第3話 幸福

「こんにちは、ギルドの方から来ました(本当)」


 石運びの仕事は普通に石を運ぶだけだった。

 ただその石がクソでかくて複数あるだけだ。

 大体俺と同じくらいの大きさがある、一番でかいのは俺の倍くらい?1000キロくらいあるのでは?こんなもん誰が運べるんだよ。

「これを夜までに運び出しておくれよ、遅れたら完了サインしないからね」

 俺の格好を見て嫌悪感も露わに、意地の悪そうなおばさんが口端を上げながら指示してくれました。意地が悪そうというか意地が悪い奴だな。こんなもん嫌がらせだろう。受注されずに残ってたのも当然だが、あのおっさん何も言わなかったな。洗礼だと思っておこう。


 さて、こんなもん普通に運べるわけがない。石工達には重い石を運ぶ技術と道具があるんだろう、わざわざ丁寧に配置しているんだからな。

 巨石がストーンヘンジみたいに並べてある。このおばさん悪魔召喚でもしてたんじゃねぇのか?なんなんだこれは。


 まぁ眺めていても仕方ない。依頼失敗で済ませるとか殴り倒してスッキリするのもいいかもしれんが、俺には金が必要なのだ。

「ふんぬぁぁぁ!!!!!」

 とりあえず一番小さそうな石を持ち上げた。それでも300キロはありそうな大物だ。だが俺にとってはこの程度軽い軽い。

 6歳の頃に前の世界の底辺力士くらいの力が宿った。その頃でも100キロの石なら持ち上げられたかもしれんがこれは無理だ。

 だがそれは6歳時の話。俺はその頃から謎の力を活かして重労働を熟し、体に高負荷を与えてきたのだ。ぷにぷにの体は何故か壊れる事もなく、謎パワーを下地にして今の俺の体はバキバキに仕上がっている。

 本当は森の妖精のような歪みねぇふわマッチョがいいんだけどな、食い物が悪いよ。


「んん゙ぐうぐぐ!!!があぁぁぁぁあぁ!!!!!」

 俺が軽く持ち上げると、おばさんは大きく開いた口を両手で覆っていた。なかなか可愛いじゃねぇかと思ってしまった。

「はんっ!!ふんっ!!ふっく!!」

 小さな町だ、門までは徒歩5分ほど。残りの石の事は考えず今はコイツを運ぶ。

 奇異の目に晒されながら奇怪な声を漏らし、門番には必死のアイコンタクトで止められること無く外に出れた。

「ぜひっ!ぜひっ!ぜひっ!」

 なんとか石を下ろした俺は、喘息に侵された末期患者の様に必死で酸素をいただいた。


「無理だな。腕がもげるわ」

 認めよう。全然軽くなかったです。一番小さいのを運んだだけで俺の足は12R戦い抜いた戦士の様になってしまった。へへっ、真っ白になっちまいそうだぜ。

 まだ10個以上残っているし、これの3倍サイズのも残ってる。

 無理なのは分かった。だからやれるだけやろう。あのおばさんの驚いた顔はよかった、面白いじゃねぇか。だからやれるだけやる。



「戻りました、残りを運びます」

「………」

 なんか言えや。

 ドン引きしているようだが構わん。その反応も面白いぞ、このおばさん結構好きかもしれない。

「うん、よし」

 何も良くないが一番でかい巨石に挑みかかる。ちまちまするのは性に合わない。今は脳みそを使う時ではない、灼熱の時間だ。

「ふんぬあぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 腕の力では上がらん。深く腰を落とし、巨石を強く引き付け、石の重みを自らの重さにする。

 抱きしめる様に密着し、巨石を自分に傾かせる。石の重みは俺の体に預けられ、足裏が沈み込むのを感じる。

「があぁぁああ!!!!!」

 強く強く引き付け、石の重みを全て自分の体で受け止める。もう石の重さは0だ、持ち上がる。

「ヒッ!」

 息を飲む音が聞こえるがその様子を楽しむ余裕はない。

「ふんぐ!ふんぐ!」

 今はただ一歩ずつ前に進むだけだ。全力で巨石を運ぶ。それは混じり気のない剛力の発露。今は鍛え上げた肉体だけが価値を持つのだ。




「それでは依頼完了のサインをお願いします」

「ヒャ、ヒャイィ………」

 おばさんは小さく震えながら涙目でサインしてくれた。この人おもしれぇな、今なら頼んだら何でもしてくれそうだぞ。

 俺も本当に終わるとは思ってなかった。思考を放棄して全力で巨石に挑んだまでは理解しているのだが放棄しすぎたようだ。なんか気持ちよくなっていつの間にか石を重いと感じなくなっていた。

 何故か足の爪が鋭く伸びていた。



「あの依頼を達成したのか、お前どうやったんだよ」

 なんで達成の仕方が想像できない仕事を振ってるんですかねぇ。

「頑張りました。力も頭も得意って言ったでしょ」

「ふーん、あのババァをやり込めたって事か。やるじゃねぇか、ホレ報酬だ。」

 やり込めては無いがまぁいいや。おっさんの相手よりあいつに会いたい。後まともな服もほしい。

「明日も来いよ」

 なんか期待されちゃったな。石を運んだだけのはずなのに、俺なんかやっちゃいました?

「一日で辞めちまうやつが多いんだよ」

「そうでしょうね」






 食堂に着くと既に結構客が入っているようで、いい感じの香りと共に楽しげな喧騒が聞こえる。

「こんばんは、空いてますか」

 一瞬店内の注目を浴びる、こういうのは冒険者ギルドでやれよ。

「あ、きた!あんちゃん!こっち座って!」

「!??!?!?」

 なんだこいつ!?いや給仕服を着たオルヒだ、それは分かる。でもなんか光ってるぞ?

「どうこの服、私こんな服着るのはじめてだよー」

 世界一かわいいよ。

「世界一かわいいよ」

「はぁ、それは言いすぎだよあんちゃん。やっぱりあんちゃんは褒めるの下手だなぁもー」


 そりゃまぁそうだろうな、オルヒが可愛いと言っても所詮辺境の村での話。ロクに手入れもしていない田舎娘が、動きやすくて多少見栄えのする古着を着てサンダルを履いただけだ。

 だけどこいつ光ってるんだよ、なのに周囲の野郎どもはおかしな反応をしていない。これは俺だけに見えているんだろう。

 別に魔力が見えているとか魔眼に目覚めたわけじゃない、俺がこいつに惚れてるせいだと分かってる。


 こいつの見た目が可愛いからだけで惚れたんじゃない。だけど俺の湯だった脳みそは、コイツを光り輝く世界一の美少女に加工しやがるんだ。

 俺にとってコイツは世界一可愛い。コイツが俺を見る時も世界一カッコよく見えているんだろうか?

 そう思うと凄い幸せな気持ちになるな。コイツと居るだけで俺は勝手に幸せになる。うおォン、俺はまるで幸せ永久機関だ、俺から溢れ出した幸せによりエントロピーは増大する。

「ちっ」「ちっ」「ちちっ」「ちぃ」「ちち」

 あダメだわ、正のエネルギーが発生すると同時に負のエネルギーも発生してバランスを取ってしまっている。これが世界の調和か。


「仕事はどうだった?ちゃんと登録できた?」

「もちろんだ、早速終わらせて報酬も受け取ってきた。これで飯食わせてくれ」

「へぇ一日でこんなになるんだ、いい仕事だったんだね」

「俺にピッタリの仕事だったよ」




 人生で一番うまい飯を、一番綺麗な娘を見ながら食べた。幸せな時間だった。

 寝床は町の端っこの木の下だけどな。

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