魔族の玉座は空いている
ふく神漬
最強の『勇者』と無名の魔王
第1話 プロローグ(前)
「なってやるよ!! わたしが!! あんたを倒す、最強の『魔王』に!!」
目の前にいるのはわたしと同じ歳の人間の女の子で、わたしと彼女は、似ているようで決定的に違う。
彼女は人間で、わたしは魔族。
そして相手はどんな魔族も勝てやしなかった――最強の人間であり、正式な『勇者』。
だが、わたしは言ってやった。
言ってしまったのだ。
彼女を倒してやると。
完璧なんかじゃないと、そう否定してやると。
このおかげで、わたしの人生は大きく変化していくことになる。
ああ……
いったいどうして、そんなハードモードな人生を歩むことになってしまったのか。
正直、わたしが一番わからない。
◇
魔族ということを隠して、人間の学園に通う。
そんな無茶で無謀な試みの実験体に選ばれたのがこのわたし――ミラ・フィーベル。
最強の『魔王』……だった男の血を引く、それ以外は一般的な魔族。
そんな試みに対して、わたしは全力で拒否の姿勢を突きつける。
「いやだいやだいやだっ! 学園なんて行くもんか!!」
「ワガママをいってはダメよミラちゃん? もう決めたことでしょう?」
「それ多数決ですよね!? わたしの意思は!?」
「少数派は切り捨てられるのが民主主義。お姉ちゃんの発言は、一言一句意味なんて無いんだよ」
「理不尽がすぎる!」
人生とは山あり谷ありとはいうもの……だが。
ここまで想像に難い人生を送ることになるのは、わたしくらいではなかろうか。
◆◆◆
魔族と人間は、それはそれは長い戦いを繰り広げてきた。
しかし長き戦いも終わりを迎え、今では共生の道を歩むことができている。
その大きな要因になったのは、とある少女によって発明された魔導具にある。
――それはまさに、世界を書き換える力。
触れた者を、仮想の肉体へと書き換える。
この革命的な技術と、あまり事情は知らないけどなんやかんやあって魔族と人間は手を取り合いその結果の和平交渉の末、血と血が流れる争いは終わりを迎えましたとさ。
わたしに関わる問題はここからだ。
もう一つの大因、それこそが現代まで連綿と続く最大級のコンテンツ――魔族と人間の戦いを、配信という形で
登録された
仮想の肉体を最大限に活かした、命を懸けた真剣勝負。
腕がちぎれても、言ってしまえば頭部が切り離されても問題はない。
こうして魔族と人間は、平和に手を取り合うことが出来ましたとさ。
「なのに、なんでわたしが……」
それに参画することになったかというとだ。
両者のパワーバランスが、決定的に傾いてしまったから。
ついでにわたしが、最強だった『魔王』の娘だったから。
そもそも人口比の問題とか、迷宮攻略においては多勢に無勢にならざるを得ない状況とか、魔王は不利な立場ではあったわけだけどさ。
そんなもん関係ない圧倒的な存在が、魔族にトドメを刺してしまった。
「……セイン・ヴィグリッド!! あいつさえ、あいつさえいなければ!!!」
人間界に誕生した寵児――セイン・ヴィクリッド。
彼女が人間として生を受けた瞬間が、魔族にとっての終わりの始まりだった。
当時にして十歳になったばかりの少女の快進撃は止まることがなく、たった二年ですべての最高位の迷宮を踏破してしまった。
最後に挑んだのは、ブラス・フィーベルという当時最強を博していた『魔王』。
対峙するのは、十二歳になったばかりの少女。
結果はまあ、言うまでもない。
いとも容易く、少女は魔族の玉座に座る存在を下したのだ。
それがわたしの人生に、どう関係してくるかって?
簡単な話だ。
ミラ・フィーベル――その血を受け継いでいることがわかったのは、『魔王』が敗北し引退を決意してからのことだ。
お母さんは人間で、わたしはハーフとして生を受けた。
育ててくれたのはお母さんで、父親に関してはどこにいるかもわからない癖に仕送りだけはしてくるとかいうクズというイメージで、それは間違ってなかった。
物心ついてすぐに母が亡くなったわたしは、毎日のようにゲームをしたり映画を見たり惰眠をむさぼったり、ダメダメライフを満喫していた。
こんな日々がずっと続いてほしいと、本気で思っていた。
しかし、そんな幸せな日々は突如終わりを迎える。
最強の『魔王』が引退し、それと同時にわたしは事実を打ち明けられ、さらに付け加えて半ば無理やり魔王城へと連れ去られる羽目になってしまった。
――全ては最強の『勇者』を打倒するため。
地獄の鍛錬の日々が始まりを迎えたのだ。
◆◆◆
散々駄々をこねても、現実は変わらない。
「はあ……」
あれから四年が経った今、わたしは人間の学院に。
魔族ということを隠して、入学するのだ。
わたしは独りごちる。
「わたしの人生って、ほんっとうに波乱に満ちてるよね。可哀想で泣けてくるよね。 自伝とか出したらきっと大ヒット間違いなしじゃないかなあ……」
「そんなわけ無いでしょ。いい加減悲劇のヒロイン気取るのやめたら? お姉ちゃんさ」
「むむ……!」
先程からわたしに対し小生意気な軽口を挟むこいつは、わたしの妹であるリラ。
母方は違うが、父親は同じ。
異母姉妹ってやつだ。
わたしと同様に、妹のリラもここに連れてこられた。
ここに来た時、それはそれはとてもかわいく怯えていたこと。
「おねえちゃん」と呼んでわたしにべったりだったことは、しっかりと記憶に残っている。
わたしが当初頑張れたのも、リラに辛い思いをさせないためでもあったし、リラに嫌な役回りをさせないためでもあった。
……そのはず、だったんだけどなあ。
「お姉ちゃん才能ないんだから変わってよ。あたしが魔族の王になって、きっちり人間どもをぶち転がしてあげるからさ」
「…………」
なんでかなあ……。
今ではこんなに、反抗的で生意気な妹になってしまって……。
しかもわたしとは違って、『魔王』に意欲的な姿勢を見せているし。
「……いつからそんな凶暴になっちゃったの。お姉ちゃんかなしいよ」
そんなわたしをみて、リラはふんと鼻を鳴らす。
「あたしはお姉ちゃんと違ってやる気あるってだけ。魔族として、人間という劣等種とは違うって、思い知らせてやりたいだけ」
なんて思考してるんだ、こいつは……。
家庭環境が悪かったのか?
いや、そんなわけはない。
だってわたしはまともだし。
はっ!
こいつは純血、わたしは混血。
人間の血が混じっているわたしを、見下しているのかもしれない!
そう考えると悲しい、というか悔しい!
「いや別に? 最強の魔王とか片手間でなれますし。最強の勇者? とか、ボッコボコにできますし」
「無理でしょ。実物を見ることすら避けてるようなお姉ちゃんじゃさ」
「くっ……」
そんなわたしたちの言い合いに、仲裁が入る。
「ふたりとも、喧嘩はだめよ? 姉妹なんだから、仲良くね?」
ルミナス・フィーベル。
リラの母親であり、父親が仕事でどっかに行ってる今。
実質、家庭内でもっとも権力を持つ存在だ。
対してわたしは、縮こまりながら答える。
「ご、ごめんなさい……」
「もう、そんなにかしこまらなくていいっていってるでしょ? それにミラちゃん、あなたはもっと強気でいかないとだめよ? だってあなたは――――」
あの人の血が、流れているんだから。
ピシャリと言われて、思わずわたしは下を向く。
「は、はい……。じゃなくてう、うん……わかって……ます」
対して、リラの方はわたしを押し退けて意気揚々と答える。
「はい、お母様!! お姉ちゃんじゃなく、あたしが! あたしこそがっ! きっと成し遂げるから!」
「あらまあ。リラちゃんは頼りになるわね、あの人もきっと喜ぶわ」
本当に、くだらない……。
何が、特別な血筋だ。
たった十二歳の少女に負けた癖に。
わたしなんかが、勝てるわけないでしょ。
◇
校門の前には、たくさんの人がいた。
「うわ、人(間)がいっぱいだあ……」
右を見ても人、左を見ても人。
人だかりの中に、紛れ込む唯一の魔族。
「あはは、はは……は、は……」
けどたぶん大丈夫だ。
淡紅色の髪色は少し目立つが、それ程でもない。
偽名としてフィーベルではなくフィーラを名乗るように言われたが、それも手配済みらしいのであまり気にしないことにする。
ただ一つ心配なのが、髪に隠れている左の魔眼。
琥珀色の瞳は煌々とその存在を強調しており、様々な手段を用いてもどうにもならなかった。
仕方なく黒いリボンで髪を結っているが、こんな応急処置で隠し通せるわけもない。
まあ目があったら問答無用で石にするとかそんな古典的なものじゃない。
というか基本無害なので気にしないという結論になった。
「でもやっぱり嫌だ。怖い……」
今は人間と魔族が共存している世界。
けどまだ人と魔族では溝があって、各々はそれとなく距離を取って生活している。
その中でわたしは、魔族だということを隠して、騙し通して学園生活を送らなければならないのだ。
回れ右して、もういっそ逃げてやろうか。
「うぅ……気持ち悪い……」
校門の前でうずくまるわたしのそばを、たくさんの人間が通り過ぎていく。
わたしを見てぶつぶつと話をする人間もいるが、その内容は分からない。
魔族だとバレたりしてないかと思うと、怖くてたまらない。
考えれば考えるほど、その先に進めない。
気づけば、入学式の時間が刻一刻と近づいていて。
それでも立ち上がれないわたしの後方で、凛とした音が響いた。
「君、だいじょうぶ?」
いや、声だ。
わたしに向けられた声が、意識を呼び覚ました。
「えと……あの……」
「一年の子だよね? 気分が悪いの?」
少しの癖のある銀色の髪に、世界を凝縮したような……吸い込まれそうになる緑の瞳。
何よりその、言葉で形容できない存在感に息を呑む。
「少し、緊張してしまって……」
「そっか。なら私が手を引いてあげる。立てる?」
「あ、はい。立て……ます」
いつの間にか周りには、誰もいなくなっていた。
時計を見るとギリッギリだ、急がないと入学式が始まってしまう。
「い、いそがないと……!!」
「そうだね。急がないと二人とも遅刻だね」
「え?」
そこで気付いた。
よく見れば胸元には、入学を祝う証である白いカナビラの花。
つまり、同じ新入生じゃん!
なに先輩風吹かしてるんだよ、と突っ込みたくなる。
「まあ、なんとかなるよ」
けど、何故だろうか。
彼女の言葉には、有無を言わせぬ説得力があった。
それはまるで、彼女を中心に世界が回っているような感覚。
そんな不思議な存在を前に、わたしは――
猛烈に、嫌な予感がしていた。
思わず怪訝な表情になってしまうが、今はそれについて深く考えないようにする。
目立ちたくないわたしは、こんなところで躓くわけにはいかない。
「ついたよ」
「え、あ……」
目の前には静寂に包まれる講堂があった。
よかった、ギリギリ間に合って――
「それでは、第四十二期生の入学式を初めます」
なかった。
壇上の、わたしよりも若く見える子供っぽい大人?
ただ相応の身分であることは伺えるその人はわたしたちを……というか、わたしの手を引く銀髪の少女を見ていた。
静寂に包まれる講堂で、隣の人物は言う。
「うーん。セーフでいいのかな?」
「いや、アウトだよ!」
しまった、つい反射で……。
視線がこちらに集まる、はぅ……。
あくまでも余裕のある態度を貫く彼女に対して、壇上の人物は深く息を吐く。
「そもそも、予定よりも早く着くように見積もって動くべきであって、こうして丁度の時間に来ることは遅刻となされても仕方ないですよ」
ですが、と壇上の人物は続ける。
「貴方を擁することは、この学園にとって大きな意味がある。故に不問としましょう」
「あまりそういう特別扱いは嬉しくないんだけどな」
「そういう訳にはいきません。貴方は――」
心音が、高鳴りを上げる。
そして、その正体が明かされる。
「今代最強の『勇者』――セイン・ヴィグリッドなのですから」
「はあ……仕方ないな」
新入生の面々がざわつく中、わたしは隣を見て固まる。
そんなわたしの視線に気づくと、最強の『勇者』はその口角を上げ、そっと耳元で衝撃的なことを呟いた。
「そういうわけでよろしくね。かわいい魔族のお嬢さん?」
わたしの最悪な学園生活は、こうして始まったのだ。
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