第26話 邪な道でも


 それはかつて、わたしが放った言葉。

 仲良くなりたいと、彼女のことが知りたいと。

 咄嗟に出た、優しさの欠片もない言葉。


「大方予想はついてるけど、なにがあったか教えて頂戴」

「でも……」


 これは二人にあった問題。

 というより、わたしの問題だ。

 フランには、迷惑ばかり掛けているのに。


 どうしようもないわたしに、付き合わせるなんて。


「それくらい聞かせないよ。友達でしょ?」

「フラン〜〜!」


 目頭が熱くなる。

 甘えてもいいんだって、思わせてくれる。

 ゲーム内だけじゃなく、現実でもキャリーされるとか情けないけど。


 それでも、わたしはフランの好意に甘えることにした。


 代わりに、フランが困ったときは必ず力になろうと。

 そうわたしは心の中で、決めたのだった。



 ◇



「ここは……」

「いいでしょ。私のお気に入りのスイーツがおいしい隠れた名店なの」

「いや……ほんとにあったんかい」


 脇道――あの時、セインにふっかけたのは適当だったんだけど。

 喫茶店が、そこにはあった。


「実在したんだ……」

「なに言ってんの。ほら、行くわよ」


 フランに連れられ店に入る。

 なんだか、いつもより表情が柔らかい気がする。


 まさかわたし、スイーツのおまけじゃないよね?

 そうではないと思いつつとりあえず席に座る。

 わたしはキャラメルマキアートを、フランは「いつもの」で通していた。

 常連なんだろう。


「飲み物だけ?」

「キャラメルマキアートはスイーツみたいなもんでしょ」

「飲み物でしょ?」

「いや、これにスイーツは胃もたれするって」


 夕食もあるので、わたしは控えておく。



 フランは不思議そうな顔でわたしを見る。

 聞いてはいたが、フランって本当に甘い物が好きなんだろうな。

 そんな彼女の、まだかまだかと楽しみにする姿は微笑ましい。

 思わず、頬が緩んで――


「って、多すぎない!?」



 提供されたのは、ホールケーキ丸々一つだった。

 いや、それ喫茶店で食べるようなものじゃないよね……。


「いいの。スイーツは別腹だから」


 フランから、そんなとんでも適当な理論が出るなんて。

 本当に甘いものが好きなんだなと、微笑ましく……って言っても限度があるよ。


 それはともかく、互いに甘味を交えながら和気あいあいと会話をした。

 ゲームの話や雑談を交えながら、楽しく話した。

 ちなみにフランは、少しちょうだいと言っても一口もくれなかった。

 ただそんなフランの気遣いに、わたしは救われた。


「――それで、何があったの?」


 食後の甘いエスプレッソを含みながら、フランは問う。

 真剣な眼差しで、わたしを見つめる。

 こうして話をすることで、緊張を解すという意味もあったのだろう。

 ここまで気を回してくれたのだ。

 わたしも、それに応えなければならない。


 ◇


「なるほどね」


 フランは、わたしの話をちゃんと傾聴してくれた。

 セインの伝説の記録を見たこと、セインとのすれ違いのこと。 

 最後まで、静かに聞いてくれた。


「私が協力できることなら、協力するわ」

「じゃあ、聞いていいかな」


 率直に、わたしは尋ねる。


「どうしたら、セインに勝てるのかな」

「勝てないわよ、セイン様には」

「え」


 フランはきっぱりと、当たり前だと答える。

 それじゃあ、話終わりじゃん。


「話は聞いてあげるとは言ったわ。けど、貴方に都合の良い解答を献上するとはいってない」

「そんなあ……」


 加えて、わたしに追撃がくる。


「セイン様は絶対。弱点なんて無い。策なんて意味をなさない。もっといえば、人間と魔族との均衡を崩す存在。だからこそ、魔族に対し人間側が優位な立場にあるのよ」


 確かに、様々な組織で人間が優位に立っているのは確かだ。

 治安を維持する"退魔隊"や、迷宮ダンジョンを審査しその資格を与える"迷宮監査委員会"。


 元より和平にあたって人間側が上の立場にいた、という土壌はあったが。

 人を背負うというのは、大仰な言い方にみえるが実際その通りなのだろう。


 わたしみたいな半端者とは、背負うものも立場も全く違う。

 改めて、理解した。

 わたしなんかが、相手にしてはいけない存在だったんだ。


 何が宿敵ライバルだ。

 そんな風に、威風堂々は自分が恥ずかしい。

 やっぱりあの時、あんなことを言わなきゃ――


「けど」


 フランが、わたしの心の隙間に入り込むように述べる。


「貴方は、ミラは……絶対なんていう土台そのものを覆せるかもしれないって。そう思ってしまう私がいる」

「……無理だよ、わたし程度じゃ」


 自身が弱者だと考えているわけではない。

 いくら高く見積もっても、届く気なんてしないという、それだけの話。

 ただ、フランはそんなわたしの内面を否定する。


「貴方は私の常識を、絶対を覆した。強引に、私の心に入り込んできた」

「そんなの、まぐれだよ」


 たまたま、うまく言っただけ。

 偶然というピースが、うまくパズルにハマっただけ。


「それでも、その偶然は貴方が何かを起こさなければ生まれなかった」

「……」


 そんなの……都合が良かっただけ。

 セインの言葉があったおかげ。

 学園長が、魔族であるわたしを受け入れてくれたおかげ。


 次々とでてくるのは、彼女に対しての反論。

 自分を追い込むだけの、言い訳。


 そうだ、もし――


「わたしの役目がセインだったら、もっと上手くやったはず。わたしは、邪な道でしか生きられないんだよ」

「いいじゃない、それで」

「え?」


 歪で、不安定で、たどり着くかわからない道。

 それでもいいと、フランは肯定する。

 王道こそが正しいと、わたしをはねのけていた彼女が。


「何よその目」

「いや、意外で。フランってもっと、堅苦しい考え方だと思ってたから」

「私だって考え方は変わる。どこかの魔族さんに、感化されることもあるのよ」

「あの、その意味って」

「そうよ。貴方のせいよ、全部。貴方のせいで、邪なことが頭の隅に思い描くようになっちゃったじゃない」


 要するに、わたしのせいでフランが道を逸らしてしまったと。

 まさか、このままフランが不良になってしまう?

 ――「はやく買ってこいっって言ってんでしょうが! 聞けないのか、ああ!?」


 なんて、なってしまうかもしれない。

 ……悪くない、かもしれないけど。


「また失礼なこと考えてるわね」

「なんでわかるの? そんなわたしって分かりやすい?」

「とても」


 ならポーカーフェイスの練習でもしとこうかな、ポーカーは知らないけど。

 なんて、そんな話じゃない。


 フランは下を向くわたしに、はっきりと告げる。


「邪な道でもいいじゃない。貴方は貴方のやり方があるのだから」

「それで……いいのかな?」

「いいわよ。絶望なんて炎にくべて、狼煙を高くまっすぐに上げてやりなさい」


 "獄炎"の『勇者』らしい物言いで、わたしを鼓舞する。


「じゃあフランは、わたしがセインに勝てるかもって、そう思ってるってこと?」

「思ってない。セイン様は、絶対だと思ってる。けれど、貴方ならその絶対という土台を覆せる、粉砕できるとも、そう感じてる」

「……それは、?」

「いいえ」


 フランは、明確に否定する。

 わたしに向けるのは、期待じゃなく――



「ただの邪念よ。もしかしたらなんて、以前だったら考えられない戯言が、頭に浮かんでくることがちょくちょくあるっていう、それだけの話よ」

「そっか……………………うん、そっか!!」


 その言葉が、わたしの起爆剤となり突き動かす。


 たくさんの期待を背負わされて。

 セインを、倒さなきゃって思っていた。

 いや、あいつを否定してやりたいってのは間違ってない。

 ただ、仮に敗北してもまた挑めばいいじゃないか。


 アンナさんはわたしに負けた上で、いつかわたしを打ち倒すと宣言した。

 わたしだってそうだ。

 セインに挑むことを怖がっていたら、近づくことすらできない。


 絶対とか、完璧とかを否定してやりたい――そんなわたしの意地悪な邪念こそが、わたしの源泉だったじゃないか。


「あははっ」

「なによ」

「いや、嬉しくてさ」


 期待なんてしてない。

 それだけで、わたしは救われた。


 期待されることは嫌ではない。

 リリーちゃんやジュリの、仲間の期待は心地良いものだ。


 けど、ごめん。

 わたしはその期待を、背負ったりなんかしない。

 我が身そのままで、最強の『魔王』になってやる。


「少しは気分が晴れた?」

「うん、ありがとフラン。大好き」

「……っ! ほんと貴方ってやつは……!」

「え? な、なにが?」

「……貴方、いつか誰かに刺されそうね」


 意味がわからないが、わかりたくない言葉だ。

 まあ、とにかくだ。


「……すごく助かったよ」

「なら良かった。ま、セイン様相手にどうするか。楽しみにみてるわ」

「うん。しっかり見ててね」


 

 ほんと、わたしって単純なやつだな。

 どん底に落下して、自分の存在すら懐疑的だったはずなのに。

 簡単に、飛んでこれるんだから。


「ありがとうフラン。わたし、少しだけ前に進める気がする」


 あと――


「おいしかったよ。ここのキャラメルマキアート」


 ◇



 明日は休日。


 マナさんに頼まれた迷宮の視察の日だ。

 確認はとった。


 あとは、わたしが覚悟を決めるだけだ。

 一通のメッセージを、セインに送る。


「ねえ、次の休日にデートしない?」








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