第5話 覚悟
俺はカウンターのハゲに討伐証明を叩きつけた。
「こんな魔物が出てきたのはお前のせいだ!お前をギルドから追放する!」
「そ、そんな・・・そんな馬鹿な事が・・・」
ハゲが見苦しい言い訳をしてきた。
「馬鹿なことではありません」
ギルドの扉が開き、女が入ってくる。艶やかな黒髪、大きく張り出した胸、引き締まった腰から伸びる長い脚は深いスリットから透き通る白を見せつけている。
「ハゲさん、アナタの不正は中央ギルド聖教会が監視していました。アナタの追放は決定事項です」
「あばばばばば」
ハゲは頭を光らせながら崩れ落ちた、下からの照り返しが眩しい。
「お前のやったことは、まるっとお見通しだ!(ドーン!)」
「ありがとうお嬢さん、お名前を教えていただけるかな?」
「はうっ!素敵なお方…、私はクリスティーナ・フォン・ド・ビーフストロガノフと申します。こちらこそありがとうございますわ。アナタのお陰で悪は討たれました。アナタを神聖勇者と認定します!それと今後は私が受付をさせていたきますわ、毎日来てくださいね❤」
「やったぜ」
多分こうなると妄想しながらハゲに文句を言うためにギルドへ向かう。だって強すぎたもん、あんなのが普通なら人類絶滅しちゃうもん。
「魔物ってのはそんなもんだ」
ちーがーうーだーろー!ちがうだろー!
「このハ…あんなの普通に狩って稼いでる人いるんですか?それも町で働いて2日分程度の稼ぎで?」
あぶないあぶない、汚い言葉で炎上するところだった。
「おめぇ1人で2匹いっぺんに相手したって言ったろ?それが5人で1匹相手だったらどうだとおもう?」
「そりゃあ、特別硬いわけでも無かったし、誰かが受け止められるなら槍で」
「そうだな、鎧と盾があれば少しは耐えられる。弓でもあれば牽制してるだけでいい。ハンターなら気づかれる前に先制で倒せるかもな。それに魔物ってのは魔物の肉で釣れるんだ。確殺出来る陣地を作って有利に戦えばいい。それを繰り返すだけだ」
ぐぅぅ。
「おめぇは思い上がってたんだよ、なんで仲間を募らなかった、なんで道具を使わなかった、なんで魔物について調べなかった。そういう事が出来ないやつは早晩馬鹿やって死んじまうんだよ」
「それはもう散々説教された後ですよ」
「ハハハ!噂のおめぇの女か!アホなお前にはしっかり尻に敷いてくれる女房があってるよ!大事にしろよ!ガハハハハ!!」
おかしい、こんなはずでは。今日はもう仕事せずに帰ろう。
「おう、帰るのか。仕事していけよ」
「昨日は服が一式駄目になっちゃってるんですよ、古着屋に行く予定です。」
振り返らずに告げてとんずらした。
「鉄級の登録証作っとくからなー!」
(そうか、あんなのが普通なのか)
考えると凹んでしまう。
俺は弱かった。ただ人より力が強いだけ。歩き疲れた鼻垂れ幼女を抱き上げる事も出来なかったあの日から変わっていないんだ。
(強くなりてぇなぁ)
魔物を殺せと心の奥で何かが叫んでいた。次はもっと上手くやれ、そうすればもっと強くなれると誘惑する。
それをするならもうあいつの手も握れないと分かっているのに。それでも俺は魔物を狩ることを決めた。
本当に何も変わっていない。情けない男だ。
ついつい凹んでしまったが、俺は本来クレバーな男。区切りをつけて買い物に回った。
なけなしの金で丈夫そうな服を書い直し、水筒・背負い袋・火打ち石を用意した。更に腰に紐を巻き付けて石をぶら下げた。投擲用だ、俺の剛力で投げれば十分な威力が出るはず。
この程度の事も考えなかった自分に腹が立つ。魔物でさえ知恵を使って回り込んできたのに、俺は使えもしない棒きれ1つで正面から戦ってしまった。
だが賢い俺は反省したんだ。もうあんなニャンニャンにボコられたりしないぞ。
そうして準備を整え、翌日から早速狩りに出た。
「お肉お肉お肉~お肉~を~食べ~ると~」
魔物の購買意欲をそそる歌を歌いながら境界へ向かう。恐怖はない、俺は既に魔物と戦う力を手に入れたからだ。
あの日、魔物に殺されかけた時、俺はおかしくなっていた。
無くした筈の右腕には人の物ではない腕が、尻には太い尻尾が生えていた。
その腕はずっと使っていたかの様に馴染み、尻尾も違和感なく振るう事が出来た。何故かあの時、あれが当たり前の様に感じていたんだ。
腕と尻尾を使って魔物を倒した時、感じたことのない強い高揚感に包まれた。そして倒した魔物を食べるのが当然だと思っていた。
食べた。毒ではなかったのか?それとも俺に耐性があるだけなのか?何にしろ、俺はあの2匹を殆ど食べてしまった。毒じゃなかったとしても生で数百キロの肉をだ。
一口食べる度に体に力が満ちる。これが魔素か、魔物たちが求めるのも分かる。
思えば傷を治すのに殆どのエネルギーが使われていたんじゃないだろうか。気がついたら腕も尻尾も、そして怪我も無くなっていた。
あの腕と尻尾、朧気にしか覚えていないが自分の体の一部だったはずだ。人間じゃない、水の中で生きていた自分が居た気がする。鱗に覆われた体でアリとか食ってた自分が居た気がする。ただ、あんなに強くは無かったような?
何故こんな力があるのかは知らん。元々前世の力を引き継いでいたし、この世界には魔法使いだっているんだ。俺が不思議な力を持っていたっていいだろ。
力があるなら使う。それが魔物退治に使うものであれば文句言われる事もねぇさ。
「ふんぐっ!」
あの尻尾をイメージするが何も現れなかった。
「おらおらおらぁ!出て来い雑魚共!」
拾った棒で木を殴りながらオラつく。これが俺のスタイル。
『ギャギャギャ』
「来たなアホが」
やってきたのは醜悪な面の小人。これがゴブリンってやつかな。
土色の肌に尖った耳、身長は10才児程度、武器は無し、大きな口で噛みつきか?前回のニャンニャンに比べたら雑魚だろ。
「こいオラァ!」
『ギャグゥゥ』
馬鹿正直に正面向かってくるゴブリン。やはり噛みつき狙いか?武器を隠しているのか?いやもう考えるの面倒くせぇ!死ね!迫るゴブリンの頭に大きく振りかぶった手刀を落とす!
「脳天粉砕空手チョップ!」
バキャァァ!いい音が響き、手刀が顔の半分まで埋まっている。あまり表したくないスプラッタな状態を作り出してしまった。
なんだ?滅茶苦茶柔らかい?それに殴ってもらいたいみたいに正面からチンタラ襲ってきたな。いや、もしかしてこれって……。
「俺、結構強くなってる?」
ゴブリンは素早く踏み込んだつもりだったのでは?こちらが素手だから一撃で負けるなんて思わなかったのでは?
答えを得る方法は簡単だ。俺は魔物領域へと踏み込むことに決めた。
魔物領域の森を進んでいく。木々は鬱蒼と茂り、足元は浮き出た木の根と腐った葉やぬかるみだらけ、二足歩行が流行らない理由を教えてくれる。
意外と魔物だらけと言う事も無いのかな?陽の通りは悪いが、開けたスポットには花が咲き乱れ、果実も色々見かけた。俺の野生の勘が全部危険だと教えてくれるけど。
「お、これは食えそうだな」
バナナを見つけた。どこから見てもバナナだ。勿論今生で食ったことはない。
野生のバナナは熟すとでっかい種だらけだと聞いたがいかに?
剥いてみると前世で見たバナナと同じ、スウィ~トな香りが堪らねぇぜ!
「いただきま~す!」
パクリっ!口いっぱいにバナナの香りが、香りが……、アレ?
『ウッホウッホホウ、ウホホ』
サルがこちらを指さして笑っていやがる。もう片方の手にはバナナ。
いやサルではないか。オラウータン?コング?ゴリラだな。よくみると一体じゃない、10匹ほどのクソゴリラ野郎が俺を笑っている。ふむ……。
「死ねぇぇぇ!このド腐れエテ公共がぁぁ!!!」
腰に下げている石ころを全力投球!自分でも驚く速度で石が飛ぶ!驚愕するゴリラ共!
MISS!石はどこかにすっ飛んでいった!
『ウホウホウホウホ!』
「あああああクソがぁぁぁ!」
持っている石を片っ端から投げる。ほとんどが無意味に飛んでいくだけだが…。
パァァン!
その内の一つが一匹のゴリラにぶち当たり砕け散る。当たったゴリラはぎゃあぎゃあ喚きながら悶えているので結構なダメージが入ったようだ。
『ホキャアァァァァ!!』
ふふふ、これが俺の狙い。一匹でも怪我をしたら逃げなくなるだろう?(嘘)
一斉に襲い来るゴリラ。防御に回ったらそのまま押し潰される、攻撃だ、徹底して攻撃。
敵の連携攻撃を受ける必要はない、こちらから一気に踏み込んだ。
「しゃあ!ウルトラ頭突き!」
足元が悪い?じゃあ折角だから俺は空中を選ぶぜ!3歩で助走を付けて飛び上がる!人間大砲が足を止めたゴリラに突き刺さった!
ボギャァァ!
防ごうとした腕をへし折り、俺の頭がゴリラに腹に埋まる!なにか色々砕いた感触がダイレクトに伝わり気色悪い。しかも臭い!臭ぇぞ!!
「くせぇぞ!死ね!」
胸に掌底一発!ゴリラは吹き飛び、大量の血を吹き出して動かなくなった。
『ホギュア!』
叫びを上げて去っていくゴリラ共、力の差を思い知ったか。最初に石が当たったゴリラが残されていたので情をくれてやった。
倒したゴリラの魔物は2匹。戦闘が終わると同時に高揚感が込み上げてくる。肉を食わなくてもこれだけで喜びと祝福を受けているような感覚。
それでもまぁ一応食っておくか。正直ゴリラに食欲は沸かないが、体には魔素が含まれいるはずだ。
魔素を摂取するために食った。心臓の辺りを少しだけ。食ってみると意外と美味かったのは魔素味なんだろうか?
今日はここまでにしよう。討伐証明としてゴリラの頭を2つ、入口のゴブリンが1つ。ついでにバナナをたっぷり収穫して持ち帰った。
ゴリラの頭をギルドで渡すと驚かれた。境界には現れない魔物らしく、大物扱いだ。報奨金は同じだけどな。
「これどうぞ、俺も沢山食ったけどうまかったですよ」
もっと金寄越せという気持ちを込めてハゲにバナナをプレゼント。食っているのを観察して何とも無さそうだったので俺も食べてオルヒにも分けてやった。
甘い甘い初めて食べたと喜ぶオルヒの笑顔が今日一番の収穫だ。
俺は強くなっている。自信を深めた俺はそれから毎日魔物を狩り続け、魔物肉を食べ続けた。
戦い、肉を食べ、金を得る。それは当たり前で、喜びをともなう行為。
意識がぼやけている事を自覚したのは、既に体の変質が始まった後だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます