第4話 はじめての魔物退治
温かい春が駆け抜け、暑い夏も過ぎて涼しくなった。かあちゃん、冷たい土の上でもぼくは元気です。
町中での仕事にも慣れて、俺は人生初のまともな服を手に入れた。靴は履いてない。
村で着ていた貫頭衣は敷マットとして働いている、そこらの地面より不潔に見えるが多少温かいのだ。洗ったら絶対崩壊するので我慢の子。朝起きたら木の上にひっかけて隠しておく。盗まれたら大変だからな。
俺の剛力は町で知れ渡り、冒険者ギルドのオッサンは俺向きの仕事を斡旋してくれるようになった。なんでギルドが受注したのか分からん様な仕事が回ってくるんだが、こいつらアホなのでは?
だが俺は自分を安売りしたりしないぜ、10倍の力があれば2倍の報酬くらい当たり前だよなぁ!激しい交渉にも勝利する俺スゴイ。
友達も出来た。冒険者なんてロクなもんじゃないと思っていたが、村に馴染めなかった俺もロクデナシなのだ。気の合う連中はここに居た。
野宿で平気な俺には満足出来る程度に安定したきた。日銭を稼いでやすい飯を食い、服や道具を集めていく。
出費の大半は貢物だ。やっぱり女物の服は高いんだよ。いつまでもサンダル一つじゃ不便だし、折角綺麗な髪なんだから髪留めくらい必要だろ。
俺?俺は裸足の方が動きやすいんだよ、髪はちゃんとナイフで切ってるぞ。
町への定着に成功し、これからの時期の防寒を考えながら日銭を受け取りに行ったところでハゲに提案された。
「おめぇそろそろ魔物を狩らねぇか?魔物領域の境界で2匹倒してきたら鉄級に上げてやるぞ」
魔物か。実は見たことがない。
「魔物なんて見たことも無いんですよ、魔を宿した生き物はとんでもなく強いって聞きますよ」
「なんだそうなのか、魔物と言っても境界に居るような奴らは成りかけみたいなもんだ。お前なら殴り倒せると思うぞ」
ほーん、この俺の力見込んでのことか。では討伐もやぶさかではないぞ。人々の安全を守るのも強者の勤め。
「魔物の間引きは領主からの依頼だ、1匹で街の仕事一日分になるぞ」
「やります」
俺は棍棒一本引っ提げて魔物領域へ向かっていた。後は網籠を持っているだけ。相変わらず装備品が無い事は反省している。
さて、魔物とは魔を宿した生物の総称だ。魔、魔素、魔法使い達の操るそれは、何も無い所に火を起こし、水を湧かせ、物体を変質させる。それを体内に取り込むと魔物に変質するそうだ。
変質したとは言え生物、仔を産み増えるし仔は最初から魔物だ。種族を超えて交尾するらしく、奥地で世代を重ねた古い血筋の魔物はもはや生物としての格が隔絶しているんだとか。
そんなおっかない魔物たちだが、基本的に魔物領域から出てこない。何故かと言うと、単に魔物は魔物同士で食いあっているのだ。
魔素を体内に取り込んで変質したのが魔物、じゃあその魔物を食えばもっと魔素を取り込んで変質が進むよね。変質が進んだ強い魔物はもっと強い魔物を求めて奥地に溜まっていくのだ。おっかねぇな、魔素って美味いのかね?当然魔物食は絶対の禁忌であり、そもそも食ったら死んじまうそうだ。
そいつらからしたら人間の領域こそ遠い秘境のような物なんだろう、魔物領域は外側ほど魔素の薄い魔物が多く、人間領域との境界には成りたて・成りかけがウロウロしていて偶に人間を襲うのだ。
今回の俺の仕事はそんな境界部分での間引きである。討伐証明は頭。耳とかなら対象が元気に生き残りそうだしな。
狩りの方法は何でもいい、魔物を殺せるなら何でもいいんだよ。
領主はただ魔物を減らしたい、減らせる力のある奴に仕事をさせたい。それだけだ。毒を使おうが人を雇おうが知ったことではなく、報酬に差は無い。
鉄級は魔物を狩る方法を知っている証明でしかないのだ。
「ただ~かぜ~にゆられて~なにもかん~が~え~ずに~♪」
前世で100回は聞いた著作権フリーの名曲を絶唱しながら歩くこと3時間、おそらくこの辺りが境界のはずだ。
ここらで騒げば向こうからやってくるらしい。
魔物は人を恐れない、魔物は人より強いからだ。成りかけであっても人の事なんて肉タワーとしか見ていない。魔素の無い美味しくない肉タワーだ。
「かかってこいオラァ!!コラァ!!!」
ガンガンガンガンガン!
棍棒で木を殴りながらチンピラ風に自分の存在をあっぴるした。どうせ見つかったら襲われるのだ、ウロウロしている所を奇襲されるより、しっかり身構えた状態で襲われる方がマシだろ。
『ゴルルゥゥ』
早速お出ましだ。定番のゴブリンとかウルフを予想していたのに、猫科の猛獣様の登場である。
(めちゃくちゃ強そうじゃねぇか)
体長2メートル弱、体重300キロはありそうな巨大な猛獣だ。尾の先はハンマーを括り付けた様な凶器になっており、毛皮は黄、口の中はサメの様に細かく尖った歯がびっしり並んでいる虎もどきである。
(これで成りかけとか成りたてなの?冗談だろ?)
震える心を押さえつけ、棍棒を構えて細く強く呼吸をする。
興奮状態により酸素と血液が高速で巡る、体が熱くなり強く棍棒を握りしめた。
「いつでも来やがれ!!」
目を見開き殺気を飛ばす。お前には牙と爪があるが人間様には知恵と工夫がある!お前は俺の獲物だ!
ガサリ、不意に後ろで下草の揺れる音!慌てて振り返るともう一匹の魔獣が飛びかかってくる所だった。
「うぉぉぉぉぉ!」
必死に回避してゴロゴロ転がる。もう一匹いたのか卑怯だぞこのやろう!強いくせに知恵を使うな!
無防備にすっ転ぶ俺を容赦無く虎もどきの爪が襲う!
『ゴアアアアア !』
「ぐぅぅ!!」
鋭利なナイフの様な爪で嬲られて全身から血が吹き出す。これは不味い。
棍棒を振り回して何とか立ち上がったが傷は深い。太ももを抉られたせいで足の筋肉が引きつって震えだした。走るのは無理だ。
あいつらも分かっているんだろう。一旦距離を取ってこちらを伺っている。この獲物は弱っている、後は確実にトドメを刺すだけだってところか。
後悔が頭を巡る、なぜ俺は装備も無しに来たのか、魔物が恐ろしい事は知っていただろう。思い上がっていたのか、魔物を殺しに行って楽に稼げると思っていたのか。
駄目だ。何も考えるな。俺はこいつらを殺して帰るんだ。あいつの所に帰るんだ。
それ以外どうでもいい、こんな棒きれもいらん、考える頭も邪魔だ。殺す。殺す。殺す。
そうだ、俺は魔物を殺すんだ。その為に俺は……。
「ゴアァァァァ!」
「オラァァァァァ!!」
魔獣の攻撃は得意の爪撃。早すぎて捌くことは出来ない、生きるためには受けるしか無い!身を低くして腕で体を守りながら前に出た。ザクリと左腕を縦に切り裂く嫌な感触。瞬間、脳天まで響く激痛が駆け巡る。
「ふんがぁっ!」
硬直しそうになる体を気合で動かし、残った腕で魔獣の喉を掴んでそのまま一息に握りつぶす!
ぐちゅり!確かな手応え!
どうだクソやろう!俺の剛力は石でも握りつぶすんだ!お前ら如きに食われてたまるか!
「ブギャウウ !」
それでも魔獣は倒れる前に俺の右腕に爪を突き立てた。柔らかなバターの様に切り開かれる右腕、噴水のように吹き出す血飛沫。もう両腕は使い物にならない、治療も不可能だろう。
走り迫るもう一匹の魔獣。噛みつきに対し体を振って右腕を口に差し出す。数百の鋸歯が腕を引きちぎる前に喉奥へ突き入れて怯ませ、距離を取ることができた。
ブシュゥゥゥ!
先の失われた二の腕から水鉄砲みたいに血が吹き出した。
血を失いすぎた。頭に霞がかかる、目を開けているのかも分からない、暗い。
痛い、苦しい、恐ろしい、憎い、殺したい、殺したい。
こんな所で死んでたまるか!敵を殺す!そして帰るんだ!
その為にはあいつを殺す体が必要だ。太く強い腕が、獲物を切り裂く鋭い爪が、攻撃を弾く硬い鱗が、あいつをぶち砕く尻尾が!
『うぅ゙お゙お゙お゙お゙お゙お!!!』
「ガアァァァァ!」
腕!腕だ!敵を叩き潰す腕!強靭な腕!信頼できる腕!
魔物が迫る刹那の間、頭に浮かぶのは硬い鱗に覆われた腕。どんな攻撃も弾き返した俺の腕!
どちゃり。肩から先の腕が落ちる。空いた肩から生える新しい腕。いや新しくない、これはあの頃の……!
襲い来る魔獣!併せて放つカウンター!腕を守る鱗が魔獣の爪を弾き、鼻先にぶち込まれた拳が魔獣を弾きかえす!
「ブギャ !」
今だ、トドメを刺すんだ!敵を打ち砕く一撃が必要だ。暗い視界の中で脳裏に浮かぶのは太い尾びれ、数々の敵を叩き潰した最強の武器!
ずりゅりゅ!尻から伸びる太い尾びれ!バタバタと藻掻く魔獣の胴へ渾身の尾撃を叩きこんだ!
ドパァァン!
一撃で背骨を砕き地面に叩き付ける!ペシャンコになった腹から溢れたものが辺りに飛び散った。
「お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙!!」
勝った!生き残った!やったぞ!オルヒ!待っていてくれ!
この後するべき事は分かっていた。俺は勝ったのだから。生の特権は俺にある。
………………。ふぅ、満足だ。
頭を持ち帰ればいいんだったな。残っていてよかった。早くあいつの所に帰ろう。
帰りは走って帰った。風が気持ちいい!走るのはすきだ!ははははは!とても気分がいい!
帰り道で少し迷ったが、いい匂いがするのに気づいて食堂まで辿り着いた。少しなら食べられるかなぁ。食堂に入ってすぐに働くあいつを見つけた!
「よう!」
「あ、あんちゃん!」
相変わらず光ってるな、こいつを見ているだけで俺の幸せ回路が回りだす。
「どうしたのその格好!いやそれより一旦裏にいくよ!」
「なんだよどうした、そんな怖い顔をするな」
「怖いのはあんちゃんだよ!ぼろぼろじゃない!」
ん?あぁそうだ忘れてた、俺の一張羅がぼろぼろで血まみれじゃねぇか。
またオルヒに叱られてしまった。ぐぬぬ、鉄級に上がって自慢するはずだったのに。でもおかげで気持ちが落ち着いた。
「怪我は無いみたいだね、もしかして誰かやっちゃった?」
「んな訳ないだろ、魔物討伐に行ったんだがちょっと失敗してなぁ。でもちゃんと倒して討伐証明も取ってきたぞ」
ホッとした顔のオルヒに叱られながら、心配させた事を反省した。
走りすぎたせいか胸が痛い。
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