん、計測が追い付かなかった……」
「フランさん、瞬間魔力放出量――カンストしてる……。すごすぎ……」
……はい、現実はこれですよ。
我がクラスの二大巨頭が無双していて出る幕がない。
「ミラさん、すごい体柔らかいねっ!」
「あ、ありがと……」
わたしとペアになってくれたクラスメイトの人は、こんなわたしでも褒めてくれる。
やさしい、すき……。
実際、わたしは魔力総量が多いわけでも放出量が多いわけでもない。
魔術においての魔力効率が秀でているのと、多彩な能力と工夫で補っているだけだ。
一通り計測が終わり、わたしは木陰で休む。
水分補給は大事だ。
ハラスティア先生は特製のスポーツドリンクを用意してくれていた。
なんか薄いのでわたしにとっては違和感しかないが、それをちびちび飲みながら独りごちる。
「……いいもん、べつに。こんなの実践とは何の関係もないし。せいぜい今のうちに調子付いておくことだな、くくく――」
「別にこんなので調子付いたりしないわよ……」
わたしの独り言に侵入してきたのは。
燦然と輝く、ぴょこんと少し外にはねたツインテールが特徴的な少女――フラン・リワールである。
聞かれたのが恥ずかしくて、なんか語り手みたいになっちゃったけど。
「あの……今のは」
「いいわよ。貴方ってそういうところあるのは知ってるし。それにそういうところが、私は……」
「?」
なにか言いかけて、フランは話を戻す。
「そう。別にこんなので勝った負けたなんてどうでもいいってこと。実際に貴方と戦った私だからこそ、それは間違いないから」
「はい……なんかすみません」
根本の、器からして違う。
イキってすみません……。
「それでも聞いておきたい。貴方、実際にセイン様の記録を見てどう思う?」
言いたいことは分かる。
フランはわたしが未だ、セインの実力を実際に観たことが無いのを知っている。
故に、それを問き質したのだ。
フランの魔力放出量を除いて、全ての項目で一位を叩き出すセイン。
あまり見れてないけど、傍目からして確かに規格外だとは思った。
「まあ、予想してたことだよ。そもそもわたしだって魔族の中だとそこまで秀でたほうじゃないしね」
比べるのがトップ層の『魔王』とはいえ、わたしが特に秀でた部分があるわけじゃないのはもう分からされている。
「でもわたしは、『竜王』に勝った。条件が限られてても、勝利を勝ち取った。大事なのは値なんかじゃないんだよ」
「――『竜王』、ね」
なにか思わしげに、フランは反芻する。
「フランは戦ったことって……」
「無いわよ。とっくに引退してたからね。私がここまで伸びたのだって、ここ一、二年の話だし」
「バケモンじゃん……」
「失礼ねっ!」
数年でここまで急成長したの?
天才かよ。
「……話を戻しましょう。ただ映像では観たことあるの。確かに今の私だと敵わないほど、圧倒的だった。全盛期の『竜王』とは、壁がまだ二つくらいあるように感じたわ」
「「DOF」で例えると?」
「難しいこと言うわねえ。えとね――」
まんざらでもない様子で話し始めるフランのツインテールが、風圧で一部消し飛んだ。
「貴様ら、いい度胸だな」
横から、ハラスティア先生が迫ってきていた。
逃げ……たら終わりだ。
「不利益な私語はやめろと、一体何度言ったら分かるんだ?」
固まるフランを見て、逆にわたしが落ち着いてくる。
そういうの、あるよね……。
「あの、何で分かるんですか?」
「私はどんな些細な無駄も見逃さん。どこにいても、常に私は監視している」
「え……」
ハラスティア先生は鼻を鳴らす。
「冗談だ。今だけは笑っていいぞ」
いや、笑えるか。
というか本当に冗談だよね?
「――先生」
フランがようやく動き出し、全く笑みの無い表情で尋ねる。
「なんだ、言ってみろ」
「先生は、不利益な私語。そうおっしゃいましたよね。つまり、そうでない場合は見逃すと?」
「フン。どう取ってもらっても構わん。ただ私の監視下では、優先すべき無駄は他にいくらでもあるからな。一々それに口を出す時間は無駄でしかない」
「ありがとうございます」
フランが何を尋ねたのか、わたしにはよくわからなかった。
が、先生は最後にこう残して去っていった。
「励めよ貴様ら。貴様らの挑戦が、世界の進歩なのだから」
「は、はあ……」
それっぽいことを言って、去っていくハラスティア先生。
「世界って、大げさだなあ」
「そうでもないわ。貴方が標榜してるのは、世界一の『勇者』を打倒することなんだから」
「うぐ……っ。それは」
痛いところをつかれる。
これ私語ですよね、助けてハラスティア先生!
「――――貴方、セイン様の映像。配信を観たことがないんでしょ?」
「それは……ちゃんと考えてるよ」
「そう。ちなみにセイン様が『勇者』となったとき――最初に挑んだSランクの
「し、しらないけど……」
「それが『竜王』――ガリウス・ドラグーンよ」
は?
当時のセインの歳は十一?十二?
どちらにせよ、最初の最高難易度の相手がトップに次ぐ玉座を守り続けた、ガリウスさん?
そんな……。
いや、ガリウスさんも油断してたのかもしれない。
もうリリーちゃんも生まれていた頃だ。
少女相手に、本気を出せなかったのかもしれない。
……違う、そうじゃないでしょ。
かもしれない、その可能性があったとしても、わたしは観なければいけない。
確かめることができるのだから。
フランははっきりと告げる。
「責務ではなく、貴方はセイン様を打倒したいと言った。なら、セイン様にちゃんと向き合ってあげないといけないんじゃない? お節介なことだろうけど」
「いや、そうだね、いつかじゃダメなんだ。今やらなきゃね。ありがと、フラン」
「べ、べつに……ただ、そう……あの……」
「?」
「どんなことがあっても、私は――手を差し伸べてあげられる。話は聞いてあげられるから……」
顔を紅に染めながら、瑠璃色の瞳がこちらを見る。
「…………え、と」
言葉に詰まる。
なんで?
ふつうに、ふつうに返すだけだ。
「う、うん……うれしい……よ」
掠れた声で、なんとか頷く。
急にそんなこと言われたら、誰だってドキッとするでしょ。
かつてわたしが投げかけた言葉を、フランが返してくれた。
それが、最後の後押しになった。
わたしは奮起する。
いいよ、やってやるよ。
目を背けてきたものに、向き合うよ。
最強の『勇者』の残した軌跡に、臨む。
――――だが、この時のわたしは分かっていなかった。
自身の言葉の重み。
本当の意味で、最強の『勇者』に向き合うということが、どういうことなのか。
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