第2話 辺境の田舎町

 死にかけた。


 棒切1つ持たずに長距離を移動するなんて無謀だった。いや、旅未経験の俺には無謀だった。

 この世界には魔物がいるのだ。危険な野生生物だっている。人の生活圏は利便性だけでは決められない。


 前の世界であれば集落と集落の間に大きな距離を開ける意味がなかった。特に平地が続いているのであれば、水路を掘ってでも平地全てを農地に変えるのが人類の営み。農地は切れ目なく続き、それらを手入れできる程度に人の営みがある。

 一方こちらではそうはいかない。野生動物は蹴散らせても、魔物には逆に蹴散らされるのだ。必然、町や村を作る基準は魔物の脅威から身を守れるかが第一となる。水場は届く範囲にあればいいし、隣村が遠くても歩けばいいんだ。


 要するに隣村はクソ遠い。そして町はウルトラ遠かった。行商人から聞いてはいたが、こんなもん13歳がトコトコ歩いてたら死ぬわ。魔物が出なくて助かった。

 村々で食料を買うことすら出来ない俺が生きて町に辿り着いたのは、なんか野生の勘的なやつの働きだ。なぜか食い物のありそうな場所が分かる、食えると分かる、実際食っても平気だった。水場も分かるし腹を下すこともない。無敵なのでは?



 そうして大変な苦労の末、俺は町に辿り着いたのだ。隣には可愛い娘っ子も居るし、素晴らしい結果に感無量である。


「あんちゃん、立ち止まってないでさっさといくよ。」

 ぺこぺこと行商人に挨拶をしていた娘っ子に促され、町に入っていく。

 門番は居たが検問とかは無かった。城門があるわけでもない、柵で囲った大きな集落みたいなもんだな。


 この地域を治める辺境伯の領都には立派な門があるらしいが、俺達の村は国境付近じゃなく魔物の領域に近い、人類領域単位でのガチンコ辺境である。あの辺りの村なんかじゃ人攫いですら輸送費用で赤字が出そうだ。



 辺境すぎるんだよ、そりゃ俺も死にかけるわ。

 死にかけてフラフラで「せめて最後は前のめりに」なんて事を考えていたら行商人と娘っ子に追いつかれた。


 ボロボロの荷車だがロバっぽい謎生物が引いているもんな。こんなんでも歩くよりは早いし体力も維持できる。辺境の村に行くのはお上からの依頼で生活必需品を運んでいるとのことで、帰りの荷車の上は多少の手芸品と野菜が乗ってるだけだ。軽いもんだろう。


 拾ってもらった俺はぐったりしたまま娘っ子に叱られ続け、今は明確に立場が下だ。早く逆転したい

 なにはともあれ、世話になったロバもどきにしっかりと感謝を告げ、俺は冒険者への一歩を踏み出したのだ。




「私はおじさん夫婦がやってる食堂に行くけど、あんちゃんはギルドに行くんだよね?」

「あぁ、金も無いし何でもいいから仕事見つけないとな」

「寝る所はどうするの?」

「そんなもんそこらでいいだろ」

 この世界には布団なんて物はないのだ、木板の上で寝るか土の上で寝るか、それだけだ。体の上には古い布をかけるだけ。藁があればなおヨシ!


「町なんだから怒られないのかな?今日くらい一緒に来なよ、お願いしてあげるから」

「冗談だろ。折角来た姪っ子が金無し男連れてるとか、夜中に殺されそうだ」

 俺が逆の立場だったら多分殺すし。

「いいんだよ、俺は体だけが自慢なんだ。冒険者の仕事に慣れるまでくらい耐えられる」

「そうだろうけどさぁ」

 寂しいとか思ってるんだろうか?思ってるといいな。いやダメだ、おいらの事は忘れちまいな。


「まぁともかく、ギルドには行くがその前に叔父さんの食堂行くぞ」

「あんちゃんも来てくれるの!?」

「飯を食いに行くこともあるだろうし、挨拶しとかねぇとな。ほら行くぞ」

 町につくまでに散々聞かされた食堂までの道を進む。

(変な奴だったらこいつが困るしな)


 こいつとの生活と前の世界を天秤にかけたら俺は前の世界を取る。だけど俺の命とこいつの幸せなら、俺の命など比べる価値も無いゴミなのだ。

 お前を不幸にする奴は、どんな手段を使ってでも殺す。




「それじゃオルヒをよろしくっす!夜に食堂の方に顔出すっす!」


 変な覚悟を完了してしまったが普通にいい人だった。こんな辺境で嫌なやつが食堂やって成り立つわけ無いんだよなぁ。

 オルヒ、元鼻垂れ幼女オルヒデーアとは一旦分かれたが、夜に報告しに来いと言われてしまった。

 ぐぬぬ、。行き道の無様さえ無ければこんな事には。

 まぁ働いてるところも見たいしな、尻触るおっさんとか居たら早めに一発かましておこう。


「人の心配をしている状況ではないな」


 俺は気を引き締め直し。冒険者ギルドの扉を開いた。




 冒険者ギルドとは冒険者の職業組合だ。

 では冒険者とは。自由業の便利屋だ。魔物領域へと踏み込むことがあるので冒険者と呼ばれるようになった。

 兵士とは違い自由に仕事を選べるし、一攫千金を成した逸話もある。

 武力があるなら商隊の護衛や魔物の間引き、武力が無いなら魔物を避けての採取や調査、それも出来ないなら町中の雑用や荷役も担う。

 危険に立ち向かうカッコイイ職業のようにも思えるが、この辺境では魔物領域などすぐ隣なのだ。日々魔物と戦う覚悟があるなら森を切り開き開墾すればいい。魔物から削り取った新たな土地は大きな財産となるだろう。

 だけどそんな事はしない、魔物領域からちょっぴり離れた町のギルドに集まるのが冒険者たちだ。まぁ、そういう事だ。

 俺も今日から仲間入り。



「こんにちは、ギルドに加入して仕事をしたいんですが」

「おう、じゃあ名前と得意な事を教えろ」


 1つしか無い受付に居たのは見るからに冒険者上がりのおっさんだ。でかくてヒゲが生えてるのに頭には毛がない。間違いなく冒険者上がりだ。

 嬢を並べなさいよ、言いたいことはそれだけだ


「コーレです。力が強いです。頭もいいです」

 俺は正直に伝える。能力をあっぴるするのは仕事を探す時の基本。


「コーレな。力仕事しか無いから安心していいぞ」

 なら安心だな。


「じゃあこれ石級の登録証な。登録料はタダだが再発行は金がかかるから注意しろ。今空いてる仕事はそこに張り出してるぞ。読めるか?」

「少し読めますけど、なんか説明とか無いんですか?」

「無いな。聞きたい事があるなら聞け」

 うーむ、そう言われると特に無い気もするが。


「登録したら何が出来ますか?身分証になったり?」

「登録しなきゃ1つも仕事が受けられん、身分証になるのはここでだけだ。仕事をこなして信用を得たら鉄級とか銀級に上がる、銀級になれたらギルドが身分保障するぞ」

「分かりました。とりあえず仕事探してきます」

「おう、あそこの端っこのが石級が受けられるやつだ」


 ひとまず仕事のチェックだ。何でもいいからこなして夜には食堂で金を払いたい。

 金が無いから何も食わないとかご馳走してもらうとか、そんなんじゃこっちが信用なくなるわ。

 今の俺は何でもやる所存ですよ。



 さてどんなもんかな。


【屋根修理。経験者のみ】

【運搬作業。町の地理を分かっている事】

【棚卸しの手伝い。経験者のみ】


 仕事出す人っていっつもそうですよね。

 まぁ緊急でもなく人気も無いから残ってるんだしこんなもんでも仕方ないか。

 だがこれじゃ俺が受けられないではないか。


「お、あるじゃん」

【庭の石を街の外に捨ててきて】

 コレが俺の初仕事だ!さっさと終わらせて娘っ子のトコで飯食うぞ!

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