魔族の玉座は空いている

ふく神漬

第1話 プロローグ


「なってやるよ!! わたしが!! あんたを倒す、最強の魔王に!!」


 目の前にいるのはわたしと同じ歳の少女だが、わたしたちは決定的に違う。

 彼女は人間で、わたしは魔族。

 彼女は最強の『勇者』と呼ばれ、わたしはまだ無名の『魔王』志望。


 ああ、一体全体、どうしてこんな事になってしまったのか。

 時は数日前に遡る。



「いやだいやだいやだ! 学園なんて行きたくない!」

「駄々をこねないでください、お嬢様」

「そうよミラちゃん? もう決めたことじゃない」

「それ多数決ですよね!? わたしの意思は!?」

「少数派は切り捨てられる定め。お姉ちゃんの発言に権利なんてないよ」

「理不尽だあ……」


 人生とは山あり谷ありとはいうものの。

 ここまで想像に難い人生を送ることになるのは、わたしくらいではなかろうか。


 魔族と人間は、それはそれは長い戦いを繰り広げてきた。

 しかし約七十年前、人間を代表する勇者と魔族を統率する魔王によって停戦の契りが結ばれ、互いに干渉しないことが約束された。


 だが約定を破り対立する者は少なからず存在し、時が経つにつれ火種が点在する危険な状態にあった――――そんな時だった。


 停戦の約定から二十年後、たった一人の学者によって発明された魔導具が、その状況を覆した。

 どういう原理かは知らないけど、魔導具に触れた者は霊体アバターとなり、痛みも感じなければ致命傷を負うこともない。


 こうして血が流れる戦争は終わり。

 魔族と人間は共存していくことが可能となった。


 しかし同時に、魔族と人間の争いは娯楽エンタメとなっていく。


 登録された迷宮ダンジョンに勇者が挑み、最奥にて魔王が返り討つ。

 そんな迷宮攻略の様子は配信によって中継され、人気のある行楽になった。


 結果――冒険者が急増し、呼応して魔王(迷宮の主は魔王と認定される)も増加し、命を懸けない平和な死闘が繰り広げられることとなった。


 こうして魔族と人間は、平和に手を取り合うことが出来ましたとさ。

 

 それはいい。いいことだと思うよ?

 けれど魔族は今、大きな問題に直面している。


 ずばり、両者のパワーバランスが崩れ始めているという問題。


 まあそもそも、人口比の問題とか迷宮攻略において多勢に無勢にならざるを得ない状況とか色々あって、魔族側は非常に苦しくなっていた。


 そしてだ。

 転機は突然にして訪れる。

 

 当時十歳になったばかりの少女。

 彼女のせいで、わたしの日常が壊されたと言っても過言ではない……たぶん。


「おのれおのれおのれ!! 『勇者』セイン!! あいつさえ、あいつさえいなければ!!!」


 人間界に誕生した寵児――セイン・ヴィクリッド。

 同年代の少女が冒険者として生を受けた瞬間が、終わりの始まりだった。


 高難易度の迷宮、その看板を背負う魔王の数々。

 それにたった一人で挑み、たった二年ですべての最高位の迷宮を踏破してしまった。


 最後に挑んだのは『覇天』と呼ばれる当時最強の『魔王』、ブラス・フィーベルが統率する迷宮。

 そして彼女は最強となり、敗北した魔王は引退を決めた。

 事実上魔族側は降伏とも言える、そんな一戦だったらしい。


 そこが全ての始まり。

 わたしの人生の、分岐点ターニングポイント

 わたしにとっての、地獄の始まり。


 ミラ・、それがわたしの名前。

 亡くなってしまった人間の母と、どこにいるのかも分からない、仕送りだけは定期的にする魔族の父との混血。


 ただ父親の血が強かったのか、魔族としての側面が色濃く残ってしまった。

 薄い紅色の髪に、何よりも琥珀色の瞳が、わたしを人たらしめない証だ。

 おかげで母に連れられてきたわたしの故郷の村では魔族として扱われたし、なにかされたというわけでもないが、誰もわたしに近づこうとしなかった。

 

 ただ別に、それでもよかった。

 物心ついてすぐに、母はいなくなって。


 わたしは毎日のようにゲームをしたり映画を見たり惰眠をむさぼったり、ダメダメライフを満喫していた。

 こんな日々がずっと続いてほしいと思っていたわけだが。


 ――そんな日々は突如終わりを迎える。


 かつて最強だった「魔王」、その血を継いでいると告げられた。

 そしてわたしは「勇者」セインを打倒するため、たったその一点の為に魔王城へと連れ去られた。

 

 そんな感じで今現在に至るわけだが。

 だが!!


「わたしの人生ってほんっとうに波乱だよね! 可哀想で泣けてくるよね! 自伝とか出したらきっと大ヒット間違いなしじゃないかな!」

「そんなわけ無いでしょ。いい加減悲劇のヒロイン気取るのやめたら? お姉ちゃんさ」

「むむ……!」

 

 小生意気な軽口を挟むのはわたしの妹、リラ・フィーベルだ。

 

 わたしと同様に、リラもここに連れてこられた。

 母方は違うが、父親は同じ。

 故にこいつも、フィーベルの血を持つ。


 ここに来た当初、リラはとても怯えていたのをしっかり覚えている。

 だからわたしは、リラが背負わなくてもいいように。

 そのためにこの四年間、頑張ってきたつもりだ。


 だがその実、昔はわたしにべったりだった妹は、今ではこんなに反抗的になってしまった。

 

「やる気ないんだったら逃げれば? あたしが魔族の王になって、きっちり人間どもをぶち転がしてあげるからさ」

「言葉遣い言葉遣い……いつからそんな凶暴になっちゃったの? お姉ちゃんかなしいよ……」

「あたしはお姉ちゃんと違ってやる気あるってだけ。魔族として、人間という劣等種を見下して生きていきたいの、あたしは」


 なんて思考してるんだ、こいつは……。

 家庭環境が悪かったのか?

 いや、そんなわけはない。

 だってわたしはまともだし。


 まあこの妹はわたしと違って混血種ではなく純血種。

 どっちつかずのわたしと違うと、考え方も変わるのかもしれない。


 はっ……!


 もしかしたら、人間の血が混じったわたしすら見下しているのかもしれない。

 そう考えると悲しい、というか悔しい!


「いや別に、最強の魔王とか片手間でなれますし。最強の勇者(笑)? とかボコボコにできますし」

「無理でしょ。実物を見ることすら避けてるようなお姉ちゃんじゃさ」

「ぐっ……」


 そんなわたしたちを見かねたのか、一人の人物が仲裁に入る。


「ふたりとも、喧嘩はだめよ? 姉妹なんだから仲良くね。わかった?」


 ルミアス・フィーベル。

 リラの母親であり、実質家庭内でもっとも逆らっては駄目な人だ。


「はい。ごめんなさい……」

「もう、そんなにかしこまらなくていいっていってるでしょ? それにミラちゃん、あなたはもっと強気でいかないとだめよ? だってあなたは――――」


 が流れているんだから。

 ぴしゃりと言われて、わたしは下を向く。

 どうにか取り繕って返事をする。


「は、はい……。じゃなくてう、うん……わかって……ます」


 対して、妹の方はわたしを押し退けて意気揚々と答える。


「はい、お母様!! おね……じゃない。あたしが! あたしこそが……っ!!

きっと成し遂げるから!」

「あらまあ。リラちゃんは頼りになるわね、あの人もきっと喜ぶわあ」


 ……。


 わたしの中に流れる血は、わたしにとって呪いでしか無い。

 何がめでたいものか。

 所詮、十二歳の少女に負けた癖に。


 一体どうして、わたしが適うと思うのか。

 そんな考えを、口には出さないけれど。




 校門の前には、たくさんの人がいた。


「うわ、人(間)がいっぱいだあ……」

 

 右を見ても人、左を見ても人。

 人だかりの中に、紛れ込む唯一の魔族。


「あはは、はは……は、は……」


 けどたぶん大丈夫だ。

 

 髪色は少し目立つが、それ程でもない。


 ただ一つ心配なのが、髪に隠れている左の魔眼。

 琥珀色の瞳は煌々とその存在を強調しており、様々な手段を用いてもどうにもならなかった。

 まあ見た相手を問答無用で石にするとかそんな古典的なものじゃない、というか基本無害なので気にしないという結論になった。



「でも、やっぱり嫌だ。怖い……」


 今は人間と魔族が共存している世界。

 けどまだ人と魔族では溝があって、各々はそれとなく距離を取って生活している。

 その中でわたしは、魔族だということを隠して、騙し通して学園生活を送らなければならないのだ。


 回れ右して、もういっそ逃げてやろうか。


「うぅ……気持ち悪い……」

 

 校門の前でうずくまるわたしのそばを、たくさんの人間が通り過ぎていく。

 わたしを見てぶつぶつと話をする人間もいるが、その内容は分からない。

 魔族だとバレたりしてないかと思うと、怖くてたまらない。


 考えれば考えるほど、その先に進めない。

 気づけば、入学式の時間が刻一刻と近づいていて。


 それでも立ち上がれないわたしの後方で、凛とした音が響いた。


「君、大丈夫かい?」

 

 いや、声だ。

 わたしに向けられた声が、意識を呼び覚ました。


「えと……あの……」

「一年の子だよね? 意識ははっきりしているようだね、立てるかい?」


 少しの癖のあるプラチナブロンドの髪と、世界を映したような吸い込まれる緑の瞳。 

 何よりその、言葉で形容できない存在感に息を呑む。


「立てます……。少し、緊張してしまって……」

「そうか。仕方ないことだね。なら私が案内してあげるよ」


 いつの間にか周りには、人がいなくなっていた。

 時計を見るとギリッギリだ、急がないと入学式が始まってしまう。


「あ、その、ありがとうございました! ではわたしは急いでいるので失礼します!」

「奇遇だね、私も急いでてさ。一緒に行こうじゃないか」

「え?」


 そこで気付いた。

 よく見れば胸元には入学を祝う白いカナビラの花。


 つまり――同じ新入生じゃん!!


「緊張してる? なら私が手を引いてあげよう」

「え?」


 乗せられて差し出された手を取ると、「さあ、行こう」と引っ張られていく。


 ……いや、先輩がやるなら分かるけどさ。

 同じ初年度だよね?


 けど、何故だろうか。

 彼女の言葉には、有無を言わせぬ説得力が付随していた。

 

 まるで彼女を中心に、世界が回っているような……

 そんな不思議な存在感を前に、わたしは――


 猛烈に嫌な予感がしていた。


「さあ、急ごうじゃないか。心配しないでいいよ、私が付いてるから」

「う、うん?」


 思わず怪訝な表情になってしまうが、今はそれについて深く考えないようにする。

 そして入学式が行われる講堂の入口には、思ったより簡単にたどり着いた。

 

 よかった、ギリギリ間に合って――

 

「それでは、第四十二期生の入学式を初めます」


 なかった。

 壇上のとある人物(子供?)はわたしたちを……というか、わたしの手を引く銀髪の少女を見ていた。


 静寂に包まれる講堂で、隣の人物は言う。


「ほら、間に合っただろう?」

「いや、間に合ってないよ!」


 しまった、つい反射で……。

 視線がこちらに集まる、はぅ……。


 あくまでも自分のペースを貫く彼女に対して、壇上の人物は深く息を吐く。


「遅刻ですよ。なにか言い分があるなら聞きますが」

「私的にはこうして同じ場所にいる。間に合っているといってもいいと主張したいね」

「そんな言い訳が通用するはずが無いでしょう。ですが貴方を擁することは、自分にとって、この学園にとって大きな意味がある。故に不問としましょう」

「あまりそういう特別扱いは嬉しくないんだけどな」

「そういう訳にはいきません。そうでしょう?」


 心音が、高鳴りを上げる。

 そして気づく。

 新入生が隣の人物に向ける眼差しは、ただならぬものだと。


「今代最強の『勇者』――セイン・ヴィグリッドさん」


 新入生の面々がざわつく中、わたしは隣を見て固まる。

 そんなわたしに対し、最強の『勇者』はそっと耳元でこんなことを呟く。


「そういうわけでよろしくね。かわいい魔族のお嬢さん」


 わたしの最悪な学園生活は、こうして始まったのだ。

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