第20話 最強の従者


「ここが食堂! テンション上がるなあ~」

「そんなに嬉しい?」

「だっていつもお弁当だし! あんたはいっつも囲まれてるからわたしは一人で黙々と食べてるんだよ? いや、セバスのお弁当は絶品だけど! でも、食堂で卓を囲むのは特別でしょ!」


 フランに関しては栄養だけ撮れればいいと、ゼリー飲料で済ませていた。

 それでもう充分らしい。


「また今度、機会があったらね」とのことだったが、それ絶対来ないやつじゃん。

 まあ、無理強いはしないけどさ。


 そういうことで――天然で少し癖のある、このカナビラの花のような色をした宿敵と食堂にやってきたわけだ。


「私はここですませることも多いからね。安心していいよ」

「そうだね。あんたいっつも誘われてるもんね」

「もしかして、寂しかった?」

「べつに? あんたが誰と何をしようと、わたしが知ったことじゃないし、どうでもいいし――」


 あれ? 何も言ってこない、いじられると思ったのに……。

 ちらっとみると、セインは顎に手を当てて考えているようだった。


「うん、今後は昼の時間も君を優先するよ」

「そんな意味でいったわけじゃないからいいって!」

「いや、私のためにね。フランは特に、君はもう放っておいたら次々と人を惹きつけてしまう。うかうかしてられない」

「……そんなわけないじゃん。何いってんの」

「自覚がないのが厄介だ。まあ、君の傍にいさせてよ」

「…………勝手にすれば」


 言ってる意味が分からない。

 ただ、これ以上は深堀りさせる気がないようなので聞かない。

 思考のリソースをこいつに使うのはもったいないし。


 それより、食堂を楽しもう。


「――すごい活気だねえ!」

「アドリア学園は王国一の学園だからね。シェフだって一流揃いだよ」


 厨房にはスキンヘッドで、顔に大きな傷がある男が異常の量のタスクをこなしていた。


「おめえら、仕事に油が乗ってねえぞ!! 気合い入れろや!!」

「「「オスッ!!!」」」


 なんか、ジャンルちがくない?

 明らかに歴戦の傭兵っぽい感じで、部下(?)の人たちも普通とは思えない風貌だ。


 うん、でも考えてみればセバスもかわいらしいフェルト刺繍が入ったエプロンで厨房に立っているわけだし意外でもない、か?


(まああれは、わたしとリラが昔プレゼントしたものなんだけど)


 ずっと使ってくれているのは、なんだか嬉しい。

 そんな当たり前に気づいてしまった。


「セバス……ううっ……」

「え、どうしたの?」

「いや、料理人って難しいなって……」

「なんだか違う方向性の気がするけど」


 セバスの料理が恋しい。

 ただ、今はこの食堂で我慢するとしよう。


「で、なにがおすすめなの?」

「食べたいものを頼めばいいよ」

「特になんかの気分って感じじゃないんだよねえ」


 メニューは豊富だが、それ故に悩んでしまう。


「その前に確認だけど。現金はもってるよね?」

「え、カードじゃダメなの?」

「ここは現金だけだよ」

「ええ!?」


 わたしはいつも、カードでネット注文するからそれが当たり前だと思っていた。

 そんなトラップがあったとは……!!

 魔族差別だ!!


「ふふ、でもね、こっちもそんなことで屈したりはしないんだよ」

「ええと、なんだか嫌な予感がするけど」

「こんなときの為に、お父さんから貰ってるんだよ! これを持っておけば、必ず解決するってね!」


 魔族だからってなめるなよ?

 財布から硬貨を取り出す。


「ほら! 現金でしょ!!」

「白金貨……あの、ボケてるのかよくわからないんだけど」

「? いやボケてない! 現金じゃん! ダメなの?」

「ダメだね。そもそも入らないけどそんなの入れたら過分すぎてお釣りでパンクするよ」

「マジか」


 そんな、人間界の相場とか知らないよ。

 いや、魔界の領地でも相場は同じなんですけどね……。

 ただ単にわたしの知識不足です、はい。


 セインはシンプルな財布を取り出す。


「君の価値観は今度矯正するとして、今回は私が奢るよ」

「いや、ダメだってそれは! そういうのは、ダメだって……」

「奢ったりするのも、友達らしいでしょ。ミラは臨間学校で、私の期待に応えてくれた。その礼の一環としてってことで――ダメかな?」

「そ、それは……でも」


 じゃあ、と。

 セインは声色を柔らかなものから。

 静かに、かつ鋭利なものに変えて所作を行う。


「今だけは貴方の従者として、仕えましょう――魔王様」

「…………え?」


 カーテシーも本当に様になるなあ。

 ……なんて、そうじゃなくて!!


「は、はあ? 急になにいってんの!? てか周りが見てるから! やめてはやく!」


 そんなわたしの耳元で、セインは囁く。


「お礼をさせて欲しいってこと。こういう趣旨、好きでしょ?」

「好き……じゃない! そういう問題じゃなくて……」

「最強の『魔王』を目指す君に、最強の従者。お気に召さないでしょうか、魔王様?」

「っ~~~~!!」


 だから、耳はやめてってばあ……。

 本気でそんな気分になっちゃうじゃん……。


「わかった、わかったよ! 今日だけはあんたに奢られてやる!」


 人がどんどんと集まってきている。

 これ以上長引くのはまずいので、わたしは言い渡す。


「なんか物珍しいものでいいから、適当に買ってこい!」

「かしこまりました、魔王様?」

「ああそうだよ、魔王様だよこんちくしょう!」


 わたしはさっさと離れると、端のテーブルを確保する。

 もう当初の趣旨とはかけ離れてるが、気にしない。


「こうなれば自棄だ、こき使ってやる」


 元より、セインと二人の時はこんな風に嫌な注目は集めていた。

 嫌なことに、慣れてきた自分が怖い……。


「ん?」


 ピコンと、メッセージがきた。

 リリーちゃんからだ。


『おねえさん、今度そっちにいくんだけど、寄っていい?』


 リリーちゃんとは、竜人の住む地域からは遠いので中々会うのは難しいがこうしてちょくちょくやり取りはしている。


 文字だけでかわいい……癒やされる。

 

『もちろんいいよ! 楽しみにしてるね!』


 既読が付いて少し時間を置き、メッセージが返ってくる。


『お土産はなにがいいですか?』


 たどたどしくメッセージを打っているのを想像して、わたしは微笑む。

 ちょうどいいタイミング、天使だよほんと。


「ええと」


 ――「リリーちゃんがお土産だから、大丈夫だよ!!」と、衝動的に打とうとしてやめる。


 そんなメッセージを『竜王』さんに見られたら終わりだ。

 無難に竜人の地域で有名なものを頼んでおいた。


 おそらく礼の作法を、ガリウスさんに教わったのだろう。

 こういうのは「いらないよ!」と返す方が相手にとっては困るものだ。


 私はおねえさんだからね、礼儀作法もばっちしなのだ。

 さっきの事を頭から投げ打って、私は胸を張る。


 ――そうしていると、器用に両手でプレートを持って現れる。

 今はわたしの従者らしい、世界の中心に存在するような美少女。


「おまたせいたしました、魔王様」

「うむ、ごくろう」


 ノリノリなわけではない。

 もうやるしかないのだ。

 いいよ、やってやる。

 『魔王』の度量ってやつを見せてやるよ。


「……で、なにこれ」


 出てきたのは小さな、肉まん?

 のような、皮で包まれた何か。


「南方から伝ってきた小籠包しょうろんぽうと呼ばれる一品です。物珍しさという点で、満足していただけたでしょうか?」

「そうだね。ゲテモノ料理とか、ただ珍しいだけのものを出されたら従者失格だったよ。その点では合格」

「満足いただけたようで幸いです。ではご試食ください」


 あんたが作ってないだろ、と思いながらも手にとる。

 中に入ってるものが


「あ……あっ……つ!!」

「中は熱いのでお気をつけください」

「はひにひへ(さきにいえ)!」


 けど――

 熱さになれると、濃厚なスープの味が広がる。

 肉を中心に、野菜を抱き込むような厳選された汁がわたしの口の中で暴れる。


 要するに、めっちゃ上手い。

 ごくりと飲み込むと、いつの間にか次の一つを手に取ってしまう程に。


「やるではないか。見直したぞ」

「お褒め頂き、光栄の致す限りです」

「というか、あんたも食べていいぞ。特別にこの玉座の正面に座ることを許そう」


 簡素な玉座だなあ。

 これが今のわたしには相応しいってか? やかましいわ!!

 

 まあ、そんな冗談は置いといて。


「……ほんと何でもできるね」

「ええ。この様な状況も想定しておりましたから」


 んなわけないだろ。

 最強の『勇者』様が、媚びへつらって他人に仕えるとかあるわけない。


「……はずだったんだけどなあ。実際にやっちゃてるし」

「魔王様。言葉遣いが乱れていらっしゃいますよ」


 ぐぬぬ……。

 そうだ、わたしは最強の『魔王』。

 最強の『勇者』に奉仕される者。

 自分に何度も言い聞かせて、わたしは完全体となった。


 もう無名の『魔王』じゃない。

 わたしは息をついて、面と向かって演じる。


「うむ、そうだな!! なら貴様には、とことんその役目を果たしてもら――」


「あの、少しお邪魔してもよろしいでしょうか?」


 最悪のタイミングで、乱入者は現れたのだ。






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