第6話 魔法使い
「おめぇ最近羽振りがいいじゃねぇか、こっちにも回せや」
「あぁ?魔物を狩ってるだけだ。アイツラはいくらでもいるぞ、お前もやりゃいいじゃねぇか」
「ガキィ!舐めた口聞いてんじゃねぇぞ!ガキに魔物がやれるわけねぇだろ!いいから金を寄越せ!」
男が俺の首元を掴んで持ち上げる。なんだ?金を寄越せ?なんでこんな所で襲われるんだ?まぁ敵なら殺すか。
掴んでいる腕をぽっきり半分に畳んでやった。柔らかい、境界をうろつく雑魚でももうちょっと硬いぞ。
「ぎゃああああああ!腕がぁぁ!」
「待て待てコーレ!落ち着けよ!そんなの殺す必要はねぇ!お前らこいつの仲間だろ、詫びの金を置いて失せろ!」
バタバタと大騒ぎして逃げていく。魔素の無い人間なんて食っても仕方ないしどうでもいいか。
「お前どうしたんだよ、絡まれることなんて珍しく無いだろ?今までは軽く返してたじゃないか」
俺に話しかけてくる男。何度も会ったことがある、名前は……なんだっけ。
「おまえ、誰だっけ。知ってる気がするんだ。教えてくれ」
「な、なんだよ、おまえなんかやばいよ。酒飲んでるのか?」
何を言っているのか分からん。酒?飲んでたっけ?俺ここで何してるんだっけ?
う~ん、、、そうだ、魔物を狩って金に変えて、数日ぶりに飯を食いに来たんだ。
早速注文しようと思ったが目の前には既に食い散らかした飯の後がある、そういえば既に食ったような?
何かおかしいな?よく考えてみよう。俺は何をして、なんでこんなに混乱してるんだろう?
たしか、魔物を狩って金に変えて、数日ぶりに飯を食いに来たんだ。
それで、もう食ったんだっけ?あれ?
思い出した。そうだ、俺、食いまくったんだ。魔物の肉を。
魔物の肉には魔素が含まれ、魔素が体に入ると魔物になる。だから俺は魔物になるんだ。
ふらふらと歩き出して魔物領域へ向かう。魔物を殺し、生のままの肉に齧り付いた。
鋭い牙は肉を切り裂く、柔らかい毛皮は寒さを感じさせない、硬い鱗は敵の攻撃を弾いてくれる。
俺は強くなった。だがこれじゃあまるっきり化け物じゃないか。
完全な魔物になってしまう前に、きちんとお別れをしよう。
街に戻る決意に時間がかかり、5日振りに戻った町は異様な雰囲気に包まれていた。オルヒの事が頭によぎったが、まずはギルドへ向かう。
「こんにちは、討伐証明です。換金お願いします」
「おう、間に合ったな。状況は知ってるか?」
ハゲは窶れていた、貧相で哀れになるから偉そうにしててくれ。
「いえ、さっき境界から戻ったところです」
「そうか、短く話すぞ。辺境伯領に隣国が奇襲してきた、辺境伯は負けた、国はこの地を切り捨てて戦争を終わらせた、今は敵軍が略奪に回っている。というのが生き残った貴族の話だ。今はこの地を守るための兵を募集している」
「!!」
「ここは辺境の端っこだ、略奪に旨味はないだろう。だがここに生き残りの貴族が集まってしまった。ここまで来る可能性はある、戦う気があるなら貴族の所に行って兵士になれ」
「オルヒ、あんちゃんは戦いに出て出世してくるぞ!」
「あんちゃんのアホー!!」
「ぶべらっ!」
泣きながらぶん殴られた。
あの痩せた貧相なガキが立派になったもんだ。食堂の余り物でも食ってるのか?出るトコ出てきて視線のやり場に困る事がある。
「ホント何考えて生きてるの?戦争なんか行ったら死んじゃうよ!この戦争は負けた後の処理でしかないって、貴族に乗せられる馬鹿を囮にして逃げるってみんな言ってるよ!」
そんな事を大声で言うな。今はみんな余裕がない。
「負け戦結構じゃないか、俺がひっくり返してたんまり報奨金をもらうぜ!そんで女の子達にチヤホヤされて美味いものを食って楽しく暮らすんだ!」
「こんのアホーー!!」
「ぶべらっ!!」
ニ度もぶった!
「逃げればいいじゃん!この先の村までは来ないってみんな言ってるよ?おじさん達も村に避難するって。あんちゃんも一緒にいくよ」
「落ち着けオルヒよ、あんちゃんは男だ。いつかは一旗上げてやるとずっと考えていたのだ。」
「嘘、絶対今思いついたでしょ。あんちゃんあほだもん、何も考えてないでしょ。いいから帰るよ」
こいつ!そんな風に考えていたのか!今の言葉は忘れねぇからなぁ!
「オルヒよ、おじさん達と村に行け。俺は戦争で活躍して大きな街へ行くと決めたんだ。俺の力はこんな辺境で腐らせるものじゃない。俺はもっといい暮らしをするんだ!」
もうお前の元には戻れない。
「……何言ってるのか分かってるの?戦争で活躍なんて出来るわけ無いじゃん、あんちゃん人と戦った事なんて無いでしょ?一緒に帰ろうよ」
「俺は村には行かない」
「本気なの?…もっとちゃんと考えてよ。私に一人で帰れっていうの?」
「おじさん達も一緒だと言ってたろ?多分大勢移動するから大丈夫だ」
気を付けてな、体を大事にしろよ。
「………いやだよ、一緒に来てよ。ずっといっしょにいてよっ!」
「大丈夫だよ、あんちゃん魔物と戦ってすごく強くなったんだ。絶対活躍して村にも噂が届いちゃうって!寂しくないぞ」
「………しらない」
じゃあな。
もっといい感じで別れたかったな。最後に触れたかったな。だが俺はもう半分魔物になってしまった。頭も回らないし、触ったらおかしい事に気づいてしまうだろう。
これが永遠の別れだ。せめて俺の事は人間として覚えていてくれ。
僅かな蓄えはおじさんに渡しておいた。その足で兵士を募るテントに行くとすぐに部隊に組み込まれた。
2日後、敵の軍勢が来たと騒ぎになって見物に向かう。
数は500か?1000か?こういうの数えるのって技術がいるんだよな、俺にとっては沢山だ。
戦いの前に貴族が町を守るとか演説していたが、お前らを追いかけて敵が来たんだろうが。口から出任せばかりで感心する。
戦いはすぐに決着した。先導した貴族達に戦う意思なんて無かったんだ。一当てしたら降伏していた。最後まで抵抗したがあえなく捕虜になったという感じか。
「まぁそんな事はどうだっていいんだよ」
俺は一人で戦い続けていた。味方なんてとっくにいない。
「ガァァァァァ!」
「残兵だ!抵抗しているぞ!」
地面に手をついて走る、爪が伸びてきたので人を切り裂くのが簡単になった。
人は弱い、魔物を狩っていた俺からしたら速度も力も低すぎて戦いにならない。
「なんだこいつは、人間なのか?」
ん?面白い格好したやつが居るな、着物に刀?サムラ~イ?初めて見るぞ。だが敵だ。死に晒せ。
「オラァ!!」
「魔物になりかけているのか?殆ど獣だな」
ひゅん、鋭い音がして胴が撫で斬りにされた。早い、剣筋が見えない。こんな強い人間もいるのか。
「フッ!」
返す刀で首を狙われる。
ガンッ!
剣の柄に近い所を額で受けることで難を逃れた。額が切り裂かれ頭が割れたが生きている。
「なっ!?ばけものが!!」
馬鹿だな、首筋を切り裂けば勝っていたのに、首を落とそうとしたのか。
踏み込み過ぎは恐怖の現れ。もう剣の間合いじゃない。
「お前も死ね」
捕まえてしまえば終わりだ、お前の頭も砕いてやろう。
「思い上がるなよ小僧!」
裂帛の気合と共に何かが振るわれ、伸ばした両腕が切り落とされた。まいったな、それ脇差し?
「お前が死ね!」
いい気合だ、俺こういうやつ好きだな。
ズドンっ!
「……!!…もう、成っていたか……無念」
尻尾を鋭く固めて胴を貫いてやった。
ニンゲンには尻尾がないから不便だな、どうして今まで我慢してたんだろう?
切られた腹は鱗の表面を撫でただけだ。新しい腕にも切られないように硬い鱗を付けた。
「ば、ばけものだぁ!」
「にげろっ!にげろぉ!」
うるさいな、全部殺してやろう。
「いやだぁ!た、たすけて!たすけごぼえぇぇぇ!」
敵は殺す。敵は殺す。
「ぎゃあああああ!!いでぇ!くそっ!ぎゃああ!!」
いい声だ、すごく気分がいい。しあわせだ。
「すまねぇ、帰れねぇ、すまん、すまん」
なんだこいつ帰りたかったのか。何しに来たんだよ死ね。
目に付く範囲を殺し尽くした。でも全然足りない、俺は殺すために生まれてきたというのに、やっと100人程度殺しただけだ。
探してもっと殺そう。でも喉乾いたし腹減ったな。
敵を探し続けた。だがこの後はただの一人も見つけることが出来なかった。
戦争は終わったのか?分からない。ただ、人間のようで人間ではないヒトモドキが見つかるようになった。
腐った体、緩慢な動作。だが人の様に動き、人の様に喋る不気味な肉人形。僅かに魔の香りがする。
見つけ次第殺した。また探しまわって殺す。その繰り返しだ。
「あるだけの矢を放て!槍を投げろ!魔術師はまだか!」
どれだけ殺しただろうか?飯はいくらでもあるし疲れもない、随分時間が経った気もするがわからない。
敵を殺せ敵を殺せという衝動に突き動かされ、武装した人間とヒトモドキを探し続けた。
小さなヒトモドキ集団を見つけて殺し続けていたが、ある日沢山の武装した人間の集まりを見つけて襲いかかった。
こいつらは集団で動いていてやりにくい。距離をとって矢が雨霰と飛んでくる。こんなの怖くは無いが、前脚に矢が刺さってしまって鬱陶しい。
『ゴガァァァァァ!!!』
咆哮で怯ませ、一気に距離を詰めた。近づいてしまえば爪を振るうだけでバラバラになる。
「ぎゃぁぁぁぁ!!」
あぁいい声だ。みんなで合唱しよう。
「準備できました!空けてください!」
戦場に声が響く。女の声だ、ローブを被った女が杖を突き出してこちらを睨んでいる。
その姿に、重なった。忘れちゃいけないものが。
「ア」
「ソルタラクス・イリュミナシオン!」
ゴウッ!
集められた魔素が火炎へと変質し、猛烈な勢いで襲いかかる。
「オレ…ハ……」
足を止めた俺を魔炎が包む。あいつが俺にくれたもの。俺を終わらせるもの。
燃え上がる、俺の中の魔素も炎に変えて。
「アイツ…ト……」
最後に考えてしまった。絶対にやっちゃいけない事だったのに。何かが繋がった気がした。
俺自身を燃料として燃え上がる炎の中で、俺は幸福を思い出して死んだ。
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